第19話、必ずひとりはいるかもしれない男装少女との邂逅


とはいえ、へこんでたからって今日がなくなるわけもなく。

増えだした緑のブレザー姿たちに混じりながら、校舎までの最後の長い坂道を上っていくと、すぐ目の前、真ん中に道をぶった切るような植樹帯が見えてきた。


それに近付いていくと、その植え込みに看板が刺さっていて。

【本校】は右、【付属】は左、と書いてあるのが分かる。


しかも、そこには先生らしき人が立っていて、看板見れば分かりそうなものなのに、【付属】の生徒は左に曲がるように、なんて誘導していたりした。


僕は挨拶をし、それでも自分のような中途入学者(実は、紅葉台は、通う場所こそ違えど、小中高一貫だったりする)もいるからしょうがないんだろうな、なんて思いながら左の道を歩いていく。



しかし。

僕は歩いていくうちに、先生が別れた道の所で誘導していた訳を知ることになる。



「これは、一体……」


思わず唖然として呟いた僕の目の前に、この紅葉台校の敷地を囲んでいた、あの電気の走った有刺鉄線の金網がずっと続いていたのだ。


いや、ずっとじゃない。

校舎に近付けば近付くほど、それは太く頑丈なそれと変わっていって。

さらにその先まで来ると、コンクリートか岩かよく分からないけれど、鉄筋でも入っていそうな分厚い壁が、お互いの道を遮っていたのだ。


何だかそれは、【付属】の人間がみだりに【本校】に入らないように、と言うレベルじゃすまない気がした。

まるで牢獄にでも入れらているかのような、そんな嫌な気分がする。


けれど何よりも、僕が不思議に思ったのは。

僕以外の【付属】の生徒たちがのことを全く気にしていない、ということだった。

まるでそれが当たり前のことのような、そんな空気すら感じる。



「なぁな、ごしゅじん」


と、そんな事を考えていると。

ブレザーのポケットから顔だけ出し、僕と同じ方向をまじまじと見つめていたクリアが、ふと顔をあげる。


「ん? どうかした? ポケットの中、暑い?」

「ううん。そうやのうて、何かおかしない? クリア、目の前の光景にめっちゃ違和感覚えるんやけど」


そして、金網のほうではなく、幾人かの【付属】の制服を着た生徒たちの集まりを見ながら、そんな事を言った。


「あ、うん。実はちょっと僕も、非常に嫌な予感がするんだけどね」


実はその違和感、僕は潤ちゃんと別れてすぐに気がついていた。

ただ、その事を考えたくなかったというか、信じたくなかったというか……。

その違和感が違和感でないのなら、もしかしたら僕はとんでもない失態を犯してしまったことになるからだ。


そうして。

戦々恐々として迎えた【付属】の生徒のみによる入学式(ほとんどは進学式、らしいけど)で。

僕はその違和感を決定的なものとして、突きつけられこととなる。



そう……なんと【付属】は、男子校だったのだ!


目の前に広がる、男、男、男。

ついでに、先生まで男ばかりで。



「ぼ、僕の華やかな高校生活がぁ」


これはサギだと、そう思った。

入学案内の便覧にも、そんな事はひとつも書いてなかったぞ!


い、いや。男子校が悪い、とは言わないけどさ。

知ってて来てるのと、知らないで来てるのとでは大きな違いがあるじゃないかっ。



って感じで。

付属長のありがたいお言葉も、右から左にむせび泣いていると。



「あれ? でもごしゅじん。女の子のニオイ、するで?」


なんてことを呟くクリア。



「何だって? クリア、そんな事まで分かるの?」

「うん、だってクリアはごしゅじんのつくもんやもん。っていうか、ごしゅじんのつくもんなら、これって基本の能力やで?」


思わず勢い込んでクリアに問いかけると。

案の定そんなありがたいようなありがたくないような、お言葉が返ってくる。



そうであるならばと。

躍起になって女の子の姿を探していたせいか。

式の内容なんてほとんど耳に入らず……入学式が終わってしまった。


故にその時の僕は。

その式に中で聞き逃すわけにはいかなかったことを話していたなんて。

もちろん知る由はなかったわけだけど。


その、聞き逃すわけにはいかなかった重要なことは。

式のために使用していた体育館を出て、誘導されつつやってきたクラス(どうやら、中途入学組は、中学からの持ち上がり組と比べての経験の差を考慮して、ひとまとめにされるらしい)で、隣になった人物に教えてもらうことになるわけなのだが。


