episode zero『追放勇者は勘違いを正す異能を振りかざす』 参



 ――昔のお父さんとお母さんに戻ってよ!







































【三人称視点】


 オルフェースはアブラヘルの触手からメッセージを受け取った瞬間、猛スピードで内容を書き写した。

 そして、アブラヘルの死と共にアブラヘルに召喚されていた触手も消滅する。リュートにより世界の勘違いが訂正されたことで、リュートとアブラヘルが直接戦ったという歴史が消失し、当然アブラヘルがメッセージを伝えるという事実は消えた訳だが。


「はっ、我は一体!? ん? 我はいつの間にメモを……」


 アブラヘルのメッセージは歴史が改変された時点で当然残らない筈だ。だが、オルフェースの手には見覚えのないメモ――つまり、触手経由で受け取ったアブラヘルのダイイングメッセージが残されている。


 確かに、アブラヘルとリュートの戦いは改変され、アブラヘルはグローレンと相討ちになって死亡したということになった。

 どうやら、アブラヘルの死の改変とオルフェースがメモを書いたということは全く別の出来事として処理されたらしい。因果関係的には絶対にあり得ないが、そもそもリュートの力そのものが因果すら超越し概念に干渉する究極の力なのだからそれを言い出せばきりがない。理由付けして説明はできず、そういうものだと認識するほかないのだろう。


「…………作戦失敗、勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトと勇者ドレッドノートパーティの仲間をぶつけたところで無意味。リュートの力はよく分からない、でも危険なのは確か。搦め手で各個撃破を目指してもいいが、決してリュートにぶつけてはならない……なんなんでしょう? このメモは」


 メモの内容は意味不明だ。身に覚えもない……だが、確かに自分の筆跡。

 不気味だが、このメモには大きな意味があるのだろう。

 大切な仲間が命を懸けて伝え、その想いを絶対に無駄にしないという気持ちが込められたような強い筆跡のメモを反芻し……。


「リュートが得体の知れない存在であることと、リュート相手に仲間をぶつけるという作戦は意味を成さないことが分かりました。それだけでも十分な収穫です。……魔王様に総力戦をするように進言しましょう。リュートも警戒して洗脳作戦には引っかからな……ん? そういえば、魔王様の用意した宝珠はどうなって……あれ? 宝珠を使ったのなら何故アブラヘル侍女長様とグローレンが直接対決を……いや、そもそも私がアブラヘル侍女長様の死を知っている理由が分かりません。彼女にはメッセージを送る理由がありませんから……ん? 何故我はアブラヘル侍女長様がメッセージを送ったと思い込んでいたのでしょうか? 受け取る理由などありません……ですが、それならこのメモは?」


 考えれば考えるほど意味が分からなくなる。


 リュートの力は因果律を無視して強制的に概念を、事象を捻じ曲げる力だ。当然、大なり小なり齟齬が生じる。

 その齟齬を修正しようと筋の通った思考をしようとしても、無理矢理違う絵のパズルを嵌めようとした時の違和感のようなものが残る。


「とにかく、このメモには何かしらの意味があることは間違いありません。魔王様に総力戦をするように進言し……勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトと勇者ドレッドノートパーティを狙って戦力を削っていきましょう。ただし、リュートと勇者ドレッドノートパーティをぶつけるのは無しで……」


 自分ではお手上げだとメモの出自に関する思考を放棄した知恵者オルフェースは魔王に総力戦の進言をする。

 その後、六魔将軍の狙撃王カスパール・ヴィルヘルム=テル、猿帝ハヌマット、不死王ノー=ライフキング、魔王軍幹部のワールック、アウローラ、ルビカンテ……その他幹部を招集し、魔王軍は総力戦に向けて動き出した。



