能因草子パーティメンバー、それぞれの休日②

【三人称視点】


 異世界生活百六十五日目 場所超帝国マハーシュバラ、中央都市ブラフマー


 超帝国マハーシュバラの中央都市ブラフマーはオフィス街として有名だ。

 だが、その外れには百貨店が軒を連ね、地下街によって結ばれる若干高級志向の買い物エリアが存在する。


 北岡と、柴田達――かつてビッチとして扱われていた少女達が女の子になりたての凛を連れてきたのは、この百貨店エリアだった。

 まずは、ショッピングをしながら自分が女になったということを自覚させ、そこから少しずつ性格を変えていくというのが北岡達の狙いだ。


 ちなみに、記憶の操作や性格の貼り付けで凛をお淑やかで暴力とは無縁の非力な少女に変えることもできたが、草子はそれを選ばなかった。

 あくまで自らがこれまでの行いを反省するのが目的であり、女体化はそのための手段である。考えを改めるのであれば元の性別に戻すつもりでいるし、女でいたいのならそのままにするつもりである。


「よし、今日はいっぱい買うわよぉ!」


「北岡さん……ここの店、相当高いようだから節約して買った方がいいわ。……いくら冒険者として稼いでいるといってもお金が無限に湧いてくる訳ではないし」


「ふふふ、実は草子君に百貨店街に行くって伝えたら軍資金を渡してくれたわ! これでお洒落な服を買って草子君に見せてあげるわ! って言ったら拒否られたけど……やっぱり、お胸が大きくても誘惑できない男の人って厄介だわぁ」


 以前はゆるふわな性格の巨乳な副委員長として真面目な朝倉副委員長と対比され、白崎や夢咲、葦屋浦、織姫といった上位の者達に及ばないもののかなりの人気を獲得していた北岡。

 まさか、その正体が痴女だったとは……並外れた度胸で白崎、聖、リーファ、ロゼッタといった猛者を相手に一歩も引かず草子を落とそうと策を練っている北岡はある意味一番危険な存在であるかもしれない。


 まあ、それほど厄介な北岡の力を持ってしても草子を落とすことはできていないのだが……。


「そういえばぁ、柴田さん達は諦めちゃったのぉ?」


「そ、そんなことないわよ! ……でも、白崎さんとかライバルが強過ぎて……」


 柴田達は草子パーティでも初期メンバーに分類される。

 岸田誘拐事件を経て心を入れ替えてから、柴田達は草子の姿を見続けてきた。それだけの時間を経て惹かれるのは至極当然のことだが……。


「それに、私達ってスタート地点がビッチ扱いからだったし、あまりいい風に思われていないし……絶対に白崎さん達の方が魅力があるから……」


「でもぉ、その魅力とか外見の可愛さとか美しさでもいまだに誰も陥落させていない訳よねぇ。……実は外見ってあんまり関係ないんじゃないかしら? それに、中身まで美人な白崎さんも結局草子君を攻略できていない……ってことはぁ、私達にも十分に攻略の余地が残されているってことじゃないかしらぁ?」


 クリプの見解では、草子は誰かが単独でいったところで絶対に攻略できない攻略対象だ。

 全員で攻略を目指して攻略ができるかできないかのギリギリのライン。

 だが、北岡はこのクリプの見解は間違っていると思っている。全員でいったところでどうせ攻略はできない……攻略不能の存在なのではないか。


 白崎達は仲間割れをしながらも徒党を組んで外堀を埋める正攻法で攻略を目指している……だが、それものらりくらりと躱されて終わりだと北岡は考えていた。

 北岡の考えは至極単純――「既成事実を作って後は勢いに任せて妻の座に収まる」。


『……もし、北岡が魔法少女になったら淫魔みたいな姿になると思うリプ。十八禁魔法少女リプ!』


 本物の淫魔リーリス以上に淫魔らしい北岡らしい、強引で淫乱な作戦だ。まあ、草子は誘惑に対する圧倒的耐性と危機回避能力を有するので北岡の作戦も失敗に終わる可能性が高いのだが……。


