第64話、それは、手づから生み出した始まりの相棒
SIDE:吟也
「そう言えばおやかたさま。潤様がいらしてたのですか?」
と、一緒に台所にきていたかがみ姉さんが、洗い場にあったカップに目をやり、
そんな事を聞いてくる。
「うん、さっきまでいたんだ。よくわかんないけど、【本校】の【生徒】に僕が推薦されたらしくて」
「そうなのですか? 何だか潤様、ずいぶんと慌てているようでしたから、声をかけそびれてしまったんですけど」
「ああ、何か【生徒】の仕事で呼ばれたみたいだけど、何か用あった?」
「いえ、特に用事があるというわけでもないのですが。……何にしろめでたいことですわね。今夜は腕によりをかけ、お祝いといたしましょう」
かがみ姉さんは何を作りましょうかねとひとりごちつつ、買い物袋のものを冷蔵庫に仕舞っていた。
その何だか主婦めいたかがみ姉さんに違和感を覚えて。
ただそんな後姿を見つめていると。
「むっ!? たいちょー! いつの間に新しいたいいんがっ、しかもモトカの特等席を占領中、でありますっ!」
そんなモトカの声が聞こえてきた。
「あ、そうだった。かがみ姉さん、潤ちゃんが来たもう一つの理由っていうか、カチュのこと連れてきてくれたんだ」
「まぁ、そうだったのですか? 早速ごあいさつしなくてはいけませんね。それに、一人分増やしませんと」
かがみ姉さんはそう呟いて手を打ち、呼ばれた僕とともにリビングに戻ると。
「あら……まあ」
やっぱりカチュはまだ寝ていた。
モトカが撤退を要求するであります! なんて頬を引っ張っているが、全然起きる気配はなかったけれど。。
よくよく見てみるば、何だかその顔はひくついているいし、油汗まで流している。
どうやら、モトカは本気で引っ張っているらしい。
それでも起きないというか、我慢して寝たふりをしているカチュも凄いけど。
ちょっとだけ、スパナでほっぺたつねられたら痛いだろうなぁとか考えていると。
僕と同じく、カチュの寝たふりに気付いた(というより、モトカ以外はみんな気付いているのかもしれなけれど)、ディアがそんなカチュを見て、そして何故か僕のほうを見て、何かを企むような笑みをこぼし、口を開く。
「モトカ、そんな正攻法なやり方じゃ、カチュは起きないよ。千切れないうちに手を離したほうが賢明だと思うけどね」
「あ。う、うん」
ディアの言い方が怖かったのか、素直に従うモトカ。
正攻法じゃないやり方ってなんだろう?
っていうか、どうして寝たふりなんかしてるのかなって、近付いていくと。
「そうだね、先生。これはカチュとのつくもんバトルだと思って聞いてくれればいい。こうして彼女は眠り姫を続けているわけだが、このバトルに先生が勝つには、彼女を起こさなくてはならない。そこでだ、彼女が目を覚まさない理由とは、一体なんだろうか?