「ごしゅじん、この子やで。よかったな、おとなりさんや」


クリアが僕の気も知らず、にこにことそんなことを言うので。

正直それどころじゃない僕がいた。



「さっきも紹介したけど、おれは若穂由宇(わかほ・ゆう)だ。よろしくな」

「お、おぉう。僕は紅恩寺吟也だ、よろしゅう」


若穂くん? は、そんな僕に笑顔を見せてくれたけど。

思わずクリアの喋り方がうつっちゃうくらいには、動揺していたと思う。


それは、僕が女の子の前じゃろくに話もできないやつ……っていうわけじゃなく。

若穂くんがクリアに言われなきゃ、おそらく気がつかなかっただろってくらい、バッチリ男のふりをしていたからだ。


これしかないのかもしれないけれど、当然僕と同じ制服を着ている。

ショートボブのオレンジの髪とあいまって、女顔(女の子なのだとしたら当たり前だが)だけど男、って言ってもいいだろう。

口調や仕草だって、よっぽど僕より男らしかった。



これは、あれだ。

よくある何かの目的のために正体を隠してるってやつだろうか。

もし、男子校に女の子がいるなんて知れたら、大変なんじゃないだろうかって思うけど……いや、待てよ?


入学案内のパンフには男子校だなんてこと一言も書いてなかったわけだから、

彼女は男装が趣味なだけなのかもしれない。

よく考えたらこの【付属】は一応工業高校なわけだし。

共学でも女子が少ないのは当たり前のこと、なのだろうと。

となると、趣味についていろいろ突っ込んだ話をするのは、いきなり初対面じゃちょっと失礼なのかもしれないな、なんて思って。



「あー、そういえばさ、【付属】って女の子ほとんどいないんだね。僕、男子校に入っちゃったと思ったよ。これってサギじゃない? いかに工業校とはいえ、これはさぁ。華の学園生活返してくれ、って感じだよ」


だから当たり障りのない……かどうかは微妙だけど。

休み時間の合間の話題としてはありだろうなって思いつつ、そんなことを若穂くんに話しかける。



「そうか? おれは男同士だって全然アリだと思うけどな」

「……」


だが、返ってきたのは予想だにしなかった、そんな言葉だった。

固まってる僕をよそに、クリアがなんか同意するみたいに頷いていて。

さらに僕に追い討ちをかける。


すると、僕がよっぽどショックを受けているのが伝わったのか、若穂くんははっとなって。


「お、おいおい、冗談だって。そんなマジで間に受けんなって!」


慌てるようにそんな事を言って、僕の肩をばしばし叩いてくる。

これで若穂くんが本当に男なら、笑って、マジでお前にそういうケがあるのかと思った、なんて返せるのだけども。

若穂くんが女の子だと初めから見ているせいか、どうリアクションを返せばいいのか迷ってしまう。


もしかして若穂くんは、この【付属】の惨状を知らなかった僕とは違い、分かってて敢えてここにいるんじゃないか? なんて馬鹿な考えにまで至ってしまった。


そんな、未だにちょっと引いてる僕のことに気付いた若穂くんは。

一層慌てた様子で、言葉を続ける。



「だ、だいたい華だか知らないけどさ、ここが嫌なら他行けばよかったんじゃないのか?」

「いや、嫌ってわけじゃないんだけどさ。でもだって、【付属】に入れば【本校】の編入試験、受けられるんでしょう?」

「そりゃそうだ……って、吟也って言ったか? お前、【本校】受けるつもりなのか?」


そう言う若穂くんは、何だか地球外生命体で見たかのような顔で、僕を見ていた。

女の子だと知ってなければどついてやりたいくらい失礼な顔だけど。

どうしてそんな顔されにゃあかんのか、僕には皆目見当もつかなかった。



「な、何だよ。その顔はっ。も、もしかして僕は見た目だけで無理だと判断されてるのか? やっぱ顔か? 顔なのか? 紅葉台の【生徒】っていったら芸能人みたいなものだものな。こんな老人みたいな白銀髪のブサ面は駄目ってか? はは、そうだ。そうだろうよ! なんてたって、履歴書突っ返されて試験さえ受けさせてくれなかったわけだしなっ!」

