第18話、まさかの幼馴染もつくもん!? なんてことはなく
SIDE:吟也
「潤ちゃん」
「……吟也?」
漆黒、としかいいようのない、混じりけのない黒の長髪がさらさらとこぼれる。
しなやかでスラリとした長身。
包むのは紅葉台の【生徒】を示す、真紅のブレザー。
三年近くも会ってないせいか、僕の記憶に残る潤ちゃんよりも、ずっと格好よくて綺麗で凛と気高い、そんな雰囲気が伝わってきた。
変わらないのは、その強く澄んだ光を放つ、心のうちまで届きそうな黒曜石の瞳だけ。
名を呼んだ僕に対し同じように僕の名を呼んで。
何かを見極めてるみたいに視線を外さない潤ちゃん。
彼女は、思ったことを包み隠さず口にする子だったから、約束を守れなかったこと
(そんなこととっくに忘れているという可能性はとりあえずおいておく)に対して、針千本に匹敵しそうな言葉、投げかけられるんだろうなって、そう思ってた。
けれど、僕はまだ諦めたわけじゃなかったから。
とにかくその強い視線から逃げずに受け止めようって、そうも思って。
それは、今まで何度となく自分の弱いところを見せてしまっている潤ちゃんに対してのせめてもの抵抗というか、意地、だったのかもしれない。
と……。
「でしっ、でしっ!」
そんな事を考えて、何だか二人で睨み合うかのような状態になってた時だった。
突然頭上にいたクリアが、しゃくりあげるかのように言葉を発する。
それは、かがみ姉さんの時のように、他のつくもんが近くにいると反応する、
とクリア本人が言っていたものだった。
「えっ?」
ま、まさか潤ちゃんまでつくもんなの?
思わずそう叫びそうになって、慌てて言い留まる僕。
その、ギリギリの判断は、どうやら正しかったらしい。
潤ちゃんは、僕が急に驚いた声を上げた僕を見て。
「何、急に? どうかした? 私、なにか変?」
呆気にとられたかのように、窺うように声をあげている。
「ちゃうちゃう、この人はつくもんやないでごしゅじん。たぶん、この人の持っとるかばんの中にでもおるんちゃうかな。おーい、いるんなら返事せいやー」
「……」
どうやら、潤ちゃんにはクリアの声は聞こえないらしい。
しかし、クリアがカバンに向かってそう呼びかけたが、それに答えるものもなかった。
「あれ? 反応消えた。どういうことやろ?」
やがて、クリアのしゃっくり声さえ止まってしまい、クリアはそれが不思議なのか、しきりに首をかしげている。
そのことについてはよく分からない僕だけど。
まぁ、よくよく考えてみれば、潤ちゃんがつくもんのはずはないのだ。
ついさっき、彼女の両親に引越しの挨拶をすませてきたばかりなのだし。
「い、いやっ、ははは。ごめん、なんか緊張してるのかも、僕」
乾いた笑いで何とか誤魔化してみたけれど。
さすがにちょっと苦しかったかもしれない。
けれど、それで潤ちゃんは一応納得してくれたのか。
再び凛とした雰囲気を取り戻したかと思ったら、気付けば僕の目の前にいて、
あろうことか僕の頭上に手を伸ばしてくる。
……おそらく、クリアのいるだろう所へ向かって。
「え、う、うそや!」
クリアのほうも見えているはずないと、そう思っていたのだろう。
頭の上から驚きとちょっと怯えの混じった、そんな声がする。
ぱしっ。
「……あ」
「っ」
だから、だろうか。
ほとんど無意識に僕は、潤ちゃんの手を掴んでいた。
可能性として、本物の紅葉台高校の【生徒】なら、見えるんじゃないかって考えてた部分は確かにあった。
それでもここまで連れてきたのは、僕の責任だろう。
僕にはクリアを守る……クリアが人を襲うような悪いやつじゃないんだって、主張する義務があったから。
「……」
「……」
先程と同じようでいて、ちょっと違う沈黙が辺りを支配する。
けれどその静寂は、一瞬だった。
それまで鋭い表情を変えなかった潤ちゃんが、ちょっと戸惑ったように苦笑を浮かべたからだ。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。別にとって食おうってわけじゃないんだから。【付属】は【本校】と違って校則も厳しいって聞いてたから、没収される前にって思っただけよ。いきなり手を出したのは悪かったと思うけど。吟也ぜんぜん変わってないから、昔の世話焼き癖が、自然と出ちゃったみたいね」
「あ、ご、ごめんっ。わざわざ、ありがと」
そこでようやく僕は潤ちゃんの急な行動が、サングラスなクリアのことを慮ってだったことに気付く。
心外ね、とでも言うようにまくし立てる潤ちゃんの様子が、何だか僕が思ってる以上に傷ついているみたいに見えて。
悪いことしたなぁと、とにかく真摯に謝って。
潤ちゃんの手を離し、慌ててクリアを頭上からブレザーのポケットに隠す。
「うう。目ぇ、あった~。なんや、この人ちょっとおっかないで」
