ユェン〜生きたがり仙人な七賢者〜 その3
異世界生活百七十日目 場所ラグナ・ヴァルタ島、ヴァパリア黎明結社本部
【三人称視点】
『大いなる風の鉄槌を受けよ! 3000hPaハンマー!!』
自然界では絶対に発生しない超高気圧を局所的に発生させ、物理攻撃を仕掛けてきたのは禿頭の筋骨隆々な大男に擬人化した六魂幡だ。
対するは、後田と犬吠埼のオタクコンビ。後田が遠距離から攻撃して、犬吠埼が【回復魔法】で回復に徹するという本来は回復役と攻撃役が揃った少人数にしてはバランスのいい組み合わせだが、今回の敵は二人にとってはかなり厄介な相手だった。
「――狙撃・八連箭!!」
『風壁・下降気流の壁!』
しかし、常時展開されている超高気圧によって発生した下降気流の壁を矢で貫くことは難しく、途中で耐えきれず落下してしまう。
一方的に攻撃が可能な六魂幡と、現状のままでは攻撃できない後田……どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。
『大いなる風の鉄槌を受けよ! 3000hPaハンマー!!』
連続で仕掛けてくる超高気圧の攻撃を辛うじて躱しながら、後田と犬吠埼は作戦を練った。
本来は攻撃時は巨大化して包み込んだ相手を圧縮して肉体はおろか魂まで消失させてしまうという強大な力を持つ六魂幡だが、擬人化の際に得たのは【大気圧干渉】という大気の圧力という圧力の一種のみに干渉できる力だった。
つまり、六魂幡は本領を発揮していない……後田と犬吠埼はその事実を痛感し、自らの弱さを突きつけられて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、別段準備もせず草子に与えられた【物理無効貫通】と【魔法無効貫通】を過信して手札を増やさなかったことを後悔していた。
「「〝
後田と犬吠埼は渾身の【爆裂魔法】を叩き込む……が、更に圧力を増した超高気圧と速度を増した下降気流の壁に阻まれて六魂幡に届かない。
「――狙撃・十連箭!!」
「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝
その後も局所超高気圧を躱しながら攻撃を仕掛ける後田と犬吠埼だったが、六魂幡には終ぞダメージを与えることは敵わなかった。
「「くそっー!!!」」
ジリ貧になり、追い詰められた後田と犬吠埼は一度六魂幡の局所超高気圧を受けてしまったところから防戦一方に陥り、最期は六魂幡の放った局所超高気圧に押し潰されて息を引き取った。
◆
楠木と木村は髭を蓄えた白髪の老人に擬人化した盤古幡と対峙していた。
「盤古幡といえば、漫画版の崑崙山の教主で三大仙人の一人、元始天尊が使う重力を操る
「……おいおい、戦う前から恐ろしいことを言うなよ……。 まあ、草子君は重力以外にも色々な手を使ってくるから、あいつと戦うよりはマシって思えてくるよな」
木村は織田達と異世界カオスに転移したことで運良く草子との対決を回避することに成功した。
草子一人による佐伯達の蹂躙劇……あれほど圧倒的なものを見せられてしまえば、どれほど強力な力を見せられてもあれには劣る……とついつい比較してしまう。
草子は最近重力系を使わないようだが、一時は多用していたと木村は聖やジューリアから聞いていた。少なくとも
『さて……話し合いは終わりましたかな? そろそろ参りますよ。
盤古幡の【重力掌握】の力が発動し、楠木と木村は猛烈なスピードで盤古幡の方へと引っ張られる。
まるで重力の方向が変化し、盤古幡の方に落ちていくように……。
「【暗黒】ッ!!」
「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝
だが、楠木も木村も相手のされるがままでは終わらない。【重力掌握】を利用し
『
引力が斥力に瞬時に切り替えられた結果、楠木と木村は壁まで吹き飛ばされ、〝
幸いなことに圧倒的強度を誇る
『――
楠木と木村の身体に突如強烈な重力が襲い掛かった。重力に抗いながら頭上に視線を向けると分子構造のような球体状の形をしている盤古幡が二つ、楠木と木村の頭上に出現していた。恐らく、二人が
「〝紅煉の世界の灼熱よ! その熱で全てを焼き尽くせ! 一切合切を焼き尽くして浄化せよ〟――〝
『ぬぉぉぉぉぉ!?』
