ユェン〜生きたがり仙人な七賢者〜 その4
異世界生活百七十日目 場所ラグナ・ヴァルタ島、ヴァパリア黎明結社本部
【三人称視点】
「終末を導く六叉の槍となりて、万象を貫け――《
六叉に分かれる漆黒の槍のように斬撃を放つ。
『【瞬間過去遡行】』
アストリアの魔王固有技を金色の髪を持つロリっ娘の姿をした禁光銼は数秒前の過去に遡れる力を発動し、六叉の隙間に滑り込んで回避した。
『へぇ……魔王の力って凄いんだね。でも、それじゃあわたしを殺せないよぉ〜』
禁光銼は【真剛力通】と【真天眼通】を発動し、アストリアに迫る。
「【究明者】!」
【究明者】の対象の心理の動きを演算によって予測する擬似読心を発動することで、禁光銼の回避能力の正体を看破したアストリアは、迫り来る禁光銼に
当然のようにアストリアの攻撃を躱した禁光銼だが、次の瞬間には背中に逆袈裟斬りを受けていた。
「……攻撃が来た直後に瞬間的に時間を遡行して回避するなんて、そう都合よくいかないと思ってはいたけれど、まさか【真天眼通】で数十秒先を見通して、その未来視と組み合わせていたとはね」
『……なかなか鋭いんだ……ね、お姉ちゃん。でも、なんでわたしがダメージを受けたのかな』
【真活性通】を発動して傷を癒しながら、禁光銼はアストリアに種明かしを求めるが……。
「あら、残念ね。教える訳がないでしょ? 私はね、草子さんみたいに優しくはないのよ」
草子はかつてアストリアと戦った時も、それ以前やその後も常に味方に、敵に気を配ってきた。
それが、アストリアが草子から感じる
アストリアは、魔族の未来や自身にまで思考を巡らせてくれた草子に感謝している一方で、戦闘中にダメージを受けて剣を握れなくなった自身を回復させるという行為の意味をアストリアは強く認識していた。
草子は圧倒的にまで強い。だが、その根底にあるものは果たして地球という世界で得た知識だけなのだろうか。
少なくともアストリアはそれだけではないと考えていた。
草子の強さ――その正体は余裕だ。数多くの手札から最良のものを選ぶことも、因縁あるものを選ぶことも、力の加減も、戦いの中で相手のポテンシャルを引き出すことも、そのためには相手と対等ではない――戦場、いや、もっと遥かに広い範囲を俯瞰するための余裕が必要となる。
それは、政治面や人間関係面においてもそうだ。
例えば、アストリアは「自由になりたい」と願い、外の世界に憧れを抱き続けてきた。
そんなアストリアの中に、リーリスの気持ちを考える余裕も、紅葉の――夜華の本心を考える余裕も無かった。
結局、人間も、魔族も、亜人種も、皆生きることに、自分の目の前のことに必死だ。まあ、中には他者を慮れる者達もいるが、そういう者達にも見える範囲は限られている。それが身近な人から一国家という広さに変わるだけだ。到底、その全てを照らし出し、慮るほどの余裕を持つ者は……。
もし、それがいるとすれば能因草子という少年を除いてはいないだろう。
彼は異世界に転移させられるという危機的状況に陥りながらも、アストリアの見える範囲では様々なことを勘案し、全ての者達を慮るように行動を続けている。
時に出会った者達達に彼らが最も求めるものを届け、時に死を看取った者達……そもそも草子があったことすらない、未練を残した過去の者達のために武器を振るう。
自分の願い――地球への帰還のためだけに動くという選択もでき、実際に草子は当初は一人で動いていたという。
だが、草子は当初は嫌々ながらも少しずつ困っている人を助け、同郷の者達を仲間に引き入れ、少しずつ輪を広げていった。つまり、草子はそれができるほどの余裕を持ち合わせていたということである。
アストリアは草子と出会い、強くなった。……少なくとも、アストリアはそう信じている。
