第45話、流れゆく時間は研ぎ澄まされて触れるほどに痛い
「ををっ。ここ、たいちょーの気配がするでありますっ」
それから部室に辿り着いて。
入るや否や初めてここに来た時のクリアと同じようなリアクションをするモトカ。
いや、確かに入った途端に、機械をいじるためのラボ特有の鉄くさい匂いとか、
油の匂いとかするのは分かるんだけども。
これはちょっと、香水でもつけたほうがいいのかなって考えてしまう。
あんまり好きじゃないんだけどなー……って、それよりも。
「ずいぶんへったな、昨日はあんなぎょうさんおったのに」
これも由宇に聞いたのだが、前線に出て戦う【生徒】たちを補佐するクラブは【本校】にもあるらしい。
天下の紅葉台の補給拠点にしては、思ったより大きくないんだなと思っていたけれど、この部は紅葉台の組織からすれば補助の補助なのだと言う。
従って、この【付属救援隊】が前線に出ることはほとんどないらしい。
まぁ、この戦いのフィールドにすら長くいられないのなら、仕方がないことなのかもしれないけれど……。
その代わりにこの部で行われる主なことは。
【生徒】用の武器防具、消耗品の修理、作成とのこと。
そのためのラボスペースは、さすがに本場だけあって極上の環境が整っているようだけど、やはりその分お金がかかるのだろう。
全部で数十台。
そのほとんどが先輩方が使用しているため、正直昨日の時点ではこの状況でこの人数をどうやってさばくつもりなんだろうって思ってたんだけど。
クリアが呟く通りそれほど早い時間に来たわけでもないのに、僕たちと同じ、所謂新入生の姿は僕たちをのぞけば三人しかそこにいなかった。
「この人がいないのって、もしかしなくても昨日の影響?」
「ああ、そうだろうな。まだ医療室から離れられない奴もいるらしい。多分、こうなることは予測済みだったんだろうけどな」
由宇の言う通り、初めからあの歓迎会は真の入部試験みたいなもので。
補助の補助とはいえ、共に戦場に立つかもしれない以上、【異世】に入れないじゃ元も子もないっていうのがあったんだろうって思える。
「ふむ。今年は5名か。豊作、と言えるかもしれんの。では諸君、改めて我ら【付属救援隊】へようこそ。さっそくだがそれぞれ担当の上級生についてもらい、戦闘用品の生成、修理のノウハウを覚えてもらう」
案の定、トーイ先生は満足そうに頷いてからそう言うと、名を呼ばれた上級生たち三人が顔を出す。
あれ、でも2人少ないな、なんて僕が思っていると。
「でだ、紅恩寺吟也君と若穂由宇君、君たちはこっちへきなさい。儂が直々に教えてやろうぞ」
そんな言葉が返ってきて、ざわめく辺りの空気。
それは、先生自ら指導なんてことは滅多にない事だからなんだろう。
「よかったな。期待されているみたいだぜ」
呆気に取られる僕を前に、他人事のように呟いて。
由宇はトーイ先生の背中を追いかける。
別にそのつもりもなかったけれど。
もうなんか後に引けそうもないなぁ、なんて思いつつ。
僕もその後に続く。
そして……。
二人そろってクラブに使う道具についてその説明が始まったわけなのだけど。
正直、自分の家にもラボがあるので、その辺の知識は一応頭に入ってたりするわけで。
かといってもう知ってます、とは中々切り出しにくく。
その説明を聞いているのは僕だけじゃなかったから、大人しくその説明を聞いていた。
「それでだ、君たちの記念すべき初仕事は、【本校】の【生徒】が所持する武器の作成になる。大切なものとはいえ、消耗品であることに間違いはないからの。多く持ってるに越したことはないだろう。まずやらなくてはならないのは、誰のものを作るか決めること、じゃ。ここに、全生徒の簡単なプロフィールと、好んで使う武器、戦闘データについて書かれているファイルがある。参考にしてくれて構わないぞ」
そう言って、でん、と置かれる分厚いファイル。
なんでこれだけアナログなんだろう、なんて思いつつ手に取ろうとしたら、しかしその前に由宇に奪われた。
僕が目をしろくろさせる中、しばらくページをめくっていた由宇は顔を上げて。
「戦闘データはともかく、このプロフィールって必要なんですか? 何ですかこの好きなタイプってのは」
ほっとしたり憮然としたりの百面相で、そう呟く。
もしかしたらそこに自分のもあるかも、とか考えてたのかもしれない。
「どんな人が扱うのか、それが分からなきゃいい道具は作れないってことですよね?」
「さすがごしゅじん、クリアたちのことわかっとんな」
「モトカたちは持ち主を選べないでありますからねぇ」
ほとんど無意識に出た僕の言葉に、はしゃぐ自称もの娘たち。
けれど、先生もそれに頷いてくれて。
「その通りじゃよ。まぁ、このファイル自体、相手方の要望でもあるがね」
「あ、本当だ。……って、すまん吟也、一人で見てた」
それまで一人でファイルを見ていた由宇は、そのことにようやく気付いてはっとなり、おずおずと僕の方へファイルを差し出してくる。
見てみると、確かにそれは手書きのアンケート用紙みたいなものだった。
「本来ならば、持ち主となる本人に直接会っていろいろ相談すべきなんじゃがの。さすがに私一人ではそうもいかんからな。こういう形を取らせてもらっているのだよ」
確かに、それが可能ならその方が絶対いいのだろうけど。
それより何よりも今先生、物凄く重要なこと言ったよな?
私一人ではきついって、それってもしかしなくても、先生は直接本人に会ったりしているってことなのだろうか?
