第4話、えせだにせだって、頭につければ良いと思ってる


下っていく先に見えるのは、うっそうと生い茂る森。

透明の、ガラスのようなドーム状の膜に遮られるようにしてあるその場所は。

今や人の踏み入ることのない外界だ。

下ってきた坂の道のアスファルトも、そこでぷつんと千切れるようになくなっている。


それは、人と【魔物】たちの境界線。

まぁ、勝手に人間が作ったものだけど、紅葉台の【生徒】たちが出動するのは、【魔物】たちがこれを超えた時に限られる。

それは、別に住み分けをしているのではなく、単に人手不足のための措置らしいけど。  



「よし、ここまで来れば、平気だろ」


それも【曲法】の産物らしく、どういった原理で作られているのかはさっぱりだけど。

そのガラスみたいな境界線は、簡単に通り抜けることができた。


逆に、【魔物】たちにはここから先は人の暮らす領域であると、アピールできるものらしい。

それでも、一昔前ほどではないにしろ、しょっちゅう【魔物】たちは入ってくるし、現に彼女もこうして入ってきちゃってるわけで。

実はあまり意味がないものなのかも、なんて思ってしまうけれど。


それはともかくとして。

ちょうど手頃な位置に、木のうろがあったので、僕は小さな彼女を、そっとそこに降ろした。



「じゃあね。もう入ってくるんじゃないよ」


そして、相変わらずじぃっと見つめてくるのに心動かされつつも。

僕はそう言葉を残し、そのままもと来た道へ戻ることにする。


何せ、勝手に外界にいるのを見つかったら怒られるし、これで違う凶暴そうな【魔物】にでも出くわしたら笑えないからだ。

 


なのに。

僕は結局、すぐに引き返す羽目になってしまった。

何故ならば。



「うぅ~っ、いきなり捨てるなんてひどいやん! この人でなしっ、女ったらし!」


半ば泣き声の、そんなエセ関西弁が耳に入ったからだ。


最初に思ったことは。

なんでいきなりここまで言われなきゃならんの、と言った理不尽なことへの怒りの感情だった。

でもって、彼女が人の言葉を扱えることに驚き、言葉面だけで判断すると、ずいぶん人聞きが悪いなぁと思ったのが二番目で。


振り返ると、やっぱり彼女は木のうろから必死に顔だけ出してこっちを見てて。

なんかもう、ぐじぐじと泣いてて。



「泣くなよ。僕がもの凄い悪人みたいじゃないか……ほら」


僕は気付いたら、駆け寄って自分のハンカチを取り出していた。



「ありがとう」


小さな女の子は、独特のイントネーションでそう呟くと、ほんとの人間みたいにちん、と鼻までかんだ。


「これ、洗って返すな。って、ご、お兄さん! クリアのこと見えるんか?」


どうやって洗うのかなと考える間もなく、自分のことをクリア呼んだ女の子は、そんなことを言ってきた。


「おいおい。今更何言ってんのさ。見えてるに決まってるだろ? それよりさ、なんで僕があそこまで言われなきゃならないのよ?」

「あぅ、せやかて聞こえへんかな思てたから……あ、でもでも、そならこっちから言わせてもらうで。なんで声かけてくれへんかったん? なんでいきなり捨てたん?」

「いや、だってなぁ、言葉通じると思ってなかったし、捨て……って、だからさっきから人聞きの悪いことを言わないでよ。何だか誤解してるみたいだから言うけど、あのままあそこにいて、【生徒】に見つかってたら大変なことになってたかもしれないんだよ? それをわざわざお金まで払って助けてあげだんじゃないか」


もちろん、捨てた? つもりなんてなかった。

むしろ危ない目にあう前に助けたのに、そんな言い方はないだろうってちょっとむっとしてそう言うと。



「助ける? 大変なこと? クリア、よくわからへん」


案の定と言うか、やっぱり分かってなかったみたいで。

彼女は可愛らしく首を傾げ、そんな言葉を返してくる。


これは、今後こんなことがないようにちゃんと説明したほうがいいのかもしれないな。

境界線のこと【生徒】のこと、【魔物】のことを。

そう思って、幼な子にするように、ゆっくり言い聞かせるように説明すると。

彼女はちゃんと理解してくれたらしい。

こくこく頷いて、ぱっと笑顔を浮かべて。


「なんや、そんなことか。心配しなくても平気やで。クリア【魔物】とちがうし」


そんな思いもよらない答えを返してきた。



「……【魔物】じゃ、ない?」


意味がよく分からなくてそのまま反芻すると。

ちっちゃな女の子…クリアは、心持ち胸をそらして。


「せや、【魔物】ちゃうねん。クリアは『つくもん』、やもん。せやから、他のふつうのひとにはただのサングラスにしか見えへんし、ぜんぜん平気、なんよ」


得意げに、そんなことを言ってくる。



「ええと、つまり君は、サングラスに化けてる、物に変化するタイプの【魔物】ってこと? 確かに店のおじさんは騙せてたみたいだけど、そんなんじゃやっぱり危険じゃないかなぁ?」


事実、僕にも見破られているくらいなのだ。

本物の【生徒】なら、簡単に見破ってしまうんじゃないかって、そう思う。


……そう思ってたんだけど。

彼女は、ちゃうちゃうってな勢いで首を振って。



「せやから【魔物】とちがう言うてるやろ。それにクリアは別にサングラスに化けとるわけやない。もともとサングラスやねん。逆や逆。他の人にはただのサングラスにしか見えへんけど、ごしゅじんにはごしゅじんが望んでイメージした別の姿で見えるって寸法なんよ」


ちゃんと話聞いとんのか、って頬を膨らませて。

小さな彼女の口から出てきたのは、随分とまぁ荒唐無稽な、そんな言葉で……。



             (第5話につづく)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る