一、 今の今まで先生にほって置かれて寂しかったから。
二、 仙人のごとく、元々ヒマさえあれば寝てる性格だから。
三、 お約束である目覚めのキスを待ってるから。
……さあ、先生なら、どう応える?」
上目遣いで、何だか得意げな様子でディアはそんな問いかけをしてくる。
おお、と賞賛の声すら上げて、どよめく他の子たち。
心なしか寝てるはずのカチュまで動揺しているように見えたけど。
僕はちょっとばかり考えて。
「ええと。正解っていうか、理由はたぶん、全部かな?」
「エクセレント。ふふふ。さすが先生だ。三つのうちどれ、と聞かなかったところを見事についたね。では、さっそく実践してみようか」
ディアは、僕の言葉にひとしきり笑った後、嬉しそうに頷いて。
「では、いただきます」
そんな言葉を残し、カチュに顔を近づけようとして……。
「さ~せ~る~か~っ」
がばっと起き上がって止めるのかと思いきや、何とも力の抜けた……というか、眠気の抜けてないかのような声をあげ、カチュはごろごろとテーブルの上を転がり、ディアを回避する。
「ほう、無気力寝坊すけのキミが、随分と俊敏な動きをするじゃないか」
「あーたり、まえっす~。カチュの熱いキッスはボスだけのもの~ホッチキスなだけに……ふぁ、眠いぃぃ~」
「おもしろい。だがっ、キミの負けだ。いいかいモトカ、正攻法ばかりでは、勝利は得られないのだよ」
「今でありますっ、フタキちゃん!」
「ねこつめぱーんちやっ!」
「ほう?」
勝利を確信した? らしく、高笑いすら上げかねない様子のディアだったが。
そんなやりとりをおいて、すっかりテレビに釘付けになっていたモトカとクリアを見て、ディアの声のトーンが一段階上がる。
「わ、分かったござるっ、リオンはディアどののからめ手、しかとこの目に焼きつけたでござるよっ! あっぱれなお手前でござっ……え? な、何でリオンめにっ!? い~やーっ!」
「ふふふふっ」
この中だと、意外とリオンが苦労性らしい。
それにしても賑やかになったもんだと、しみじみ思う僕である。
後一人でクリアの言う7人が揃うわけだけど。
何かこのままノンストップで賑やかになっていくような、そんな気もしていて。
「くすっ。おやかたさま、楽しそうですわね」
「うん? そりゃ楽しいよ、騒がしくて楽しいってのももちろんあるけど」
「けど?」
思わずこぼれた笑みには、もう一つの、僕の中では大きな意味があった。
僕と同じように、わいわいがやがやしてるテーブルを眺めながら聞き返してくるかがみ姉さんに、僕は一つ頷いて。
「実はさ、まだちょっと半信半疑だったんだよ」
何が、とは言わない。
きっとそれでかがみ姉さんにも伝わるはずだから。
「でもね。今は僕ってみんなの言うような存在なんだなって、そんな気がしてさ」
「その心は、とても興味深いですわね?」
身を乗り出して聞いてくるかがみ姉さん。
僕はそんなかがみ姉さんに、そんなたいしたことじゃないけどって前置きして。
「熱いキッスでホッチキス……なんてこと、そういや考えたこと、あったなーって。あぁ、何だやっぱり僕がそうなんだって。さもないことなのに、変に説得力があるっていうか、何だか似たものきょうだいみたいだなぁって、そう思ったんだ」
それはたぶん、僕のほしかったもの、なんだと思う。
決して切れない、何かの縁で繋がっている、家族のような絆で。
もう二度と失ってはいけないもので。
「わたくしはおやかたさまを信じています。その言葉、ずっと忘れないでいてくださいね。わたくしも、忘れませんから……」
発したその言葉について言ったのか、内に秘めた思いのことについて言ったのか。
それは分からなかったけれど。
すぐに僕はその意味を、思い知ることとなる。
それは、次の日のことだった。
学校は日曜で休みだったけど、基本的に休みのない【本校】に呼ばれていたので。
いつものようにかがみ姉さんに留守を任せ、頭の上にはクリア、左肩にモトカ、胸ポケットにリオンとディア、ブレザーの左下のポケットには、巾着の中で眠るカチュ(連れていくつもりはなかったんだけど、ブレザー着たらそこにいて、起こすのもなんだなーって思ってそのままにしておいた)といった、たとえるなら自分が巨大ロボットにでもなってるかのような、そんなノリで。
