第7話、初めてのバトルは、とりあえずお断りします
それからすぐに、いつバトルが起きてもいいようにって。
クリアから延々とそのためのレクチャーを受け、現在に至るというわけだけど。
「う~……にゅむ~」
頭上で聞こえる、クリアの寝言。
春の日差しの暖かさに耐え切れなくなって、というのもあったのだろう。
ただ委ねるような、人と変わらないそのぬくもりが。
一通り話したいことを話し終えて、満足して安心したんだろうなってことを如実に伝えてくれる。
クリアがいつからあそこにいたのかは分からないけど。
こんな自分でも拠り所になれるのならって、強く思う。
クリアの言葉通りならば。
これから何度も突拍子もない、ハチャメチャな出来事とか起こるのかもしれないけれど。
それはきっと、これから僕が避けては通れない、通りたくない高校生活に組み込まれていくんだろう。
今からそのことを考えると、なんだかあったかい、楽しい気分になってくる。
(高校生活は、面白くなりそうだな……)
それには、まだ希望も含まれてはいるけれど。
思い返してみても、全くもってなにひとつ思い出の浮かんでこない中学校生活とは全く違うものになるんだろうな、なんて思っていて……。
「でしっ……でしっ!」
それは。
僕が我が家へと辿り着いた、その瞬間のことだった。
いつの間に起きてたのか、それとも寝言なのか。
しゃくりあげるみたいなクリアの声が聞こえてくる。
「ん? どうかした?」
寝言であるのなら言葉を返すのはよくないとは思ったけど、どうやらそうではないらしい。
「ふわっ……た、たいへんやっ、ごしゅじん! 近くに他のつくもんの子がおる! しかもごっつえー感じや! まさかこっちが探す前に見つかるとは思いもよらんかったわ、どないしよ?」
なんて言ってぱたぱたと頭の上を駆け回っている間にも、でしっ、と声が聞こえてくる。
それはどうやら、クリアの言うところの、つくもんレーダー? が反応している音らしい。
「どのへんにいるの?」
「ええとなー、たぶん、こん中や」
僕が問いかけると、クリアは転がるように頭の上から肩へ、広げた手のひらにちょこんとのっかって、僕の家を指し示す。
それは、言うなれば古い洋館、だった。
もう何年も手入れをせずにほったらかしにしてたのかと思ったら、そうでもないらしい。
思っていたよりは陰鬱とした、いわゆる何か出そうな雰囲気はないとはいえ、でも確かにこの中になら、何かしらいてもおかしくはない、とは思える存在感はある。
何せ、なんに使うのかも分からない年季の入ったものとか、多かったしね。
「そっか。それじゃ中、見てみよう」
「わわわっ。ちょ、ちょっと待ってや! ごしゅじん、何の準備もせんでいきなり入るんか? 相手、ものすごく強いで、きっと」
僕が、懐かしい玄関扉の取っ手に手をかけようとすると、それを阻止せんと掴もうとした手にしがみついてくるクリア。
上手い方法だなぁと、内心感心しつつ。
「強い? 強いって何が?」
クリアの言っている意味がいまいちピンとこなかったので、そう問いかける。
「何って、そんなん戦って強いのに決まっとるやん!」
「戦う? それって……」
誰と誰が、何のために?
僕が思わず言葉につまると。
「見つけていきなりゲット、なわけないやろ。戦って弱らせ……やなく、ごしゅじんがごしゅじんだって認めさせなきゃゲットできひんの、常識やろ?」
「……」
なんてことを言ってくるので、また僕は言葉を失ってしまった。
でも、この時のだんまりは、さっきのものとはちょっと意味合いが違った。
それはどこの常識だよって、僕はこの怒りに近い感情に、明確な答えが出ないままおもむろに反対の手で、扉を開けてしまう。
「あ、ずっこい! まだ準備してへんのにっ!」
「ずっこいって、ここは僕の家だよ。僕が開けちゃいけない理由はないでしょ」
だけど、この感情をクリアにぶつけるのはいやだったから。
抗議しているクリアをそのまま頭の上に乗せると、僕はそのまま家へと入った。
すると。
そこに待っていたのは、ヴィンテージワインの赤色を滲ませたかのごとき艶のある黒髪と、アメジスト宝石を散りばめたかのような不思議な色合いの瞳を持つ、和服美少女だった。
「……おかえりなさいませ。吟也さん」
丁寧な言葉遣いでそう言って、柔らかく微笑む女の子のことを、僕は知っていた。
紅恩寺かがみさん。
またの名をかがみ姉さん。
僕の姉、と言ってもいい存在で……
「かがみ姉さんただいまー。……って、姉さんもこっちに来てたんだ?」
「はい。蛍火(けいか)さまに、頼まれまして。吟也さんがこっちで暮らすのに不便のないようにと、一足お先にこちらへお邪魔させていただきました」
そしてそこで、初めてそういえばカギがかかってなかったことに気付く僕。
なるほど、家の周りに手入れが行き届いていたのも、かがみ姉さんが先にこっちに来ていたからだったのだろう。
「ふーん。そうだったんだ。母さんも人が悪いなぁ。一言言っておいてくれれば良かったのに」
なんて、二人でほのぼのとした会話をしていると、そんな様子を見て呆然自失してたらしいクリアが、
「えっ? ご、ごしゅじんおぼっ、やなくて! ふたり、知り合いだったん?」
僕の頭上で、そんな驚きの声をあげる。
それに対し、かがみ姉さんは。
お久しぶりですね、なんてクリアに向かって変わらぬ慈愛に満ちた笑みを浮かべるから。
「えっと、つまり。どういうこと? 二人こそ知り合い?」
今度は逆に、僕のほうが訳が分からなくなって、ぽかんとしてそう呟く。
「そうですね、お互いの紹介も兼ねて、まずはお茶でもいただきましょうか」
そんな僕を見て、それは妙案、とばかりにかがみ姉さんはリビングのほうへと歩いていってしまう。
僕はクリアと顔を見合わせながらも。
混乱気味な頭を落ち着かせるために、それに従うのだった……。
(第8話につづく)
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