能因草子パーティメンバー、それぞれの休日⑦

【三人称視点】


 異世界生活百六十四日目 場所コンラッセン大平原、能因草子の隠れ家(旧古びた洋館)


 イセルガ=ヴィルフィンド、氷麗=スノーワイト=雪乃両名は変態である。

 多くの変人を抱える能因草子パーティ(本人が頑なに認めないため、表向きは白崎勇者パーティということになっているが、誰の目から見ても明らかに草子がメインである)の中でも最上位の危険存在として認知されている。


 当然、久しぶりの休日となったこの日も二人は屋敷に釘付けにされ、屋敷の中で一日を過ごすことになった。


 しかし、イセルガと雪乃の表情に不満の色はない。

 二人は草子からゲームを渡されていた。イセルガはイセルガの性癖にどストライクな幼女達とハーレムを作ることも可能な恋愛ゲーム(勿論思いっきりR指定)、雪乃はおねショタが楽しめる恋愛ゲーム――草子の悪戯心でヤンデレのキャラが追加された結果、主人公が当然の報いを受けて死ぬバッドエンドも用意されている(それを悪戯心と見るか否かはそこの貴方次第)が、それ以外はイセルガと雪乃の趣味を完璧に反映したものになっている。

 目的はガス抜きだ。幼女やショタに対する気持ちを拗らせた結果「死んでもいいから想いを叶えたい!」と突っ走り、その結果命と引き換えに誰かが犠牲になることを避けるため、現実には物理的に何の影響を与えない家庭用ゲームを使って抑圧されて溜まったストレスを発散させようというのが狙いだ。

 それが吉と出るか凶と出るかは分からない。中途半端に思い通りになってしまったことがかえってイセルガや雪乃の心に火をつけるという可能性もない訳ではない。

 だが、このまま放っておくのはダメだ。草子は一か八かの賭けに出て、二人にR18……いや、場合によっては発禁にすらなり得るゲームを渡したのである。


「幼女に触手プレイ……あゝ、最高です!」


「さあ、お姉ちゃんが氷漬けにしていっぱい愛でてあげますからね♡」


 明らかに危険な二人に呆れつつも、決してペースは崩さない。

 ステータス強化により大幅に強化された筋力、筋持久力、瞬発力、体力をフル動員して北岡、柴田、岸田、八房、高津、常磐、ロゼッタの八人は走っていた。

 柴田は嫌がる凛を無理矢理お姫様抱っこで運んでいるので実質は九人――彼女達が目指しているのはアイリスのいる部屋だ。


「なんで、草子君……そんな大切なことを教えてくれなかったのかな?」


「ロゼッタさん、草子君はロゼッタさんにもう一人のロゼッタさんと向き合ってもらいたかったから教えなかったんじゃないかしら? ……まあ、単に教え忘れていたって可能性も……流石にそれはないわよね?」


 全力疾走をしながらも一切息を切らさずに疑問を口にしたロゼッタに、柴田がロゼッタと同じく平常時と同じように返答する。

 ロゼッタの大切な友人の晴れの舞台――自分もそれが今日この日だったことを忘れていたことには罪悪感があるが、「草子君、教えてくれたら良かったに」とついつい思ってしまうのは甘えなのだろうか?


「…………騒がしいね。クリプ、見てきてくれないかな?」


『やれやれ、アイリスはマスコット使いが荒いリプ…………仕方ないリプね、今日だけリプよ』


 溜めに溜め込んだ髪の毛コレクションを堪能しているアイリスの姿に呆れながら、クリプはふわふわと浮遊して廊下に出た。

 その表情は、手の掛かる娘の甘えのわがままを聞いてしまうダメな親を彷彿とさせるものだった。


『北岡、柴田、岸田、八房、高津、常磐、凛、ロゼッタ……揃ってどうしたリプか?』


「アイリスさん、至急頼みたいことがあるの! アイリスさんの力で私達の時間を戻して欲しいの」


「…………どういうことですか? 時間を戻すことは超因果魔法少女に至った時に手に入れた【星霜の理】と超越技――時の女神の気紛れノルン・フリーキーを悪用すれば確かにできますが……北岡さん達も楽しく買い物をしていたのですよね?」


