第12話、遠く触れられぬ場所にいる、戦うアイドルの話



SIDE:潤



新しい春を迎える、ある朝のこと。


寮の二人部屋にしては贅沢すぎるほどに広く静かな部屋に、私のお気に入りのメロディが流れ出す。

それは、タイトルだけなら清々しい朝にふさわしい曲。

ただ、その中身は私の好きな、ちょっぴり涙を誘う曲だ。


同室のキクちゃんはそれがお気に召さないらしく。

いっつもジト目で「暗いのは雰囲気だけにしてください」って文句を言われたりする。


確かにこの曲は、詩の内容がドラマに合わないからって無理矢理変えさせられて、タイトルまで変えられてしまったかわいそうな曲だけどさ。

でも歌ってる本人は、本当は嫌だったはずなのに、そんな無茶な要求にもちゃんと応えてくれる器の大きい人なんだよ。


……なんて曲の素晴らしさを小一時間ほど説いてあげたかったんだけど。

そんなキクちゃんの言う通り、私、三水潤(さみず・じゅん)は周りから、無愛想が服着て歩いている、ってタイプに見られているらしい。


本当はそんなことなくて、むしろうるさいくらいテンションの高いやつなんだけどね。

だけど、そんな内々の自分は、きっかけがないとなかなか出てこない。

大抵の場合は、そんなキクちゃんの小粋な皮肉にも、いつもごめんね、なんて当たり障りのない言葉しか出てこない自分が、ちょっと悲しかったりする。



登校にはまだ早い、所謂自由な時間帯。

外の天気もいいようで、お散歩にでも出ているのかキクちゃんの姿はなく。

曲を堪能してる場合じゃなかったと思い立ち、私は電話に出た。


着信音で分かっていたけど、電話の相手はお母さんだった。

近所の寮なんだし、それとは別に仕事用の連絡機があったりするから、別にいいよって言ったんだけど、それでも持たせてくれた携帯。


ああ、そっか。

モーニングコールをしてくれるためだったのかなって、ちょっと思ったけれど。




「おはよう。潤ちゃん。起きてる?」

「……うん。起きてるよ」


案の定なお母さんの言葉。

口からついてでたのはつっけんどんなそんな言葉だった。

でも、お母さんは内と外のギャップがある私に当然気付いていたから。

特に気にした風もなく、さらに言葉を続けてくれる。


そう、話には続きがあったんだ。



「ニュースよ、ビックニュース!」


なんだか随分と、もったいぶった言い回しをするお母さん。

朝から、自分が言うのもなんだけど、やけにテンションが高い。

お母さんがこんなにも嬉しそうなニュースって一体なんだろうって、そう思って。



「今ね、吟也ちゃんに会ったのよ。しかも【付属】の制服着てたの! 今日から付属に通うんですって!」

「え……?」


吟也? 付属?

耳元から聞こえるお母さんの言葉に、私の理解はすぐに及ぶことはなかった。

何故ならそれは、すぐには受け止めきれるものじゃなかったからだ。

私の頭の中にある記憶領域の、その大部分を占める最重要事項だったからだ。



「ほ、本当に……?」


信じられない。嬉しすぎて寮中を踊り回りたい。そんな衝動に駆られる。

生まれてきてよかったーって、心が叫んでいる。


吟也が帰ってきた。

それだけで、私にそう思わせるには十分なほどにビックなニュースであることに間違いなくて。



「わざわざこんな嘘つかないわよ。私だってびっくりしたんだから。朝ね、来客があってどこのアイドルが迷い込んだのかと思ったら吟也ちゃんだったの。またお隣に戻ってきたんですって」


