第20話、深海のごとき境界線の向こうを、気にせず歩く


それから。

入学式ということで、半日で授業が終わって。


【付属】の見学がてら、若穂やその他仲良くなった級友たちと学食で過ごしてしばらく。

また明日の約束をして、なんとなく別れた後。

僕はクリアとともに、家には帰らず、校舎に残っていた。


目的はもちろん。

「ほなごしゅじん。つくもん探し、はじめるでーっ」

……である。



授業中や、若穂たち級友が近くにいるときは、おおっぴらに会話もままならなかったせいか、随分と張り切っているようだった。


仮に、このテンションでクリアのような子たちが増えていく事を考えると。

いつでも会話できるような、何か気のきいたものでも作ってみてもいいかな、なんて思う。


「そう言えば学校の中にいるって言ってたっけか。場所、分かるの?」

「うん、だいたいの場所は把握したで。潤はんのとこにいる子も含めて三人。このまままっすぐいったとこに……って、ごしゅじんこそ、なんや場所分かっとるみたいやん」

「はは、まあね。予想の範囲というか、なんというか」



クリアの感心したような声に、僕は苦笑で返す。

僕たちが今向かっているのは、【付属】と【本校】の境界線だった。


ホームルームの時にもらった紅葉台高校の地図によると。

それまで建物の2階と5階(ちなみに10階建て)に、校門から続いていた境界線がない部分……互いをつなぐ渡り廊下があるのが分かっていたからだ。



境界線の意味が分かった今となっては。

境界線自体にさほど抵抗はなくなっていたけれど。

地図を見る限りでは、この先通行禁止という感じでもなさそうだったので、どうなっているのかな、と気になっていて。


だから、他のつくもんたちがいるってことは結果論なわけだけど。

正直な所、ほぼ女子校と分かっている【本校】に、【付属】の男が何の許可も得ずに、勝手には入れないだろうなって考えていた。


クリアには悪いけど、不法侵入のレッテルを背負う度胸もなかったので、今回は様子見くらいのつもりでいたのだ。

誰かがいれば【本校】へ入るための許可申請の仕方とか、そういうのを聞くのもいいかな、なんて思ってたんだけど。



やがて辿り着いた【付属】と【本校】を繋ぐ場所は、それまで刑務所か何かのごとく互いを遮る鉄線どころか、遮るものの何ひとつもない、両側にある窓からあたたかい陽射しの入り込む、距離こそあれど何の変哲もない、渡り廊下だった。

立ち入り禁止のような類のことが示された看板とかもなく、普通に通ってもおかしくない、そんな佇まいである。



「ごしゅじん、向こうに女の子がおるで」


ただ、どうしてかは分からないけれど、緊張した声色でクリアが呟く通り、渡り廊下のちょうど半分くらいのところに、【本校】の真っ赤な制服を着た女の子が、何するでもなく誰かを待っている様子で、そこに立っていた。



