第8話、思い出せない、拘りと我が儘の理由
それからすぐに。
かがみ姉さんにお茶を淹れてもらってから。
まず僕はクリアに、かがみ姉さんを紹介した。
僕がずっと小さいときから側にいてくれて、遊び相手になってくれたお姉さんだって。
神戸に引っ越す際も、当然のように一緒についてきてくれて。
あれ? でもよく考えたら、当たり前のように近すぎたせいか、彼女の生い立ちとか諸々、僕は知らないな。
でもって、クリアとかがみ姉さんが知り合いってことは?
「はい。わたくしは鏡台につく妖(あやかし)の一人です。そう言えば、言ったことありませんでしたね」
なんてマイペースに笑うかがみ姉さん。
それってつまり、クリアと同じような存在……つまり、つくもんだってこと?
「え、でも待ってよ。かがみ姉さん、どうみたって人間じゃないか。クリアと全然違わない? 大きさが」
思わず僕がそう言うと、クリアはあからさまにショックを受けた様子で。
「うーっ、クリアだっておっきくなるもん! そりゃ、かがみはんと比べたらクリア子供やし、ちっさいけど……」
俯きながら、なぜか胸を押さえている。
あれ? なんていうか、そこはかとなく勘違いされているような?
「あらあら、吟也さん? いくら吟也さんでも、その発言はセクハラですよ?」
「って、そう言う意味で言ったわけじゃないって! なんでそこでかがみ姉さんまで胸を隠すの!」
単純にお互いが人と妖精さんくらい大きさが違うって言及したかったのだけど。
どうもおかしな方向に曲解されているようだ。
……確かにかがみ姉さんはたわわ、だけどさ。
きっとかがみ姉さんは分かっててやってるんだろうけど、ようはそれだけつくもんとしての年季みたいなものが違うだろうって、僕の中で納得しておこう。
しかし、かがみ姉さんがつくもんだったとは。
全くもって知りようもない驚愕の新事実なわけで。
今まで気付かなかったというか、ご近所の親戚、優しいお姉さんとしか認識してなかったからあまり実感がわかないというか、クリアと共謀して(共謀できてる時点で少なくともクリアが見えるってことだけど)、僕を騙してるんじゃないのって思ってしまう。
とはいえ、言われてよくよく思い返してみると、小さい頃からこの家には古い鏡台があったのは確かなわけで。
なるほど、あれなら何かが憑いてもおかしくはない気はする。
何せ紅恩寺家の女たちが、代々大切に扱ってきたもの、らしいから。
「それでまぁ、お互いがつくもん? 同士なのはこの際妥協するとして、クリアとかがみ姉さんは、どんな関係なの?」
強いとか、戦うとか物騒な言葉が並んでいたけれど、少なくともいがみ合っているようには見えない。
むしろ、とても仲が良さそうに見える。
「だからぁ、ごしゅじんの願いを叶えるつくもんのひとりやて、言ったやん」
「言ったっけ、そんなこと?」
「言った!」
なんでもう忘れとんの、とばかりにテーブルの上でむくれるクリア。
む、テーブルに足をつくのは行儀が悪いな。
そのうちに、座布団でも作ってやろう。
って、それはともかく。
「じゃあ、戦うっていうのは? まさか姉さんと戦うとか言わないよね? っていうかさ、そもそも姉さんは僕が物心つく前から姉さんだったじゃん。その時点で僕ごしゅじんじゃないんじゃないの?」
そうなのだ。
生まれて知り合ったときからかがみ姉さんはかがみ姉さんであって、それ以上でもそれ以下でもない。
クリアと姉さんが知り合いかどうかはともかくとして、さりげなくクリアにも人違いですよって、僕はごしゅじんじゃないんじゃないかなぁってアピールしたつもりだったんだけど。
それを聞いたかがみ姉さんは、あろうことかひどく悲しそうにまなじりを下げて。
「そんなこと言われると悲しいですわ。ずっとお仕えしてきましたのに」
よよよと泣きまねまでして、そんな言葉を返してくる。
クリアみたいにストレートに泣かれるのもあれだが、これはこれで心にぐさっとくるものがあった。
真似だっていうのは分かってるんだけどね。
なんとなく流されている気がしなくもないけれど。
やっぱり思うのは、なんで僕なんだろって気持ち。
覚えもつもりもないけれど、本当に僕が二人の言うようなやつなのかって、純粋な疑問だった。
と、僕がさっきから繰り返しているそんな疑問に頭を悩ませていると。
