第25話、もしかしたらきっと、瞳に映したその瞬間、理解っていたのかもしれない
「喜ばしい知らせとは言えないかもしれないけど、詩奈ちゃんたち科学班のお手柄もあって、現在絶賛稼動中の虹泉を確保することに成功したみたいね」
発せられた真希先輩の言葉が理解として皆に広がるのとほぼ同時。
どよめき……黄色というほどよさげな話題でもないけれど。
とにかくかなりの質量を持ったそれが、部屋を支配する。
勿論私たちもご多分に漏れずだ。
とりわけ顕著だったっていうべきかもしれない。
美音先輩はその大きな猫目石をいっぱいに大きくしてたし、命ちゃんやキクちゃんは明らかに顔色が悪かった。
虹泉の確保。しかも活動中。それは前代未聞のことだ。
私自身、虹泉の【創造主】が強制的に卒業させられて力を失ったものか、壊され機能を失ったものしか見たことがなかった。
何故なら、虹泉は発見次第破壊しなければ、人に害をなす魔物たちが際限なく増えてしまうからだ。
「いったい、どうやって……?」
みんなの気持ちを代弁する形で私は問いかける。
すると真希先輩は、タッチでもするみたいに詩奈ちゃんの小さな肩を今度は軽く叩いた。
続きはお願い、ということらしい。
そこで私と目が合って、僅かに身体を震わせている詩奈ちゃん。
どうやらいきなり嫌われてしまったみたい。
その事実になすすべなくへこんでいると、しかし詩奈ちゃんは何とか気を取り直したのか、ここへ来たばかりの静止した雰囲気……緊張、あるいは集中した面持ちで語り始めた。
「議長どのは確保したとおっしゃったが、正確ではない。われら科学班は、偶然それを見つけたにすぎぬ。場所は紅葉台山の頂上。本校の敷地に当たる演習場の中心、内界の境界線にもれなく囲まれた、造られた外界にそれはあったのじゃ」
淡々と、起伏なく一気に。だけどそれを聞いた私たちは、穏やかとはいかなかった。
再び広がる、どよめきの波紋。
そんな中、私は詩奈ちゃんの発した言葉を心の中で反芻してみる。
比較的冷静でいられた自分に、不思議な感覚に陥りながら。
私が本校の生徒の一員として魔物との戦闘に赴いたのは、約三年で両手に収まるくらいだったけれど。
虹
泉は魔物を生み出すのが役目のようなものだったから、それを見つけるまでにはかなりの数の魔物の戦う羽目になっていた。
そんな虹泉は、壊しても壊しても主を変え、またどこかに発生する。
まるで流行性感冒のように次から次へと。
そうなると、いくら紅葉台学園にその原因をひとまとめにしても埒があかない。
そんなわけで造られたのが【境界線】だった。
私たちの暮らす【内界】と、魔物蔓延る【外界】を隔てる、薄いドーム状の幕。
昔の生徒……院生の人たちが、自らの力で作り出し、今は科学班が維持するもの。それは、魔物が通過すると……いや、人を襲う気満々のやつが通ると分かるようになっている。
私たちが出動するのはその時だった。
住み分けをしている、といえば聞こえはいいが、実際は仕方なくそうしているにすぎない。
幸か不幸か、紅葉台の町には紅葉台山を中心に、広い裾野を広げる国有地があったことで、紅葉台の町は魔物たちに支配されている、なんて状況にならずにすんだわけだけど。
今、詩奈ちゃんが口にしたことは、境界線があるから大丈夫という私たちの認識を根本から覆すものだった。
紅葉台山のてっぺん。
紅葉台の町を一円見渡せる、言わば町の中心部。
そこにはぐるりと一周、境界線に囲まれた外界がある。
いつあるかも分からない出動のために、実践訓練のできる演習場がある。
私も、生徒になってから幾度となくそこへと足を運んでいた。
演習場では、科学班が作り出した魔物たちと模擬戦闘などをするわけだが。
その造られた箱庭に現れたという虹泉。
それの意図することは何か? 私には答えを出せそうになかった。
ただ、広い外界の中で、最も見つかりやすいだろう場所にいることは確かで。
(まるで、壊してくださいって言ってるみたい……)
なんとはなしに、私はそんな事を考えていたけれど。
その思考は、演出という意味合いのほうが強いだろう、真希先輩の机を叩く音でかき消される。