勢い込んで話すお母さんにうんうんと相槌を打ち、私も同じ気持ちになって先を促す。



「今日は挨拶に来てくれたみたい。大人になったわねぇ。いっつも泣いてるようなイメージしかなかったのに。見違えたわ。潤ちゃん惚れ直すわよ、あれは間違いなく」

「ど、どうしよう……」


後の方は、もうほとんど聞き流すような状態。

上の空でお母さんの言葉に答えて。


電話が終わっても、私は落ち着きを取り戻すことはできなかった。

うだうだ、ごろごろとベッドの上を転げ回るばかりで。



―――紅恩寺吟也(くおんじ・ぎんや)。


お隣さん。いわゆる幼馴染の男の子だ。

身体が弱くて泣き虫で、それなのに喧嘩っ早くてプライドが高くて。

子供ながらに異性を惹き付ける魅力があって、本人もそれが満更じゃないどころか、率先して女の子達の輪に加わる……年頃の少年らしくない性格の持ち主。

そんな性格と目立つ容姿のせいで、よくいじめられていたっけ。


今は自分自身では落ち着いたと思いたいけど。

やんちゃで、ガキ大将、なんて呼ばれていた頃の私は。

お隣さんの縁もあり、見るに見かねてそんな吟也を助けていた。

それが彼の自尊心を傷つけ、嫌がっていたのにも気付けずに。


今思えば、その頃からもう好きだったんだと思う。

男の子が好きな女の子をいじめるっていうのと同じなのかもしれない。


吟也は私が守るって。

一方的な独占欲を、体のいい言葉で誤魔化してたんだと思う。


吟也を傷つけていたのだと知ったのは。

私にとっては人生を変える、特別な進学……中学に上がる少し前の事だった。



いつものようにいじめられてて、勝てないのに立ち向かって。

そんな吟也がかっこいいって思って。

いつものように彼を助ける。


得意げな私は、「どうせ勝てないんだから、いじめられそうになったら私に言いなさいっ」て暴言を吐く。

それが暴言だと気付かずに。




吟也が私に向かって本気の怒りをぶつけてきたのは、その時が初めてだった。

それは、心根の優しい、吟也らしい怒り方だった。

だったら私を守れるくらいに強くなると。そのための修行に行くのだと。


二人で憧れていたヒーロー。

紅葉台の【生徒】になるために強くなるのだと。

そう、力強く宣言してくれたことが、どうにも眩しくて。



私はその時、何も知らなかった。

吟也が遠くへ引っ越してしまうことを、ずっと切り出せずにいたことを。


だから、その時は。

「そんなの無理に決まってるでしょう」、なんて事を口にしてしまって。


そんな私の態度が、余計に吟也を怒らせてしまったんだろう。

……ううん。自分のことしか考えてなかった私に、もっと怒ってくれても、本音を言ってくれてもよかったんじゃないかな、とすら思えたけれど。



必ず帰ってくる。

そんな約束のしるしに、吟也は私に宝物をくれた。

「人質だ」って、泣き笑いの表情で。


吟也が私のそばからいなくなってしまう。

それを思い知らされたのは、まさにその瞬間だった。

そしてもう、手遅れだった。


吟也は、ひどいことを言ってしまったことへの謝罪もさせてくれないうちに、家の都合で引っ越してしまったのだ。

子供の足では簡単にはいけない、そんな遠いところへと。


無愛想で感情が表に出なくなったのは、それが原因じゃないのかなって思えるくらい、私は泣いた。

好きの気持ちに明確に気付かされたのは皮肉にも吟也がいなくなってからで。




それから、三年あまり。

その気持ちはしぼむことなく私の中でずっと育っていた。


約束とそのしるしがあったから。その気持ちは褪せない。

むしろ大きくなりすぎて、どうにかなりそうだった。



吟也が帰ってきた。

その事を知っただけで喜びが止まらない。

そりゃ世界もばら色に染まるというもので。




「何か悪いものでも食べたんですか?」

「……っ」


と。

あまり人様には見せられないにやけ顔をしていたかもしれない私に向かって。

呆れ返ったような……それでも氷砂糖のような冷たく甘い声がかかる。


はっとなって顔をごしごしとこすり、居住まいを正して声の主の方へと視線を向けると、そこにはキクちゃんの姿があった。

相部屋にして仕事の相棒でもあるキクちゃん。


フルネームで、粟佐喜久(あわさ・きく)ちゃん。

うどの大木な私と違って、女の子らしい、小さくてか弱い雰囲気を漂わせる、可愛らしいお人形さんのような、という表現の実に似合う女の子だ。


生来病弱(結構頻繁に貧血とかで倒れるのだ)な割に、ほどよく焼けた小麦色の肌と、愛玩犬を思わせるサイドアップに纏められた黒髪が私的にツボだったりするわけだけど。


そんな見た目に即しているのか反しているのか。

キクちゃんは言葉遣いが丁寧な割に口が悪い。

気付けばきつめの毒を吐いたりする。

特に相部屋の私には。


まぁ、そこらへんもキクちゃんの魅力って言っちゃえばそれまでなんだけど。

そんなんだから愛想なしの怖いコンビ、なんて言われちゃうんだよねぇって、思ったりしなくもなかった。



「あ、ううん。そうじゃないよ。だって吟也が帰ってくるから……」

「ああ、例の懸想してる幼馴染の」



キクちゃんが呆れた、というかうんざりとした様子なのは変わらない。

