第26話、昔語りの御伽話は、都合良くも真実をついている



「これは私の持論なんじゃが……」


それから。

美音先輩の問いに答えたのは詩奈ちゃんだった。


再び何やら操作して、スクリーンに別の資料を映し出す。

それは、絵本。

子供向けの、やわらかく読みやすい文字たち。


それより先に目に飛び込んできたのは。

迫力のある毛筆で書かれたらしい挿絵だった。



「今回の件は、かつて紅葉台の地に人に紛れて棲息していたといわれる【妖の人】の仕業ではないかと、睨んでおる」


角や牙があって。全身は真っ赤。お決まりの虎地のパンツに金棒。

誰が見ても赤鬼だと、答えられそうなそれ。

唯一、一般的なイメージと違うように思えるのは、その髪だろうか。

血のように赤いざんばらの長髪は、テンプレなパンチパーマの鬼というよりも、なまはげに近いもののようにも見える。


そう言う詩奈ちゃんは真剣極まりない感じだった。

そんな彼女を傷つけない程度には、その場に弛緩した空気が広がる。

いきなり荒唐無稽な、紅葉台の町に伝わるという御伽噺の話題になったのだ。


なんだからしくて微笑ましくて。

そういう可愛いのに弱い私は、多分顔が緩んでいただろう。


でも、どうやらそれがまずかったらしい。

見た目より老成している雰囲気のある詩奈ちゃんは、周りの空気を敏感に読み取ったようで。

不可抗力でによによしている私を見上げ、泣きそうになっている。


それはいけない。

私は全力で言い訳するみたいに、言葉を返した。



「でも、この格好じゃあ人に紛れるのは無理だと思うけど……」


詩奈ちゃんの持論を戯言だと断じるわけじゃなく。

その考えを許容して上での、考えなくてはならない矛盾点。

詩奈ちゃんの言葉をしっかり受け止めて答えたが故に、それはかえって威圧的なものになってしまったようで。



「これは妖の人の本性じゃっ。普段は人に化けて生活しとるから人間は気付かないのじゃっ」


ついさっきまでの静止している感覚はどこへやら。

ムキになってそう訴えてくる詩奈ちゃん。


妖の人が『虹泉』の創造主であること。

そう考えるに至った理由を聞きたかっただけなのに、どうしてこうなるんだろうと思わずにはいられない。


そのまま睨み合うような形になってしまう……といっても私のほうはおろおろしていただけだったけど。



「まぁまぁ。そんな頭ごなしに否定しなくてもいいじゃない」

「否定はしてません」


してない、そんなのしてないって!

フォローに入ってくれたのだろうが、真希先輩の言葉は火に油だった。


自分でもびっくりするくらい低い声が出て。

こっちの方が泣きたい気分になっていると、そもそもそんな表裏が180度違う私のことをよく知っている真希先輩は、からかってごめんって感じで私の肩を叩き、今度という今度はフォローの言葉を口にしてくれた。



「いきなりで面食らったかもしれないけど、ちゃんとした彼女の研究に基づいたものなのよ。『そもそも【生徒】は如何にして生まれたか』っていうね」


再びおぉ、とどよめく会議室。

【生徒】になることは、女性限定の病気みたいなものなんだって認識していたところがあって、その原因は何かだなんて、考えたことがなかったのは事実だ。


それが、真希先輩の口ぶりでは、詩奈ちゃんが何かしらの答えを出した、ということなのだろう。

素直にすごいと思った。

尊敬の眼差しで詩奈ちゃんを見つめていると、今度は引かれてしまった。


ぷいっと視線を逸らす仕草が、キクちゃんのつれない感じとかぶって。

ショックな心より、そんな仕草も可愛いなぁって地が出て。


によによを続けていると。

何だか痺れを切らしたって表現が似合いそうな様子で、詩奈ちゃんは話を続けた。



「妖の人は、俗に妖怪などと呼ばれる一族で、はるか昔からこの地に棲まい、人に混じり栄華を誇っていたそうじゃ」


そう詩奈ちゃんが言うように、この紅葉台の町には、【妖の人】に関しての多くの伝承が残っている。

図書館にある地元の歴史を紐解けば、比較的すぐに見つけることができるだろう。


ただし、その伝承……御伽噺の真偽はまったくもって定かではない、という部分は空気を読んでもちろん口にはしなかったけれど。



「そんな一族の一つに、赤鬼の一族がある。その伝承を記したのがこの本じゃな」


スクリーンのおどろおどろしい鬼を指差し、のってきたのかなんだか誇らしげな詩奈ちゃん。

他のみんなはどうだか分からないけど、紅葉台が地元である私は、その御伽噺をよーく憶えていた。


それは、『わらう赤おに』というタイトルがついている。

今思えば、わらうという単語にどんな感じをあてるのか興味に尽きないところだけど。

それは、ぶっちゃけて言ってしまえば、似たようなタイトルで全国区に広まっている、有名な御伽噺のオマージュというか二番煎じというか、明らかに参考にしてるって感じのお話だ。