【三人称視点】


「そうか……グローレンが」


「……すまない」


「リュート、お前のせいじゃないだろ? グローレンは六魔将軍の淫魔女王と戦って命と引き換えに倒したんだ。きっと、本望だと思うぞ」


 そうリュートを慰めながら、ジェシカは悲しみを噛み殺した。

 魔王討伐に乗り出した頃から、いずれはこういうことになることは予想していた。


 だが、それでも大切な仲間を失ったのが辛いことなのは変わりないのだ。

 エレインが泣き崩れ、レスターがエレインを支えながら涙を拭っている。


 悲しみを堪えながらウォーロンとレスターがリュートと共にグローレンを埋葬した。

 最強の武闘家、ここに眠る。彼が仲間達に笑い掛け、勇者ドレッドノートパーティのムードメーカーになることは、二度とない。


「……行こうか、魔王城へ」


「ああ……必ずグローレンの仇を取ろう」


「グローレンさん、天才魔術師の俺っちが必ず魔王の野郎を倒してやるからな……だ、だから、ここで俺っち達の活躍を見守ってくれよ」


「僕の狙撃で必ず魔王を倒す……天国で僕達の活躍を見守っていてくれ、グローレン」


「私達の力で必ず魔王を浄化して世界を救ってみせますわ。……グローレンさん、安らかに眠ってください。後は、私達に任せて……」


 ジェシカ、ウォーロン、レスター、エレインの四人はリュートと共に魔王城を目指す。


 ジェシカ達が、目の前の最も信頼する仲間こそがグローレンにトドメを刺した者だということに気づくことはない。



【三人称視点】


 魔王城の姿がはっきりと見えるようになった頃、一発の銃弾が戦いの火蓋を切った。

 狙撃したのは狙撃王カスパール・ヴィルヘルム=テル――古代文明から発見されたという〝狙撃銃〟を使った狙撃で、弓矢とは比べ物にならないほどの高威力を発揮している。


「天地一体流 絶剣」


 その弾丸をリュートは呆気なく両断した。いくら対物アンチマテリアルライフルほどの威力も速度もないとはいえ、どこから飛んでくるか分からない弾丸を真っ二つ両断することは、この世界のレベルでは不可能に近い。まず、情報が限りなく少ないのだから対処方法を検討することすら厳しいのだ。


「リュート、狙撃手の方は僕が……」


「頼んだぞ、レスター」


 狙撃手はレスターを狙っていた。その射線上にリュートが割って入り、リュートはレスターを守ったのだ。

 敵はレスターを倒して遠距離攻撃の手段を減らそうとしている。つまり、敵はレスターを標的に定め、挑戦状を叩きつけたのだ。


 同じ狙撃手として、レスターに敵の挑戦に応じないという選択肢はない。


「おう、カスパールの奴。早速おっ始めやがったか。……んじゃ、俺達もそろそろ攻めるとしますか。……で、俺の相手は一体どいつがしてくれるんだ? 俺と同じパワータイプは既に死んだんだろ? 確か、グローレンだったかァ?」


「……………………」


 レスターの相手がカスパールに定まった頃、リュート達の方にも新たな敵が現れた。

 大柄で顔は赤く、長い尻尾を持ち、雷を操る雷太鼓を背負い、二本のバチを構えた巨大な猿――猿帝ハヌマットと、ローブで全身を隠した無口な性別不明――不死王ノー=ライフキングの二人だ。


