第24話、あの時怒りめいたものに気圧されたのは、大切なものを守ろうとしていたから
SIDE:潤
「ごくろーごくろー。みんな集まってるわね~」
そうして。
まさかタイミングを見計らってたんじゃないよねって思っちゃうくらい、絶妙なタイミングで。
われらが大将、真希先輩の大きすぎる声が部屋に木霊する。
いつの間にかいなくなってて、また現れたかと思ったら、どうやら科学班に用事があったらしい。
白衣を着た小さな小さな少女を一人従えていた。
労せずして、静まり返るその場。
それは、あまりそういう言い方をしたくはないけど、その少女が異質に見えたからだろう。
紅葉台の校章を背中に掲げる白衣は、【院生】の証だ。
一般の学校……中学生に当たる年から九年間魔物と直接相対し、それでもなお【卒業】せずにすんだものたちが進む道。
真希先輩のような現場至上主義の人を除く、【生徒会放送室】にて作戦の指揮を取る人が三分の一。
彼女のように、生徒たちが『曲法』の謎を解明し研究し続ける科学班が残り、といった具合だろうか。
紅葉台学園ができたのは三十年ほど前だけど。
今のような中学から大学までの一貫教育のような形になったのが十年前くらいだから。
白衣を着ているということは、これすなわち最上級も最上級な大先輩になるのだろうけど。
ポニーテールがかわいい彼女の見た目の印象としては、未だ小中学生に間違われることがよくあるキクちゃんとも引けをとらない幼さを感じる、といったところだろうか。
実際問題、私はちょっと勘違いしていて。
彼女は見た目の通りの人物だったんだけど。
【院生】の白衣を着た小さな女の子が現れたことで。
周りのみんなが思わず口をつぐんだのは、そのせいじゃなかった。
彼女を前にすれば、キクちゃんの毒々しさもかわいいものなのかもしれないって思えるくらいに。
白衣の少女には、まったくこれっぽっちも表情がなかったからだ。
「……」
少女を見て、私も含めて心内で思ったことは一つだっただろう。
―――卒業生。
生徒から、院生になれなかった大多数の人物。
曲法の力は、人の記憶に深くかかわっているらしい。
だったら、その記憶さえ奪ってしまえば、生徒の宿命を負いながら容疑者扱いされることもない。
私にしてみればそんなこともっての外だけど。
記憶を失ってまで普通の女の子に戻りたいって思う人たちはたくさんいた。
でも、彼女たちのすべてが都合よく曲法だけを消して日常に戻れたわけじゃなかった。
記憶を失った反動で、物言わぬ人形のようになってしまった人が、数多くいた。
不憫に思う気持ちと、一握りの羨望。
それらをまったく気にした風もなく、少女は真希先輩とともに私たちの側までやってくる。
まぁ、彼女が卒業生であるというのかこちらの勝手な考えで。
結局のところ彼女はそうじゃなかったわけだから、当たり前といえば当たり前だったんだろうけど。
「命、棗の席ちょっとばかり借りてもいいかしら?」
「……ああ」
命ちゃんは一瞬だけ苦みばしった表情を浮かべたが、あえて拒絶することもないと思ったのだろう。気を取り直し、一つうなずく。
「……」
「……ええと」
もともと見た目がキクちゃんとまた趣の異なるお人形さんめいてるせいもあるのだろうけど。
青い宝石のようなきれいな瞳にじっとみつめられて、思わず怯む私。
とりあえず初対面なわけだし、とにかく何かを言わなくちゃって口を開きかけようとして。
「……強い魔物の匂いがするの」
舌足らずというよりは古風な物言い。
その小さな小さな呟きは、目の前にいる私に聞こえるか聞こえないかといったところで。
慌てて胸ポケットを、カチュを隠そうとする自分を、やっぱり慌てて止める。
彼女のその言い方には、敵意があるような気がした。
私を……カチュを疑っているのだろうか。
あるいは、虹泉を作り出した張本人だと思われているのかもしれない。
「強いだなんて……」
買いかぶりだよ。だったらどうするつもり?
