第47話、本物であるからこそ、手づからつくられ魂秘める
SIDE:潤
それから、詩菜ちゃんと二人きりの夜道。
鬱蒼と茂る森を両脇に固め支えるのは満天の空。
私が星に詳しければ、春の星についての小粋なトークもできたんだろうけど。
「夜道で足下暗いし、手つないでもいい?」
代わりに私が口にしたのは、トーイ先生が去ってからすっかり警戒心の強い猫のようになってしまった、詩菜ちゃん懐柔作戦のその一だった。
詩菜ちゃんが危ないから、ではなく。
純粋に私がそうしたいからのお願い。
それは、あるいはキクちゃんのような、あまのじゃくのツンデレさんじゃなければうまく行くはずだろうと私は目論んでいて。
「わたしは、べつに構わぬが」
返ってきたのは、期待通りのお答え。
私は詩奈ちゃんの気持ちが変わらないうちに、赤ちゃんみたいにちっちゃな手を掴む。
「そう言えば今気付いたんだけど。詩奈ちゃんのその喋り方、トーイ先生の真似してるの?」
「む。その、はっきりそう言われると素直には肯定しがたいものじゃが……おぬし、その、何だか雰囲気が違わないか?」
そしてそのまま、間髪おかずに仲良しになるための一手を打とうとした私に対して返ってきた詩奈ちゃんの言葉は、思ってみればもっともな事だった。
「えと、こっちが素かな。普段は人がたくさんいたりして緊張しちゃって、うまく思ってることが口から出てくれないんだよね。昼間もなんか怖がらせちゃって……ごめん」
厳密に言えば、内なるコス……じゃなかった、ちっちゃくてかわいいものを見たときに、反応する乙女な力が心を露わにするわけなんだけど。
馬鹿正直にそう言うとお怒りになる人もいたりするので、半分だけ真実を隠しつつ、頭を下げる。
そしてそれは、詩奈ちゃんと仲良くなるために最初に解決しなければならない本題でもあった。
この前の会議の時、何かに気付いてじっと私のことを見据えてきた詩奈ちゃん。
それは、見方を変えれば睨み付けていると言ってもよかった。
そのせいで、つられてぎくしゃくしてしまったわけだけど。
「わ、わたしは別に怖がってなど……」
「あ、うん。それならそれでいいんだ。でも、詩奈ちゃん気付いてたんでしょ? カチュのことに」
詩奈ちゃんがどうして私のことを注視していたのか、その事に私は予測がついていた。
「え? ええと……」
故に私がそう聞くと、言っている意味が分からないといった風の詩奈ちゃん。
それは、カチュのことを知らない人ならば当然の反応で。
私はすかさず胸ポケットに手を伸ばし、そこからカチュ専用の寝袋……お手製の巾着を取り出した。
私から見れば、ちょうど爆眠中のカチュが頭だけ出している状態なわけだけど。
「巾着……の中にあるホッチキスかの? ふむ、確かに力を感じるの。おぬし……潤さまの対魔物の得物かえ?」
科学班に所属しているから卒業した、曲法の力を失っているのかと最初は思っていたけど。
詩奈ちゃんにそれは当てはまらない。
おそらく詩奈ちゃんは特別なのだろう。
トーイ先生の姪っ子と言うことで才能を買われ、【生徒】になれる年齢より早く現場に慣れさせようとしているのだろうと私は勝手に自己完結していたんだけど。
「ううん。そう言うんじゃないんだ。なんて言えばいいのかな、可愛くて大切な、友達なんだよ」
そんな詩奈ちゃんも、キクちゃんと同じくカチュのことが見えないみたいだった。もしかしたら最初に会ったとき、その気配だけは感じていたのかもしれないけれど。
カチュがカチュに見えない子達の大半は、そう言う私に一歩引いてしまう。
引かないで受け入れてくれる子なら、こんな私でも受け入れてくれるんじゃないかって、ちょっと卑怯な物差しとして扱われていると知ったら、カチュは怒るだろうか?
