第65話、大好きな音楽を聴くことが、そらをとぶことと同義だって
SIDE:吟也
瞬時に遠い所へ行けちゃうような。
扉を開けばそこは別世界であるかのような。
ありがちだけど、ステキな発明品。
家柄なのかもしれないが。
物を作ったりするのが好きだった僕は、ヒーローになりたいってことと同じくらいに、トラベルゲートのような……そんな発明品を作ってみたいって憧れていた。
実際作ってみようって考えて、行動を起こしたことさえある。
さすがにイメージしてる通りのものはできなかった気はするけれど。
結果は、どうなったんだろう?
やっぱり、記憶が曖昧だった。
というか、今更なんだけど。
こうやって過去のことを思い出してみて気付く、神戸に引っ越してからの記憶を思い出せない事実。
その、ありえないことに思わず笑みがこぼれて。
だけどこの状況で、それはけっこまずかったらしい。
ふと見回すと、そんな僕をなんとも言えない悲しい目というか。
切なげな目で見ている、つくもんのみなさん。
「そ、そんな目で見るなよぉっ! マジへこむからっ。ごめんって!」
「たいちょー。その言葉、ここで言っても仕方ないでありますよ」
とどめ、とばかりにもっともな事を言うモトカに、僕は頷くことしかできない。
というより、僕にはいまいちピンとこないんだけど。
あのトラベルゲートが僕の作ったもので、名前がベルなんだって。
みんながそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
でもそうなってくると、最初の疑問がぶり返してくる。
「だけどさ。そうなってくると、あの魔物たちは?」
まさか彼らですら僕がつくったもの、ってことになったりしないだろうか?
実は世界を破滅に導く諸悪の根源は自分でした、なんてイヤすぎる。
「確かに、ベルどのにあのような力はなかったはずでござりまする」
「でも、それはベルたいいん本人の話でありましょう? ベルたいいんは、『もの』としても、特殊な存在でありますし」
僕自身にトラベルゲートなんてアーティファクトめいたもの、作れるとは思えない。
しかし、仮に作れたとしたなら、その時のひずみから【魔物】が出てきたっておかしくはないんだろうけど……。
「でもあれ。ほんまにベルはん、なんやろか?」
と、そこで。
言い出しっぺのクリアが、そんな事を呟く。
「って、クリアが最初にそう言ったんじゃ?」
「せやけど、やっぱテレビの画面じゃようわからへん。ほんまにベルはんから、魔物でてきたん?」
「うーん、そう言われると、上空からの撮影だしなぁ。絶対とは」
クリアの言葉に僕が唸っていると、クリアはそれに、と付け加えて。
「ほんまにベルはんやったらこんなことせえへんとちゃうかなぁ? だって、こんな魔物ぎょーさんおったら、ごしゅじん困るやろ?」
そんな事を言う。
「それはそうかもしれませぬ。ベルどのは、リオンたちとのの家臣の中でも特に忠義に厚いお方。理由なくしてこのようなこと、するはずがありませぬ」
「じゃあ。ベルたいいんになにかあったってことでありますか? ううむ、何やら陰謀に匂いがするでありますっ」
そして、モトカのそんな一言に、一同考え込んでしまう。
けど、ここで悩んでたってしょうがないだろう。
だってそれよりも、急がなきゃならない理由に、気づいてしまったから。
「ふむ。どちらにしろ、行ってみなければ答えは出ない、そういうことだね」
「ベルどのが心配でござる。との! とにかくベルどののもとへ向かうでござるよ!」
それは、あの大量の魔物の出現に原因がベルになっている、ということ。
僕らはともかく、他の【生徒】たちが先にベルのもとに辿り着いてしまったら……
ベルはどうなる?
