第70話、あきらかに可愛く存在を主張していて知らないふりはむつかしい


SIDE:潤



果たして吟也には彼女たちが見えているのかいないのか。

カチュとの約束でカチュたちが見えることを話すわけにはいかない私には、そう言って吟也の様子を伺うことしかできなかったわけだけど。



「気になるならちょっと席を外してもら……じゃなく、どかすけど?」


それはあまりにあからさまな言葉。

吟也はきっと彼女たちが見えている。

だって吟也はカチュの言うところのボスだから。


だから……再会した時。

あのサングラスの彼女に私が触れようとしたのを止めたんだ。

となると、やっぱり吟也は私が彼女たちの事が見えることに気づいていないってことになるんだけど。



「……ふふっ、ううん。別に構わないわ。やっぱり相変わらずものを大事にしてるなーって思っただけだから」


それはカチュとの秘密。

その悪戯めいた感覚に私は思わず笑みをこぼし、知らないふりをする。

そのまま吟也に促され、おこた机にはミスマッチなふかふかソファに勧められるがままに腰を落ち着けて。



「あ、そうそう。はい、昨日言ってた約束のもの、やっぱり返そうと思って」


女心はなんとやらの唐突さで、私は一番の使命……カチュの眠る寝袋を取り出し、そう切り出した。

相対に腰掛けてお茶を配っていた吟也は、みの虫みたいにもぞもぞと動いているカチュを不思議そうに、あるいは何かに怖じ気づくかのように見つめている。



「あ、開けてもいい?」

「ええ」


もしかしたら、カチュのことを分からず物として扱ってたら、とか思っちゃってるのかもしれない。

空気をよんで寝袋から頭を出さずに丸まっているカチュを見ればそう考えてもおかしくないんだろう。


私は笑いをかみ殺しつつ頷いてみせる。

すると吟也は大げさなほどにおそるおそる袋の中を覗き込んで、安堵の息をつく。


袋の中では、薄黄色のウェーブのかかった長い髪に巻かれて熟睡してる、カチュの姿が確かに見えた。

寝たふりか本気寝かは、判断がしづらいところで。



「知らんかった。熟睡しとるとつくもん反応ないんや」

「いらぬ心配だったでござりまする」

「……っ」


どこからともなく聞こえてくる二つの声。

言わずもがな、さっきの二人の女の子の声だろう。

やっぱり私が見えて聞こえているなどとは露ほどにも思ってないようだった。

まぁ、最初に見た時は分からなかったし、私自身も見える聞こえるのメカニズムはよく分かってないんだけど。

なんとなく、これもカチュの力だったのかなって、ちょっと思って。


「でもさ、潤ちゃん。まだ僕試験に受かってないし、約束も果たせてないよ? なんで返してくれるの?」


と。そこで確かにもっともな吟也の問いかけ。

昨日はあんなに嫌がってたんだから、吟也にしてみれば秋の空だなんて言われても納得できないかもしれない。

私は改めて弁解、説明するために頷いて。



「今日はどちらかと言うと、そのためにここへ来たの。突然なんだけど、特例で吟也を本校に編入させることが決まって……その連絡を、私が頼まれたのよ」


今となっては、そっちの方がおまけだったけれど。


「な、なんで急に? 僕、試験受けてないんだよ?」


どちらにせよ急な話だろう。

私は再度頷き、言葉を続ける。



「ええ、最初に聞かされたときは、私も驚いたわ。何でも議長がそう決めたらしいわ」

「議長?」

「ええ、生徒会議長の名神真希先輩。今、トップの生徒会長が空席だから、仮のトップを務めている人、なんだけど……」


私はそこで言葉を止め、あえての怒ったような顔をしてみせる。


「だけど?」


案の定、身を竦ませる吟也。

思い当たる節があるのか、そうでないのか。

どちらにせよ小動物のように震える吟也が眼福であることに間違いはないわけだけど。


「吟也、あなた真希先輩に何か恨まれるようなことしたでしょう? あの能天気が服着て歩いてるような先輩が、あそこまで怒ってるの、初めて見たもの」

「怒ってた? ど、どんな風に?」


吟也がを見やるに、身に覚えがなさそうなほうが公算は高そうだったけど。

それでもいやな予感がしたんだろう。おそるおそるそう聞き返す吟也に。


「どうって……生徒会長にして、死んでもこき使ってやるわ! って叫んでたわ」


一句違わずつくりごとなく、そのままの言葉を述べてあげる。


「し、死んだらこき使えないと思うけど……」


まるで、今私が言ってるみたいになっちゃったけど。

至極真面目にそんな事を聞いてくるから。


