第40話、歩く人たらしに、乙女心は戦々恐々



「命ちゃんっ!」

「……っ、ああ。潤に喜久か」


知らず知らずのうちに、強めに出てしまう名を呼ぶ声。

それにびっくりして……それでも随分と緩慢に顔を上げる命ちゃん。


まさしく心ここにあらず、といった雰囲気。

イヤな予感が限りなく確信に近いものに取ってかわるような気さえして。



「な、何かあったんですか?」


こういう場合、そう言う悪い予感ってやつはもれなく当たるらしい。

今まで見たこともないくらいに呆けている命ちゃんの様子に、気圧されつつもそう問いかけるキクちゃんに対する命ちゃんの反応は、正しくそれを証明するものだった。



「ああ、会ったんだ。私たちはついに。トーイ先生以降空席のままだった【生徒会長】の席に座るに相応しい人物にね」


生徒会長が空席であること。その理由は、真希先輩独特の解釈で聞かされていて、正直理解していなかった部分は確かにあった。


真希先輩が言うには、『生徒会長は、主人公ポジションの人物じゃないと駄目』、とのことらしい。


最低限理解できたのは、生徒の中で一番強い人物に資格があるということで。

それなら真希先輩でいいんじゃないのかなって思ったんだけど。



『私は謎多き妖艶なる美女ポジション』だから無理、とのことで。

そんな真希先輩の自己評価はともかくとして。


命ちゃんが見つけたと言い切ったならば、その人物はきっと主人公ポジションにいるのだろう。

私は、半ば自分で自分にとどめを刺すかのような感覚で、言葉を返すことにする。



「それで? それはその、どこの誰?」

「ああ、一字一句憶えている。紅恩寺吟也、と名乗っていた」

「……」


やっぱり、という意味合いの絶句。



「吟也? それって……っ」


当然キクちゃんは私の事情を知っている。

故に私のほうを見やりつつそう言ったのだろうが、後が続かなかった。

たぶん私が思うに、キクちゃんが引くぐらいの衝撃的な顔を私がしてたからなんだろうけど。



「そう、本校の生徒ではない。紛れもない付属の生徒だ。ただ、失礼も甚だしいことに、最初は彼が男だと分からなかったんだ。付属の制服を着ていなかったせいもあるだろうが、私は生まれてこの方あそこまで美しい男を目にしたことはなかったからな」


まるで、美音先輩の時の再現フィルムのごとき、陶酔した様子の命ちゃんの姿。

普段からしゅっとしてて男らしい命ちゃんのその様は、あるいは美音先輩以上に衝撃的で。


思っていたことがそのまま現実に具現してしまったかのように、完全無欠に私が困る展開が広がる予兆をひしひしと感じていた。

美音先輩や由宇ちゃんだけでも厄介だっていうのにこれ以上増えたら……想像できるからやなんだよね。そんな光景がさぁ。


だって私は知っている。

吟也が女の子大好きなのを。来るもの拒まず精神なのを。

思い出せば小さい頃、吟也にちょっかいをかけていたのはその半分が嫉妬だったんだと思う。


だって吟也ってば、目を離すとすぐに周りに女の子がいたんだもん。

だけど私は、その間に割って入ることはあっても独り占めしようとか、そういう感情はいこれっぽっちも起きなかった。

何故なら私は、吟也がそうしなくちゃいけない理由を知っていたからだ。


それは、吟也と私が共有する数少ない秘密。

その優位性だけで、幼い私は結構余裕でいられたんだけど……。


今はあんまり余裕がないみたいだった。

長い間、それこそ喧嘩別れで離れたせいもあるだろうけれど。

目前の命ちゃんも含めて、美音先輩も由宇ちゃんも、吟也にお似合いの素敵な女の子だってことを、身に染みて知っていたせいかもしれない。



「命さん、まさか見た目だけで生徒会長になれるとでも?」


と。私がちょっと思考の深みにはまっていたところで。

少々険のある感じの、キクちゃんの声が耳に届いてきた。


そうだぞ、キクちゃんの言うとおりだっ。

吟也を見た目だけで判断しているうちはまだまだトーシローだぞっ。

なんてキクちゃんの思惑とは真逆であろうことを内心で突っ込んでいると。


珍しくもそこで破顔してみせる命ちゃん。

その威力ときたら勢い込んでいた私やキクちゃんを押し返すほどで。



「まさか。勿論その資質ありでの進言だよ。時間にして五分といったところかな。これくらいの距離での会話に、彼は微塵も不快感を示さなかったんだ。むしろ向こうから詰め寄ってきて焦ったよ。それに……私の手に触れてくれた。魔物を殺し、人を遠ざけるこの手に」

「……っ」


これはなんとうらやま……じゃなく、私の心をかき乱そうとわざと言ってるんじゃなかろうかってくらいに、砂を吐きそうな甘い言葉。


全く関係のない相手ならばついに命ちゃんにも春が来たのね素敵っ、なんてはしゃげたのかもしれないけれど。

今私の心にあるのは、何だかむずむずする焦りで。



「だが、一番の決め手は、私が女であることを、何の前情報もなしに当ててみせたことだろうな。当てたというか、ごく自然に私を女性として扱ってくれた。そこに、みんなを引っ張っていく資質のようなものを見たんだ。それこそ、戦う隊の長として、相応しいと思えるものをね」

「……ふむ。私の知っている偏った情報以上に曲者のようですね。あなたにそこまで言わせるとは」


偏った情報というのはもしかしなくても私にとっての吟也のイメージなんだろうけど。


手厳しいキクちゃんから言わせれば吟也は曲者らしい。

美音先輩にしても命ちゃんにしてもキクちゃんにしても、吟也のイメージがみんな違うのはやっぱりちょっとおかしくて。

だけど自分の知らない間にそんな素敵っぽい出会いをしちゃってるのに何だか我慢ならなくて。


「それで、吟也はどこ? どこで会ったの? どこで何したのっ!」


今度こそ吟也分(吟也に会って嬉しいっていう生きるための活力)を補給しなければと、再び勢い込んでそう聞くと。


「それは……ああ、うん。すまない。二人だけの秘密なんだ。いくら潤でも教えられないな」


あっさり私の優位性をひっくり返しかねない、そんな言葉が返ってくる。

実はその時、お互いの会話は微妙にかみ合っていなかったわけだけど。

それは、普段表に出ない感情を露にさせるには十分な力を持っていて。



「そ、そんなの、そんなのだめぇ~っ!」

「な、え、ちょっ?」


命ちゃんからしてみれば思いも寄らない私の行動だったんだろう。

詰め寄り首根っこを掴んでがくがく揺さぶるその行動に、ただ狼狽していて。



「なんという理不尽」


呆れたようにそう呟くキクちゃんの言葉がダイレクトに心に響いて。


「……あっ」


私がそんな自分勝手な錯乱から脱したのは、続く何かに息をのむかのような、キクちゃんのその様子にだった。


何かに、ひどく怯えている感じ。


そんなキクちゃんにどうかしたのって聞くよりも早く。

その答えはキクちゃんの向けるその視線の先からやってきた。



             (第41話につづく)













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