私もカチュもやましいことなんかない。
少なくとも、心の内ではそんな強い気持ちがあった。
厳密に言えば私は違うけど、魔物たちをお供にして仲間にして戦う子たちもいるし、そもそもカチュは寝てばかりで、害意のがの字もないのだ。
相手があまり先輩に見えないって言う視覚的理由もあっただろうけど。
私は変に強気だった。
無害だからってキクちゃん以外にはカチュの事を知らせてなかったという後ろめたさも忘れていた。
「……っ」
その強気が功を奏したのかそうでないのか。
無表情で日本人形めいていた彼女は、その見た目の印象を早くも崩すがごとく大きなリアクションをした。
なんて言えばいいんだろう。自分としては注視していたわけでもないのにいきなり横合いから何見てんのよってあらぬ因縁をふっかけられて、どう対応していいか分からない、といった顔をしている。
「……あれ?」
「……っ」
もしかしなくても私のしょうもない被害妄想だったんだろうか?
目の前の先輩かどうかも怪しくなってきた少女は、第一印象なぞもはや見る影もなく怯えていた。
その場にさっきまでの緊張が嘘だったような、別種の気まずい雰囲気が漂って。
「ちょっとちょっと、潤ちゃんってばウチに入ったばかりのかわい子ちゃんを泣かす気?」
「え? いえ、そんなつもりじゃ……」
「つもりがないなら睨むのやめなさいって。何、潤ちゃんなりの自己紹介のつもり? 我、一騎当千のもののふ、鬼の風紀委員長なり! みたいな?」
「……」
一騎当千で鬼のような強さなのはあなたでしょうとも言えず。
そう言われてることに見た目以上にダメージを受けた私は。
一気にテンションがた落ちになって口をつぐんだ。
それで私がおとなしくなったと判断したのか。
真希先輩は改めて部屋をぐるりと見渡して。
横に並んだ白衣の少女の肩を豪快に叩きながら声を張った。
「そうそう、自己紹介しとかなくちゃね。この子は士島詩奈(しじま・しいな)ちゃんっていうの」
「よ、よろしくお願いします……」
表情が固まってたのは、どうやら極度の緊張のためだったらしい。
それがよく分かるくらいに彼女はたどたどしく頭を下げる。
私は自分の勘違いに辟易しつつも、なんだかどこかで聞いたことのある名前だな、なんてことを思っていた。
「ほんとはまだ初等部にいるべき子なんだけどね、いわゆる飛び級ってやつ? この子すっごく頭がいいみたいだから、とりあえず生徒になれる年齢に達するまでってことで、科学班にスカウトしたのよ。……ま、そんなわけで形式的にはみんなの先輩になっちゃうけど、まだまだ新人さんで、緊張してるから優しくしてあげてね。特に風紀委員長さん、期待してるから」
しっかりはっきり何かをたくらんでます、っていうのが丸分かりの真希先輩の笑顔。
私に、大事な何かを半ば強制的に押し付ける時の先輩の顔だ。
この笑顔を見せられたときは、ろくなことがない……という風にはならないのが、これまた性質悪いよねって感じだ。
最近だと、それこそ美音先輩の元を離れて、風紀委員長に抜擢されたことだろうか。
おかけでこれまで以上にキクちゃんと仲良くなれたことを考えると。
今度はどんな大事を頼まれるのやらって、期待と不安が程よくせめぎあっているのが自分でもよく分かって。
「それで、っと。詩奈ちゃんの紹介も終ったとこでさっそく本題ね」
そんな事を考えていた私を脇に、真希先輩はいよいよそう口にした。
―――本題。
それは授業をそっちのけにしてまで開かれたこの集まりの意義だ。
その中には、詩奈ちゃんがここにいる理由も含まれているはずで……。
(第25話につづく)
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