第63話、改めてかつての日常の摩耗、忘却に気づく


SIDE:吟也



「あ、そうだ。潤ちゃんに渡したいものあるんだ。ちょっと待ってて」


僕はそう言い残して。

実は昨日完成したばかりの、潤ちゃんのために作った武器を持ってくる。


急に立ち上がった僕に、初めはぽかんとしていた潤ちゃんだったけど。

僕が持ってきたもの……刃が銅鐸のように大きく広がった大きめの槍を見て、驚きの声をあげた。



「え、どうして? どうして吟也、私が愛用してる武器、持ってるの?」

「うん、クラブの宿題でさ。潤ちゃん、アンケート書いてたでしょ? それを参考にして、真似て作ってみたんだ。ほんとはこの後、先生に出来ばえを見てもらうつもりだったから、実はちゃんと使えるかどうかわからないんだけど……ま、お守り代わりにもってて。あ、お守りにしたって大きすぎて邪魔かな、コレ?」



驚いたまま固まってた潤ちゃんは、僕の言葉を聞くうちに事情を察したらしい。

ぶんぶんと首を振ったかと思うと、奪いとるかのような勢いで、それを手に取り抱きしめる。


「ちょ、潤ちゃん? カバーはつけてるけどそれうっすい皮のだからあんまり力入れると痛いよ?」


というか、思ってた以上の反応に僕が戸惑っていると。

潤ちゃんはさらに首を振って、プイッと背を向けてしまう。


「……ありがと、一生の宝物にするから」


そして、僕を見ないまま、そう呟く。

その言葉に、内心ちょっと複雑な僕である。

そんな大げさなものじゃないっていうか、元々はホッチキスの代わりにって打算があったっていうか。

言うなれば、懲りずに一方的に結んだ約束そのものなのに……。


「あ、うん。どういたしまして。そう言われると、僕も作った甲斐があるよ」


正直なところは口にできないダメダメな僕。

そんな事思ってたからなのか、何だか微妙な間があって。



「あのさ。吟也、私」

「……ん? なに?」


背を向けたまま、潤ちゃんらしくない蚊の鳴くような声が聞こえて、僕は聞き返す。

それを受けて、潤ちゃんが軽く息を吸って何かを言おうとした、その時。



ジリリリリンッ!

どこからともなく、けたたましいベルの音が鳴り響いた。

それを聞いた潤ちゃんは、はっとなって携帯を取り出す。

携帯の音の割には随分と固いなぁ、なんて思っていたら。



「ご、ごめんっ吟也、ちょっと電話出てくるっ」


潤ちゃんは鋭くそう一言残して玄関のほうまで走り、しばらくは何やら言い争いをしてるような声がして。

たいした時間かかることもなく、潤ちゃんは電話を終えて戻ってきた。

が、その表情は何だかすぐれないというか、うなだれている。



「ごめん。本部……生徒会室からの緊急の呼び出しで、私戻らなきゃ」


その、凄くどんよりとして雰囲気に、何だか僕は不安になった。



「もしかして、【魔物】が出たの?」


窺うように僕がそう聞くと、しかし潤ちゃんは我に返ったかのように気を取り直して。


「ううん、そういうわけじゃあないわ。あ、違うとも言い切れないかも。何かね、外界の話ではあるんだけど、紅葉山のてっぺん辺りに、【魔物】が増え始めてるみたいなの。今のところ、内界に入ってくる気配はないらしいんだけど、これ以上増えるようなら、避難勧告が出される可能性はあるわね」


今あったばかりの電話の内容を語ってくれる。

きっと潤ちゃんは、その警戒のために呼ばれたのだろう。

それを聞いた僕は、何だかわけの分からない不安に襲われた。



「それ、僕も行ってもいい?」


だから。

自分が何かをしなくちゃいけない気がして、僕は気付けばそんな事を口にしていた。


「何言ってるのよ。ダメに決まってるでしょ。いくら【本校】への編入が認められたって言ったって、まだ正式な手続きもしてないし、何より基礎も知らない吟也が今現場に出たって、足でまといどころか、吟也危険な目に……ひいては他の子たちを危険に晒してしまうことだってあるかもしれないでしょう? 少なくとも一ヶ月は、対【魔物】の戦闘やルール、【曲法】について勉強しなきゃ」