「いろいろ相談って、先生はもしかして、【本校】によく行くんですか?」
僕は期待を込めて、そう聞いてみる。
その期待には、あわよくば僕も同伴させてくれってのもあったりして……。
「ん? まぁな。完成した品を運ばなければならんしな」
「それって、ついていくのってマズイですかね?」
恐る恐る窺うように僕が言うと、先生は苦笑して。
「まさか君から言われるとは思わなかったよ。老体にあの量を一人ではちときつくてな、もしよければ、君に頼むつもりだった」
どうやら歓迎会の時、何ら影響なく帰ってきた僕を見て、そのことを先生自身が考えてくれていたらしい。
「ほ、ほんとですかっ? それじゃあ、お願いしますっ!」
僕は内心ガッツポーズ。
これでとりあえず、再び【本校】へ入る機会を得たわけで。
「ああ、こちらこそ期待しているよ」
「全く、行動力あるな吟也は」
満足そうに頷いてるトーイ先生と、ちょっと呆れたように呟く由宇。
「あれ? 由宇は行かんの?」
「あ、ああ俺は吟也みたいに平気ってわけじゃないからな」
そのつもりで話していたわけなんだけど。
どうやら由宇はあまり乗り気じゃないらしい。
まあ、それについては別に強制することでもないし、仕方ないか。
「そっか。ま、それならそれで。由宇は誰に作る?」
「そうだな……」
さくっと切り替えて、クラブ活動の話題に転ずる。
そして、その日のクラブ活動は、ファイルを眺めつつ過ごしたのだった……。
※ ※ ※
そうして、その日の夜。
夕食を終えてすぐ。
「あのさクリア、つくもんのことで聞きたいことがあるんだけど」
ちょっと思うことがあって、僕はクリアにそう切り出す。
モトカと一緒にテレビに釘付けになっていたクリアは(ちなみに、かがみ姉さんは台所で夕食の後片付け中)、すぐにこっちに向き直り、机を駆けて僕のほうへやってくる。
「うん、何聞きたいんや、ごしゅじん」
「クリアたちの元っていうかクリアの場合サングラスなんだろうけどさ。元々誰のものなんだい?」
「ん? 誰ってごしゅじんのものに決まってるやん」
「いや、うん。そう返されるとはちょっと思ってたけどさぁ。クリア、潤ちゃんと最初に会ったとき、潤ちゃんのかばんの中につくもんがいるって、そう言ってただろ? ってことは、その子の媒体になってる『物』って、もともと僕の持ち物ってことでいいの?」
それは、朝からずっと考えていたことだった。
クリアは会った時から当然のように僕をごしゅじんだと言うけれど。
僕自身はクリアたちのことを知らなかった。
今まで生きてきて、九十九神の精霊が生まれてくる? ほどサングラスや、あるいはスパナを持っていた記憶、それが僕にはなかったんだ。
だから、クリアがちょっと勘違いをしてるだけで。
本当のごしゅじんは別にいるのだと、最初はそう思っていた。
しかし今は。
僕が情けないことに忘れてしまっているだけで……っていう気持ちがあった。
それは、モトカを助けたときに頭に浮かんできた知らない記憶や、昔から近くにいたかがみ姉さんの存在がそう思わせてるのかもしれないけれど。
そんな僕が、クリアたちの言うごしゅじんであると証明しうる存在。
それが、潤ちゃんのところにいるつくもんなのだと、そんな気がしていて。
「もちろん、そうや。つくもん反応があった以上、そこにつくもんがおったのは間違いないで」
「そっか。その子があのホッチキスだったのならやっぱり僕がごしゅじん、なんだな」
「今更何言ってん。ごしゅじんははじめからごしゅじんやで」
変わらぬクリアのその言葉に、僕はどう応えればいいのだろう?
小学校の時に使っていたホッチキス。
引っ越すことになって、でも半分喧嘩状態でロクに話もできない中。
それでも絶対帰ってくるって約束のしるしとして、僕が潤ちゃんに預けた大切な『物』。
もともと僕の持ちもので、それでいて潤ちゃんが持ってるものなんて、やっぱりそれしかないはずで。
それがクリアが反応したつくもんであるならば、僕がクリアの言うごしゅじんであること、もう疑いようもないことは分かってるんだけど。
クリアのことを覚えていない自分への罪悪感のせいか、どうもぎこちない苦笑を浮かべる羽目になってしまう。
と、気付けば。
モトカもテレビを見るのをやめ、僕の事を真剣な眼差しで見つめていた。
かがみ姉さんも洗い物の手を止め、背中で僕たちのやり取りを聞いている感じで。
忘れているのだと分かった、クリアたちと過ごした、その記憶。
いったいそれはいつのことなんだろう? って考えてみたんだけど。
何故か忘れていること以外、僕はどうしても思い出すことができない。
まるで、思い出そうとすることを何者かに止められているかのように。
なんだかそれが、とてもしゃくだったけれど。
今は、僕がごしゅじんであることに、僕自身が確信を得られただけでもよしとすべきなのかもしれない。
「そ、そっか」
結局僕はただ、頷くことしかできなかった。
何故ならば、僕がクリアたちのこと未だ思い出してないことを知って。
どこか安心したような顔を、クリアがしたからだ。
「あ、それより、潤はんにあげるもん、何かいいの考えたんか、ごしゅじん?」
それを悟られぬように、なのだろう。
話題を変えるクリアに、僕は再び頷き返して。
「ああ。考えたよ。せっかくだから、代わりに潤ちゃんのための武器、作ってあげようかなって思ってるんだ」
そう答えたのだった。
今から取り掛かれば、クリアの言葉と態度の矛盾した部分とか、余計なことを考えなくてすむ、なんて思いながら……。
SIDEOUT
(第46話につづく)
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