九十九%りばてぃ～We love銀色クリアデイズ～

第68話、眠気と使命に抗う、熱き触れるだけのコードネーム

SIDE：潤

すっかり元気になった、というわけでもないけれど。

ずっと心配だった棗ちゃんの件が解決したこともあって、気力を取り戻したらしいキクちゃん。

そんな彼女が魔物を監視する任務に出ていたこともあって。

寮の自室には私とカチュだけが残されて。

私は改めてカチュとの対話の機会を持つことにした。

一応言い訳をしてもらえれば、キクちゃんがいない時を狙ったのは、キクちゃんに聞かれたくないとか、そう言う理由じゃない。

むしろ会話に参加してもらえるならば是非に、といったところなのだが。

カチュの声もその姿も見えないんじゃどうしようもなかった。

カチュとのちょっとした会話や挨拶ですら何やら気を遣われてるから、どうにもやりづらいってことはあったかもしれないけれど。

「さて、問題はどうやって起こすか、なんだよね」

最近は特に眠りの深いカチュ……いつもならごはんの匂いにつられて目を覚ますのだけど。

朝昼と、すでに二食も抜いているのにも関わらず、起きる気配は全くなかった。

寮の食堂から拝借したごはんと、お人形さんたちの使う食器。

話しかけても、基本的に帰ってくるのは寝息だけで。

傍から見れば確かにひかれて心配される光景に見えなくもない。

自分でも、このお人形遊びセットは不似合いなことを十分承知していたから、余計に。

「あんまり過激な起こし方はできないしなぁ……」

とにかく視覚的にまずい。

というか、寝床……カチュ用の寝袋から出されて、肌寒そうに丸まっている姿などとにかく可愛すぎた。

特に、その滑らかでつややかな薄黄色の髪など惚れ惚れする綺麗さで。

「お～い。起きてよ、カチュ。話したいことがあるんだよ」

人差し指の腹を使って、二の腕辺りを上げたり下げたり。

普通、寝ている時に肩を持ち上げられれば目を覚ましそうなものだけど。

カチュには全く効いていないようだった。

そんな事をしているうちに、やっぱりちょっと心配になってくる。

不眠症の逆というものがあるのかどうかは分からないけれど、もしかしてカチュは起きたくても起きられないのではないかと。

何か、カチュの目覚めを妨げるような力が働いているんじゃないのかと。

もしそんなものがあるとするならば何だろう？

眠れる森の美女ってどんな話だったっけ？

ええと、白雪姫は寝てるわけじゃないんだっけか……。

行き着くのは、魔女の魔法。呪い。

となると起こすための手段は。

不意に目に留まる、ぷっくりとした桜色の、小さな小さな唇。

おお、なんと柔らかそうなのでしょう。

知らず知らずのうち、とか言いつつ半ば確信犯的に顔と顔を近づけていって……。

「……とあっ、きんきゅーかいひっ」

いざ触れよと、勢い込んだその瞬間。

カチュにしてはそれなりに焦った声でごろごろと転がってゆく。

「カチュ……あなたもしかして寝たふりしてたの？」

だが、そもそも大きさが違うのだ。

転がってきたところをそのまま拾い上げ、目の高さまで持ってきてそう問いかける。この期に及んでもまだ寝たふりをしようとしていたけど、今の拘束された状態で、先程と同じことをされたら回避のしようのないことに気付いたのだろう。

へふうと、なんとも力の抜ける息を吐いて、カチュは私を見上げてきた。

久しぶりに見る、カチュの瞳の輝き。

何も言わずにじっと見つめていると、やがてカチュは根負けしたのか、ようやく口を開いてくれた。

「えと、その。ひとつ言い訳を」

「うん。何？」

「だから、その。カチュにはどうしようもなく眠い理由がありまして、べつにずっと寝たふりをしていたわけじゃないんすよ。潤ちゃんと話そうと思って、機会を伺っていたらつい……」

これまた久しぶりに聞く見た目にそぐわない下っ端口調。

あれだ、いわゆるギャップ萌えってやつだろうか。

「その、眠い理由ってのは？」

私はそんな事を考えつつもカチュを机に降ろし、まずは手近な話題から問いかけてみる。

「カチュは、ボスの記憶を預かってるっす。ボスの記憶はカチュには大きすぎて……だから眠くなるっす」

「ちょっと待って。一つ一つ聞いてもいいかしら？ ずっと気にはなっていたけど、そのボスって言うのは吟也のこと？」

寝言ではない、その呼び名。

最終確認の意味を込めてそう聞くと、カチュはこくりと頷いて。

「そうっす。カチュはボスによってつくられた、つくもんの一人なんすよ」

発せられたその言葉は。

薄々感づいていたとはいえ、自分の力によって彼女が生まれたという勘違いを正すものだった。

「それじゃあ……それじゃあ、吟也は分かっていて私にあなたを預けたってこと？」「そうっすね。だから人質なのです。カチュとしてはこんなによくしてもらって、そんな言い方をするのもどうかって思うっすけど」

