第10話、あやかし不可思議の蔓延る町で、強くなれると思っていたから



そして、次の日。

入学式の日。


昨日は何もないだなんてのたまっていたけれど。

やはりどこか緊張しているらしい。

新しい緑のブレザーを着込んで身だしなみを整え、僕はかがみ姉さんに見送られて。


クリアを校章のワッペンが貼り付けてある胸ポケットに入れて(頭の上にいるよりはいいだろって判断)、玄関を出たわけなんだけど。

紅葉台高校へと続くアスファルトの通りに出て、赤い屋根のお隣さんちが目に入った途端、思わず引き返したい気分になって、僕は天下の往来で立ち尽くす羽目になってしまった。



「ごしゅじん?」

「何か忘れ物でもなさいましたか、おやかたさま?」


突然立ち止まった僕を見て、不思議そうに見上げてくるクリアと。

庭先まで見送りにきてくれていたかがみ姉さんにそう言われ、僕ははっとなって苦笑を浮かべる。



「いやぁ、はは。昨日はなんともなかったんだけどさ。潤ちゃんに久しぶりに会うんだなぁって考えたら、思わず尻込みしたくなるというか、後ろめたいというか」


まだ時間も早いし、二人になら話してもいいだろう。

僕はそう思い、おもむろに語りだす。



我が家である古ぼけた洋館の隣にある、ごく普通の赤い屋根の一軒家。

だけどそこに住む人はごく普通、とは言えなかった。

言うなれば、生まれながらにして気高い魂を持っているというかね。

子供だてらにカリスマ性すらあった、紅葉台のガキ大将が住んでいたんだ。


名前は三水潤(さみず・じゅん)。

僕の幼馴染でもあり、僕がここ紅葉台へ帰ってきた理由。

『約束』を交わした女の子、でもある。



「潤様が、どうかなさいましたか?」


同じようにお隣さんに目を向け、呟くかがみ姉さん。


「いや、うん。僕さ、潤ちゃんと約束してたんだよ。紅葉台に戻って、必ず紅葉台高校に入学してやる、って。でも、僕はその約束、まだ果たせてないから……後ろめたくて」

「そうなん? だってごしゅじん、これから紅葉台高校の入学式出るんやないの? 制服だってばっちり決まっとるで?」


僕が視線を落とすと。

それに合わせるように、クリアの声が胸に響く。

僕はそれに苦笑の度合いを深め、首をふった。



「ああ、これは紅葉台高校の制服じゃないよ。紅葉台の制服は赤だし。僕の通うのは、紅葉台のお隣さんというか紅葉台高校の敷地にくっついてる、【付属】の工業高校なんだ」



約束。

それは小さい頃の、半ば勢いで交わした、でも僕にとっては大切な約束だった。


僕は小さい頃身体が弱くて。

今もそうだけど、おじいさんみたいな色の長い銀髪だったから、よくいじめられていた。

いや、いじめられていた一番の原因は、僕の性格だったんだと思う。


変に強気でわがままで自己中心的で、短気。

すぐにかっとなって、弱いくせにムキになってつっかかって。

ぼろぼろにされる前に潤ちゃんに助けてもらう、そんな毎日だった。


たぶんそれは、生来の性格もあっただろうけど。

妹を助けられなかった駄目な自分を否定したくて、何においても満足にできないのに、何でもできるスーパーヒーローになってやるって。

憧れて、信じていたことにも起因しているんだと思う。


でも、そんな僕の身近にいて、いつも助けてくれる潤ちゃんのほうがよっぽどヒーローらしくて。

いつも助けてもらっていたくせに、僕はそんな潤ちゃんにいつも反発していた。



僕は男で潤ちゃんは女の子なのに、立場が逆だって。

僕が守らなくちゃいけないのに、どうして僕が守られなくちゃならないんだって。その時僕は本気で思っていたんだ。



だからあの日。

家の都合で引越しをしなくちゃいけないことを知った日。

いつものように無茶をして、いつものように潤ちゃんに助けられて。

弱いくせにっていつものように怒られて。


『口ばっかりなんだから、やられる前にまず私にいいなさい!』

なんて言われて。

そんな頃から変にプライドを持っていた僕は、売り言葉に買い言葉。


『いい、助けなんていらない! 僕はこれから修行に行くんだから! 紅葉台へ行って、ヒーローになるための特訓に行くんだから!』



……なんて言葉を恥ずかしげもなく、宣言してしまったのだ。

遠くに引っ越すこと、一番に潤ちゃんに話すんだって決めてたことすらすっかり忘れて。


いや。その時はたぶん、忘れてたってのとはちょっと違ったんだと思う。

僕はその時、引越しすることが強くなることだと、本気で思っていたから。

潤ちゃんの元から離れて暮らせば守ってくれる人もいないし、だからきっと自分は強くなれるんだって、考えてたんだと思う。



結局その後。


『そんなの無理に決まってるわ!』

ってさらに追い打ちをかけられたのが決定的だった。


僕はムキになって、『絶対に入ってやる!』なんて、ほとんど喧嘩腰で約束してしまったのだ。


引越しの当日になっても、その険悪な雰囲気は続いてて。

約束を反故しない証拠だって、僕が紅葉台に帰ってくるまでの人質……じゃなくて、当時大切にしてたもの、あれはホッチキスか何かだと思ったけど、無理矢理潤ちゃんに押し付けたりしてた。


今思えば、なんて馬鹿だったんだろうって、しみじみ思う。

一方的で強引でおかしな約束だったなぁ、と。



それなのに。

僕は今、その約束を守れないままで、ここに戻ってきてしまっている。

僕は約束を果たすために、紅葉台高校の入学試験を受けるつもりでいたけど。


その試験を受けることすらできずに。

書類選考というか、試験のために履歴書を提出した段階で落とされてしまった。


理由は分からない。

けれど、趣味の欄に機械いじりと書いたのが功を奏した? のか。

代わりに送られてきたのは紅葉台にくっつくようにして建っている、【付属】と呼ばれる紅葉台工業高校の願書だった。



同封されていたパンフレットによると。

【付属】とは、一線で活躍する紅葉台の【生徒】たちの武器防具や、補給物資を作成、搬入する……つまり【生徒】の補佐ってことなんだろうけど、そう言う人材を養成する所らしくて。


僕は結局。

その【付属】の入学試験を受けることにした。

それを決定づけた一番の理由は、【付属】に入った後も、紅葉台……いわゆる【本校】への編入試験が行われる、と言った文面があったからだ。


その結果。

何とか僕は【付属】の試験に合格し今に至る、というわけなのだけど……。



             (第11話につづく)








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