「――貴様!? グローレンを馬鹿にするな! ……なっ、リュート、アイツは私が」


「ジェシカさんはエレインさんを守って……アイツは俺がなんとかするから。ウォーロンはそのローブの奴を」


「了解。魔術師は同じ魔術師の俺っちがサクッと片付けてやるぜ。――真紅の炎で焼き尽くさん、《インフェルノ》」


 ウォーロンが杖を不死王ノー=ライフキングに向け、灼熱地獄を顕現した。



【三人称視点】


「おう、なかなかやるな。どうやら遠距離狙撃だけじゃないらしい」


 〝狙撃銃〟と同じく古代文明から発見されたという〝拳銃〟を二丁構えて突撃攻撃を仕掛けてくるカウボーイハットのリザードマン。


「……これでも……元は盗賊なんでね。《術式解放》」


 レスターは五つの矢を番えて同時に放ち、矢に込められた魔法を一斉に発動した。

 レスターの狙撃の腕は人間側では一流……だが、範囲が狭い上に同じ魔術師よりも火力に欠けていた。

 そこでレスターはウォーロンに頼んで魔術を矢に込めてもらい、火力の低さを補ったのだ。


「うぉっと……《サンダーヘリックス》かよ。危うく痺れ……ってか黒焦げになるところだったぜ。バニシング・ショット」


 宛ら消える魔球のように弾丸が視界から消え、レスターの左肩を貫いた。

 通常の弾丸ならなんとか見切れるようになりつつあったレスターも、このバニシング・ショットだけは攻略の糸口が掴めず、かなりの弾丸をその身に受けていた。

 少しでも気を抜けば意識を失う。かなりの出血だがエレインの治癒術の効果でなんとか生きているという状況だ。……それも長くは続かない。このまま戦い続ければ確実にレスターは命を落とすだろう。いや、例え勝利しても生き残れるかどうか……治癒術も万能ではない。レスターは確実に自分が死に向かっていることを理解し、せめてカスパールを道連れにしようと弓に矢を番える。


「……くっ、厄介過ぎるぜ。こっちは〝拳銃〟を使っているのになんで倒れねえんだよ……不屈か、不屈の闘志って奴か?」


 一方、カスパールの方もかなりのダメージを負っていた。例え生き残っても戦線に復帰できるのがいつになるかというレベルのダメージだ。レスターほどではないとはいえ、魔王軍としてはかなりの痛手である。


「このまま戦っていても負けそうだな。ならば、奥の手を使うしかないか」


 《サンダーヘリックス》の込められた矢を五発中三発命中させたレスターは、覚悟を決めて矢筒から一本の矢を取り出した。


「ちっ、こうなりゃ奥の手だ。魔弾の射手フライクーゲル


 カスパールはレスターに奥の手を使われる前に逃げるという選択肢を捨て、最後まで徹底抗戦することにした。

 カスパールには六魔将軍の一人に選ばれたことに強い矜持プライドがあった。だからこそ、逃げるという選択をすることをすることで、魔族達から笑い者にされることを、矜持プライドがズタズタになることをカスパールは恐れたのである。

 このつまらない矜持プライドのためにしたカスパールの選択が、魔王の一人の忠臣の命を失わせることになることに、カスパールは気づいていなかった。


 カスパールは悪魔の力を借りて作られるという魔弾の使用を決め、二丁拳銃に七発の弾丸を込めた。七発のうち六発は射手の希望通りに必中となるが、最後の一発は悪魔が望む場所に命中するとされる、人間からすれば恐ろしい弾丸だが、魔族のカスパールにとってはなんのデメリットも無かった。

 部下の小悪魔レッサー・デビルのザミエルにアイコンタクトを送り、七発の魔弾を滅茶苦茶な方角に向けて放った。


「《術式解放・エクスプロージョン》」


「――何! まさか、そんな奥の手をッ!!」


 カスパールは奥の手の矢に込められた《エクスプロージョン》に巻き込まれて焼死したが、カスパールが滅茶苦茶に放った魔弾のうちの六発は物理法則を逸脱した軌道でレスターに殺到し、その命を奪った。

 そして、残る一発は――。


「死んでください! 勇者ドレッドノートリュート!!」


 ザミエルと、爆発に巻き込まれて命を落としたカスパールの願いを叶えるべく弾丸はリュートへと襲い掛かる。

 魔弾の命中確率は百パーセントだ。例え、弾丸が破壊されても即座に修復し、必ず命中する――必中という決定された結果に至るために弾丸は一切の無駄のない軌道で邪魔なものを排除し突き進んでいく。