いつもいつも眠い眠い言っている彼女なら、怒ってる暇があったらそのぶん寝たいって言い出すんだろうけど。
「……そうか。確かに、潤さまが大切にしていることはよく分かるぞ。そのものも、しあわせじゃて」
「そう思ってくれてれば嬉しいんだけど」
やっぱり詩奈ちゃんは、私が思った通りの子だった。
そう言って笑ってくれるのが嬉しい。
私が浮かれた笑みを浮かべていると、何やら少し考え込んで立ち止まりかける詩奈ちゃん。
どうしたのと顔を向けると、詩奈ちゃんは何やら納得したみたいに頷いて見せて。
「そんなおぬしならば、この先に未だ在り続ける虹泉の意味も分かるじゃろう。是非意見を聞かせてほしいものじゃ」
まるで先導するみたいに、私の手を引っ張って駆け出していく詩奈ちゃん。
気付けば何だか距離が近くなったような、そんな感覚。
私はその事実に、更に嬉しくなって。
聞かなくちゃいけないはずの事も、その時ばかりはどこかへいっちゃってた。
それはもしかしたら、辛いかもしれない現実に。
意図しないままに目を背けようとしていたのかもしれなくて。
「ついたぞ、今日も煌々と光っておるわ」
もれなく辿り着いた、演習場の最奥。
紅葉台山の頂上。
そこには、何だか自慢するみたいに詩奈ちゃんが言うように、昼間映像で見た虹泉があった。
本来ならば演習用の電灯をつけなければ闇に包まれる場所。
その明かりがないのにもかかわらず、それは確かに私の目にはっきりと映っていて。
「……」
手を伸ばせば届きそうなところまで近付き、私は言葉失い立ち尽くす。
画面を通してものを見るのと、実際に目で見るのとでは大違いというのはまさにこのことか。
そこにある虹泉は、私が思っていた以上に随分と大きく見えた。
それはもう、一棟の建造物といってもいいかもしれない。
格調高い宮殿、その一角にある四阿つきの祭壇。
元は白塗りであろうそれは、虹色に明滅し山の頂の闇を照らしている。
光源は、四阿の中央にある水溜り。
それが、虹泉と呼べる一番の特徴。
まるで心臓の鼓動のように規則的にうねっていて。
生きているようで、圧倒される。
みだりに触れてはならないような、恐れ多い感覚すらあって。
「潤さまなら、この虹泉が壊されずにここにある理由が分かると思うがの」
繰り返しの、詩奈ちゃんの言葉。
そう言われて私は思い出す。
今まで見てきた虹泉の、その顛末を。
人を襲い、食らおうとする魔物たちを次々生み出そうとするそれ。
私たちは、それを目にしたらすぐに破壊してきた。
ただ、危険だからと。人間にとって害になるからと。
もしかしたらそれは、間違いだったのかもしれない。
なんて思わされるものが、目の前のそれにはあって。
「……今まで私たちがしてきたことって、正しかったのかな」
思わず漏れ出た、そんな呟き。
詩奈ちゃんはそれに僅かに頷いて見せて。
「破壊しなければ蹂躙され続けただろうことは間違いない。正しくないとはわたしは思わぬ。むしろわたしは、これが今までのものとは別のものと考えておるよ。たとえば、そうじゃな」
触れそうなほどに近づき、四阿の柱……そのてっぺんを指し示す。
「ここに精緻な細工があるじゃろ。よくよく見てみれば手彫りのようでの。というより、この虹泉そのものが手作りのようじゃな。見ていると何より、その作り手の愛情が伝わってくる」
まるで目利きの鑑定士みたいに、どこか陶酔した様子でそういう詩奈ちゃん。
「手作りって、そんな。虹泉を作っちゃったってこと?」
逆に今までの虹泉はどうやって作ったのかってことにもなるんだろうけど。
今までのものは、それぞれの創造主の異世が具現化したものといってもよかった。ある意味、もともと存在していない幻のようなもので。
「そういっておる。つまり、ここにあるのはその存在からして別ものということじゃな」
「それじゃあ、これって虹泉じゃないんじゃないの?」
魔物一匹出てこないのを知ってから薄々思っていたことではあったんだけど。
そんな根本から覆しかねない考えに、詩奈ちゃんも賛成らしい。
どこか満足げに頷いてみせて。
「正確に言えば逆じゃな。ここにあるのが虹泉と呼ばれるもので、今まで見てきたものは、そう呼べぬ偽者だったとわたしは考えておる」
これこそが真実とばかりににやりと笑みを浮かべる。
それには当然根拠があるんだろう。
私がそう聞くと。
詩奈ちゃんは何だか楽しげにそれを説明してくれた……。
(第48話につづく)
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