第17話、夢よりもきっと、現実の方が予想外



(あれ……?)


そんな吟也とのやり取りの中。

何においても気にしなくちゃいけなかったことに、私は気付かされる。


見た目はともかく中身があまりに記憶通りで、過去の私と同じように接してくるから。

私自身、何憂うことなく過ごしていた小さな頃に戻っていたのかもしれない。



ついさっきまで吟也が私に触れていた。

曲法の力を持たない一般の人……特に男の人にとって、曲法の力を持つ私たちは毒の塊にも等しいはずなのに。


理解に及ぶとたちまち陥る、混乱の極み。

それは、我慢なんてレベルじゃないってことくらい、触れずとも同じ部屋にいただけで苦しんでいたお父さんの姿で身に染みている。


もしかしたら。生徒になることを口にするだけあって、吟也には生徒としての才能があるのかもしれない。

例えばトーイ先生のように、曲法の力の影響を受けにくい人なのかもしれない。


まぁ、それでも異世の中に入れるかどうかは別問題だし、たとえそれが可能あっても吟也が本校に通うことは、吟也にとって不幸にしかならないだろうことは目に見えている。

頭の中の冷静な部分では、確かにそう思っていたのに。



「そう。……吟也がそう思うのなら仕方ないわね。約束、守ってくれること、私も祈ってるわ」


気づけば私は、そんな事を口にしてしまっていた。

もしかしたらずっと側にいて一緒に戦えるかもって期待している自分がいたんだ。


私は、自分のわがままな希望そのままを口にしていた。

結局私は自分が可愛いんだろう。

辛くても側にいてほしいと、自分勝手も甚だしい感情を抱いている。


【生徒】になることが辛く不幸な理由。

一番に考えなきゃいけないことを、考えようともしないままで。



と……。

思ったより話し込んでる時間が長かったのか。

予鈴の鐘とともに、吟也と同じビリジアンカラーの制服を着込んだ人たちが、ちらほら見え始める。


さすがにこれ以上は限界だろう。

異世の中じゃないとはいえ、私がいることで吟也のこれからの学校生活に支障をきたす、なんてのはごめんだった。


私の側にいて平気……あるいはそのふりをしている吟也を見ていると尚更に。



「ごめんなさい、吟也。寮の点呼の時間なの。もう行くけど、入学式頑張って。試験、期待してるわ」


だからそう言って手を振り、返事を待つより早く。

私はきびす返してその場から離れた。


もう、ほとんど全力のダッシュだ。

吟也が呼び止めるような声が聞こえた気がしてたけど。

私は振り向かなかった。


外出届けもなしに点呼に遅刻すると怒られるって理由もないこともなかったけれど。

ここで未練がましく振り返っちゃったりなんかしたら、視線を外せなっちゃうかもって、半ば本気で思っていたからだ。




「でも、よかった……」


ちゃんとお話できたかどうかはちょっと疑問だったけれど。

キクちゃんの心配をよそに、拒絶されることはなかった。

昔のままだった。

昔のままだけどすごくかっこよくなっていて。



人でないものに変わってしまった。

そう揶揄される自分。

だけど私は吟也を好きでいられた。

むしろその勢いは加速し、とどまるところを知らないって感じ。


会ったらどんなことになるかなって。

良いほうにも悪いほうにも長年かけて想像し続けてきた私だったけど。


結果は極上だったっていってもいいだろう。

怖いくらいにいい方向に向かっている。

あまりにもうまくいきすぎて、今更ながら夢なんじゃないかなって思ってしまうくらいには。



「潤ちゃんはボスのこと好きなんすねぇ……」

「え……?」


その、浮かれきった私に水を差すってわけじゃないんだろうけど。

突然胸元から、そんな声が聴こえてくる。


それは、カチュの声だった。

吟也からの大切な預かりものが、私の力の影響を受けてカチュになって。眠そうにそう名乗ってから殆んど目を覚ますことのなかった彼女の、久しぶりの言葉だ。


「ぼす? ぼすって吟也のこと……?」


そりゃ好きだけど……じゃなくて。

『ぼす』ってなんだろう?

BOSSでボスってことかな?

カチュってもともと吟也のつくったお人形さんだから、作成者を敬う意味でそんな風に呼んでいるのだろうか。

少し……いや、かなり苦しいけど。



「……で、ねむいっす~」


その問いに答えてくれたのかそうでないのか。

聞き取りづらいそんな事を呟いたカチュは、それ以上話を聞いてくれることはなかった。

深窓の令嬢のミニチュアな見た目にそぐわない、下っ端っぽい口調で首をがくがくさせている。


さっき、カチュに似た子を見たような気がしたんだけどって聞こうと思ったのに。これじゃあ、何を聞いても駄目だろう。

その時の私は、さっきのはもしかしたら舞い上がっていた中での気のせいかもしれない、なんて思い始めていて。



そんなカチュは、いつも眠たげだった。

というか、寝てばかりだった。

もし何かの病気ならば、何とかしてあげたいんだけど。

魔物と似たり寄ったりだろう彼女を見てくれる人なんかいないだろうし、ご飯は毎日三食しっかり食べてる(寝ながらだけど)わけだから、とりあえずは仕方なしに現状維持って感じなんだけど。


そんな私をよそに、気付けばカチュは胸ポケットの中、巾着袋のその奥で、丸まるようにして熟睡モードに入ってしまっている。



「……もう。自分勝手なんだから」


そんなとこまで私に似なくても、などと思いつつも。

私は考えるのを止め、来た道を引き返していったのだった……。


SIDEOUT



            (第18話につづく)






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