第42話、知らないまま笑ってるだけじゃいられない



SIDE:吟也



そうして、何だかそわそわした気持ちの中……次の日。

   


朝食のテーブルで顔を合わせた三人は。

昨日の出来事が嘘であったかのようにかしましかった。

そこには、ぎこちなさは微塵もなく、内容も知らないくせに運命とかいって気にしすぎだったのかなと思う反面、たとえ何かあるとしても、まだ僕が聞いていいことじゃないんだろうって、判断しておくことにした。


いつかはきっと、面と向かう必要のあることなのだろうけど。

この今を壊したくなかったって、そういう気持ちもあったのだろう。

その行動が正しかったのかそうでないのかは、今はまだ分からないけれど。



そんなこんなで。

留守番のかがみ姉さんを残し、クリアとモトカを連れての登校。

校門近くまで来たところで、由宇の姿を発見した。

どうやら、待っていてくれたらしい。

   


「おはよう、由宇。待っててくれたの? わざわざ悪いね」

「ああ、おはよう。昨日の話の続き、ここで話したほうが分かりやすいと思ってさ」


それに成る程と頷いて、僕は由宇と連れ立って歩きだす。

しばらくは、特に会話もなく歩いていたけれど。

例の、【本校】と【付属】を遮る金網の見える所まで来て、由宇は立ち止まった。



「吟也は、何のためにこの金網や柵があるか、知ってるか?」

「え? そりゃ、【本校】は女子校みたいなもんで、【付属】は男子校みたいなもので……ってことじゃなく?」


それだったらもう分かりきってることだし聞かないよなぁ、とは思いつつ。

僕は思ったままを答える。

すると、由宇は改めて得心したように顔を上げて。



「ああ、もちろんそんな単純な理由じゃない。あやまって【付属】の生徒や、関係のない人間が入り込まないように、という意味では同じだけど……簡単に言えば、【本校】の敷地に入ること自体、【本校】の生徒以外には危険だからなんだ」

「危険?」


確かに、気圧が違っていて、慣れない人には長時間は危険かしれないけれど。



「そう、危険だ。下手をすれば死を招きかねないほどの危険が、【本校】にはある。いや、正確には【本校】の生徒に、と言ったほうがいいかもしれないな」


そう言う由宇の口ぶりから判断すると、気圧のことを言っているのではないことが分かる。



「【本校】の生徒が危険なの? って、ええ? 何で? 僕、何人かに会ってるけど」

「もしかして、【本校】の生徒に親しい人……そうだな、たとえば恋人とか、いたりするのか?」


問いかけたはずなのに、逆に聞き返される。

しかも、よりにもよってとんでもないことを。



「こ、恋人っておい! ……いるように見える?」

「……ノーコメントで」


正直に答えたのに、何かバカにしてるような顔をする由宇。

むぅ、ホントの男だったらどついても許される顔だぞ、それはっ。



「親しい人は?」

「うん、いるっちゃいるけど」


それには、コクコク頷く僕。

そのくらいなら、まぁ潤ちゃんも許してくれるだろ、なんて思いつつ。



「そうか。もしかしたら吟也には免疫があるのかもしれないな。【異世】に入ったのにも関わらず、平気でいられたのはそのせいか」


やはりか、なんて呟き一人納得してる由宇。



「【異世】って何さ?」


何か聞いてばっかりだけど、分からないものは分からないのだから仕方がない。

再度問いかけると、由宇は頷いて。


「【異世】とは……そうだな。分かりやすく言えば、対【魔物】のための【生徒】が用いるバトルフィールドのことだよ。【魔物】が出現したときにはそれを展開して戦うのが普通で、【生徒】たちが【魔物】と戦うための力に目覚めたときには、すでにあったとされているものなんだけど、結構謎の多いものでさ。一番の謎は、その領域が男性体を拒む、ということなんだ。現在【本校】にいる男性や、吟也……お前のような特別な人間を除けば、だけど」


熱のこもった様子ですぐさま答えてくれる。



「違う世界に入った気ぃしたの、そのためやったんやな」

「さすがたいちょー。さすが女の敵、であります……って、うわわっ」


誰だか知らないけど余計な言葉、覚えさせちゃってもう、なんて思いつつ。

肩上げして無言の抗議。


「特別、ねえ? 言われると何かドキドキする言葉だけど、正直あまり実感わかないな」

「そう思ってる時点で特別、なんだよ。そんなんだから気がつかなかったんだろうけど、戦いの雰囲気に慣れるよう、事が起こったときに迅速に行動できるように、【本校】の敷地には、その【異世】が常に展開されてるんだからな」