考えるだけでも、嫌な予感しかしなくて。
色々と疑問はあるけれど、一刻も早くベルの元へ向かわなきゃって思っていて。
「でも、どうしよう? 今から向かって、間に合うかな? 魔物もいっぱいいるし」
「難問、だが。しかしこうなると、ディアたちの取るべき手段は」
思わず出た僕の言葉に、考え込んでいたディアは、懊悩する仕草を見せた後、
クリアのほうを見る。
「あ、そうか。クリアの翼の力で、最短距離で行けばいいかな?」
つられてクリアのほうを見上げると、クリアは頷いて。
「よっしゃ。任しとき!」
サムズアップなんぞして、微笑んでみせる。
「クリアたいいん……でもっ」
だが。
そこでモトカが、そんなクリアを心配する様子を見せた。
「どしたモトカ? 何か心配事?」
それがすごく気になって、僕はそう聞いていた。
聞かれたモトカは、あまり意識しての呟きではなかったのか。
ちょっとあたふたした様子を見せて。
「あ、その。モトカたちの力は、モトカたちの生命力と同じでありますから……
あんまり使いすぎると、命に関わるのであります」
「そうなの?」
言われるままに力を使ってきたけど。
初めて知ったそんな事実に、僕が呆然としていると。
しかしクリアはちょっとムッとして。
「何言ってん。そんなんみんな一緒やろ。ここで躊躇って、ベルはんにもしものことがあってみぃ、本末転倒や。仮にあれがベルはんやなくても、今の状況の原因には変わりないんや。迷ってるヒマなんてないで? もしかしたらベルはん、一人で心細うしてるかもしらへん。早く助けな。そうやろ、ごしゅじん」
「あ、ああ」
有無を言わせない口調でそう言われてしまえば僕としては、頷くしかなくて。
※
結局。
僕たちはクリアの翼で、空を舞っていた。
最初にこの力を使ってもらった時は。
建物の中だったせいか、あまり実感がわかなかったけれど。
空舞うことに奇妙な懐かしさを覚えるとともに、それに喜びを感じている僕がいて。
それだけが目的だったのなら、どんなに楽しいだろうかって思うけれど。
そんな気分も、長くは続かなかった。
それどころか、こんな日の高い時分に、こんな堂々と飛んでいたらすぐに見つかって大騒ぎになるかもしれない、なんて危惧すら霞むほどの光景が眼下に広がっていた。
クリアに会ったばかりの頃、紅葉台と呼ばれる所以がよく分かると、僕自身が言ったその山。
その遥か上空をを飛んでいるはずなのに、ここからでも分かる、おびただしい魔物の数。
「ふむ、内界に向かおうとしないこともそうだが、ただ無目的にたむろしている、というわけでもなさそうだね」
聞こえるのは、そんなディアの呟き。
そう、それはこの高さまで上がって初めて分かることだった。
魔物たちは、大きな大きな円を描いていたのだ。
トラベルゲートを中心に、自らの陣地を広げるように。
そのまま唯一つ、ぽっかりと空いているトラベルゲートの周りを覗き込むと……。
「何だか、敵本陣のど真ん中に突っ込むようでありますね」
「これしか手はないとはいえ、やはりモトカどのの言う通り、何者かの罠?」
モトカとリオンの会話もさることながら、正直このまま飛び込んでいいのかなって気はする。
引き返して、様子を見たほうがいいだろうか?
一瞬だけ、そんな事を考えたけど。
ふいに、ぐらっと身体がかしがった。
「うわわっ?」
「危ないっ!」
その勢いで、中空に放り出されそうになったモトカをなんとか手でキャッチし、
リオンとディアのいる胸ポケットへ降ろす。
「ありがとうございました、たいちょーっ。さ、作戦開始を前にして、命を落とすところでありました……」
そんな、九死に一生を得たかのような感じのモトカに胸をなでおろしつつ。
頭上を見上げると、そこにはずいぶんと苦しそうなクリアの姿があった。
しかも、ディアを助けた時みたいに、髪が白みがかっているのが分かる。
「く、クリアっ、大丈夫か!?」
「へ、平気やっちゅーのに……うん、もうちょっと、もうちょっとやから」
心配する僕をよそに、クリアは自分に言い聞かせるみたいに、そう呟いている。
そんなクリアの姿に、一抹の不安を覚えていた僕だったけど。
それより先に、その言葉通り、眼下に目的地である山のてっぺん……
森の木々にわずかに見え隠れする、トラベルゲートの姿をとらえたから。
僕はグライダーの要領で、走りながら着陸し、そのままそれに近付いていく……。
(第66話につづく)
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