潤ちゃんとリボンの色が違うから先輩だろうか。

向こうも気付いたらしく……だけど、何だか観察でもするかのように、僕のほうをじっと見つめている。



その視線に圧されたからなのか、僕は渡り廊下の直線で立ち止まった。

何故かと言えば、あまりにも無防備すぎて、逆に勘ぐってしまったからだ。


この先は【本校】。

うかつに足を踏み入れたりなんかしたら、警報とかが鳴ったりするんじゃないのかな、なんて思ったんだ。



「ごしゅじん、せかしといて今更やけど、この先危険かもしらへん」


と、胸ポケットから身を乗り出し、何だか真面目な表情で、クリアがそんなことを言ってきた。


「危険? どうしてそう思うの?」


確かにいろいろな意味でこの先は危険がありそうな気はするんだけど。

クリアが言うその危険は、僕が考えてるようなものとは、少し毛色が違うような気がした。

だからそう聞き返すと、しかしクリアはふるふると首をふって。


「うーんと。その、はっきりとは分からん。ごしゅじんが分からへんなら、クリアのきのせいのような気ぃもするけど」


どうやら、さっきの言葉はなんとなく口をついて出たものだったらしい。

ただ、クリアにもその危険の正体は分からないようだ。


当然僕にはクリアが不安がるようなことなど分かるはずもなく。

分からないのなら、やっぱり聞いてみるのが一番なんだろう。

幸いにも、廊下の向こうにいる先輩らしき人は、僕に注目してくれていたので、

声をひそめるのをやめて。


「すいませーん。【付属】の新入生なんですけど、この先【本校】ですよね? やっぱり常識的に考えて、通行禁止なんですかね、ここ」


佇む先輩らしき女の子に呼びかけてみる。



すると、その人は遠目見ても分かるくらいに不思議そうな顔をして。

だけどすぐに、何だか楽しそうな笑みを浮かべているのが分かった。


それは、思っていたより好意的なものではあったけど。

同時に、遠目で気のせいかもしれないけれど、何かをたくらんでるみたいな含みがある笑みにも見えた。


それは、まさしく……。


「通行禁止? 一体どこでそんなこと聞いたのにゃーっ」


そう、言うなれば猫のような、そんな笑い方だった。

って、にゃー? ほんとに猫?


よくよく見てみると、橙の髪に混じって、三毛のふさふさのネコミミが見える。

いや、たぶんきっとあれはつけ耳かなんかだろう。

でなきゃ、耳が四つになってしまうわけで。


そもそも冷静に考えてみたら、ネコミミつけて語尾ににゃーつけるくらい、クリアのプリティな存在に比べればむしろいて当然……っていうのはちょっと違うかもしれないけど。

全くもって気にすることないじゃないかって、自分を無理矢理納得させて。



「い、いえ! 聞いたわけじゃないですけど、なんとなく【付属】の生徒がおいそれと入ってはいけない雰囲気があるような気がしたもので!」


僕は、自分を落ち着かせるようにして、そう答える。



「そんなのないにゃーっ。むしろ逆じゃにゃいかな。あたしたちは、いつでも大歓迎なのにゃ。通りたいのならどうぞ、なのにゃーっ」


すると、彼女はそう言い、再びいたずらっぽそうな、面白がっているかのような笑い方をする。


正直、怪しいの一言だった。

なんとなく、一歩踏み出したとたん、トラップでも作動して、矢とか飛んできちゃったりするんじゃないか、なんて勘繰ってしまうほどに。



「ごしゅじん」


と、そこで聞こえてくるのは、名を呼ぶだけのクリアの声。

さしずめ目的のためには向こうへ行きたいけど、でも心配って感じだろうか。


「……ま、いっか。通っていいって言ってるんだし」


相変わらず、僕の動かし方を分かってるなーなんて内心思いつつ、僕は一歩踏み出す。

まぁそれは、いいって言ってるのに引き下がったらヘタレみたいだなって自分で思ったのもあるけれど……。



そんなさもない男のプライドみたいなものに押されて、クリーム色のリノリウムの地面に降り立った瞬間だった。



「うおっ?」


突然身体が重くなったというか、周りの空気に圧されるかのような感覚に陥った。

思わず声をあげると、その場の変化がクリアにも分かったらしい。



「ごしゅじん!平気か? へんな結界のなかに入ったで!」


大げさなほどの、クリアの声が胸元に響く。

そして、そのままバタバタと暴れだし、ポケットから出ようとするので、大丈夫だと落ち着かす意味も含めて、ぽんぽんと軽く胸ポケットを叩いた。


「そっか。知らなきゃ結界? だと思っても仕方ないかもね。大丈夫だよクリア。

たぶん、【付属】校舎と比べて【本校】は気圧が高いんだよ。加圧トレーニングってやつ? あ、これは違ったかな?」


よく考えてみれば、【本校】の生徒たちは、【魔物】と戦うために日々訓練とかしてるんだろうし、【本校】ごと気圧を高めておくってのは、ありなんじゃないかなって思える。

【本校】は全寮制で、寮も校舎の中にあるらしいから、もしかしたらそれが日常になっているのかもしれないし。



「ごしゅじん、へいきなん?」

「ん、ああ。無問題だよ」



クリアは本当に心配性というかなんというか、心配されて悪い気分じゃないけれど。

僕は安心させるように、笑ってみせた。


そういえば、家の雑多なものを集めた倉庫の中にでっかい風船の中に入れる遊具があって、それの空気の変わる感覚が面白くてよく遊んでたし、意外と僕ってこの環境に向いてるんじゃないかなって。

【本校】の大変であろう訓練とかにも、結構耐えられるんじゃなかろうかって。自分自身で思ったりもしていて……。



             (第21話につづく)






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