「ご、ごしゅじんがこわれとるよ~」


見た目は男だけど女の子な若穂くんに言われて堪えたのも確かだろうけど。

ひょっとしなくても【本校】に受からなかった理由ってこれなんじゃなかろうかって。

心の叫びを、思わず僕はぶつけてしまう。

その勢いに、ちょっと引き気味だった若穂くんだったけど。


しかしその言葉にどこか納得行くところがあったのか。

ぽん、とひとつ手を叩いて。



「履歴書、送ったのか? 吟也がか?」


本気を問うかのような目で、こっちを見てくる若穂くん。



「何さ何さ、その送っちゃ悪いみたいな言い方はさぁ」


ここはそんなことないぜ、ってくらいのフォローがないと、本気でへこむんですけど。

……なんて思いつつも、とりあえず頷く僕。

すると、しばらく何事か考えていた若穂くんは、やがて顔を上げて。



「多分その履歴書、冗談半分で受け取られたんじゃないか? 何せ【本校】は女子校みたいなものだし、男子が真面目に履歴書提出してくるなんて、普通は考えないだろうしな」


そんなことを言ってくる。



「……」


おそらく、聞いてすぐには若穂くんの言葉を理解できなかったんだと思う。

それが、じわじわと紐解かれていくうちに、数々の自分の言動が思い起こされて。

気付けば僕は、叫んでしまっていた。


「じょ、女子校!? じゃ、じゃあ僕は、そもそも受験資格ないくせに、絶対受かってやるなんて啖呵切った勘違いヤロウ……ってこと!?」

「お、おい。ちょっと落ち着けって!」


今日一番の……というか、今までやってきたこと全てを覆されかねない衝撃の事実に、思わず魂の叫びのごとき大声ををあげる僕。


休み時間とはいえ、いきなり奇声を上げれば注目の的にもなるだろう。

何事かと注視してくるクラスメートたちの視線に晒されるのが嫌なのか、恥ずかしそうに縮こまる若穂くん。


それを目の当たりにした僕は。

ようやく我に返り、いつの間にか立ち上がっていた席に再び腰をかけて。

自身を落ち着かせるように、息を吐いた。



「ごめん、あまりの衝撃的事実に、取り乱した」


これで完璧に変なヤツのレッテル貼られただろうなぁと、内心へこみつつ。

何とかそう言って、乾いた笑みを浮かべてみせる。


「吟也、何も知らないでここに来たんだな。テレビのニュースとかで、【生徒】たちのこと見かけたりしなかったのか?」

「あ、そういや、女の子ばっかで、男の【生徒】の姿はあんまり見たことないような……」


言われてみれば確かにそうで。

今更ながら潤ちゃんの、受からないよって言葉が身にしみてくる。


というか、穴があったら入りたいくらいだ。

潤ちゃんも、男は駄目なんだってはっきり言ってくれればよかったのに。

いや、きっと受かるって信じ切ってる僕を傷つけまいと、気を使ってくれたのに違いない。

潤ちゃんは昔からそう言う子、だったから。



「馬鹿みたいだなぁ、僕。最初から無理な約束してたってわけだ」


今まで気負っていた何かがどっと抜けた気がして、うなだれる僕。

そんな僕に、若穂くんは何を思ったのだろう。

元気付けてくれるかのように僕の肩を叩いて。



「ま、そう落ち込むなって。そこまで【本校】に行きたいのなら、夏の編入試験、受ければいいじゃないか」

「え、試験? だって、女子校ならそもそも男の僕じゃ駄目なんじゃ?」


急に手のひらを返すように逆のことを言うので、僕は何だか混乱してしまった。

思わず首を傾げていると、何かに耐え切れなくなったかのように、若穂くんは笑みをこぼす。


「さっき、女子校みたいなものって言ったろ。別に男が入っちゃ駄目ってわけじゃない。ただ、男で履歴書出したり、試験受けようとするヤツがいないだけでさ」

「えーと、つまり、どういうこと? むしろ僕のイメージだと、野郎どもがかっついて試験に臨みそうな気がするけど」


ようは、学校側も男が試験を受けるわけがないと思っているから、履歴書を出し手もいたずらだと取られると言いたいんだろうけれど。

今度こそ、若穂くんの言っている意味が、僕にはわからなかった。



僕の知らぬうちに、世界の平和を守る【生徒】は、女の子の仕事、職業になってしまったのだろうか、なんて考える。

その時の僕は、間違いなく頭上に?マークが浮かんでいただろう。



「そう思うなら、夏の編入試験、受ければいいさ。そう言う考えのヤツほど難しいと思うけど……事実、去年の編入試験で合格した男、いるしな」

「なんだよ~、うらやま……じゃなく、それを早く言ってくれよ。そうか、先駆者ありか。それを聞いて安心した。やる気が戻ってきたぞ」


前例があると思うと、気持ちがぐっと楽になるのは何故だろう?

っていうかさ、男がいるなら女子校だなんて脅かさないでほしいよね。



「ま、そうと決まったらみっちり勉強しないとな。いろいろ指導ご鞭撻のほど、頼むよ」

「何だよ、おれにも受けさせる気か?」

「いや、なんつーかその、若穂くんって僕より全然詳しそうだしさ」

「……考えておくよ。あ、それからおれのことは呼び捨てでいいから。おれもお前のことそう呼ぶし」


僕がそう言うと、わずかに笑みを浮かべ、そう言う若穂くん…じゃなっかた、由宇。


その笑みは、何だか複雑そうで。

多分きっと、由宇が女の子だって言うのとかにも関係しているんだろうけれど。


僕はその時、気付かぬふりをして。

男友達でいることのほうが、由宇にとっていいんじゃないかな、なんて思っていて……。


             (第20話につづく)







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