だが、それでも草子ほどの余裕を得ることはできなかった。
アストリアは草子のように優しくすることはできない。手札を開示して戦うほどの余裕がアストリアにはないからだ。
アストリアはそう言いながら、自らに草子のような余裕がないことを気にしているようだが、そもそもあれほどの余裕を持ったまま第三者の戦いにもちょっかいを掛け、戦闘中に他ごとを考えられる草子の方が異常なのである。
つまり、アストリアの理想は余りにも高すぎた。
まあ、それは草子という超人を追いかける者達特有の感覚のズレの一種なのだが……。
ちなみに、禁光銼にダメージを与えられた絡繰りは【真天眼通】によって見られる数十秒先の未来と、【瞬間過去遡行】によって確認できる約三秒……つまり、合計約十三秒に得られる情報を元に攻撃を回避している禁光銼の動きを【究明者】の対象の心理の動きを演算によって予測する擬似読心で読み切ったというものである。
つまり、アストリアは自らの攻撃とそれに対する禁光銼の動きを予測して、その上で約十三秒の範囲外から本命の攻撃を放ったというのが真相であった。
【瞬間過去遡行】も【真天眼通】も意識しなければ使えない。禁光銼も攻撃を避けた直後に二度目の攻撃が来るとは考えていなかったのだろう。
「さて……なんとなく貴方の戦法は分かったし、私の超越技と相性が良くて良かったわ。超越技――
アストリアの身体から漆黒の魔力が堰を切ったように溢れ返り、空気中へと溶け込んでいく。
「【瞬間過去遡行】、【真天眼通】!!」
【瞬間過去遡行】と【真天眼通】を発動して攻撃を回避した禁光銼だが、回避し切ったと思った瞬間にはまるで見えない刃に斬られたような負傷を負っていた。
しかも、一つや二つではない。全く認識できない刃に囲まれているようにロクに回避もできないまま次々と傷を負っていく。
『…………どう……すれば……このままじゃ、負けちゃう』
「ごめんなさい。でも、私は
アストリアの超越技――
この魔力は【魔力察知】ですら認識できず、認識する方法は現状ほとんど存在しないと言ってもいい。唯一、アストリアだけはその位置を知覚できるので、アストリアを通して間接的になら認識することは可能である。
アストリアはどちらかといえば正々堂々というタイプで小細工なしの真剣勝負を好んでいる。
魔族といえば、卑怯な手を使うというのは異世界カオス、地球問わず持たれているイメージだが、傾向としては異世界カオスの魔族は正々堂々の若干脳筋よりな戦闘スタイルなのでこの認識は間違っており、アストリアが一般的だとされている魔族像からかけ離れていることも納得することができる。
まあ、性格は人それぞれ。種族では割り切れないということか。実際に、人間にも魔族にも亜人種にも理解し難い、世間から見れば悪として認識される者も存在する。性格というものはやはり種族ではなく個人個人に由来するものなのだろう。まあ、性格の形成には環境も関係するので種族が全く関係ない……とは言えないが。
だが、アストリアは観測がほぼ不可能な
この力は、「例え卑怯な手段を使うという自分の性に合わない戦法を使ってもヴァパリア黎明結社を倒したい」という強い思いの反映なのである。
【瞬間過去遡行】と【真天眼通】を駆使しても躱しきれない、【真活性通】でも癒しきれない
「禁光銼は貰っておくわ。復活されたら面倒だからね……さて、リーリスの方はどうなっているかしら?」
最強の元臣下にして親友のリーリスの勝利を露ほども疑わず、百霊藩と死闘を繰り広げるリーリスに視線を向けた。
◆
「【魔法槍・赤熱】――ヴリュエッタ式槍術二式・不視隕石」
草子から伝授された相手の視界に存在する文字通りの盲点の位置を正確に読み取り、そこに向かって突く文字通り不可視の槍が百霊藩の盲点を突く……が、リーリスの槍は百霊藩の身体を擦り抜け、霞を突いたように全く感触がない。
