第5話、頭の上がお気に入りなのは、そこがあるべき場所だから?
「……」
僕は、言われたことをすぐに理解できずに、固まってたんだと思う。
だってそうだろう?
この子は言うに事欠いて、この可愛らしい赤毛のファンタジーな妖精さんのごとき姿を僕の妄想だと……って、待てよ?
落ち着け、冷静になれ僕。
この子はご主人の望んだイメージだと、そう言ったのだ。
僕は彼女とは初対面だし、もちろんご主人などではないじゃ……
「ああ、ごしゅじん見つかってよかったぁ~」
って、冷静になろうと思ったんだけど、僕を見て安心しきった様子でそんな事言ってくるので、それどころじゃなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと! ま、まさか僕が『ご主人』だなんて言うつもりじゃないだろうねっ?」
「ん? 何を今更驚いとんの? クリアのこと、見えるんやろ?」
「え? あーっと、そりゃもちろん」
「だったら、ごしゅじんかくてー、やね!」
「うーん、そういうものなの?」
あまりにも楽しそうに、嬉しそうにそう宣言するから。
よく知りもしないくせに、彼女の言葉を否定できない、僕がいて。
そんなこんなで結局。
せっかくバスに乗るのを諦めてまで外界に向かったのに。
小さな彼女を連れて、僕は内界に戻ることになった。
何故かと言うと、別にクリアがそう呼ぶのは構わないけれど、僕自身がクリアの言う『ごしゅじん』とやらだってことは、理解も納得もしてなかったからである。
だって、いきなり思い出したかのようにごしゅじん、だよ?
そんなこと急に言われたって、何をいきなりって思うのが普通の反応だろう。
だから理由を聞こうと思ったんだけど。
当のクリアは、『クリアの姿が見えとる以上、ごしゅじんはごしゅじん』の一点張りで。
その時はまだ、僕以外にはクリアの姿は見えない(というか、むしろ僕にだけ見えるような幻覚にかかってるとまで言われた)ことが、どうにも信じられないのもあったから。
『それじゃあクリアの言ってることが正しいかどうか試してみればいいやん』
って話になったのだ。
で、まぁ。結果で言うと。
僕の負け、と言わざるをえなかった。
ちょうど昼時で、お腹が空いていたこともあり、我が家への道中でファミレスを発見した僕は、内心ちょっとびびりつつも、そこで昼食をとることにしたわけなのだが。
周りのお客さんも、ウェイトレスさんもウェイターさんも、クリアの存在に気付くことはなかったからだ。
注文を取りに来たウェイトレスさんの前で、クリアが喋ろうが歌おうが気にも留めない。
どうも視覚だけでなく、クリアのそのエセっぽい関西弁すら僕の妄想だと、そう言いたいらしい。
加えて、自分でサングラスだと言うだけあって、直接聞いてみたわけではないけれど、例えばクリアが僕の頭の上にいれば、どうも他の人には頭の上にサングラスがのっかっているように見えるらしい。
そこが気に入ったのか、すっかり僕の頭の上を定位置と決めたらしいクリアは、ほら見たことかと、終始ご満悦だった。
そんなわけで、そんなクリアに対して悔しがってる様も、端から見れば独り言を喋っていると思われてるだろう事がほぼ確定した僕は。
そのまま晒し者になってるのもなんだったので、すぐにファミレスを出て、家までの道のりを再び歩くことにした。
それは、クリアのこと、何故か僕らしいごしゅじんのこと、もっとよく知ろうと思ったせいもあるけれど。
何年ぶりかの幼き日を過ごしたこの町の空気にもっと長く触れていたい、というのもあったからで。
僕の家は、紅葉台駅から歩いて30分くらいの場所にある。
紅葉台高校に程近いそこは、小高い丘の途中にあって。
バス同士だとすれ違えないくらい狭い車道と一体化したぐねぐねの道を、車に気をつけながら上っていく以外に、そこへ向かう術はなかった。
コンビニやらファミレスやら、駅近くの店通りのあるところを抜けてしまうと、気付けば道路脇には一面の緑しか見えなくなる。
ほんとに東京なのかって首を傾げたくなるくらいの自然の森。
そのずっと向こうに見えるには、行き止まりを示す、境界線の膜。
(このへんは、変わってないなぁ)
僕は大きく息を吸い込み、懐かしさを身体に取り込みながら坂道を進む。
もともと荷物のほとんどは先に家に送ってしまってて手ぶらだったし、久しぶりに帰ってきた故郷、こうやって肌で感じながら歩くのも悪くない……なんて思うのは。
目の前に起こった現実というか。
頭の上で雛鳥のごとく寝こけているクリアの存在と。
そんなクリアによって語られた、突拍子もないことへのささやかな逃避、だったのかもしれなくて……。
(第6話につづく)
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