第46話、妖の人と魔物、そして曲法扱いし生徒のつながりは……
SIDE:潤
それから、身内だけの歓迎会は。
言葉交わすより早くキクちゃんとぎくしゃくしてしまったせいか、ほとんど憶えていなかった。
料理の味すら覚えてなかったのは、食べ慣れた自分の料理だったせいもあったんだろうけど。
それよりも、相部屋のキクちゃんと今のままお休みするなんんてやだなぁ、なんて思っていて。
そんな私のわがままを汲んでくれたのかどうかは分からないけど。
歓迎会の後で、部屋に帰ろうとした私を呼び止めたのは真希先輩だった。
どうやら約束の、罰ゲームをしなくちゃいけないらしい。
真希先輩部屋にでも呼ばれるのかとドギマギしていたけれど。
指定された場所は、寮どころか学園の外だった。
いや、厳密に言えば学園の敷地内ではある。
ただ、春とはいえ未だ冬の名残吹きすさぶ森の中だ。
全てが紅葉する樹々。
その種類はわからないけど、秋になれば世界は紅葉の赤が支配する。
それこそが、紅葉台と言われる所以。
そんな紅葉の木々を縫った山道の終わりに、真夜中の罰ゲームを執行すると言う演習場がある。
罰ゲームの内容は至極単純というか、罰ゲームという呼び方がふさわしくない、いわば【生徒】としての任務だった。
今日一日、突如現れた虹泉の監視。
いつもは科学班の先輩たちがやってくれていたのだけど、ちょうどいいので現役の【生徒】にもその実物を生で見てもらおうということになったらしい。
真希先輩が、初めからこの仕事を私に罰ゲームとして与えるつもりだったのか、気を使ってくれた結果なのか、本当のところははっきりしていないけど。
お互い何だか変に意識してしまっていて、何も語らずとも重い雰囲気になってしまった部屋から離れることができたのは、結果的に見ればよかったんじゃないのかなって思う。
キクちゃんの気持ち云々以前に、吟也がすべての元凶扱いされている今に、私の心はそれをすぐに受け入れるだけの余裕がなかったから。
そして、そんな事を考えながら、演習場へと入ったことを示す仕切りの金網(演習中はここを境に戦闘用の異世が展開される)を潜り抜けようとした時。
「おお、潤君か。わざわざ時間外にすまないね」
「……っ、トーイ先生。詩奈ちゃんも。こんばんは」
おそらく、そこで待ってくれていたのだろう。
私に声をかけてきたのは、トーイ先生だった。
紅葉台高校の本校ができてから、私の知る限りではほぼ唯一っていってもいい男の人でありながら【生徒】の仕事をまっとうした人物。
正しくも真希先輩の言う英雄であり、今は仙人とも呼ばれ、【生徒】ならば知らぬものがいないだろう雲上の人。
本人は、そう言われても付属の教師なのだからそりゃ知ってるだろうって謙遜するんだろうけど。
そんなトーイ先生に隠れるようにしてそこにいる詩奈ちゃん。
終始柔和な笑顔のトーイ先生に対して、視線を向けるだけで怯えたように、顔を隠そうとする。
それは、何だかあべこべな光景。
先日の件で、どうやら詩奈ちゃんは私のことをおっかないやつだと認識してしまったらしい。
私としては、詩奈ちゃんみたいなちっちゃくて可愛い子を怖がらせるようなことをするつもりじゃなかったんだけど。
下手に付属の男子に避けられるより、地味にへこんでいる私がそこにいた。
それはついさっき、言葉のやり取りもないままにキクちゃんとぎくしゃくしてしまったせいもあったんだろうけど。
「こんばんは、潤君。……ふむ、そうか。詩奈とは顔を合わせていたのだったな。ほれ、そんなところで恥ずかしがってないで挨拶しなさい」
「……こ、こんばんわ」
恐る恐る、だけど言われた通りに頭を下げる詩奈ちゃん。
それに倣ってもう一度頭を下げつつも、二人のまるで家族みたいな距離の近さに、私はちょっと驚いて。
「あの、トーイ先生は、詩奈ちゃんと知り合いですか?」
「……ああ、姪っ子じゃよ。潤さんから見れば孫と爺のように見えるかもしれないがね」
私の不躾な問いに、思っていなかったといえば嘘になるそんな言葉で、からからという言葉が似合う笑みをこぼすトーイ先生。
思わずその笑顔につられそうになり、それが失礼なことに気付いて。
私は随分とおかしな顔をしていたのだろう。
びくっとなって完全に隠れてしまう詩奈ちゃん。
それに、トーイ先生は一層楽しげに笑ってみせて。
「もしかしたら潤君は聞いているかもしれないが、この子に付き合ってあげてほしいんじゃ。わしが行ければいいんじゃが、老体にはちときついし、あいにく用事があってのう」
優しく撫でるように、そのしわだらけで大きな手を詩奈ちゃんの頭の上に置くトーイ先生。
「付き合うって言うと、この先にですか?」
この先にあるもの。新しく現れた虹泉。
今までのものとは違い、人を襲う魔物を吐き出すこともなく、この紅葉台山の中心に、堂々と建つもの。
それは何故、そこにあるのか。