クリアがそんな僕を見透かしたかのように発言する。
「何言っとん、ごしゅじんってば。クリアやかがみはんが元々の『物』に見えてへん時点で、ごしゅじんはごしゅじんに決まっとるって、もう何度言ったやろ、これ?」
「う、うーん」
現時点では僕以外にクリアの姿が見える人はおらず、それを言われてしまうと反論できない僕である。
いや、たぶん本当のとこは、反論するつもりなんかないんだろうけどさ。
それってつまり、他人さまから見れば、僕は今机の上に置いてあるサングラスと椅子に座ってる? 鏡台に顔をつき合わせてお茶を飲んでるって、本人たちから主張されてることになるわけで。
「ま、まぁ、その事はもう考えても進展しない気もするし、まあいいや。それよりさ、戦うって? 結局なんなのさ?」
「だから~、ごしゅじんは願いを叶えるために7人のつくもんを集めなあかんわけや。ここまではええか?」
「……うん」
本当はそれもクリアのお願いみたいなもので、僕が頼んだわけじゃないからそのこと自体厳密に言えば僕の意思、というわけでもないのだけれど。
別にここでそんな事言う意味もないので、とりあえず頷いておく。
「でな、つくもんを集める……いわゆるゲットやな。ゲットするにはつくもんバトルせなあかんねん。つくもん同士戦わせて、今回の場合、ごしゅじんは手持ちにクリアしかおらへんから、クリアやな。クリアとかがみはんがバトルするっちゅーわけや。んで、基本的にはそのバトルにクリアが勝てば、晴れてかがみはんゲット!……そんな寸法や」
「うーん」
クリアはこんな言葉、どこで覚えたんだろう?
ふと思う疑問。
まぁ、聞いたとしても『ごしゅじんからに決まっとるやん』とか言われそうなので聞かないけど。
と、そこで。
そんな僕らのやり取りを終始笑顔で眺めていたががみ姉さんが、不意に呟いた。
「無駄、というか、意味のないことだと思いますよ?」
クリアに向かって、変わらぬ笑みのまま。
挑発ともとれそうな、そんなことを。
「なんやて? それはもしかして、クリアにはかがみはんには勝てへん、ってそう言いたいわけか?」
きっと睨みつけ(しかし、見た目がマスコット的なのでむくれているようにしか見えないのがツボ)、クリアはそう言葉を返す。
しかしかがみ姉さんはそんなクリアの言葉を受けても、ただただのんびりとした雰囲気で微笑んでいた。
おそらく、クリアにしてみれば余計に挑発されたって、そう思ったかもしれない。
今にも火花を散らしそうな、そんな場の空気が辺りを支配する。
だけどその瞬間。
ほとんど無意識のまま、僕はそんな空気を打ち破るように、二人の間に割り込んでしまっていた。
そして、思ったことを口にする。
「クリアとかがみ姉さんが戦うだって? しかも僕のせいで、何の恨みもないのに?
……だったら悪いけどクリア、僕は君の言うことは聞けないよ。願いも、ごしゅじんって言うのも、そんなことになるくらいなら、僕には必要のないものだ」
別に怒ってるわけじゃないとは思うのだけど。
気付けば強めの口調で、僕はそんなことを言っていた。
「ごしゅじん……」
しゅん、となって俯くクリア。
それすら僕の心にどすん、と響くくらいだ。
僕なんかのために彼女たちが戦うなんて、ありえなかった。
「でも、それじゃ、願いが」
「ごめんな。少なくとも僕の前でさ、しかも僕が原因で女の子が傷つけあうのなんて、見たくないんだ」
本当に願いを叶えたいのだろう。
すでに半泣きのクリアをなだめるように、僕はそんな事を言う。
キレイ事というか、それこそ勝手な自己満足なのかもしれないけれど。
確かにそれは、僕のポリシーで。
いつからだっただろう?
そんな事を考えるようになったのは?
はっきりとはしないけれど。
僕は確かに僕自身で、僕の心にそれを刻みこんだきっかけがあるはずだった。
一瞬だけ思い浮かぶそんなきっかけの、おぼろげで曖昧な記憶。
何か、大事なことを忘れてしまっているかのような、そんな感覚。
必死にそれを呼び起こそうとし、取り戻そうとするのだけど。
開きかけた僕の記憶の扉は、凄い勢いで閉じてしまった。
まだだ、まだ、何かが足りない。
そう思うことに、僕が戸惑っていると……。
(第9話につづく)
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