「ああ、うち、一応科学班もいるからね。改造人間のサンプル、欲しいって言ってたから、たぶんそれじゃない?」


嗜虐心をつつかれどうにも止まらぬ私は、悪乗りしてそんな嘘くさい言葉まで発してしまった。

まぁ、あながちなにもかも嘘ってわけじゃないんだけどね。



「……」


私の悪乗りに、本気で悩む吟也。

これはうまくいけば真希先輩と何があったのか聞けるかも、なんて野暮な私は思っていて。



「あー、なんとなく思い出してきたぞ。僕、殴られたんだ。たぶん、きっと、その人に」

「殴られた、ね。よくそれで無事だったわね?」


まさか本気じゃなかっただろうけど。

確かにその話は真希先輩から聞いていた。

だが、問題はそこじゃない。

私が聞きたいのは殴られるに至った経緯なのだ。

まぁ、だいたい予想はついてるんだけどね。



「無事、かなあ? だって、そのまま気を失って、その場に置き去りにされたんだよ? 由宇が助けてくれたから良かったけど、おかげで先生に頼まれてたおつかい、できなかったし」


おつかいがままならなかったのは、寄り道したからじゃないのとはさすがに言えず。


「無事じゃない。真希先輩って言えば得物を使わない【生徒】として最強の戦士なのよ。私、彼女の拳の一撃で、魔物がこっぱみじんになったの、見たことあるもの」


助長して、代わりにそんな事を言ってみる。

すると、殴られたという仕打ちにさすがにムッとしていた吟也が、あっさり氷付いた。

私はそんな吟也に耐えられず、とうとう笑みをこぼして。


「どうせ事故なんでしょ。吟也が女の子を襲ったり、相手の意志なんてお構いなしに、とかできるわけないものね」

「あ、もしかしたらディアちゃんを助けたときの子やないか、ごしゅじん」

「確かにあれは、端から見れば不埒な輩に思われても仕方のない状況でござったな」


生徒会室の入り口での一幕。

私の問いかけに答えてくれたのは、カチュを見てくれていた二人の女の子だった。


ディアって子は確か、歓迎会の看板を支えていた子だったはず。

今は姿は見えないけど、やっぱり彼女を助けたのは吟也だったんだろう。

吟也が脚立を何に使うか話すか、あるいは真希先輩が扉を開ける時に注意を払っていれば起きなかった事故のはずで。

口ではどう言おうとも、やっぱり何事もなかったことにちょっと安堵する。

もしかしたら事故とは言え、触れたりくっついたりなハプニングはあったのかもしれないけれど。



「いきなり言われたから驚いたけど、良かったじゃない。命ちゃんたちも吟也のことかってたみたいだったし」


それはあーでもないこーでもないと、必死に言葉を探している吟也がいたたまれなくて。

それはもう解決したよ、とばかりに私は話題を変える。


「約束叶えられちゃったのは何だか複雑だけど……うん、約束だもんね。これから一人前の【生徒】として、私が鍛えてあげるわ」

「う、うん。僕も急でまだちょっと信じられないけど、よろしく頼むよ。潤ちゃん」


私の言葉に便乗した形の吟也としては、紅葉台の【生徒】としてのお誘いに異議はないらしい。

流石に生徒会長と言う肩書きには戸惑っているようだったけど。


複雑、という言葉。

もちろんそこには色々な意味が含まれている。


吟也には、私たちのようにこの紅葉台学園に縛られる理由がない。

何故なら私たちと違って、他の人にいるだけで迷惑をかける必要がないからだ。

そんな吟也を【生徒】として迎えると言うことは、彼の自由を奪ってしまうことを意味する。


逆に、本校には入り込むのが目的で。

何かを企んでるって可能性の方がまだ楽な気がした。

私としてはもうそれはないだろうって思っているけど。

本校としてはそのつもりでここに私を遣わし、待ち構えているのだから。



「あ、そうだ。潤ちゃんに渡したいものあるんだ。ちょっと待ってて」


私が、そんな事を考えていると。

なにやら思い出したらしく、そう言って立ち上がり何かを持ってくる。



「……っ」


それは、武器だった。

魔物に立ち向かうための武器。

簡単に言い表すならば、刃が銅鐸のように大きく広がった大きめの槍。

戟と呼ばれるそれは。

細かな細工や刃の色こそ違えど、確かに私自身が愛用しているものと同じもので。


どうして吟也が私の得物を手にしているのかと。

思わず、声をあげてしまって……。



             (第71話につづく)






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