第3話、そんなにも見つめられたら、しまっちゃおう


そこは、お店の中にあるジャンクの山のてっぺん。

そいつは、そこに器用にもちょこんと座りながら、目を向けた僕のことを見ている。


「じーっ」

「……」


そいつは言うなればちっちゃい人、それも女の子の姿をしていた。

キラキラうるうる光ってる目は、ルビーみたいな赤で。

胸元に流れるおさげ髪は、薔薇のような強い、これまた赤色をしている。

肌は白すぎず、本物の人の肌って感じの柔らかそうな色をしていて、着ている黒のツーピースとよく似合っていた。

首もとの前かけみたいな白いえりと、ケサランパサランみたいな一対のぼんぼんが、よく分かってるじゃないかって感じだ。


混乱しているのか、思わず事細かに描写してしまったが。

簡単に言えばリアルなフィギュアってところだろうか。


どうしてあんな所にいるのかは知らないが、いい仕事をしている。

きっと、かなり値を張るものなのだろう。

あまりジロジロ見てるのもなんなので、僕は視線を逸らし、その場を移動する。



「じぃーっ」


しかし、どうも視線をロックオンされている気がして……というか、あまり信じたくない擬音が聞こえてくるので、僕は後ろ髪引かれるように、そっと視線の先を伺ってみた。



「じぃーっ」

「……うっ」


思わず絶句する僕。

まぁ、最初に目が合った時点で分かっていたことではあるのだが。

その女の子は間違いなく、僕を見ていた。

僕が移動したせいで、首を捻るようにして。


そんなシュールな光景に、後ろに回ったらどうなるんだろう、なんてホラーな考えが浮かんだけれど。

今はそんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないだろうと、自分を落ち着かせる。



これはあれだ、ひょっとしてひょっとしなくても、一大事、なのではないだろうか。


一見よくできたお人形さんのように見えるそいつは、けれどどう見たって生きている。

きっと、妖精とか精霊とか、そう呼ばれる【魔物】、なのだろう。

普通なら速攻で電話して、紅葉台の【生徒】に出動してもらわなくてはいけない事態である。

もし戦闘になるようなら、ここら一帯、避難警報が発令されるかもしれなかった。




だけど、どうやら僕は普通じゃなかったらしい。

なんていうか、可愛かったから。

すがるようなその赤い瞳が、網膜に焼き付いて離れなかったから。

その時の僕は、通報しよう、なんて考えは微塵も持っていなかったんだ。


もし、凶悪な魔物だったりしたら。

僕は真っ先に殺されるなり喰われるなりしてただろう。

でも、僕は目の前の小さな女の子が、そんな悪い存在には到底思えなかった。


だから……。


「おじさん、これいくら?」


その子に近付き、眠そうな顔をしてる店の主人に示してみせる。

だって、黙って持っていったら万引きになっちゃうだろ?

今まで気がついてなかったのが不思議と言えば不思議だけど、僕がそうすることで、流石に主人も気付くに違いない。

そこで僕は、紅葉台の【生徒】を名乗り、後は自分に全てお任せを、みたいな感じでこの場を切り抜けようと思ったたんだけど。



「3万円だ」

「高っ!」


いや、出来のいいフィギュアの相場でなら安いほうか……じゃなくて!

驚くべきなのは値段のほうではなく、【魔物】がいるのに何の感慨も示さない主人のほうだろう。


息もばっちりしてるし、じっとしてるといっても意外と動いちゃってるし、本当は人形のフリとかしてるのかもしれないけれど、やっぱり彼女がただの人形でないことくらい、一目瞭然だった。

気が付かないはずはない、と思うんだけど。



「そうか。なら千円に負けてやる」

「安っ! ていうか、どうしてまた、いきなり?」


店の主人は目の前のちっちゃな女の子を見て、何も思わないんだろうか。

千円なんて言われて、もはやあからさまにしょんぼりしてるってのに。

自然と出た疑問に、店の主人はあぁ、と相槌を打って。



「元々は3万でも安いんだろうけどな、どうやらそのサングラス、呪われてるらしいんだ」

「……はい?」



サングラス?

呪われてる?

全くもって理解不能なんですけど。

一体何を言ってんだろうって思わず聞き返すと。



「アイポッドつきの人気モデルなんだけどな。使用者の談によると、流れてくるはずの音楽とは関係なしに、女の声が聞こえてくるんだそうだ。それでこんなとこにながれてきちまってるわけだが……興味あるなら売ってやるぜ、千円でな」


なんて言って主人は挑戦的な笑みを浮かべている。

そんな顔されて引き下がっては男が廃る、ってものだろう。



「もちろん、買うよ」


僕は半ばのせられる形で財布から千円を取り出し、主人に手渡す。


「まいど」


そして僕は、チャレンジャーだねぇ、なんて呟いてる主人に見送られて。

呪いのサングラスをゲットして店を出……



「じゃないって! 待て待て待てっ!」


僕は思わず叫び、辺りを見回し店の外へとダッシュしながら、混乱してる頭をどうにか整理しようと試みた。


僕が購入したのが分かったのか、おそるおそる近づけた手に、満面の笑みで乗っかってきたそいつ。


文字通り手のひらサイズの女の子は、見た目以上にやわっこくてぬくもりがあった。

呪われてるのかはともかくとして、僕にはどうみたって彼女がサングラスには見えなかった。



たぶん予想するに、彼女はサングラスに化けてたんだろう。

なんでサングラス(しかもアイポッドつき)なのかはナゾだけど、それが何の因果か、僕にはその正体が見えてしまっているに違いない。



どうして僕に見えるのか、その理由は分からなかったけれど。

最初に見つけたのが僕でよかったな、なんて思う。


もしこの子が【魔物】たちの中で危険だって判断されてる種類のやつなら、ここにいる時点で最悪殺されてしまうことだってありえるだろう。


僕が見る限りではそんな危ないやつだとは到底思えないわけだけど、【魔物】が内界……人の居住区で見つかって、無事ですむとは思えない。


【魔物】に家族を殺された人だって少なくないのだ。

何のためにあんな所にいたのかは分からないけど、自分がどれだけ危険な所にいるのか、きっと分かっていないに違いなかった。


相変わらず、キラキラした赤い目で僕のことを見上げている。

まるで、何かを待っているかのような、期待に満ち満ちた目だった。

思わず情が移りそうになり、というかとっくに移ってたのかもしれないけど。


僕は慌てて目を逸らし、バス停には向かわず、坂を下っていく……。



            (第4話につづく)






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