「そうなんだけどぉ!! でも、もし草子君がエリシェラ学園の演奏会に出るなんて話になっているって知っていたら買い物になんて出掛けなかったわぁ! 佐伯凛ちゃん女の子化計画よりも草子君の演奏の方が重要だもの!!」


「…………えっ、草子君の演奏会!? それを先に言ってよ!! 髪の毛は後で時間を止めて好きなだけ愛でればいいけど、演奏会は今回しかないわ!!」


『……う〜ん、別に頼めばストラディバリウス擬きでパガニーニ作曲の「24の奇想曲第24曲」とかタルティーニ作曲の「悪魔のトリル」とかを弾いてくれると思うリプよ?』


「…………パガニーニ作曲の「24の奇想曲第24曲」やタルティーニ作曲の「悪魔のトリル」って一体何なの? アタシ、聞いたことがないんだけど」


 クリプに疑問を尋ねた八房だけが疑問に思った訳ではないようで、ロゼッタを除く全員が首を傾げている。


「確か二つとも超絶技巧曲よね。前世で大学に通っていた頃の友人の一人に、合コンに行った時にヴァイオリンを弾くのが趣味っていう男性に『良かったら好きな曲を弾くよ』っ言われた時に『サラサーテ作曲の「ツィゴイネルワイゼン」が好きです』って言ったら絶望の表情を見せてイケメンが一気に老け込んだって話を聞いたことがあって、その時になんなんだろうって調べてみたらヴァイオリンの超絶技巧曲の一つだったのよね……まあ、草子君なら弾けるんじゃないかな? なんか、オリジナルでハインリヒ・ヴィルヘルム・エルンスト並みの編曲を加えて涼しい顔で弾きそうよね。……そういえば、千佳さんが魔法少女モノの中に将来有望なヴァイオリニストに魔法少女の片思いを寄せるってのがあるって聞いたことがあるのだけど、同じヴァイオリン奏者でも全然違うわよね。ほら、草子君って文学第一だけど、恋愛より文学を優先させて恋愛感情に気づかないなんてことは絶対にないし……ただ、気づいていてもそれに従うか否かは別問題だけど」


『確かにそう考えると上●恭介よりタチが悪いリプ。……まあ、草子の場合はヴァイオリンを弾きながら魔法少女に変身して通称:ワ●プルギスの夜を秒殺したり、変身前でも片手ダンプで生まれつき体が弱い魔族に成り立ての少女を救ったりしそうだからいくら将来有望なヴァイオリンニストとはいえただの人間として設定されているキャラと比較すること自体が間違っているリプ。……というか、そもそもあの驚異の危機管理能力がある時点で魔法少女になる訳がないし、仮になったとしても真っ先にマスコットをシメようって話になって確実に秒殺されるリプ。そもそも混ぜると筋書きシナリオが絶対に崩壊する魔法少女ってのは結構いるリプ……お喋りロックトッ●ンローラーポ●プとか、戦闘狂植物袋●魔法少女魔梨華とか。アイツらをシミュレーションに混ぜるとゲームバランスが崩壊するってまともな方のフ●電脳マスコットが言っていたリプ。きっと、草子が混じってもどんな道筋を辿ってもハッピーエンドに収束するリプ』


 きっちり魔法少女モノについて勉強している他、かなり多方面の知識を有しているクリプ。

 キュ●べぇタイプのマスコットと思われていたが、相容れない存在という以前の状態でも俗世間に染まって様々な知識を得てきたクリプ。時には、魔法少女に憧れる少女と魔法少女談義をして盛り上がっていたかつてのクリプは、元々フリズスキャールヴの端末としては異端だったのかもしれない。


 ちなみに、トッ●ポップは草子も「コイツやべえ」と評価するレベルの魔法少女で、魔法のポテンシャルが星一つではあるものの、バンドを組みたいからという理由でひきこもりのギーク風魔法少女、左遷されて辺境の部署に追いやられた偏屈な老人、アニメの主人公にもなった魔法少女、頭のネジが外れたエルフ風魔法少女を経由し、最終的に反体制派のリーダーに収まるという意味不明な魔法少女だ。彼女の意味不明な、それこそ魔法みたいな素の会話力さえあれば、全ての魔法少女を説得した上で会話の成立しないキュ●べぇを説得することすら可能かもしれない……まあ、別作品であるため、比較対象にするのは間違っているのだろうが。