一体何の目的でそこにいるのか。
それを自分の目で見て調べる。
詩奈ちゃんとともに。
それだけの意味が凝縮されてしまった、足らない私の言葉。
「そ、そうじゃ。実際に目で見た【生徒】の意見も聞きたいと思っての」
それに答えてくれたのは、トーイ先生ではなく詩奈ちゃん本人だった。
「私は構いませんけど……」
恐らく、トーイ先生は虹泉が現れてから日常的にここに来ていたのだろう。
詩奈ちゃんを含めた、科学班の先輩たちとともに。
それがなにやら用事があったから、その代わりを私がすることになった。
そのことについては、詩奈ちゃんと仲良くなるきっかけにもなるだろうし別によかったんだけど。
思わず口ごもったのは、こんな時間にあるトーイ先生の用事のことだった。
いくら今のところ害のない虹泉だとはいえ、一度魔物が現れれば、これから向かう演習場は危険極まりない場所へと様変わりする。
魔物に抗うすべのある私はともかくとして、まだ正式な【生徒】ではない詩奈ちゃんを案じてしかるべきて。
それをおいてまでの用事とはいったいなんなのか。
気になってしまうのはどうしようもないことで。
トーイ先生は、私が言い淀んでいるその意味を察したのだろう。
私の心内の疑問に答えてくれるみたいに、その用事について話してくれた。
「どうしても今日中に詳しく調べなければならんことがあるのじゃよ。【妖の人】と呼ばれる存在についてなんじゃがな」
「妖の人……」
それは、昨日の会議でも話題に上った、昔からいたという魔物? の呼び名。
今みたいに、活発に人前に出て人を襲うようになる前の、物語と伝承の中にしかいないはずのもの。
「調べていくうちに、それが魔物とただ単純に同一なものではなく、【生徒】と呼ばれるものたちに曲法という力を植えつけた張本人ではないか、と言うことに現実味が帯びてきたんじゃよ」
「……なんで、わざわざそんなことを」
私は、そんなトーイ先生の言葉を疑おうとは思わなかった。
私たちの体内にある、曲法という力の始まりとは何か。
それについての明確な答えなどなかったから、疑いようがなかったといってもいいかもしれない。
だからこその疑問。
何故わざわざ自分たちが不利になるような真似をしてきたのか。
トーイ先生は重々しく頷き、それに答えてくれる。
「自分たちに反発しうる存在に、抗う術を持たせることで、楽しんでいる。あるいは、その負の感情が、彼らのそもそもの生きる糧である。……ふざけた話だが、それが一般的な見解だ。まぁ、そもそも古い伝承から起こった話であるから、真実がどうであるかはまったくもってあてにならんがね」
なんでも、魔物と妖の人を結びつけ考えるようになったのは、この紅葉台に伝わるもの……昔々の四方山話を間に受け……もとい、参考にしたものらしい。
途中から誰よりもトーイ先生が馬鹿馬鹿しくなったらしく、肩をすくめて話をまとめてくれた。
確かに、今私たちがこうして【生徒】として生きなければならなくなったその理由が、そんな遊び半分だって言われれば腹が立つのを超えて呆れたいくらいだけど。
それが、可愛い孫娘……じゃなかった、姪っ子をおいてでも優先すべきことなのかと言われると、首を傾げざるをえなかった。
確かに、私たちの力の始まりを解明することだって、必要なことだとは思うけど……。
「そんな妖の人が、その名の通り人に紛れ込み、人の変わらぬ生活をしているとしたら、なんとする?」
トーイ先生のその言葉は、昨日の会議で詩奈ちゃんが言っていたものと同じで。
「妖の人ならば、我らの作る異世など気にも留めぬだろう。その力そのものを作った祖ならば、拒絶するはずもない。故にこのままにしておくのはいささか危険を覚えての、妖の人が妖の人であると証明できるものを、一刻も早く探さねばならんのじゃ」
トーイ先生は何かを思い出すみたいに、明らかに誰かを名指しにしているように思えて。
「そ、そんなわけでじぃじは忙しいのじゃ。護衛として代わりについてきてもらえると助かる。もっとも、そんな必要はないと思うがの」
そこで、顔を出し口を開いたのは、それまで会話に加わることなかった詩奈ちゃんだった。
私ははっと我に返る。
そんな詩菜ちゃんが私がそれ以上の事を考えないように、気を使ってくれているってことに気付いたからだ。
それは、トーイ先生だけでなく詩菜ちゃんも、その誰かの正体を知っているってことで。
私がそれを知ることで、あるいは私にとって不都合なことが起こるってことを知ってるってことで。
「……ええ、元々そのつもりで来たんだし」
私は詩奈ちゃんをじっと見つめて、頷いたのだった。
二人して隠そうとしていることを。
なんとしても聞き出してやろうと心内で思いながら……。
(第47話につづく)
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