 リュートは聖剣を魔弾で斬る……が、魔弾は即座に修復してリュートの心臓目掛けて……。






















「…………えっ?」


 一瞬、リュートの身体を魔弾がすり抜けたかと思うと、いつの間にか魔弾が消滅していた。


「熱…………えっ、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い」


 熱を感じてその部分に触れるとザミエルの心の臓を魔弾が貫いていることに気づいた。心臓の鼓動と連動して脈動するように血が流れ、エナメル質の衣装を……カスパールが選んでくれたお気に入りを汚していく。


『……まさか、俺に危機回避モードを使わせるとはな』


 ゆっくりと……まるで止まってしまったかというスローモーションの世界で、ザミエルだけに向けられたリュートの口パクと全てを飲み込むような漆黒の瞳がザミエルの心をかき乱した。


「……この……悪魔……め」


 小悪魔レッサー・デビルの少女は自分が何故死んだかも理解できぬまま、なんらかの方法で自分を死に追いやった勇者ドレッドノートに激しい憤怒の篭った一瞥を与えると、想い人カスパールの方に手を伸ばしながら息を引き取った。



「カスパールが……死んだ、だと」


「嘘……レスターさんまで……」


 猿帝ハヌマットとエレインが仲間の死に気づいたのは同時だった。

 猿帝ハヌマットは「まさか、お前が……」と驚き、エレインは悲しみで泣き崩れ、ジェシカがエレインを支えながら気丈に振る舞おうと感情を必死に取り繕いながら猿帝ハヌマットと対峙するリュートと、不死王ノー=ライフキングと対峙するウォーロンに視線を向ける。


「…………天地一体流 絶剣-八式-」


「ぬぉっ! 鳴り響け、雷太鼓」


 リュートの攻撃を躱すべく素早く黄金の雲を顕現して猿帝ハヌマットは空へと飛び、上空から雷を落とした。

 確実に空振りに終わる八連撃を途中でキャンセルし――。


「天地一体流 絶剣-雷切-」


 魔法で純水を纏わせた聖剣で全ての雷を叩き切った。


「そんな……雷を切るなんて、そんなのアリかよ!!」


 しかし、リュートの型破りな行動はそこで終わらない。結界師が展開する障壁バリアを利用して空高く飛び上がっていく。


「聖剣に選ばれし勇者ドレッドノートリュート=オルゲルトが命ずる。魔を退け、滅ぼす力を顕現せよ――終焉聖蒼剣」


 リュートが選んだのは、浄化の力を宿した青い焔と化した光を聖剣に宿して振りかざす、勇者ドレッドノートの最強の技であると同時に最も攻撃範囲が狭く、隙の大きい技だ。


「馬鹿め!」


 リュートの愚かな選択を猿帝ハヌマットは鼻で笑い、雲を動かして攻撃を躱そうとして――。


勘違いしてるよ・・・・・・・、雲は自然のものなんだから自由に動かせる訳がないじゃないか。でもその雲は特別製だからね。その場に固定されていて、普通の雲みたいに流れていかないんだよね」


 雲はピクリとも動かなかった。


「俺は、何を馬鹿なことを考えていたんだ。この雲は完全に固定された雲だろ? 動く訳がねえじゃねえか。ちっ、こうなったら飛び降りるしかないじゃないか」


「えっ、なんで? どうして飛び降りるの? 勘違いしてるよ・・・・・・・、君は攻撃を避けたいんじゃない、当たりたいんだよ? そうだよね?」


 今度も小声で、ジェシカ、エレイン、ウォーロンの三人には聞こえない声でリュートは勘違いを訂正する。


 何故、攻撃を受けたいと思っているのか……その理由を猿帝ハヌマットが必死で考えている中、非情に振り下ろされた浄化の力を宿した青い焔と化した光の剣が猿帝ハヌマットを焼き尽くし、消滅させた。

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