何故ならば、吟也とのあれこれを、耳にたこができるくらい聞かされ続けていたからだ。

自分で言うのもなんだけど。



「……約束、守ってくれたんだよ」


嬉しい、楽しい、大好き。

テンションがおかしくなりすぎて、我に返ったかと思いきや再びトリップしかける始末。


そんな私を見て、キクちゃんはふぅと一つ大きなため息をついて。



「よかったじゃないですか。まあ、大変なのはこれからでしょうけどね」

「それは……そうだけど」


余計な一言ともに、だけど笑顔を見せてくれるから。

相変わらずらしいなぁってちょっと思う。


キクちゃんとは、中学からの付き合いだ。

今までの私の姿というか、本性すらも側で見てきてくれているぶん、その言葉には切実なものがこもっていた。


私の内側から滲み出るハイテンションに圧されたのか、最近はちょっと明るくなってきたけど。

この町、この場所に来てからのキクちゃんは、貧血で倒れるか塞ぎ込んで膝を抱えるかのどちらかたっだ。



でも、それはキクちゃんに限ってのことじゃない。

今、私たちのいる、【本校】の寮に暮らす子たち。

そのほとんどが、望んでここにやってきたわけじゃなかった。


本当ならごく普通の中学、あるいは高校に通うはずだったのに。

望まずして選ばれてここにやってきたのだ。

まともに社会では生きていけない、というレッテルを貼られていることを自覚しながら。



そんな私たちが集められ、暮らし、唯一与えられた役目をこなす場所。

通称【本校】、正式名称【紅葉台学園】(中高一貫)のことを話すには、まず変わってしまった世界のことを話さなきゃいけないんだろう。



人間が増えすぎたからなのか、環境破壊の度が過ぎたからなのか。

古今東西、未曾有で不可思議な天災が人々を襲ったのは、私が生まれるよりもずっと前のことだった。


それは、怒れる地球そのものが人間を滅ぼすためだけのもの、とも言われていて。そのうちの一つに、【デリシアス・ウェイ】と呼ばれるものがあった。


それは、簡単に言えば、空想の中にしかいなかったはずの幻想の生き物たちを、【虹泉(トラベルゲート)】と呼ばれるものを介して、際限なく生み出すというもので。


幻想の彼らは【魔物(ピリット)】と呼ばれ、人々を苦しめ、蹂躙した。

魔物に抗う術を知らない、多くの人々が亡くなって。

このままじゃ、人間は本当に絶滅してしまう。


誰もがそう思った時。

その運命に逆らうようにして、人々は新たな進化の道を辿った。


魔物と同じ、幻想の力を秘めた子供たちが生まれるようになったのだ。

さながら人を滅ぼさんとするその魔物たちと、戦う使命を負ったかのように。


だけど、事はそう簡単にうまくはいかなかった。

魔物と同じ力を持って生まれた子供は、そのほとんどは女の子で。


その力を持って生まれてきた子は、力を持たない人間にとって、無意識下で拒絶すべきもの……あるいは、命を奪いかねない毒そのものだったんだ。



理由は分からないけれど。

とりわけ男性に強い影響が見られて。

その子の親でさえ力を持ったその子を拒絶するようになる。



親にとってみれば呪われた子、だったのかもしれない。

だが、人間が生きるためには必要な力だった。


それを酸素のようなものだと言ったのが、紅葉台学園の創始者……らしい。

なくても死んでしまう。あってもいずれは死が訪れる。

ならば、それ相応に付き合わねばならないだろうと。


それにより、世界はようやく前に進み始める。

幻想の力……【曲法(カーヴ)】持ちし生まれた子を。

人間を魔物たちから守るものとして育てるために。


いるだけで周りのものに迷惑をかけるその子たちを、まとめて面倒を見るための、専門の機関が作られたのだ。


それこそが、紅葉台学園であり。

特に魔物の発生率が高かった紅葉台の町を巻き込んで、それは建てられた。

紅葉台を、魔物と戦う基地とするために。



そんな紅葉台ができて三十年あまり。

私が中学への進学を考えるようになった頃。


何の前触れもなく、魔物と同じように、周りの人を傷つける力に覚醒してしまった私は。

紅葉台の町中にある実家を離れ、こうして学園内で寮生活をするようになった。

魔物を倒す【生徒(ユーディス)】の一人として。


それからもう、寮生活四年目。

高校一年生、と呼ばれる年代になった私は、きっと幸せな方なんだろう。


元々紅葉台町出身で、紅葉台学園に通う生徒たち、平和を守るヒーローに憧れていたし。

例え体が拒否反応を示していても、お父さんもお母さんも、変わらず私を愛してくれた。

同じ町……近くにいて、私を見守ってくれているのが実感できるんだから。



大抵の子は、拒絶と迫害の果てに、ここへ送られてくる。

キクちゃんもそうだった。

魔物呼ばわりされて、失意の果てにこの場所に来た子の一人だった。


でも、だからこそ私はこの学園を、集まったみんなを幸せにしたかった。

誰も彼も拒絶される人間なんて悲しすぎる。



そんなみんなの支えにちょっとでもなれるようにって。


強く思うようになったんだ……。



             (第13話につづく)








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