 余談だが、草子の本業は文学研究であり、超絶技巧の曲の楽譜を入手しているのは、それがであったからである。ヴァイオリン奏者がメインではないのだから、その天に二物……どころか全てを与えられたような才能を持つということになる。意味不明である。


「それじゃあ、時間を戻すよ? 直接的なり間接的なり接触しているものしか時の女神の気紛れノルン・フリーキーの対象にならないからここまでで購入したものはルービック・ボックスに入れておいてね」


「勿論よ!」


「やめろ!! これじゃあ、俺がドレス姿のまま過去に戻るってことになるじゃないか!! というか、なんで俺だけ着替えをさせてもらえないんだ!?」


「……可愛いから問題ないよね?」


「「「「「「「ねぇ〜」」」」」」」


 女子達が満場一致で「佐伯はドレス姿のままでいい」ということに決まったので、佐伯はエリシェラ学園でも他人にドレス姿を見られる羞恥プレイが継続されることになった。


「それじゃあ行くよ! Wonder change! Magical girl beyond cause and effect!! 宇宙の時よ巻き戻れ! 〈世界時計ワールドクロック巻き戻しリワインド〉」


 宇宙を溶かし込んだような裏地の純白のヴェールと、同色のドレスを纏った時の女神の姿に変身したロゼッタの天輪の時計が高速で逆回転を開始すると同時に世界の時が戻っていく。

 急速に時が巻き戻り、あっという間にコンサート開始時刻と聞いていた午前十時の三十分前に巻き戻った。


 アイリス達はゲートミラーを使い、エリシェラ学園に移動する。


『……コンサートに行きたいからって時間を操作する魔法少女は聞いたことがないリプよ! 大切な人のためにループを繰り返す魔法少女は知っているリプけど』


 そう言いながらもクリプは楽しさを隠せないようで、ふわふわと浮きながらアイリスの後を追って〝移動門ゲート〟を潜った。



 異世界生活百六十四日目 場所エリシェラ学園


「……すまん、ロゼッタさんには例の乙女ゲームを進めてもらってクリアしたところで時間遡行すればいいかなって思っていたけど……ちなみに、何か掴めました」


「ええ、掴めましたわ。私の魂の形超越技……次の戦いでは使いこなしてみせます」


 エリシェラ学園に新設された・・・・・大ホール。

 その客席で、ロゼッタ達は草子達と合流した。

 開演三十分前にも拘らず、いつもの服装のままなのは流石は草子というべきか。「もしかして、この格好のまま出るのかな? 一応草子君の正装ではあるんだけど……」と、思わず考えてしまうロゼッタ達。


 ちなみに、草子以外のメンバーは最早草子の子分と成り果てている丑寅、栗栖、畠山、赤城の四人と、ドルヲタで推しが夢咲、新たに新田が追加された堰澤、吉祥寺という面白い組み合わせだ。


「草子の兄貴、クラシックコンサートなんて聞いても眠くなるだけっすよ!」


「……ん? ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国のサキュバスの店のチケットとかが良かった? 基本性欲の塊な男子ってチョロいからね、大体これを渡しておけば交渉は成立するんだよね。……まあ、万が一持っているのがバレたら朝倉とかリーリス辺りに粛清されるだろうけど、まあ男子がそういう類の店に行こうとして女子勢に止められるのはテンプレじみた運命だから諦めるしかないと思うよ」


「草子の兄貴、既に思考が『男ってバカよね』って思っている女子のものになっているっす!! ま、まあそこまで言うならもらってもいいっすよ!!」


「「「是非ください!!」」」


 ツンデレっぽいセリスを吐く丑寅と、女子勢がいるにも拘らず欲望に正直な思春期男子達。


「…………ところで、草子君はなんでサキュバスの店のチケットを持っているのかな?」


「そりゃ箱買いしたからだよ? だって、これ一枚で交渉が円滑に進むんだよ? 全く、男ってバカだよねー」


 勿論、草子自身が使うことはない。R18を積極的に避ける男がわざわざR18の店に入ることはないだろう。

 ちなみに、草子はサキュバスの店に衣装を納入したり、高めの酒を納入したりしているので、実質的にサキュバスの店とはズブズブの関係で、ついでに淫魔サキュバス達の愚痴をコーヒー片手に聞き手に徹して聞くこともあるので、淫魔サキュバス達からは悩みを相談できる女友達的なイメージを持たれていたりする。


