能因草子パーティメンバー、それぞれの休日⑥

【三人称視点】


 異世界生活百六十四日目 場所超帝国マハーシュバラ、中央都市ヴィシュヌ


 その日、佳奈と織姫は中央都市ヴィシュヌの一角にある冒険者限定で通常価格より安く住むことができる借家に向かい、二人の共通の友人であるヴィヴィアンヌと再会した。


「はじめまして、ミリィーユ=シュレイジァです。お姉ちゃんから全て聞きました。私の生活のためにお姉ちゃんが悪いことをしていたことも……お姉ちゃんを悪い人達の世界から助け出して、元の優しいお姉ちゃんに戻してくれのは佳奈さんと織姫さんだってことも。本当にありがとうございました」


 佳奈と織姫はヴィヴィアンヌ経由で存在を知らされていたが、実際にミリィーユに会うのはこれが初めてだった。

 「守りたい、この笑顔」と思わせる天使のような少女で、思わず二人も萌え死にしそうなほどときめいてしまった。


 織姫達はヴィヴィアンヌの提案で四人で日用品を買いに行くことになった。

 なんでも、ヴィヴィアンヌが織姫達と一緒に選んだお皿がマハーシュバラ三陣営戦争の少し前に割れてしまったらしい。


「……良かったです。お二人とも無事で。もしかして、お二人に何かあったかと……心配で、心配で」


「……ええ、大丈夫だった……わよね? 一時的に佳奈さん達と対立することになったけど、今は一緒に私達の世界に行こうって話になっているし」


「…………確かに、草子さんがいなかったら私達が全滅していた可能性もあったわね。あの時、一つでも選択を誤れば、私達は七賢者アリスに殺されていた……私達がいま、こうして生きていられるのは草子君のおかげだわ」


 まさか、自分の知らない間にそんなことが起きているとは思わなかったのだろう。状況についていけていないヴィヴィアンヌとミリィーユは困惑している。


「えっ……織姫さんと佳奈さんはもうすぐこの世界から居なくなっちゃうんですか?」


「……そういえば、話していなかったわね。私はこの世界の人間じゃないの。同郷のクラスメイトから話を持ちかけられて、一緒に元の世界に戻ろうということになったのだけど……まだそれまでは少し時間があるわ。その時に佳奈さんも一緒に行くことになったの。……若干違う世界なのだけど、私達の世界と佳奈さん達の世界は元は一つらしくて、私達の世界に佳奈さん達が行くことが破滅を回避する鍵になるかもしれないそうだわ。……ごめんなさい、もっと早く話しておくべきだったのだけど」


「…………もし、帰ってしまったら……二度と会えないのですよね」


「そうね……ごめんなさい」


「謝る必要はないわよ。……そうよね、自分達の居場所があるのなら、そこに変えるのが一番いいわよね。…………辛いよ、折角友達になれたのに」


 もう二度と会えなくなるかもしれない……本当は元の世界に帰ることができるのなら、祝福してあげるべきなのだろうが、ヴィヴィアンヌにはそれができなかった。

 織姫と佳奈はヴィヴィアンヌにとって、初めてできた友達で、大切な人達だ。そんな二人と二度と会えないというのは辛い。


 涙を流すヴィヴィアンヌを、織姫は優しく抱擁した。

 織姫だって、ヴィヴィアンヌと別れるのは辛い。しかし、それでも織姫は元の世界に戻ることを決めたのだ。

 だから織姫はヴィヴィアンヌの悲しみを受け止めなければならない。それが、親友として織姫がすることができる唯一のことだから。


「……また、この世界に召喚されたら会えるよ」


「……それって望んじゃダメなものだと思うけど。ありがとう、もう大丈夫よ。分かった、私は織姫さんと佳奈さんが元の世界に帰ることができるように祈る……だから、元の世界に帰ってもこの世界に親友が一人いたことを覚えていてね」


