第41話、きっとこの地に降り立った時点で目立ってしょうがなかったから



SIDE:潤



「……ふぅん。あのまま逃げも隠れもせずに戻ってきたのはほめてあげるけど。どうやらあまり反省はしていないようねぇ、潤?」


振り返ったらそこにいたのは。

金剛石も砕くと言われるその拳を握り締めた真希先輩でした。

随分おかんむりらしく、その拳からは異世が洩れ出ていて。



「え、えっと、その……どうかしましたか、真希先輩?」


私は条件反射で命ちゃんを掴んでいた手を離し、慌てて向き直ると、恐る恐るそう聞いてみる。



「どうかした、ですって? あなた、まさか歓迎会でしでかしたことを忘れたわけじゃわけじゃないでしょうねぇ?」


すると返ってきたのは、正直に言えば憶えていたそのことだった。

歓迎会の最中に自分の異世を展開してしまったこと、どうやらまだお怒りらしい。



「あ、それは。深いわけがあって……」


何だかよくは分からなかったけど、カチュのお友達がピンチっぽかったし、やむを得ない事情があったのだと説明できればよかったんだけど。

生憎のところカチュのその姿も声も、私以外は認識できないというご都合主義がそれを阻んでいて。

どうしても煮え切らない苦しい言い訳みたいな言葉しか出てこなくて。


「へえ。そうなんだ。実はね、今回の歓迎会、誰かさんのその深いわけのせで例年に比べて病院送りになった男どもが四割り増しになったしまったのだけど、それでも仕方のないといえるほどのものなんでしょうね?」