とって食うって言葉にびびったのか。
クリアは胸ポケットの中で情けない声をあげている。
もちろんその声だって、聞こえているなら、間違いなく潤ちゃんに届いているはずで。
でも反応のないところを見ると、どうやら僕が危惧していたような事態にはならなかったことがよく分かる。
安心していいのか悪いのか良く分からない心持ちでいると、潤ちゃんはさらに笑みの度合いを深めた。
小さい頃のみんなのガキ大将なイメージがあったせいか、約束を果たせてない自分にそんな優しい笑顔を向けてくれることがなんだか不思議で、意外な気がする。
「ふふ、別に謝ることじゃないでしょう。ずいぶんと久しぶりのはずなのに、なんだかあまりそんな気がしないわ。そうそう、さっきね、お母さんから吟也が帰ってきたって連絡があったから飛んできたのよ……って、まずは挨拶しなきゃ、順序があべこべじゃない。おかえり、吟也」
もしかしたら、約束忘れてるのかなってくらいに、潤ちゃんの様子が柔らかい。
しかも、堰切ったように言葉を紡ぐその感じで、潤ちゃんの再会を喜んでくれてるのが伝わってきて、何だか照れくさかった。
「う、うん、ただいま、潤ちゃん」
僕もそう挨拶を返しながら……やっぱり子供の頃とは違うんだなって、強く思った。
まぁ、今や、本物のヒーローだといって遜色ない紅葉台高校の【生徒】なのだから、当たり前といえばそうなのかもしれないけれど。
「ま、ただいまって言っても、約束守れたわけじゃないから、帰ってきただけ、って感じもするけどね」
とはいえ、僕が紅葉台の【本校】には入れなかったのはブレザーとかで一目瞭然だし、いい加減そのことに触れないのにも耐えられなくなって、ごまかし笑いを浮かべながら、僕自らそう切り出した。
「約束……そっか」
潤ちゃんは、約束を覚えてくれていたらしく、すぐに反応が返ってくる。
だけど、ちょっと考え込むような、難しい表情には、何か思うところがあるらしい。
そんな潤ちゃんは、しばらくすると顔をあげて。
「吟也は……まだ紅葉台に入ること、諦めてないの?」
まじめな口調で、そんなことを聞いてくる。
僕にはそれが、何だか今までとは違って、トゲのある言い方にも聞こえた。
ちょっとだけ口だけだって、痛い事実をつかれた過去の言葉を思い出す。
「……もちろん、だって夏に編入試験があるって、そう聞いたし」
「吟也には不可能だって、私が……言っても?」
そして、何だかその確信めいた潤ちゃんの言葉に、僕は否応なしに火をつけられる。
「もちろん! 僕はまだ、約束を破るつもりはないから」
やっぱり僕って変わってないなぁなんて自分で思いながら。
きっぱり、そう断言する僕。
でも、きっとその潤ちゃんの言葉には、紅葉台高校へ入ってからの大変さと苦労とかも含まれているんだろうと思う。
勝てもしないのに突っかかっていってた向こうみずな自分のためを思っての言葉、なんだって、ちゃんと分かっていた。
だけど僕はそんな潤ちゃんに対して、昔から天邪鬼なところがあった。
本当に潤ちゃんの言う通り無理なのだとしても、無理だと分かってても挑戦したい男の意地みたいなものがあったんだ。
昔はそれでよく潤ちゃんと喧嘩したものだけど……。
「そう。吟也がそう思うのなら仕方ないわね。約束、守ってくれること、私も祈ってるわ」
流石に今となっては、そんなこともないらしく。
大人な潤ちゃんの対応に、子供なままの自分がちょっと恥ずかしくなってくる。
と。
思ったより話し込んでる時間が長かったのか、僕と同じビリジアンカラーの制服を着込んだ人たちが、ちらほら見え始める。
すると潤ちゃんは、よくよく見てなきゃ分からない程度だったけど、何だか慌ててるように見えて。
僕と一緒にいるのを見られるのが恥ずかしかったりするのかな?
なんて思ってしまう自分は、本当に馬鹿さ加減全開で。
「ごめんなさい、吟也。寮の点呼の時間なの。もう行くけど、入学式頑張って。試験、期待してるわ」
そう言って手を振り去っていく潤ちゃんに対し、本当に申し訳ない気持ちになる。
よく考えてみれば、すぐ気付きそうなものだけど。
潤ちゃんは、紅葉台高校の【本校】の生徒なのだ。
【本校】に所属する全生徒が校内にある寮で暮らすことを義務付けられている。
つまり、潤ちゃん自身は通学路を通る必要はないわけで。
わざわざ出てきて待っていてくれたんだって気付いたのが、たった今だったのだから。
「ごしゅじ~ん、せっかく他のつくもん近くにおったのにぃ」
「はは、忘れてた」
そして。
さらに追い討ちをかけるように、そんなこと言ってくるクリアがいて。
何だかもう笑うしかない、僕なのだった……。
(第19話につづく)
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