「う、うむぅ」


そう言われると、確かに僕はそんなこと全く気づいてはいなかった。

気圧が変わった、くらいにしか思っていなかった。


きっと、それが【異世】だったんだろう。

だとすると。



「歓迎会に参加した他のみんなは、どうなったんだい?」


知りたかったのは、昨日由宇が言葉を濁した、その内容。

今日話すと言ってくれた、本題。

由宇はその時のことを思い出したのか、青い顔をして俯いてしまって。



「実際肌で実感できなきゃ、掴みづらいとは思うけれど。多分、いきなり深い海の底に放り込まれたって感覚が、一番ニュアンスとしては近いんだと思う。始まってすぐは、まさかそんな事になってるとは思わないし、空気が重いな、くらいのものだったけど、【異世】に入ったこと……実感した瞬間、パニックが起こった。水圧に変わるプレッシャーは全身を縛り、拒絶からくる恐怖が、呼吸することを封じ、

大半のものは、空気を求め逃げ惑い、そのことを経験で知っていた上級生や、比較的冷静だったものも、その無呼吸状態に等しい自らを拒絶する世界に、長くは耐えられなかった。しかも、階が上がる度に水深が増すように、その領域は濃くなっていくんだ。歓迎会とは名ばかりの、まさに地獄絵図、だったよ。次々と意識を失ったものたちが運ばれて……だから俺は、それからだいぶたって何事もなく帰ってきたお前を見て、逆に恐怖すら覚えたくらいだった。それが当たり前のはずなのに、ひどく異質に見えたんだ」



テレビの向こうの悪夢を語るかのごとく、由宇は呟く。

正直、それは僕の予想の範疇を超えていたものだったけど。

【本校】に男子生徒がほとんどいなかったり、男で【本校】の試験を受ける人間が通常ありえないのは、そのためだったのだと、その時僕は始めて知った。

結局紅葉台高校のこと、【生徒】のこと、僕は予想以上に何も知らなかったらしい。



「そうだったのか。僕、何も知らなかったんだな。由宇ってすっごく詳しいんだな。僕も見習わんと」


無知のまま突っ走ってた自分が恥ずかしい、とさえ思える。

たまたま潤ちゃんのおかげで平気だっただけというか、これもきっと昔みたいに彼女が僕を守ってくれたんだろう。

だからその時は、純粋に自分への反省のつもりでそう呟いたのだけど。


「えっ? いや、それは、俺っ」


はっとなり、あたふたと慌てだす由宇。

初めはどうしてそんなにうろたえてるのか分からなかったけど、すぐに由宇が僕の言葉を受けて、詳しすぎる由宇に疑問を抱いたのだと勘違いしていることに気づく。


いや、まあ、疑問を抱いているというか、正体を隠して彼女が【付属】にいることをとっくに分かっちゃってはいるんだけどね。

確かに思い返してみれば、無防備に語りすぎな感はなくもないけれど。

だからと言って、君の正体は分かってるんだぞ、なんて言って困らせるわけにもいかず。


「今更隠さなくてもいいって。僕に隠れて猛勉強してるんだろ? 今度僕も混ぜてくれよな」

「たいちょー、それちょっと無理が、あわわっ」

「30点、やな」


もちろん自分でも苦しいなってのは十二分に分かってたけど。

他に気の利いた言葉が浮かばなかったんだから仕方ないじゃんって肩上げ。


「何でモトカばっかりっ、てったい、てったいでありますーっ!」

「わあっ、ふ、二人はきついって」


激しい上下動のある肩の上に耐えられなくなったのか、自分だけずるいでありますよ、とばかりにクリアの隣へと避難するモトカ。

別にどっちがってわけじゃなく、たまたまだったというか、モトカが仕返しのしやすい場所にいただけって話なんだけど。

まぁ、言われてみれば、モトカはついついいじめたくなってしまうタイプって感じはしなくもない。



「お、俺は誤魔化してなんか……って、あれ? ああ、ま、そういうことなら」


と、由宇には見えないところでやいのやいのしていたら。

由宇としても、自分の素性を知られるのは本意じゃなかったんだろう。

戸惑い苦笑しながら、クリアの言う30点の僕の言葉に頷いてくれる。

ま、本当に気づいてないのか? とは聞けないしね、きっとお互いに。



「お、おう。よろしく! 頼りにしてるぜっ」


対する僕もちょっとぎこちなくなってしまったけど。

その思いは嘘じゃなかったから。


由宇がそうありたいのなら。

男友達としてこの高校生活楽しくできればいい、なんて思っていて。



「そ、そか。あ、長話しちまったな。そろそろ学校、行くか」

「お、そうだね」


そうして。

なんだか少し照れた様子の由宇の言葉に頷いて。

早速とばかりに学校へと向かうのだった……。



             (第43話につづく)







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