「うっ……」


畳み掛けるように返ってきたのは、予想を遥かに上回る衝撃的事実。


「それはもう、地獄絵図のごとき惨事だったわ。トラウマになったって由宇も嘆いてたし。まぁ、死人が出なかったことだけがせめてもの救いかもしれないけどね」


今更ながら、もっと冷静に物事を考えて行動すべきだったと後悔してもしきれなかった。


地獄絵図。

異世に慣れない付属の子達にしてみれば、意を決して海の中に潜ったかと思ったら、いきなり海の底に放り出されたような衝撃だったはずだ。

そこで、吟也は大丈夫だったのだろうかと考えてしまうあたり、自分の勝手さが如実に浮き彫りにされるようでますますへこんで。



「で? なんであんなことしたの」


私のテンションがだだ下がりになったのが分かったんだろう。

それに合わせて、少しトーンを下げてそう聞いてくる真希先輩。



「その、友達が……カチュって言うんですけど、困ってたから、助けたくて……」


曖昧に濁すことはできないと、そう思った。

だから私は事実を述べる。

いっそのことカチュのことを紹介する勢いで。



「そか。嘘はついてないみたいね。……まぁ、いいわ。ちゃんとした理由があるなら、男どもの治療代を潤ちゃんのお給金から天引き&罰ゲームだけで許してあげる」

「許すもなにもまったく慈悲も容赦もないように聞こえますが」


正直に言ったのが良かったのか。

いつもの脱力した感じに戻った真希先輩は、なぜかそれ以上突っ込もうとはせず、だけど思わずキクちゃんが突っ込むほどに現実の厳しさを突きつけるような言葉を返してくる。


でもまぁ、お給金って言ったって仕事の報酬とか、テレビの出演料とかが勝手に入ってくるだけであまり感知していないのが正直なところだった。

いつだったか金額を確認したとき、見たこともない金額が表示されていて見なかったことにしてたしね。


どちらかというと不安なのはもう一つのほうだろう。

真希先輩の口から聞くと余計に危機感を煽られたけど。



「あ、そうだ。お見舞いは……」


行ったほうがいいよねって口にしかけて、そんなことそもそもできないことを思い出されて口を噤む。


「何よ、潤ちゃんってば。トドメでも刺しに行く気?」

「ややっ、まさかっ」


結構冗談ごとじゃなかったんだけど、あまりにも軽く真希先輩が言うものだから、思わず出た失言も曖昧になって。



「そう言えば合格者っていたんですか。別にどうでもいいんですけど」


そこで、正しくも今一番語るべきことを口にしたのはキクちゃんだった。


「あー、いつもより厳しかったからね。五階に上がれた子が一人もいなかったって話だけど」

「あ、あの、吟也は、吟也は大丈夫だったんでしょうか?」


合格者はいなかった。

それならばと、私は真希先輩の言葉にかぶせる感じてそう聞いた。


「ああ、やはり紅恩寺は潤の知り合いか。歓迎会に参加してたのか? その最中にやってきてたからてっきり違うのかと思っていたが」


すると、何だか少し得意げに答えてくれたのは命ちゃんだった。

それに少しもやっとしたけれど、その時思い出したのは、トイレに行くと言っていた吟也の姿だった。


歓迎会が始まってすぐ、一人地下に降りていってしまった吟也。

となると、そのまま歓迎会に戻らずに、さらに地下に降りて命ちゃんと会ったということになるわけで。


ごみ捨て場に何か用事があったのかな?

しかも、歓迎会そっちのけにするくらいの何かが。

たぶん、その辺りのことが命ちゃんの言う秘密とやらに繋がってくるのだろう。


こうなってくると是が非でも知りたくなってきたけど。

これ以上はお口チャックのポーズをする命ちゃんに、私は深くは聞けず恨みがましい目で見ることしかできなかった。


それはきっと、自分に置き換えて考えちゃったからなんだろう。

自分と命ちゃんを置き換えて。

秘密にしていたことを話してしまって。

約束も守れない女だなんて思われたら……正直死ぬるからだ。



「へえ。命ちゃんも会ったんだ。潤ちゃんがぞっこんラブの彼に」


と、そこで何やら感心したように呟いたのは真希先輩だった。

どことなく妖艶な、心まで届いてきそうなそれ。


真希先輩が興味を持ってしまった。

その時のぞくぞくする感覚は、いつのもイヤな予感とは少しばかり毛色が違っていたようにも思えたけれど。



「そ、そんな本当のことをみんなの前でっ」

「ここで否定しないあたりは賞賛に値すべきなんでしょうかね」


その本当のことをまだ知らなかったのは命ちゃんくらいだったけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

慌てて否定……なんかできないから正直な言葉が口からこぼれたら。

呆れ以上に感心してる風の、キクちゃんの呟きが耳をくすぐって。



「潤ちゃんにそこまで言わせる男かぁ。前々から興味はあったんだけど、こりゃあ会ってみる価値はありそうよねぇ」

「それは是非に、ですね。先輩の異世に耐えられるようならいよいよもって生徒会長の道が開ける」


しみじみとそう言う真希先輩、自分のことのように誇らしげな命ちゃん。

ううむ、命ちゃんにこんな一面があったとは意外だった。

人のことは言えないんだろうけど。



「命ちゃんまでそんなこと言うんだ。美音も似たようなこと言ってたけど、実はさ、トーイ先生にも言われたのよ。何だか面白いやつがいるって」


話の流れからして、その面白いやつっていうのも吟也のことなのだろう。



「トーイ先生は、何と?」


トーイ先生は、いわば吟也の目指す夢の先駆者だ。

私としては複雑な所ではあったけど、それでも先生の評価を知りたかった。


「歓迎会が行なわれている時間、一時間くらいだったかしらね。生徒会室に行くでもなく、かといって他のもののように異世にやられて苦しむでもなく、何もせずけろりとした様子でスタート地点に帰ってきたんですって」

「……それは」


本当にトーイ先生クラスというか、私が言うのもなんだけど、普通じゃなかった。思えば自分の時も美音先輩の時も命ちゃんの時も、吟也なら、なんて期待もあって深くは考えていなかったけれど。


