第2話、ぎんいろの深い森の中で、出会う


SIDE:吟也




『次は、紅葉台駅~、紅葉台駅~』




「……ん?」


僕が目を覚ましたのは。

そんな独特のイントネーションの、でもこうじゃなきゃ違うよなって思える、アナウンスの声を耳にした瞬間だった。

あくび混じりに辺りを見回して、すぐに自分の降りる駅が次だと認識する。



(景色を楽しむヒマもなかったなぁ。まぁ、壁ばっかりだろうけど)


新幹線駅から私鉄に乗り換えて、あとは一本だと安心したのがいけなかったらしい。 

春先の心地よい陽光と、ほんのり暖かいオレンジ色の座席にとっては、僕を夢の世界につれていくことなど、容易なことだっただろう。



(しかし……いかにも夢だ! って感じの夢だったな)


夢を覚えてること自体、僕にとっては珍しいことではあるのだけど。

ようはそれだけ面白い、インパクトのある夢だったのだろう。



舞台はもちろん、どことも知らない幻想的な雰囲気が充分伝わってくるファンタジーな世界で。

思い出せる登場人物は、自分の視点と重なる、結局マトモに覚えられなかったことへのあてつけなのか、えせっぽい関西弁の誰かともう一人。


そのもうひとりは、なんていうか、自分を褒めてやりたいくらいの、かわいい女の子だったと思う。


しかも、結構タイプだった。

そんな女の子とお互い剣を持って戦ってるなんて、あまりに突拍子もなくて、夢じゃなきゃありえなさそうなシチュエーションだし、結局負けてるところなんて意外と自分の思い通りにはならないまさに夢って感じがするよね。


ヒーローだとか、世界を救うだとか、恥ずかしげもなく当たり前にできると思ってるところなんか、ある意味僕らしいと言えばそうなのかもしれないけれど……。



なんとなくそれは、これから始まる新しい生活への期待感とか、確かに僕にとって未だに夢ではあるのだけど。

世界を救う、守ってるヒーローが、身近なものだったりするせい、なんだと思う。




世界がそう変わったのはいつだっただろう?

少なくとも、僕が生まれる前よりは前だったんだろうけど。


いつの頃からかこの世界には、人間でも動物でもない別種の生き物、【魔物(ピリット)】と呼ばれる、一昔前まではつくりものの世界で思いを馳せるしかなかったものたちが、跋扈するようになったのだ。



冗談みたいな話だって、長年生きてる大人は言うけれど。

初めからそうだった僕たちにとっては紛れもない現実でしかなくて。

それは、増えすぎた人類を滅せんとする災厄のひとつ、とも言われていた。


つまり、地球……この世界自体が生きていくために害になってきちゃってる人間を排除しようとしている、ということらしい。

人間が環境を守ろうが守るまいが地球は別に気にしてないかと思いきや、意外とそうでもなかったんだろう。


でも、そこでなすがままじゃなかったところが、世界が誕生した時くらいからいるゴキブリよりたちが悪い人間様、なわけで。


目には目を、ということなのかどうかは分からないけど。

正しく魔物やモンスターたちに対抗するために人間が得た新たな進化は。

分かりやすく言うならば魔法っていっていい超常の力、だった。


【曲法(カーヴ)】と呼ばれるその力は、【魔物】が出現するようになって以降の若い世代にに主に備わっており、大人たちは、彼らを育てる機関を作った。


そのひとつが、今僕が向かっている場所、【国立紅葉台高校】で。

そこに通うものたち【生徒(ユーディス)】こそが、今の世界を守っているヒーローそのもの、だと言えた。

身近にいるっていうのは、つまりそういうことで。



そんな事をつらつらと語る僕……紅恩寺吟也(くおんじ・ぎんや)は。

この春中学を卒業し、はるばる神戸からそこへ通うべく、やってきたのだ。

ずっとずっと夢だった、ヒーローになるために。

幼き頃の、『絶対、紅葉台の生徒になってやる!』っていう、幼馴染との約束を守るために。


そう宣言して去った、懐かしきこの生まれ故郷に、僕は帰ってきたのだ。







『紅葉台~、紅葉台~』


僕は、そんな到着アナウンスを背に、電車を降りる。

都心からは外れた、県境の緑多き山間の駅ではあるが、【魔物】に対抗する数少ない拠点と言われるだけあり、一面鏡張りの景色の向こうには、緑に染み入る形で、いくつものそれらしき建物が見えた。


また、近場に視線をやれば、【曲法】の力が、科学の力と融合してさらに進化を遂げていることを如実に表わすかのように、小さい頃ここに住んでいたときにはなかったはずの、近代的できらびやかなエスカレーターがそこにある。



ちょっと緊張しながら下って行くそれに足をかけると。

どこからともなく七色の光が降り注ぎ、両脇を囲むようにして続いている銀ぴかの壁に、『ようこそ、紅葉台へ』なんて文字が現れる。


それだけで、ああ、本場へ来たんだなーって実感しつつ。

つい、田舎者みたいにあたりをきょろきょろ見回しながら、僕はバス停へと向かう。


おぼろげな記憶ではあったが、かつて見た覚えのあったそれは、ちゃんと同じ場所に残っていて。

紅葉台高校行きのバスの時間まで、まだちょっと時間に余裕がありそうだったので、せっかくだから近くをぶらぶらしてみようかな、なんて考える。



「確か、向こうにでっかいスーパーがあったっけ」


これからの生活にも必要になってくるだろうし、いろいろあって時間を潰すにはもってこいだろう。

僕は呟き、バス停から少し歩いた先に見える赤い大きな建物に向かって歩き出す。



すぐに辿り着いたその場所は。

スーパーと言うよりショッピングセンターと呼んだほうがいいのかもしれない。


―――『道志摩屋』。


ここでしか聞いたことのない店名だったけれど、これだけ広くて一通り揃っていれば、そんなことは問題じゃないんだろう。



「お、ジャンク屋まである。さすが紅葉台のお膝元。こんなの昔なかったよなぁ」


そんな事を思いながらも店内を散策していたら、目に飛び込んできたのはいわゆる機械の部品とか、何の用途で使うのかよく分からない骨董品とか、鉄くずとか古本とか家具とか、どちらかと言えばリサイクルショップって言ったほうがいいのかもしれない楽しげな店を発見した。



『自分を大切にしたいのなら、まわりにあるもの、全てに感謝しろ』、なんて。

どこからか持ってきたような言葉が、親父の口癖で。

紅恩寺家の家訓でもあったから。


こういう所に来ると、何だか妙にムズムズするというか、わくわくした気分になる。

たぶんここみたいに、古いものとかいろんな機械の部品とかが、常に山になってるような、そんな家庭に育ったせいもあるだろうけど。

個人的にもずっと同じものを使い続けてしまう性格で、『機械いじり』が趣味な僕だから。

こういうジャンクでカオスな場所が、結構居心地がいい、というのもあった。

これは、とてもいい場所を見つけたかもしれない。




「……え?」


そんな風に、半ば高揚してそんな事を思っていた僕だったけど。

何気に目に入ったその場所に、気分が丸ごとぶっ飛ぶような、一気に氷点下まで下がるような、もの……というか、生き物? がいたから。


思わず僕は、呆然と立ち尽くしてしまっていて……。



             (第3話につづく)






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る