第11話、紅に世界が染まるまで、そこに在れたら
「編入試験があるとはいえ、紅葉台高校に通う約束、守ったわけじゃないからね。
正直情けなくて潤ちゃんに合わす顔、なかったりするんだよなぁ」
意気揚々と学園へ向かう、なんて気概が今更ながら削がれてしまって。
重い息を吐くように、僕はそんなことを呟く。
すると、そんな僕を見たクリアが……
「でもごしゅじん、守るのはこれからなんやろ? 別にやぶったわけやないんやろ?
だからごしゅじん、ここにおんねんやろ?」
「まぁ、それはそうだけど」
「だったら、堂々としてたらええ。ごしゅじんならすぐにその約束守れるはずなんやから」
僕を諭すみたいに、そんなことを言ってくれる。
それは、あまり根拠のないもののように思えるのに。
でもどうしてか、すごく励まされるというか、そうだよな!って気にさせてくれるた。
それは。
あったかい、ちょっとおかしな関西弁の力もあるんだと思う。
なんだかクリアの気持ちが正直に伝わってくるというか、そんな感じがして。
「……ありがとな。元気でた」
「ううん、どういたしましてやで」
自然と口から出た言葉に、嬉しそうな笑顔を見せるクリア。
見てるこっちまで癒される、きらきらしたいい笑顔だ。
僕は、その笑顔に押されるようにして。
「よし、いっちょ堂々と挨拶にでもいきますかっ!」
さっきの身を引かれるような気分もどこへやら。
意気揚々とお隣さんちまで歩き出したのだが……。
「あの、すみません。言い忘れていました。潤様は高校に上がって正式に紅葉台高校の【生徒】になられたとのことで、今は学校の寮にいらっしゃるそうなんですけど……」
後ろ手に聞こえたのは。
そんなかがみ姉さんの、すまなそうな声。
「はは。なんだ。そっか。うん。ご両親に挨拶だけしておこう」
よく考えたらこういうのは昨日すべきだったと思いつつ。
僕は乾いた笑い声をもらし、でもどこかほっとしながら、そう呟くのだった……。
※ ※ ※
そんなこんなで登校初日、通学路。
雲なのか靄なのか区別のつかない程度に白みがかった春らしい空の中、僕たちは紅葉台高校へ続く坂道を上ってゆく。
紅葉台は町全体が小高い丘に立っているせいなのか、とにかく坂道が多かった。
それこそ、駅から学校まで通おうとすれば、毎日の登校が山登りみたいに感じられるかもしれない。
まあ、実際は直通のバスがあるので、わざわざ歩いてくる人なんてそうそういないんだろうけど。
「おぉ! すっごいな、ピンク色の道が続いとる」
バスの通らないこの道には、バス通いでは味わえない特権がある。
ゆるく長いカーブに沿うようにして立ち並ぶ桜の木。
千本桜とまではいかないだろうけど、学校までのメインの通りは別にあるため、車通りも少なく、地元の穴場といってもよかった。
自分で言った言葉そのままの景色に、はぅ、と見とれていたクリアは。
もっと良く見ようと、結局胸ポケットの中から僕の頭の上に陣取る。
「紅葉台やのに、赤やないんやね~」
と、ふいにクリアはそんな事を呟いた。
「ま、春だし、桜だしね」
そんなこと、クリアはもちろん承知上で呟いたんんだろうけど。
何の根拠もないのにそう言うクリアの声色に、どこか残念そうなものを感じて。
まるで言い訳するみたいに僕は言葉を返していた。
「……」
その言葉に、クリアは答えない。
ついでに頭の上にいるからその表情も分からなくて。
まだ出会って一日そこらしか経ってないはずなのに、その何だか微妙な雰囲気が僕ららしくないなって、そう思った。
「何々? クリアは紅葉のほうが好きなのか?」
「そやね。クリア、紅葉台っちゅーくらいやから、てっきり一年中紅葉見られるって思ててん」
儚い願望。
だけど、そんなことはないと分かってて言っているようにも聞こえた。
幻想的な目の前の光景を前にしても尚、自分と同じ色を求めているのには。
はたして一体どんな意味があるのか。
その場の情景に感化されてしまったみたいに。
考えてもしょうがないようなことに、思考が沈んでいきかけたけれど。
「まあ、いくらなんでも一年中は難しいんじゃないかな」
「そうなん? だって桜は年中咲いとる場所、あるやろ?」
「や、それもないと思うけど」
「えー? ごしゅじんがある言うたんやで?」
「あー、そうだったっけか。うん、前言撤回。冬に咲く桜あるっていうし、秋桜って言うくらいだし、そういうこともあるかも」
言われた僕は、思わず屁理屈述べて半笑い。
一体ごしゅじんなる人はクリアに何を教えてるんだろうと思わなくもない僕である。
「ま、今は無理だけどさ、昨日駅からの山道……外界のある辺り、歩いたろ? あの辺りは秋になったら壮観だよ。ここが紅葉台って呼ばれてる意味、よく分かると思う」
「そうなん? それは、楽しみやなぁ」
頭の上にいるせいもあるだろうけど、そんなクリアの言葉は。
僕の脳にダイレクトで響くような、そんな嬉しげな声で。
結局。
発せられたその言葉に。
どんな意味が含まれているかなど、気付く事もなく。
※
桜色のカーブを上りきると、視界は一気に開けた。
それは、町のてっぺんを意味するとともに、紅葉台高校の敷地へとたどり着いたことを意味していた。
広がる青空から視線を下げると、目の前を塞ぐのは物々しい有刺鉄線。
それは、たとえるなら仰々しいインターチェンジのような、一昔前の関所のような、紅葉台高校の敷地に入るための入り口。
戦う相手こそ異なろうとも、この場所が軍事施設のようなものであると、如実に分かる威圧感がそこにある。
まだまだ登校時間より少し早くて、まだ生徒がほとんどいないのも、その雰囲気づくりに一役買っているのかもしれないけれど。
それでも、入り口の監視員らしき人に、【付属】の新入生を証明する学生手帳を提示すると。
あっさり通してもらえて、ちょっと拍子抜けしてしまった。
これ見よがしにクリアが頭上で手足をバタバタさせて自分をアピールしていたが。
全く気付く様子もなかったこともあるだろう。
実の所、昔ここに住んでいたのにもかかわらず、これから先は数えるほどしか足を踏み入れたことはなかった。
入れたのは、年に一度の学園祭の時くらいだった。
幼い時分ならば、入ってはいけないと言われば気になるものだけど。
冗談抜きに敷地を囲む有刺鉄線には電流が流れていたりして(今もバチバチいってる)、怖かったのだ。
この拍子抜けは、こんな幼い頃からのイメージのせいだったのかもしれない。
それを考えると、【付属】とはいえここに来られたことが、何だか誇らしい気持ちにさえなる僕だったけど。
そんな気分は。
視線で射殺せるんじゃないかって思えるくらいの強い、でも懐かしい視線で吹き飛んでいく……。
SIDEOUT
(第12話につづく)
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