人に混じって、その正体を明かさないままにのんびりと過ごしていた赤鬼。

特に悪さをするでもなく、一見すると仲良く人間と暮らしていたように見えたが。

そこに、悪い青鬼がやってきて赤鬼の正体をばらしてしまう。

鬼であると知られた赤鬼は、初めは秘密をばらした青鬼を怒ることもなく、人間たちに対しても危害を加える意思がないことを訴えた。


そして、少なからず仲のいい人間がいた赤鬼は、これ以上迷惑をかけるまいと青鬼とともに自らの故郷を去ろうとしたのだが。

青鬼は、そんな赤鬼が気に入らなかった。

人間に媚を売ろうとする赤鬼に、鬼失格だと激昂し、何も知らない赤鬼を罠に仕掛けて殺そうとする。


落とし穴の深くにある剣山。

しかし、運のいい赤鬼は命からがらそれから免れて。

青鬼を捜し求めたどり着いたのは、人と過ごしたあの故郷。


だが、故郷は赤鬼の知る面影がないくらいひどい有様になっていた。

仲のよかった人間も。

同族だった青鬼も。

お互いが憎みあうように、無惨な死を晒していたのだ。


そこに、仇とばかりに襲い掛かってくる生き残った人間たち。

そこで初めて、赤鬼は気付いたのだ。


その敵を見る、死に物狂いの目。

向けられているのは、自分なのだと。

自分は何もしていないのに、誰もが自分を殺そうとする。


その時生まれたのは、赤鬼にとって生涯初めての感情。

赤鬼は、何かを諦めるように、笑みを一つこぼして。


その感情と共に溢れ出た鬼の力が、故郷一帯を血のような赤の滲んだ、闇色に染められてゆく。


それは、赤鬼の呪い。

それを身に受けたものたちは、三日三晩苦しんだ。

そして、命こそ奪われなかったものの……呪いを受けたものたちは、他の人間たちに拒絶されるようになった。

避けられ、嫌われ、逃げられるようになってしまった。


人と人は触れ合えなければ生きていけない。

それを証明し、見届けるように。

赤鬼は、目の届かない場所からずっと笑って眺めていたという……。



「私はこの赤鬼の呪いとやらに、【生徒】の身に秘める力との類似性を見たのじゃ」


私が頭の中で、スクリーンに映し出される絵本の内容を思い出していると。

ちょうど詩奈ちゃんも、絵本の説明を終えたらしい。

そんな風に話を纏めて、どうだと言わんばかりに私のことを見上げてくる。


ええと、つまり?

【生徒】を赤鬼によって呪われてしまった人たちに見立ててるってことなんだよね?


となると、逆に考えて、私たちの力はその呪い……赤鬼さんによって植え付けられたって言いたいのかな。


考えてみると確かに。

言いたいことは分かるような気がする。


魔物を討つ代わりに、周りに拒絶される私たち。

その力の出所がそもそも分からないのだから、詩菜ちゃんの言い分を否定することは決してできない。


妖の人からすれば、さながら私たちは魔物たちと無益な争いを続ける、復讐の対象なのかもしれなかった。

あくまでもこの世界に、魔物だけでも手一杯だというのに妖の人なるものが本当に存在している、その前提においてだが。



「……妖の人が今紅葉台に来てるってことなんでしょう? その居場所とか特徴とかは?」


いない証拠だってないんだから。

探してみるのはありだと思った。

何しろ魔物が出てこない限り、放課後とか休日とか基本的に暇なわけで。


どうせ明日の付属を迎えるための会だって参加するなって言われるのは分かってたから、何かできることがあれば、なんて思っていたんだけど。



「居場所が掴めておったらこんなところで会議などしておらん。特徴はの、その名の通り赤い髪じゃ。なんでも、その髪だけは変装しても変えることはできないらしい」


なるほど。それなら何とか探せるかもしれない。

曲法の影響で身体的特徴……髪の色が変容している子は結構いるから、赤い髪なんてザラだけど。


一般生徒ならば染めでもしない限りほとんどいないはず。

案外簡単に見つかっちゃうかもしれない。



その時私は、そんな風に楽天的に考えていた。


そして、見つけることができれば、濡れ衣を着せられて疎まれている私たちの環境も、きっと大きく変わるんじゃないか……って。



             (第27話に続く)







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