「ああ、なんちゃって不良ども。別にクラシックだけじゃないぞ? お前らはなんちゃって……完全にヲタク趣味を排斥している訳じゃないだろ? 有名どころのゲームはやったことがあるみたいだしな。もしかしたら、その有名どころのファンタジーRPGゲームの音楽も演奏されるかもしれないぞ? なんてな。それじゃあ、俺はそろそろ戻るよ」


 そう言い残し、草子は姿を消した。


「へえ……夢咲さんと新田さんのアイドルコンビのコンサートも含まれているのね」


「基本的には三曲なのね……でも、ヴァングレイ様の曲は『ハンガリー舞曲』第5番とフレデリック・ショパンの練習曲ハ短調作品10-12、『革命のエチュード』で、後一曲は?って書いてあるし…………えっ、『革命のエチュード』!? 超絶技巧曲の!?」


「草子君がラストみたいだけどなんの曲名も書いてないよ……一体何を演奏するのかな、草子君」


 思い思いパンフレットを見ながらこれから始まる音楽祭に想いを馳せるロゼッタ達。


「ちなみに、今回の音楽祭の見所は音楽だけではないぞ? 草子殿が全ての演出を担当してくれたからな、きっと未だかつてないものになる」


「「「「「「「セリスティア学園長!?」」」」」」」


「お久しぶりです。まさか、学園長がこんな近くにいるなんて……てっきり特別席に座っているかと」


「ハハハ、特別席で演奏を聞くよりも、このように友人達と同じ時間を共有する方が絶対に楽しいからな。なあに、緊張する必要はない。今日の私はただのセリスティアだ」


 セリスティアはサイリュームを二本持って普段の怜悧な女教師の雰囲気は残しつつもアイドル応援モードになっていた。


「みなさん! サイリュームは持っていませんよね! これを使ってみなさんも夢咲様と新田様を応援してください!!」


 堰澤と吉祥寺がサイリュームを北岡、柴田、岸田、八房、高津、常磐、ロゼッタ、アイリス、丑寅、栗栖、畠山、赤城、凛に配っていく。流石は互いに第一のファンを自称するだけのことはある……熱量が凄い。怖いくらい凄い。


「なんで、俺まで……というか、丑寅、栗栖、畠山、赤城!! てめえら、いつまで草子の手下やってんだ!!」


「凛の姐御、草子の兄貴って人使いは荒いっすけど、きっちり働いた分のお礼はしてくれるんですよ……多分。こっちの方が遥かに待遇がいいのに、今更戻るとか意味が……いや、佐伯様が凛様になってくれるのなら、姐御の下につくのも吝かではないっすけど!!」


「…………丑寅、地球に帰ったら覚えとけよ! 絶対に後悔させてやるからな!!」


 しかし、どんなに凄みを出しても凛の姿では可愛らしく見えてしまう。それが悔しくて、凛は舌打ちをした。



「「みんなありがとう!!」」


 アイドル衣装の夢咲と新田が最後の曲「青春DREAM HEART」を歌い終えると、会場のボルテージは最高潮に達した。

 全十組の中で八組目の夢咲と新田が降段し、会場のライトが一気に消灯する。


 最初こそ驚いていた貴族達だが、二度目、三度目の頃にはこの全照灯にも慣れてきた。

 たった一分――その短い時間でマイクスタンドが片付けられ、グランドピアノが設置される。

 あり得ない速度での設置と撤去が会場のボルテージを下げることなく次の人に回すことを可能にしている。


 九番目のヴァングレイが燕尾服ホワイト・タイ姿で舞台上に姿を現した。舞台の真ん中で会釈をすると、グランドピアノの椅子に座る。

 パンフレット通りに『ハンガリー舞曲』第5番とフレデリック・ショパンの練習曲ハ短調作品10-12、『革命のエチュード』を弾いたヴァングレイ。途轍もない技倆で令嬢達の心を鷲掴みにしている。


 ワイルド系イケメンな見た目からヴァングレイもかなりの人気を得ていた。マイアーレやシャンテル、ロゼッタやプリムラ、ジルフォンド、フィード、シャートには一歩劣る規模だが、ヴァングレイのファンクラブもエリシェラ学園内には存在していた。