「私もです、お姉ちゃん!」


「そうね。織姫さんと佳奈さんのことを大切に思っている人が世界に二人いたことを覚えておいてね」


 涙を拭い、ヴィヴィアンヌは笑顔を見せた。やはり、ヴィヴィアンヌには何よりも笑顔が似合う。



 異世界生活百六十五日目 場所超帝国マハーシュバラ、中央都市ブラフマー


 折角買い物をするなら、と四人は中央都市ブラフマーの外れにある百貨店街に向かった。


 冒険者として稼いではいるものの、冒険者の安月給では到底足を踏み入れられない場所である。

 織姫と佳奈が百貨店街に行こうと言い出した時は流石の二人も青褪めたのだが……。


「実は、草子君に友達に会いに行くって伝えたら買い物用にお金を渡してくれたのよ……これでお買い物をしなさいってね」


 草子は織姫の記憶からヴィヴィアンヌ達のことを知った。


『お金で全てのことを解決することはできない。お金だけ払って優越感に浸っているのは本当の人助けではないし、そもそも何かを見返りに求めている時点で純粋な人助けじゃないよねぇ。……でも、お金ってものは基本的にあって困るものじゃないし、気にせず持っていくといいさ。モブキャラにしては割と稼いでいる方だけど、ほとんど使わないから溜まっていく一方なんだよねぇ』


 草子はそういいながら、買い物用に虹金貨一枚、ヴィヴィアンヌとミリィーユに生活費ということで二枚を渡すように手渡した。

 メモには「泡銭だから、お守り代わりに持っておくといいよ」と達筆な文字でお節介な言葉が書かれている。


「本当にもらってもいいのでしょうか?」


「いいんじゃないかしら? ちなみに、自己申告だけど、現状では経済力ランキング世界二位らしいから、彼からしたら端金よ。……残金ゼロからここまでの大金持ちになるなんて意味が分からないわよね……しかも、それでも自分がモブキャラだった頑なに言い張っているし……」


 織姫の口から度々出てくる草子という人物に、ヴィヴィアンヌは不思議な人だという印象を受けた。

 だが、悪い人ではないのだろう。


 誰よりもお金の恐ろしさを、汚さを理解している。「泡銭だから、お守り代わりに持っておくといいよ」という優しい警告文を添えているところからは、彼の「生活には困窮してもらいたくないけど、お金を持つと人間って変わるらしいからな。ヴィヴィアンヌさん達にはお金に溺れないでもらいたいし……うん、どうしよう?」という葛藤が見て取れる。


「私も会ってみたいです、草子さんに」


「う〜ん、個人的にはやめておいた方がいいと思うわ。あの人は優しい人だけど、かなりのツンデレさんだから滅多にその優しさを見せてくれない。いつもモブキャラだと言い張るからツッコミにも疲れるし、なんでこんなにも凄いのに自分でそれに気づかないのってヤキモキするし……会ったらあんまりいい印象を受けないと思うよ」


「確かに……インフィニット隊長とは別ベクトルで理解されない類の人ですよね。少し深く関わる機会があれば、否が応にも優しい人だと理解できると思いますが、表面的な関係では彼の本質に触れられないまま終わる気がします。白崎さんの話によるとこの世界に来るまでは本好きを拗らせた変態という忌避感を抱かせるイメージしかなかったようで、草子さんの本質を知ったのはこちらの世界に来てからだそうですし」


 「あれは癖が強いからな」と思う二人。その上、草子の元に集まってくるのも大概癖が強いのだから余計にタチが悪い。


「では、もし機会があったらということで。草子さんにも予定があると思いますし、大した理由もないのにわざわざ会いに行っては迷惑になってしまうと思いますから」


「…………どうなんだろう、忙しい、のかな? 基本的に私が合流してからはほとんど一緒に行動していると思うのだけど。草子君って一人だけ一日が三十時間とか四十時間とかザラにあるみたいですし、時間を作るの自体は簡単にするんじゃないかしら?」


 時間移動を駆使してエリシェラ学園で講義を行ったり、魔法薬の販売をしたり、頼まれたからという理由で喫茶店でアルバイトをしたりと、一緒に旅をしている筈なのに一人だけ時間の進み方がおかしい能因草子。