一方、楠木と木村も重量に囚われた中、起死回生の一手を打った。
後田と犬吠埼が打たなかった遠距離座標攻撃系の上級魔法――〝
盤古幡には重力操作で炎と雷を斥ける術があったが、あえてそれをしなかった。
後田と犬吠埼を追加の重力で一気に押し潰して勝利することに重きを置いてしまったからである。
こうして、後田と犬吠埼vs盤古幡の戦いは持久戦に突入した。
『――
「〝紅煉の世界の灼熱よ! その熱で全てを焼き尽くせ! 一切合切を焼き尽くして浄化せよ〟――〝
更に盤古幡を追加して重力を強化する盤古幡と、【複数魔法同時発動】の効果で二つ目の〝
『――
「〝紅煉の世界の灼熱よ! その熱で全てを焼き尽くせ! 一切合切を焼き尽くして浄化せよ〟――〝
残る全ての盤古幡を追加して重力を強化する盤古幡と、【複数魔法同時発動】の効果で三つ目の〝
盤古幡のHPも後田と犬吠埼のHPも大幅に減り、永続ダメージで更に削られていく。
『もう、こうなれば!! ――
盤古幡は自らの【重力掌握】の力も重ね合わせ、自分の出せる最大出力の重力干渉を放った。
「「〝灼熱によりプラズマに到し重金属よ! 全てを焼き尽くせ〟――〝複合魔法・
【金属性】と【火属性】を複合させることで完成した、重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して広範囲にプラズマを散撒くという草子作の
一方、後田と犬吠埼も最大出力の重力には抗えず、削り削られたHPがゼロになると同時に押し潰された。
◆
『お主が私の相手でございますかぁ……同性に【魅了洗脳】や
ジューリアが対峙した金色の狐耳と九本の尻尾を持つ妖艶な狐娘――傾城元嬢は、【魅了洗脳】や
もし、相手が男(或いは色欲の権化である一ノ瀬)であれば簡単に苦もなく勝利できただろうが、相手は少女……傾城元嬢にとっては自分の得意分野を封じられたまま肉弾戦を演じるしかない、厄介な相手である。
「……何かを勘違ひせめれど、我は両刀なるぞ?」
『…………ふぇ?』
大和撫子のようなお淑やかな雰囲気を感じさせる少女から予想外の単語が飛び出し、傾城元嬢は素っ頓狂な声を上げる。
「我……いへ、草子の仲間の者共は皆、カタリナの圧倒的美貌に触れたり……色欲の権化の如き軽薄に女好きに欲張りに八方美人(笑)な一ノ瀬ならばともかく、他の男の魅了さるることはあらず。……かくいふ我も、草子やその女体化の姿なるカタリナに抱かればともかく、いづこの馬の骨とも分からぬ狐娘に魅了さるることなどあり得ず」
『へ…………へぇ。………………とにかく、お主らが我の【魅了洗脳】や
微笑みを消し去り、鋭く目を見開いた傾城元嬢は構えを取った。
「〝双星顕符〟」
二つの星の意匠が描かれた札が消失し、ジューリアの身体を虹色の輝きと黒い輝きが包み込む。
ジューリアの超越技――陰陽五行纏の効果で闇と光の二つの属性を吸収する効果が発動したが、傾城元嬢は属性攻撃をしないため今回は超越技がプラスに働いているとは到底言えない。
まあ、ジューリアが〝双星顕符〟を発動したのは攻撃力を上げるためで、超越技の発動はその副産物に過ぎないのだが……。
「――太極光闇飛斬」
『狙いが単調ですわよ!!』
ジューリアの二連撃を躱した傾城元嬢は、そのままジューリアに向かって【真剛力通】で強化した槍で突き刺すように拳を打ち出す【崩拳】を放とうとして、突如として見えない壁に激突した。
「多重結界なり」
「〝疾風速符〟、〝天岩戸符〟、〝金剛力符〟」
呪を唱えると共に札が消え、ジューリアに青白い光、黄金の輝き、赤い輝きが宿った。
迅速符、金剛符、剛力符を強化した素早さ、攻撃力、防御力を上昇させるBUFFを自身に掛け――。
「〝衰弱衝符〟、〝脆弱衝符〟、〝鈍速衝符〟」
更に、呪を唱えて猛烈な虚脱感を発生させる半透明の球、防御力を低下させる半透明の球、速度を低下させる半透明の球というDEBUFFを傾城元嬢に掛けるジューリア。
「〝五芒極霊符〟+〝玄幻天符〟――桔梗五芒印・瀑布」
「〝五芒極霊符〟+〝朱幻天符〟――桔梗五芒印・劫火」
「〝五芒極霊符〟+〝翠幻天符〟――桔梗五芒印・木霊」
「〝五芒極霊符〟+〝白幻天符〟――桔梗五芒印・金剛」
「〝五芒極霊符〟+〝黄幻天符〟――桔梗五芒印・地祇」
玄天符、翠天符、朱天符、白天符、黄天符、桔梗印霊符をそれぞれ改良した札を使用し、ジューリアは間髪入れずに五芒星を解き放つ。