「三曲目はこの学園で出会った多くの友人達と、我が最愛の人に捧ぐ」


 そして、三曲目。ヴァングレイが演奏したのは『パガニーニによる大練習曲』第三番 嬰ト短調、ラ・カンパネッラであった。

 かつてエリシェラ学園の草子のお悩み相談室で「学園内でピアノコンサートをすることになった。そこで、草子殿に何かいい曲があればおススメしてもらいたいと思い、今回相談させていただくことにした」とヴァングレイからアドバイスを求められた時に草子が適当なアドバイスとして挙げた曲だ。

 実際、当時のヴァングレイの技倆では演奏が不可能だったので別の曲を演奏し、ノエリアの中では「自分達の中の良さに嫉妬した草子が滅茶苦茶難易度の高い曲を提案してきた」という悪い記憶として残っていたのだが、ヴァングレイはあの時の「手が大きいお前ならフランツ・リストみたいに弾きこなせると思うよ」という草子の期待に応えるべく一人でコツコツと練習し、遂にものにしたのである。


 ――そして、演奏後。拍手喝采の中、ヴァングレイはノエリアを舞台上に招いた。


「ノエリア、遅くなってすまない。……草子先生にアドバイスされた曲、難しくてなかなか習得できなかったが、ようやく習得することができた」


 ヴァングレイは隠し持っていた薔薇の花束をノエリアに差し出した。


「こんな俺を選んでくれて本当にありがとう。これからも俺の側にいてくれ、我が愛しき人」


「勿論ですわ、ヴァングレイ様。演奏、素晴らしかったですわよ」


 ノエリアは、ふと舞台袖にいる草子を見た。「お熱いことだねぇ」という視線を向け、ニヤニヤと笑っていた草子はノエリアの視線が向くと明後日の方向を向いて口笛を吹くフリをした。


「本当に素直じゃない先生ですわよね……」


「そうだな。まあ、それが草子先生の魅力なのだが……」


 大歓声の中に黄色い声が混じる中、ノエリアとヴァングレイは素直じゃない客員教授に心の中で感謝の言葉を贈った。



「このボルテージの中でトリを飾るって私なら絶対にやりたくないわ」


 夢咲と新田が席に戻ってきた。新田は「私、本当にステージに立って良かったのでしょうか? 不快な気持ちにさせなかったでしょうか?」とおどおどしている。


「夢咲様、新田様! 素晴らしかったです! まさか、異世界に来て推しのコンサートを特等席で楽しめるなんて。地球のファンはこんなに素晴らしいコンサートを聞けないんだって思うと優越感が……っとすみません。ついつい本音が」


「確かに新田さんじゃないけど、私も場違いだったような気がするわ。草子君に新田さんのアイドルデビューとして、大きなコンサートに参加したいとは言ったけど……あの後にヴァングレイさんの超絶技巧演奏なんてやられたら絶対に霞むわよ」


 地球では人気アイドルだった夢咲だが、ヴァングレイの演奏に比べたら一段や二段は落ちることを自覚していた……まあ、ジャンルが違うから比べようがないのだが。


「それに……今回は草子君がトリなのよね。益々記憶に残らないんじゃないかって思うわ」


 日本で活動していたアイドルに、超絶技巧を弾きこなすピアニスト――熱気に包まれた会場でトリを飾るというのは並大抵の実力では不可能だ。最悪の場合、コンサート全体の価値を下げてしまう……終わり良ければ全て良しというように、どれだけ素晴らしいコンサートであってもトリの印象が悪ければダメなものになってしまう。

 これだけのボルテージの中でトリを飾るのはどれだけ大変なことか。


 そのトリを飾るのが自称モブキャラの男子高校生というのは一般的に考えれば「はぁ!?」と言いたくなるものだ。だが、この会場には誰一人草子の実力を疑う者はいない。


 寧ろ、今回の音楽祭に参加した者達は恐れているくらいだ――草子一人の演奏に前九人の演奏が塗り潰されて、印象に残らなくなってしまうのではないかと。


「それでは、本日のラストになります」


 司会進行のマイアーレの声が会場に響き渡ると同時に会場のライトが全て消えた。

 そして、照明が戻るとそこには――。

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