「やはり…………効果はないか」
『俺にダメージを与えることはできねえよ』
髪で顔が隠れた幽体の青年――百霊藩と対峙したリーリスだが、ここまで全くダメージを与えられずにいた。
高速九連突きで「
「…………やはり、幽霊と同じ類か」
魔族の中に幽霊に分類されるような存在はいる。物理攻撃が効かず、魔法もごくごく例外を除いて通用しない幽霊は、リーリスにとっては相性最悪の相手だった。
リーリスは魔族と事を構える機会が無かったので実際に幽霊と戦ったことはないが、もし戦うとなれば勝ち目はないだろう。幽霊に最も相性がいいのはかつて魔族の天敵だった
あくまで物理の派生に過ぎないリーリスの手札では霊体そのものである百霊藩を倒すことはできないだろう。
「…………草子によれば、草子の世界にある創作に出てくる
リーリスの願いに応えるように
超越技――魂喰淫魔。直接触れたものや自分の武器で触れたものから魔力と体力を吸収する淫魔の力を拡張させ、直接魂にダメージを与えることを可能にするリーリスの
「――行くぞ!!」
リーリスは
『何かをしたようだが、さっきと同じことだ! 俺にダメージを与えることはできね……っんなッ!?』
リーリスを侮っていた百霊藩はダメージを受けたことに危機感を覚え、一度撤退して体制を立て直そうとするが、時既に遅し。
攻撃範囲から抜け出す隙すらなく放たれる一突きに見える三連突きや五連突き、手首のスナップと肘の角度を変化させることで僅かに角度を変えたものや、間隔もバラけさせた神出鬼没の突きにより構成されたヴリュエッタ式槍術総集奥義・流星乱舞の前に怒涛の勢いでHPが削られていき、無数の光の粒となって消滅した。
「…………草子から話を聞いていなければ負けていたな。……即興ながらなんとか形にできて良かった」
ふと他の戦場に視線を向けると、リーリスを親友だと言ってくれた
その手には禁光銼が握られている。アストリアは確か時を操るという強力な
――お強くなりましたね。
リーリスは子供の頃から見守ってきたアストリアの成長を感じた嬉しさから流れた涙を拭いながらアストリアの方へと走り、合流した。
――戦いはまだ終わっていない。
◆
「『――
〈
「陰陽鏡――疾ッ!」
ユェンは陰陽鏡を発動し、光を屈折させて光線を解き放った。
「『――来て、エレメンタル=ルーチェル。力を貸して!!』」
『承りましたわ! 光を司る〈
ハニーブロンドの豪奢なロングの髪を持つお高く止まった令嬢の姿をしたルーチェルが陰陽鏡によって収束された光に干渉して分散させ、その隙を突きリーファが「『
「なっ……なかなかやりますね! では、これならどうでしょう! 紫綬羽衣――疾ッ! 芭蕉扇――疾ッ!!」
新たにユェンは紫綬羽衣と芭蕉扇を歪空珠を取り出し、纏った紫綬羽衣から撒き散らされた毒蛾の粉を芭蕉扇で拡散する。
「『――来て、エレメンタル=シルフィード。力を貸して!!』」
『うん! リーファさんのために、私、頑張るよ♪』
淡い銀色にエメラルド色を含ませたような髪と碧玉のような瞳が印象的な緑色の文字通り布という以外に形容できない際どい衣装を身につけ、背に妖精の羽を持つ子供のような無邪気さと大人っぽさを両立したような不思議な妖精の少女の姿をしたシルフィードが、気流を操作して毒蛾の粉からリーファを守り、『
「……なかなかやりますね。流石精霊に愛される腐ってもエルフの当主の娘……まあ、腐ったのは腐女子という意味ですが……ですが、まだまだ序の口です。果たして貴女は私の全ての
まるでその程度できなければ本気で戦う価値などないと言いたげに、ユェンは不敵な笑み浮かべながら拱手した。
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