普通の人にだって毒である、拒絶すべき存在である私たちに対し、吟也はあまりに自然体だった。

我慢してるのかもなんてレベルじゃない。

もしそれで我慢しているのなら、世紀の大俳優も大詐欺師も夢じゃないんだろう。



「ふふ。本当にこの世にそんな男がいるのだな、先輩の言う主人公(ヒーロー)と呼べるものが」


そんな事を考えていた私に対して、どこまでも素直にそんな言葉を返す命ちゃん。それは、甘すぎるくらいに甘い願望だ。

そしてそれこそが吟也の夢であり、私とした約束でもある。


私自身だって、そうだったらどんなにいいかって思わない日などない一方で、異常に引き込んでしまうことに嘆いてもいて。

そんな甘い言葉を、完膚なきまでに打ち砕こうとするのは、キクちゃんだった。



「そんな都合のいいことが、本当に起こるって思ってますか? もっと冷静に考えてみてください」

「……」


浮かれてふわふわしていた空気を一瞬にして醒ます、低い低いトーン。

私には、そんなキクちゃんが何かの感情を極力押し殺しているようにも見えたけれど。



「あまりにも都合がよすぎませんか? 創造主が誰かも分からない虹泉が出現したこのタイミングで現れた人物。その人がもし、異世に留まることのできる……【生徒】の資格のある人物であるのならば。そんな楽観的な考えよりもまず、今件の諸悪の根源であるかどうかをまず疑ってみるべきじゃないんですか?」

「それは少し、極論すぎやしないか?」


すかさずついて出る命ちゃんの反論。

確かに、キクちゃんの言う事は最悪なほうの極論だ。


でも、極論であるのは命ちゃんのほうも同じだった。

だから、どちらの意見にもすぐに頷けないし否定もできない。



私は、そこまで考えてはっとなる。

どうして私はこんなにも冷静でいられるのだろうかって。


だって、よりにもよって吟也が疑われてるんだよ?

それもさんざん吟也のことを話してきたキクちゃんに。

普通だったら。あるいはそれがキクちゃんじゃなかったら、そんなわけないじゃないって猛然と突っかかっていたかもしれない。


だけどそうならなかったのは、そう言うキクちゃんが一度も私と目を合わせてくれなかったからなんだろう。

その言葉を発しながら、必死に隠そうとしている感情が、悲しみのようなものに思えたからなのかもしれなくて。



「ちょっとちょっと、みんなして盛り上がってるところ悪いんだけどさ、その答えを得るための対策、とっくの間に取っちゃってるんだけどね?」


下手すれば一触即発の気配。

しかしそれを吹き飛ばし、皆の視線を一気に集めたのは真希先輩だった。



「対策とは?」

「ああ、うん。まさか潤ちゃんの想い人だとは初めは知らなかったし、できれば黙ってようと思ってたんだけどね。由宇ちゃんが今回付属に出向してるのって、紅恩寺クンの監視も目的だったりするんだよね」


初めから吟也が疑われていた。

それは、思いもよらない大きな衝撃。

あまりに大きすぎて心が追いつかない。


私が何も言えない中、それでも真希先輩は言葉を続ける。



「きっかけはね、春の入学願書よ。男であるのにも関わらず本校に入学しようとしてたから、気に留めていたの。由宇ちゃんに監視させようと思ったのは、新しい虹泉が現れてからだけどね」

「それでは、先輩もその人が今件の首謀者であると?」


思わず命ちゃんがそう聞くように。

何だか真希先輩はキクちゃんよりの意見を持っているように思えたけれど。


「だから言ってるでしょ。それをこれから確かめるんだって。とりあえず、明日会ってみるわ。トーイ先生にはそう伝えてあるから」


故にここでやりあっても全くの無駄な労力であると、そう言いたいのだろう。


「それよりも、歓迎会よ。歓迎する新入生はいないけど、せっかく料理も作ったんだし」


手を叩き先導するような形で、しぶしぶ見えない拳を下ろした命ちゃんとキクちゃんを連れ立っていってしまって。


一人呆けたまま残された私。

それに気付いた真希先輩は、すぐに戻ってきて。



「自分を信じなさい、潤。これからの結果が、どう転ぼうともね」



至極まじめな口調での、そんなアドバイス。

私は、吟也じゃないところにそのアドバイスの真意があるような気がしていて……。


SIDEOUT



            (第42話につづく)








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