 超越者デスペラードに至ったことで睡眠が不要になったことが、草子の人間離れした生活に拍車をかけている。


 まあ、地球に帰ってからのこともあるので、最終的には人間並みの生活に戻すつもりでいるようだが……。


「あっ、ここが雑貨屋さんみたいですよ」


 百貨店街に到着してから二十分、織姫達が見つけたのはカフェが併設された雑貨屋だった。


「これなんてどうですか?」


 ミリィーユが選んだのはコバルトブルーの絵柄画美しい白い皿だった。


「そうですわ! みなさん、今回はみんなで一つずつ選んで四人セットで購入するというのはいかがですか? 私はいいと思うのですが」


「流石は織姫さん、いいこと言うわね。それなら、私はカップを選ぶわ」


「いい考えですね、では私はスーププレートを」


「ヴィヴィアンヌさんがスーププレートなら、私はサラダボウルにしましょうか?」


 最終的に織姫がカップを含めたティーセット、佳奈がサラダボウル、ヴィヴィアンヌがスーププレート、ミリィーユがディナープレートをそれぞれ選んだ。

 四人は選んだものを草子から渡された軍資金で購入し、そのまま併設されているカフェでお茶をしたり、服屋で四人お揃いのコーデで服を購入したりと楽しい時間を過ごした。


「へぇ……楽器店でヴァイオリンの実演をやっているのね。……確か、前に来た時はもっと品揃えが少なかったと思うのだけど」


 四人の中で唯一、百貨店街で物を買える財力と百貨店街に買い物に行ける圏内に住んでいるという二つの条件を満たしていた佳奈が店の雰囲気の違いに気づいた。


「〜らっしゃいませ」


 気怠げに目を半開きにして生欠伸をしているのが通常運転な店員がいる楽器店に入ってみる。


「やっぱり……品揃えが増えているわね。……楽器は一通り揃っていた筈だけど、グランドピアノとこのヴァイオリンにチェロの弦のセットは見たことがないわ……というか、なんでヴァイオリンなのにチェロの弦を組み合わせているのかしら? ヴァイオリンにはヴァイオリンの弦よね」


 佳奈は転生前の幼少の頃にピアノを習っていたことがあった……もっとも戦争に突入したことで楽器を演奏する余裕がなくなり、楽器に触れていたのは幼少の短い期間だけなのだが……。

 そんな佳奈は転生後、偶然地球出身で前世は楽器職人だった人に出会い、超帝国マハーシュバラで商売をしないかと招き、自身も休日に気が向けば楽器を見に店に足を運んでいたのである。


「あっ、ど〜もぉ」


 佳奈達が楽器を見ていると、先程の気怠げに目を半開きにして生欠伸をしているのが通常運転な店員が声をかけてきた。

 この店員こそ、楽器屋「ジュークボックス」の店主にして、リャナンシー、妖精族フェアリーに匹敵する希少種――シルキーである。


 地球においてはイングランドの伝承で語られる、何世紀にも続く旧家に現れる女の亡霊で妖精の一種だと言われている。

 灰色か白のシルクのドレスを着ており、動いた時にそれが擦れてさわさわと音を立てることからシルキーと呼ばれるという説もある。

 家事などの手伝いをしてくれる妖精である。しかし、怒らせてしまうと嫌がらせをしたり怖がらせたりしてその家から住人を追い出してしまうと言われている。


 異世界カオスでも基本的にシルキーの性質は変わらない。

 女性しか存在せず、灰色か白のシルクのドレスを着ており、家事などの手伝いをする。

 が、中身が地球からの転生者リンカーネーター、楽器職人の觱篥ひつりつ奏輔そうすけの時点でその姿は欠片も見られない。


 奏輔はソーナ=シルクホワイトとして新たな生を得たが、生まれて早々シルキーの本業――家事などの手伝いを完全に放棄し、食う→楽器作る→寝るのローテーションを繰り返すようになった。

 世が世なら、理解者がいたのなら奏輔ソーナの手腕を買い、一流の楽器職人として召し抱えただろうが、この世界は地球以上な危険と隣り合わせな世界。楽器の需要そのものがそれほどなく、またシルキーの性質から大きく逸脱していたことから数少ないシルキー達からも異端として迫害されていた。

 TS転生者で性別も変わっている訳だが、本人が「今世は女に転生したんだ。まあ、どうでもいいけど」とさらりとスルーして、TS転生のテンプレである”ない”ことを確認することすらなく、息を吸うように慣れた手つきで楽器作りを始めるようなシルキーが異端に見られることは致し方ないだろう。シルキーを生んだ母とママ(シルキーは女性同士で子供を産める完全百合種族である)は物心ついて記憶を思い出し、即楽器作りに打ち込み始めた娘に絶句して固まったくらいなのだから、ソーナを迫害したシルキー達を一概に責めることはできない。


 さて、このソーナというシルキーの少女。自分のことにあまりにも無頓着で美少女と評されるような美貌を持っていることに気づいていない。

 男の頃の癖で胡座をかいて座りパンツが見えてしまっても特に気にせず、癖で男湯に入ってしまって飢えた狼の視線を集めても疑問符を浮かべる。普段はぽわんとしていて気怠げだが、一度キレると「阿保!」や「ど阿保が!」というような少女が使わないような単語を口にする。