「これは私たちに対しての挑発、挑戦状ってところかしらね。あるいは、罠かもしれない。壊せるものなら壊してみなさいって、そう言っているようにも見えるわ」
言葉の割に、切羽詰った感じはあまりない。
それは、虹泉があるのに出動がかかっていないあたりにも理由があるのだろう。
そう思っていると、真希先輩の隣にいた詩奈ちゃんが立ち上がり、その小さな手を必死に天井に伸ばしているのが見えた。
その先には、会議のために使うワイドスクリーンの黒い紐。
条件反射で私がそれを引っ張り降ろすと、どこか私に警戒しっぱなしだった詩奈ちゃんは、はっとなった後、軽く頭を下げた。
そんなちょっとした動作は、見た目相応で可愛らしい。
真希先輩が傍に置きたがるわけだよねって、あらぬ方向に思考が展開していることなど知る由もなく。
詩奈ちゃんは手馴れた様子で席の後ろにあった機器を操作していた。
すると、無駄に広いサーキットテーブルの真ん中にあったスポットライトに光が点って。
もれなくワイドスクリーンに映し出されたのは。
演習場を撮っているらしい映像だった。
映し出されるのは、静かでのどかな山の広場の光景。
その中心に、とにかく目立つ、威容たっぷりなものがある。
「これが、此度見つけた虹泉じゃ。……だが、今のところ魔物が現れる気配はない。みだりに破壊しようとすることが何かの罠に繋がる可能性を考えると、手出しができないのが現状じゃな」
「おっきいにゃぁ」
事務的に出動のかからない理由を述べる詩奈ちゃんに対し、どこか感心するような声をあげたのは美音先輩だった。
それは目の前に映し出されるものを端的に現す言葉だっただろう。
確かにそれは、私が今まで見た中でも段ちで大きかった。
まるで祭壇……ステージとでも表現すべきだろうか。
見た目は、屋根のない四阿といった感じ。
広さは土俵ほどあるかどうかで、土俵のあるべき場所には七色に輝く水が張られている。
そこに行くまでの備え付けの階段も、四本の柱も、白亜と呼ぶにふさわしい光を放っていて。
芸術品めいた建造物。
だけど不思議と自然に溶け込んでいる。
その場所に何度も訪れていなかったら、最初からそこにあったものだと勘違いしてもおかしくなさそうな、そんな印象を受ける。
詩奈ちゃんは、何があるか分からないから壊さないって言っていたけど。
きっと畏れみたいなものもあったんだろう。
「べる……こうせいいん……にゅむ」
「えっ?」
なんて、考えていた時だった。
突然胸元から聞こえてくる、カチュの寝言。
驚いて様子を見ると、更に驚く羽目になってしまった。
寝言じゃない。
焦点が合ってるかどうかは定かじゃなかったけど、確かにカチュは起きていた。
起きていて、スクリーンの向こうに映るものを見ているような気がした。
まるで、その虹泉のことを知っているみたいに。
「どうかしたの、潤? 何か気付いたことでも?」
「……っ」
カチュの発した言葉には、一体どんな意味があるのか。
それについて何とか答えを出そうと、考え込もうとして。
訝しさと期待のこもった声をかけてきたのは真希先輩だった。
そこでようやく、我に返る私。
カチュの発したその言葉は、私以外には聞こえない。
カチュの可愛らしい姿は、みんなには別のものに見えている。
それはついつい失念しがちのことで。
私は誤魔化すように苦笑を浮かべ、言葉を返した。
「あ、ええと。気付いたことというか、今まで見てきた虹泉とは随分違うなって」
それは見れば分かる、あまり誤魔化しにもなってない、そんな言葉。
だけど真希先輩は、その言葉を待っていたとばかりに頷いてくれて。
「そう。これは今までのものとは違うわ。少なくとも今回は破壊することなく、この虹泉が何者によって創られたのかを、調べることができたんだから」
低く、しかし会議室にもれなく届くように、そう言った。
当然、ざわめきだす会議室。
それが収拾つかなくなるくらい大きくなろうとしたその時。真希先輩よりも一層意識した低い声で喧騒を止めたのは命ちゃんだった。
「それで、今回の虹泉の主が、誰なのか分かったのですか?」
その声は、聞き慣れた人じゃなきゃ分からないくらい、僅かに震えている。
