第69話、戦いに赴くその時よりも、運命と呼べる一戦を



SIDE:潤



そうして、次の日の朝。

運命の、とも呼べる一日が始まる。


私はそれから完全熟睡モードに入ってしまったカチュを連れ、吟也の家へと向かっていた。

その時の私は、数日前ではありえないくらい晴れやかだったと思う。


ずっと眠ったままだったカチュ。

それを無理して(あるいはそのために寝溜めていたのかもしれないけど)私に話してくれた言葉。

吟也の自分勝手な企み、その鼻を空かすための二人の秘密。


その時、私が思い出したのは紅葉台の伝承……御伽噺。

わらう赤鬼のお話だった。



思えば私は子供ながらに、その御伽噺に対する疑問がいくつかあった。

こういったお話は普通、鬼や魔物を退治する人間が主役であるはずなのに、どうして違うのかと。


その頃は、世界のすべてが勧善懲悪で回っているわけではないなどと、当然理解できなくて。

そんな時私たちは決まって言われたものだった。


主役は私たちなのだと。

魔物を、妖の人を追いやり、平和をもたらすものたちこそが、私たち【生徒】なのだと。


それは、ここに集められてから。

あるいはここに住む子供たちが、よくよく聞かされた言葉だ。

今の今まではロクに考えもせずにそれを疑うことはなかったけれど。

それは間違いじゃないかなって今は思う。


吟也が、その赤鬼と呼ばれる妖の人だったとしたら。

私たちの知るわらう赤鬼の物語は、嘘ばっかりなんじゃないかって。


何故なら私はよく知っていたからだ。

小さい頃、吟也がその度口にしていた夢が、それこそ本家の……有名なほうの赤鬼の話に出てくる青鬼のような。

自己犠牲も厭わない、嘘つきの英雄だったということを。


そんなことをさせない。

鼻をあかしてやるんだってカチュの言葉が。

私のその考えに、もはや確信めいたものを与えていて……。



私は駆ける。

一分のズレもなく、愛しい人の元へと。

きっと勝るとも劣らない想いを持つ、私の相棒を送り届けるために。


その様は、穏やかに流れ行く紅葉台の町に、さながら一石を投じたかのごとき波紋を広げる。

夏でも変わらぬフードは【生徒】の証。

人間ではないものの、異端の証。

変わらぬ生活をしていた人々が、何事かと、何かあったのかと私を避ける。

冷静に考えればそれは当たり前のことで、何かあったのかって思うのは仕方のないことだったんだろうけど。

私はそれを態度に出さなくても、口に出さなくても、きっといつも傷ついていた。

他の子もきっとそう。


だから私たちは、本当にどうしようもないときにしか外に出なかったんだけど。

今は違う。

私は今、そんな私たちを受け入れてくれる人の元へと向かっているのだから。



そんな事を考えているうちに……辿り着いたのは自宅前。

お客さんでも来ているのか、世間話をしているうちのお母さんの声が聞こえてくる。

相手の声もどこかで聞いたことがあるな、なんて思いつつも私は自宅前を通りすぎ、その隣にある大きくて年季の入った、それこそ何かが出てもおかしくなさそうな洋館を見上げた。


それこそが、吟也の暮らす家だ。

玄関に辿り着くまでに色を添えるのは、手入れの行き届いた庭園。

そこだけやけに生活感があって、今まさに手入れの最中と言った感じで。


お屋敷にお庭はつきもののはずなのに、ちょっと違和感。

その感覚は、いくら手先が器用だとは言え、陽の下に出てせっせと庭の手入れをする吟也のイメージがまったく浮かばなかったせいもあるんだろうけど。


私はそんな事を考え、でも似合わなくもないかな、なんてほくそ笑みつつ。

玄関のチャイムを押す。



「は、はーい」


インターフォンから聞こえてくるのは、急な訪問者に焦りつつも待たせるわけにはいかない、といった様子の吟也の声。



「……こんにちは。吟也、少し時間ある?」

「あ、潤ちゃん。ちょうどよかった。今、潤ちゃんに会いにいこうと思ってたところなんだ。ちょっと待ってて」


柄にもなく緊張しつつそう言うと、正直嬉しくないと言えば嘘になるそんな言葉の後、ものの数秒な感覚で、吟也がひょっこり顔を出した。


相変わらずの目のくらむような銀糸の髪、その美貌と笑顔。

確かにここまでクオリティが高いと人間の男などどうでもよくなるかも、なんてようでもないことを考えつつも。

いろんな意味で直視に耐えられなかった私は、反射的に俯いてしまう。


「そのフード前にも着けてたけど、暑そうだね。陽射しよけ?」


顔が見えないのが、吟也にとっても嫌だったんだろうか。

一度聞かれたような気もするそんな言葉。

確かに夏は暑くて仕方ないんだよねって苦笑しつつ、私は意を決して顔を上げる。


「一応私も【生徒】だから。外出のときは力を抑えるために、これを着てなくてはならないのよ」


でなきゃ、周りの人に迷惑をかけてしまう。

このカッコは人々にとっての危険の証。

普通ならそれを知らない事すら驚きなんだけど。


「そっか、有名人だもんなぁ。顔の一つも隠す必要があるってことか。ま、家なら不要でしょ。お茶出すから、あがって」


本気か冗談か。

まるで、気にした風もなくそんな事を言って笑う吟也。

もう、そんなあり得ない吟也を何度も目の当たりにしていたけど。

やっぱりまだ慣れない。

嬉しくって泣きそうになる。



「ありがと」


でもそれは、吟也にとってみれば感動するほどのものでもない、それこそ当たり前の事なのかもしれない。


「別に礼を言うほどのことじゃないでしょに」


なんとか平静を装ってそう言う私に。

吟也は大げさだなぁとばかりに苦笑して。


「それじゃ、あがって」


何だか照れくさそうに、吟也はそのまま、確かリビングのある方へと歩いていってしまう。


「お、お邪魔します」


私は、置いていかれるわけがないのに、慌ててその後を追っていって。

辿り着いた、大きな大きなおしゃれな洋風のリビング。

そこに妙にマッチしている、これまた大きなおこたつきのテーブルが目に入って。



「あ……っ」


思わず驚愕の声を上げかけ、慌てて口を噤む。

おこた机の端っこ。

そこにちいさな座布団を敷いてテレビを見ている、二人の小さな小さな女の子がいる。


二人とも、カチュと同じくらいのサイズだろうか。

袴姿のポニテな女の子と、カチュとお揃いの黒ポンチョを着た、真っ赤な三つ編みの女の子。

カチュに負けないくらい、個性的で可愛い女の子たち。

確かにそこに、生きて存在している。



「どしたの? 座っていいよ」

「……っ!」


だけどその瞬間。

思ったより近くにいた吟也に声をかけられてはっとなって。

目を切った隙にこたつ机の状況は一変していた。



「あ、その……サングラスとパンチがテーブルの上にまつられてるのが気になって」


小さな小さな座布団の上にあったのは。

小さめのパンチと、音楽視聴機能つきのサングラス。

そう言えばそのサングラスは吟也が身につけていたものだと今更ながらに気づいて。


「ああ、言われてみれば」


そりゃそうだとばかりに、相づちを打つ吟也。

果たして吟也には彼女たちが見えているのかいないのか。

カチュとの約束でカチュたちが見えることを話すわけにはいかない私には。

そう言って吟也の様子を伺うことしかできなかったけれど……。



            (第70話につづく)






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