いざ紅葉台高校へ! とばかりに歩を進めていた、その道中。
桜並木の曲がり道にさしかかったところで、いきなり警報音が轟いた。
紅葉台じゅうに響くかという、そんな大音量で。
『【魔物】警報発令! 紅葉台町一帯に住むみなさんは、ただちに避難してください! 繰り返しますっ……!』
「警報だって? まさかっ」
僕はそれを聞き、思わず立ち止まった。
もしかしたら避難勧告が、いわゆる本拠地とも言えるこの紅葉台でなされるなんて、初めてのことなんじゃないだろうかって、そう思ったからだ。
しかし、昨日確かに潤ちゃんが紅葉台山に【魔物】が出たと、そう言っていたのを思い出す。
僕は、慌ててブレザーの右下のポケットから、携帯を取り出した。
そして、テレビのニュース画面を呼び出す。
すると案の定、今の警報についてのニュースがやっていた。
「紅葉台山、登山口入り口からの中継です! ご覧ください! 境界線から100メートルほど先に、ずらりと【魔物】たちが並んでいます! ここから見る限り百はくだらない数ですっ。しかも、この【魔物】の数、時間を追うごとに増えています! 内界へ侵入する気配は今のところありませんが、数が多いとのことで、【生徒】による警戒が続いていますっ!」
レポーターの人らしき男の人が、おののきつつ様子を伝えてくる通りに。
そこにはずらりと並ぶ、【魔物】の姿があって。
「どういうこと?」
僕は思わず誰にともなく、そう呟いていた。
その声は混乱の極みにあって、少し震えていたかもしれない。
それは、あってはならないはずの光景。
何度も言うが、ここは対【魔物】のための本拠地なのだ。
こんな事態になる前に、もっと早く気付いてもいいはずなのに。
……と。
そんな考えに思い至った時、急に映像が切り替わった。
『続いて、紅葉台山上空からヘリでお送りしています! 【本校】本部によると、【魔物】の大量発生の原因は、紅葉台の頂上付近に発生した、【トラベルゲート】であることが判明いたしました。しかし【魔物】の数が多く、【生徒】の一隊も容易に近付くことができない模様です!」
とたん、上空からのカメラがズームアップして、それを映し出す。
それは、荘厳な台座つきの、虹色の波渦巻く大きな黒いわっか、だった。
わっかは自らが発光しており、息づいているようにも見える。
『っ! また【魔物】がゲートから出てきましたっ!』
そしてその言葉通り、わっかから生まれ出たのは、数体の【魔物】たち。
―――【トラベルゲート】。
それは、この世界に【魔物】が跋扈する理由の一つと言われている、時空のひずみだった。
それを壊すことにより、新たな魔物の出現を防ぐことができるらしいのだが。
壊してもまたいずこかにそれは現れ、【魔物】を生み出すのだという。
そのメカニズムは未だに解明されていない。
だが、【魔物】たちが地球が人間の破滅のために送り出した存在だと言われているのは、その辺りに理由があるようで……。
「……ベルはん?」
その時。
同じように画面を見ていたクリアが、そう呟いたから。
さも、知ってる子を呼ぶみたいに、そう言ったから。
「え?」
僕は、背中を這い上がるような嫌な予感が迫ってくるのを自覚しながら。
ただただ、呆けたような言葉を返すことしかできなくて。
一体何を言い出すんだ?
僕のそんな呟きは、そう取られてもおかしくなかったんだろう。
同じ画面を見ていたディアがはっと顔を上げて。
「先生、あの姿を見て、分からないのかい? とっくに、ディアの返すべき記憶は、返しただろう?」
どこか怒りのようなものすらたたえて、そんな事を言う。。
返すべき、記憶?
一瞬だけ、ディアたちと会った時に僕の頭の中に流れ込んできた、記憶のことを思い出したけど。
それはどこか曖昧で、おぼろげで。
「ベルどのは、我らの中でただ唯一、とのによって創られた存在。いつも、それを誇らしげにしていたのを、覚えております」
僕がそのことを考えようとする暇さえなく。
静かに語るように、リオンは呟いた。
「ええと」
その言葉があまりに真剣だったから、僕は戸惑う。
何とか思い出さなくちゃって必死に考えて。
ようやく一つ、思い出したことがあった。
(第65話につづく)
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