 要するに身体が変わっても奏輔は基本的に奏輔なのである。いつも苦労するのは奏輔の周りにいる者達で、男女問わずその無防備さには内心辟易としている。


「お久しぶりです、ソーナさん。ところで、このグランドピアノとヴァイオリンはいつ入荷したのですか? 前に来た時は無かったと思いますが」


「あ〜、能因さんのですね、それ。最近噂の国家同盟の相談役さんの作品です。なんでも、ちょっとずつ仕事の幅を広げたいそうで、お……私の店にも何点か置いてくれないかと頼まれまして……。正直、最初は一流の音楽家が使うようなレベルのものばかりで、職人としてはこれを一瞬で作ってしまう彼のスキルは反則チートだと思いますが、旧来の方法に執着し過ぎて、異世界に法則として組み込まれている力があるのにそれを使わないことに固執することは間違っているんじゃないかな、と思うようになったので、今はこのグランドピアノを凌駕する楽器を作れるようになりたいなぁ、と思っています」


 ぽやーんとした雰囲気だが、その目には確かな情熱があった。恐らく、本気で草子を越えようと思っているのだろう。


「本当に草子君って何者なんでしょうね?」


「何者なんだろうね? 草子さんって」


 交友関係の広さが尋常じゃない、才能の塊みたいな化け物が「俺モブキャラだよ〜モブキャラなんだよぉ〜、らんらん」と真面目な表情で言っている姿を思い浮かべ、内心溜息をつく二人。


「ちなみに、このヴァイオリンとチェロの弦っていう面白い組み合わせは?」


「えっと……なんだったっけ? 誰だって言っていたかな? 草子さんが、演奏に行った際、ヴァイオリン用の弓を忘れてしまい、チェロ奏者に予備の弓を借りたところしっくりきたっていうとある日本人ヴァイオリニストさんにあやかって、ヴァイオリンとチェロ用の弓を組み合わせたセットを売り出してみたら面白いんじゃないかと思いついたそうで、試しに打ってみようかな、と一セット草子さんが用意してうちの店員に並べさせた次第です。……ちなみに売れていないのですが、おひとついかがですか?」


「「「「遠慮しておきます!!」」」」


(……草子君って音楽にも造詣が深いのね。でも、アイドルについては詳しく知らないって言ってたし……でも、アニメソングは知っているのよね? クラッシックとアニメソング……幅があり過ぎるわ)


 より一層、クラスメイトだった男の意味不明さを実感した織姫であった。


「俺……じゃなかった、私も店番じゃなくて工房に篭って作業をしたいんですが、何故か副店長が許してくれないんですよね。おまけにこんなメイド服みたいな衣装着させられましたし……接客なら雇った子達の方ができるんだから、とっとと解放してもらいたいですけどね……ああ、面倒」


 ちなみに、ソーナはメイド服をアレンジしたような衣装を着ている。これは店の制服として副店長(二十三歳女性/人間/百合属性あり/子供好き/見た目は眼鏡をかけた秘書風)がデザインしたもので、店員達が共通して着ているものだが、元々は副店長のマリア=アスセーナがソーナに着せたくて用意したものである。

 ソーナは店の看板娘という立ち位置で、ソーナの存在が店の売り上げにも関わってくる。当然、マリアがソーナを裏方に回す訳がない。


 楽器屋「ジュークボックス」は実質副店長によって完全支配され、ソーナが楽器作りを本業にするためには副店長ラスボスを倒さなければならないというカオスな状態になっていた。

 まあ、草子がソーナに頼まれてマリアを説得し、店に出なければならない日にちを大幅に減らすように交渉を持ちかけることになった訳だが……その結果、ソーナは週に三日店員として接客をすることになり、その対価として草子が女体化した姿の一つであるフローラ=アリーシスが店員として店で働くことになった。ちなみに、草子本人ではなく分身の方である。


「それじゃあ、俺……じゃなかった「もうわざわざ言い直さなくても大丈夫ですよ、もう普通に男の人と話している気分なので」はぁ……ってことで俺は疲れたからカウンターに戻ります。何か困ったことがあったら俺より絶対に優秀な店員さんに聞いてください……それでは、ふぁぁ…………おやすみ」


 手で隠すことなく大口を開けて欠伸をしながらカウンターに帰っていくソーナ。そんなソーナを見ながら「あれ、カウンターに戻ったら寝るわよね? 勤務中に寝てもいいのかしら? というか、あんなに可愛いのに無防備で寝ていたら襲われちゃうわよ!」と、保護欲を掻き立てられて心配してあたふたしてしまう織姫達のであった。

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