『【真剛力通】!!』
ヴリル=プラナを体の一点に集中して極限の防御力を得ても、それすらも貫通するジューリアの五芒星。時間を凝縮することにより一瞬の刹那の間だけ無敵になる力を使えば一度は攻撃ダメージを完全にカットできるだろうが、全ての攻撃を防ぐことはできず、かつDEBUFFの影響が大きいためかなりのダメージを受けてしまう。
「〝恢復封印結界符〟」
ジューリアの攻撃はそこで終わらない。〝恢復封印結界符〟を発動し、【真活性通】による回復を無効化すると、BUFFの効果で五倍になった速度で次々と〝玄幻天符〟、〝朱幻天符〟、〝翠幻天符〟、〝白幻天符〟、〝黄幻天符〟を地面に貼り付けていく。
『一体何をする気ですか!? 大技が来そうな雰囲気なのに…………動きが鈍い!!』
ジューリアのDEBUFFは想像以上に効果を及ぼしていた。
傾城元嬢が鉛のように重い体に苦戦を強いられている間にジューリアは五つの札を貼り終えた。
「――桔梗五芒陣・
〝玄幻天符〟、〝朱幻天符〟、〝翠幻天符〟、〝白幻天符〟、〝黄幻天符〟が消滅すると同時に水柱、火柱、緑の竜巻、竜巻、茶色の竜巻――五属性を象徴する柱が顕現し、一斉に中央に向かって迫っていく。
『そんな…………すみません、ユェンさん…………』
ジューリアの奥の手を前に傾城元嬢は命を散らした。
「お腹減りき……」
ルービック・ボックスからどら焼きを一つ取り出して頬張りながら、ジューリアは仲間達の戦いに視線を向けた。
◆
瀧野瀬、氷鏡、南雲が相対したのは銀色の長髪を持つ死んだ魚のような目の優男に擬人化した四宝剣だ。
どこかのチャランポラン侍を彷彿とさせる優男は、銀髪を翻すと地を蹴って加速する。
「「〝万象を滅却する波動よ! 相反する相剋の力によりて顕現し、その力を思う存分揮い給え! 灰は灰に塵は塵に戻りて万物須らく円環の輪へと還る。今こそその輪を外れ、滅びの道を進み給え〟――〝
相反する属性すらも強引に結びつけることによって発生した膨大な相剋エネルギーが収束され、四宝剣に襲い掛かる。
『おらおら、どうしたァ! そんな攻撃じゃ止められねえぞォォ!』
四宝剣の確率歪曲で相剋エネルギーを崩壊させた四宝剣はそのまま瀧野瀬に向けて斬りかかる。
「手裏剣影分身! 瀧野瀬さんには手を出させません!!」
『おうよ! なかなか肝が据わってんじゃねえか!!』
標的を瀧野瀬から南雲に変えた四宝剣は四宝剣で全ての
「〝不可視の地雷よ、不可視の空中機雷よ、我が敵の行く手を阻め〟――〝
氷鏡の発動したヴァルルスの
南雲はその隙に退避し、態勢を整える。
『…………なかなか、やるようだな』
頬についた煤を払いながら四宝剣は不敵に笑い、氷鏡に斬りかかった。
「〝漆黒の影よ、裂き分たれて糸となり、汝を拘束せよ〟――〝
だが、氷鏡も四宝剣に斬られるのを指を咥えて見ている訳ではない。
四宝剣の性質を漫画版の『封神演義』を読んで理解していた氷鏡は、一か八かの勝負に出た。
四宝剣は物質への確率操作で物質を破壊するというものだ。因果干渉系の能力に分類されるが、運命に直接作用する力はなく、あくまで物質だけに対してのみ働く。
物質への干渉能力の派生でエネルギーに対しても干渉できることは、〝
では、実体を伴わない影ならばどうか……。
「【究明者】の万象の確率を操作する確率操作を使って万が一の場合にも対処しようと考えていましたが、どうやらそこまでしなくても良かったですね」
『ちっ……こんなものすぐに解いて……』
影による拘束魔法である〝
その油断が命取りだった。〝
そこまで強力な魔獣が初級魔法を使うということは、それほどの意味があるということである……まあ、四宝剣には到底そのような推測はできないだろうが。
「「「〝万象を滅却する波動よ! 相反する相剋の力によりて顕現し、その力を思う存分揮い給え! 灰は灰に塵は塵に戻りて万物須らく円環の輪へと還る。今こそその輪を外れ、滅びの道を進み給え〟――〝
相反する属性すらも強引に結びつけることによって発生した膨大な相剋エネルギーが三人の手から放たれ、影の触手から必死に脱出しようとしている四宝剣を蒸発させた。
――チリリリリン。
四宝剣の持っていた四宝剣が床に落ち、虚しく金属音を響かせた。
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