比喩ではなく、人質は人質だった。

となると、浮かんでくる一つの疑問。

何故、吟也はホッチキスではなく、カチュを返して欲しいと言わなかったのか。

何故、カチュのことを黙っていたのか、ということだった。

私がそれを問おうとすると。

カチュはそれを見越していたんだろう。

私が何か言う前に言葉を続ける。

「だけど今、ボスはカチュのことを覚えていません。カチュを作り出したボスであると言うことも、自分が何者なのかも。それでもボスがカチュを求めたのは、他のこうせいいんの方たちに頼まれたからなのです」

不意に聞こえてきたいくつもの声。

主の居所の分からない声。

たぶんそれがきっと、カチュの言うこうせいいん、つくもんさんたちのことなんだろう。

でも、聞けば聞くほど謎は増える一方だった。

今まで溜めてきたものを、今ここで使い切るかのようなカチュの饒舌っぷりに置いていかれそうな私がそこにいる。

「ええと……つまり、吟也が記憶を失っているっていうのは、カチュがその記憶を持ってるからってこと？」

それでもなんとかそう聞くと、こくこく肯定の意を示すカチュ。

「それじゃあ、そもそも何故吟也は記憶を失ってるの？」

そこで私は、今一番の疑問を口にする。

するとカチュはうんうんと唸り考え込んで。

「実を言うと、記憶を預かってくれって、急におっしゃられたので、根本的な原因はカチュにも分からないんす。だけど、推測はできます。ボスの力はとっても強いんす。それこそ、カチュたちに力を分散していなければ魔物以上の脅威として、人間さんたちに目をつけられてしまうんすよ」

つまり……記憶そのものが、吟也の人ではないもの、妖の人としての力の源なのだろう。

過ぎた力を持たないように。

そのことについて言えば、それは納得できる答えだったけれど。

「でも、今になってどうしてその記憶を取り戻そうとしているの？」

結局はそこに行き着くわけで。

私がそう問いかけると、カチュはそれに頷き答えようとして、ぐらりとふらつく。

どうやらまた眠気が襲ってきたらしい。

それでも倒れこむのを何とかこらえ、カチュは足を伸ばした状態で座り込む。

そして、生あくびとともに、焦点のぶれ始めた瞳をくわっと見開き、言葉を続けた。

「……簡単に言えば、力が必要に……なったんすよ。あの魔物が次々と現れる現象……カチュたちは人間を滅ぼそうとする七つの災厄、そのうちのひとつだと認識してますが……ボスには、あの力を御する使命があるんす。だからボスは……何も知らないままにカチュたちを探していてっ……」

うわ言にも似た、カチュの不安定な呟き。

そろそろ限界のようだった。

頭をぐわんぐわんさせながら、必死に言葉を紡ごうとしている。

「分かった。もう分かったよ。私はカチュを、吟也に返せばいいんでしょう？」

これ以上は見てられなくて。

私はカチュが一番伝えたかっただろうことを口にする。

するとカチュはどこか嬉しそうな、あるいは何か秘密の企みがあるみたいな笑みを浮かべて。

「返す、というのは少し語弊があるかも……しれないっす。カチュは……カチュは、必ず潤ちゃんのところに戻ってくるっすよ。だから……お願い。今話したこと……カチュと潤ちゃんがお話できること、ボスには秘密にしてっ……」

まるで今わの際みたいな台詞。

私は少しでもそんな事を考えようとする自分を首振って否定して。

いよいよ眠りの世界へ入り込もうとするカチュを手のひらで支え、何故を目で問う。

するとカチュは、大きく息を吸い込んで。

「ボスの……思い通りにはさせないっす。使命に殉ずるなんて誰も望んでないからっ……」

「……っ」

予感はあった。

その使命が、一体どんなものなのかと。

だから吟也は話さなかった……知らなかったのだ。

誰かを犠牲にしてなしえる使命が、その誰かを想う人を傷つけるということを、本能で分かっていたから。

それは許されざること。

だからカチュは必死に抗う。

故にこうして、私に話をしてくれたんだろう。

「カチュはつれないボスの鼻をあかしたいんす。潤ちゃんには一枚噛んでもらいたいのです」

渾身の笑顔で、渾身の願い。

「そう言うことなら、喜んで」

私は力強く頷いて見せて。

カチュとがっちり握手をしたのだった。

それは、両腕と人差し指という、随分と不恰好なものだったけど。

何を考え、進めばいいのか。

どっちつかずだった自分の進むべき道を明確に示してくれるものでもあって……。

　　　　　　　　　　　　　（第６９話につづく）