「そっか」


そこまで言われてしまうと、さすがにそんなことないなんて大それたこと言えるはずもなく。

自分ひとりのワガママで他の人に迷惑がかかる、なんて言われれば。

引き下がるしかなかったけれど。


でもそれでも、もやもやした感じが抜けなくて。

たぶん不満そうな顔、してたんだと思う。

それを見た潤ちゃんは苦笑して。



「ごめんね。ほんとはこの後、そのことについてみっちりレクチャーしていくつもりだったんだけど。帰還命令出ちゃったし、今日のところは【付属】の荷物まとめておいてくれる? それから明日、日曜だけど、直接【本校】に来てほしいの。吟也に、【曲法】の才能があるかどうか、検査するって言ってたから。まぁ、【異世】にずっといても平気、真希さんの拳を受けても平気なら、きっと何らかの力があるんだろうけど。もし前線に出られるタイプの【曲法】だったら、私の委員に入るのよ」

「え? う、うん。でも、生徒会長がなんとかって塩生さん言ってなかったけ?」


相変わらずのってくるとたちまち雄弁になる潤ちゃんの言葉に目をしろくろさせながら、僕はそんな事を呟く。

それに、そう言えば美音先輩もそんな事言ってたような気が……なんて考えていると、

再び響く、潤ちゃんの携帯のアラーム音。



「あーもうっ! 分かってるわよ! ……と、とにかく、【生徒】になったら入るのは私の委員よ、分かったわね! それじゃ、また明日っ。待ってるから!」

「う、うん、また明日」


そして、どさくさにまぎれて有無を言わせぬ懐かしきジャイアニズムを発揮して。

挨拶もそこそこに家を飛び出していってしまう。

あれよあれよと言う間に、慌しく潤ちゃんが帰っていって。




「ごしゅじん、全く押しが弱いな」

「うっ」


テレビを見ててこっちの話なんか聞いてなかったはずのクリアが、しみじみとそんな事を言う。


「そこがとのの弱みであり、美徳でありまするか」


言われてへこんでる僕をフォローするようにリオンが呟く。

その膝上には、潤ちゃんのお手製らしい巾着を布団代わりにして未だ寝こけている、もともとホッチキスらしき小さな女の子の姿がある。

けっこうがやがやと喋ってたのに、まるで起きる気配のないのは驚きで。



「まだ寝てるんだね。そう言えばその子の名前聞いてなかったけど」


改めて見てみると、やはり特徴的なのはそのふわふわのクリーム色の髪の長さ、だろうか。

頭のてっぺんから足元までぐるぐるみのむしみたいになってるのを見るに、思わず引っ張ってみたくなるような、そんな長さだった。


「そういや、ねとるからあいさつしてへんやったけか。この子はカチュはん、言うんやで」

「確かにとのの御前で居眠りとは、いささか礼に反するかもしれませぬな。起こしまするか?」

「いや、いいよ。あ、でも待って。チビ座布団まだ使ってないのあるし、持ってくるね」


いい加減膝枕がしんどいのかも、なんて内心思って。

僕は立ち上がり、何気に人数分つくってたチビ座布団を持ってきたところで。



「ただいま帰りました~」

「帰還したであります!」

「今帰ったよ」


玄関の扉の開く音がして、かがみ姉さんが両肩にモトカとディアの二人を乗せ、買い物の荷物を両手に抱えてリビングへやってくる。


「おかえりー」

「おかえり、でござるよ」

「おかえりやな。あ、そろそろ10時やでモトカはん。『ねこねこエンジェルふたきちゃん』はじまるで」

「ふふ、そのために急いで帰ってきたでありますよっ!」


僕がそれに答えて台所まで荷物を運ぶのを手伝っていると、あいさつもそこそこにモトカはそう言って、自分の座布団を引っ張ってくる。


ちなみにクリアが言ってたのは、土曜日の10時から大人気放送中の、女の子向けのアニメだ。

そんな二人を筆頭に我が家でも大人気で、夕方の再放送もかかさず拝見させていただいていたりする。


こういうのも、生活が大きく変容したって言えるのかなぁ、なんてしみじみ思う。

もっとも、昔はこの時間帯なにを見てたかも思い出せないのが玉に瑕、ではあるのだけど……。



             (第64話につづく)







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