それはきっと、答え如何で相棒の棗ちゃんの濡れ衣が晴れるかもしれないと、複雑な気持ちで思っているからなんだろうけど。
「それはわたしが説明しよう。まず、私たち科学班は、この虹泉から洩れ出る『曲法』の如き力の採取に成功した。そして、この紅葉台に暮らすすべての【生徒】たちのデータを照合してみたのじゃ」
その力……アジールと呼ばれるものは、私たち【生徒】が必ず持つものだ。
その大きさ、強さによって曲法の威力も変わってくるし、魔物と相対する時は、天然の盾として重宝していた。
意識してその範囲を広げることで、【異世】が生み出されて。
その人にある程度都合のいい世界を作り出すこともできる。
事実、本校にはいつでも戦いに赴けるように、常にそれが広がっているのは前にも述べた通りだが。
それは、眠ったまま起きない棗ちゃんのいる部屋も同じで。
命ちゃんだけでなくキクちゃんや美音先輩までもが息をのむ中。
私は、そう言う詩奈ちゃんの言葉に首をかしげていた。
今までの虹泉は、自分の身を守るといった意思めいたものを持っていた。
調べられて創造主が分かってしまえば、その生徒は卒業させられて虹泉も消えてしまうわけだから……必死に抵抗するはずなのだ。
それこそ、大量に魔物を生み出してでも。
それが、真希先輩や詩奈ちゃんの言い分を判断するに、特に抵抗する素振りもなかったんだろう。
抵抗していたのならば、とっくに出動命令が下されていたはずなのだから。
そのことが、不思議でならない。
わざわざあんな目立つところにいて、魔物を生み出す気配もない。
随分変わった虹泉だなぁと、改めて思う私がそこにいて。
「……結果は、該当者なし、じゃった。世界各地に散らばる、未だ見つかっていない【生徒】たちの可能性もゼロではないが、虹泉の創造主は、それほど虹泉本体から離れられないのは実証済みじゃ」
だからこそ、私たちはこの紅葉台学園へと集められた。
紅葉台学園ができてから、その他の場所で魔物が、虹泉が出現したことがないのは事実であって。
今、紅葉台学園に通う【生徒】たちに、該当者はいない。
それに深く深く……複雑そうなため息をついたのは、やはり命ちゃんだった。
棗ちゃんの疑惑が晴れたという安堵の一方で、それでも誰だか分からないという不安が、そこから感じられる。
「【生徒】の中にはいない……となると、誰がこの虹泉さんのぬしになるのにゃ?」
そして、当然気になるのはそのこと。
美音先輩のもっともな言葉に、まず頷いたのは真希先輩だった。
「少なくとも、現段階でこの紅葉台の町にいることは間違いないと思うわ。町の外から来た誰かかもしれないし、付属の誰かかもしれない。そんなわけで、念のために由宇に付属の監視をお願いしてるんだけどね」
だから由宇ちゃんがこの場にいなかったのかと、ちょっと納得する私。
納得半分、美音先輩がそわそわしだしているのが、揺れる尻尾のおかげでよく分かる。
いくら由宇ちゃんの能力的に、あまり周りへと影響を与えないとはいえ。
付属には私たちを嫌悪の存在として見ている男の子ばかりなのだ。
いつもの任務とは違い、より近づかなければいけないから大変さは増すだろう。
ばれるようなことがあったら、なんて考えるとガクブルものだ。
それでも吟也がそばにいてくれるのならば。
由宇ちゃんも安心だろうな、なんて考えちゃう時点で、どれだけ私は吟也にはまってるのだろうかと思わずにはいられなかったけれど。
(……っ)
その瞬間、全身……胸も頭も構わず激しい痛みが私を襲ったような気がした。
思わず、悲鳴を上げそうになるくらい痛かった。
それはすぐに収まったから、よかったんだけど。
そんな私に残されたのは、気持ち悪くなるくらいの恐怖だった。
私は、そんな恐怖から、必死に目を逸らし見ないようにしている。
思い出し、考えをまとめないようにしている。
それは、初めての感情。
叫びたいのを、無理して我慢して、俯く私。
そんな私を。
じっと見つめている人がいたことなとど、当然気付けるはずもなくて……。
(第26話につづく)
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