「まあ、別に敵が増えない方が嬉しいしぃ、いつまでも足踏みしたままでいたいならそれでもいいわぁ。ただ、私が草子君を射止めちゃっても文句は言わないでよねぇ」


 だが、この世界は乙女ゲームのように特定の条件を踏めば決まった結末に行く訳ではない。一見失敗するかもしれないような作戦も成功する可能性があるのだ。故に北岡は諦めない。自分の力で可能性を切り開けるかもしれないのなら、それに賭ける。


 それは、普通なら失敗するであろう白崎達のハーレム作戦や、柴田達のアタックについても同じことが言える。特に、白崎達は順調に草子に受け入れられ始めた。もしかしたら、もしかするかもしれない。


(まあ、柴田さん達が参戦しても私が不利になる訳じゃないし。朝倉さんとリーリスさんが参戦しなければ大丈夫だわぁ。……でも、なんで柴田さん達の背中なんて押してしまったのかしらぁ?)


 北岡は何故自分が柴田達を焚きつけてしまったのか分からなかった。柴田達の恋心があるのに実行に移さない、そんな姿に焦ったさを感じてしまったのだろうか?


(もしかしたら、私もみんなで草子君の側に居られたら……なんて私のキャラには似合わないわぁ)


 白崎や朝倉――地球からの友人を出し抜いても北岡は草子を射止めようと考え、これまで行動をしてきた(その全てが空回りしているが)……そんな北岡が柴田達を焚きつけ、全員で草子を射止める……つまりは、白崎達と同じ方針で動こうと無意識に考えてしまったというのは、あまりにも自分のキャラから外れていて思わず心の中で笑ってしまった北岡であった。


「……北岡、柴田、岸田、八房、高津、常磐! 【即死】が効かないからって調子に乗りやがって……本来なら今頃お前ら全員俺の性奴隷になっていたんだからな!!」


「はいはい……でも、大丈夫なの? アタシ達の力でこの不良を女の子にすることなんて本当にできるの??」


「確かに八房さんの言う通りです。……スカートから下着が見える羞恥心は知ったみたいですが、明らかに佐伯凛さんの中には根強く佐伯巌君がいます」


「八房さんと高津さんの言いたいことも分かるけど、私はいけると思うな。女の子の楽しさを知ったらもう男には戻れない……一部例外はいるけど、ってマイアーレさんも言っていたし」


 かつて男尊女卑の思想を掲げ、常盤達を側室にしようと画策していたディスクルトゥは、草子の【性転換】で女体化し、完璧令嬢のマイアーレとなった。

 あれほどの劇的ビフォーアフターが可能なら、佐伯の思想改革も可能なのではないか? 常盤はそう考えていた。


「そのマイアーレさんは今回呼べなかったの?」


「八房さん、確かに私も経験者を呼んだ方が上手くいくと思ったのだけど、なんか今日エリシェラ学園でイベントをやるらしくてさ。草子君もそっちに参加しているし、マイアーレさんも客として参加しているんだって」


「「「「「えっ、それを早く言ってよ!!」」」」」


 まさか、そんな面白そうなことをエリシェラ学園でしているとは……何故、私達はショッピングに来てしまったのだろうと頭を悩ませる北岡達であった。


「草子君かアイリスさんに頼めばなんとかなるなって私はこっちに参加したのだけど……」


「あっ…………確かにそれもそうね。ロゼッタさんも今日は屋敷でゲームをやるって言っていたし……草子君も人が悪いな。教えてくれたらロゼッタさんだって行くと思うのに……後でロゼッタさんも誘ってエリシェラ学園に連れて行ってもらえるように草子君にお願いしてみるわ」


 柴田達も気持ちを切り替え、佐伯凛の意識改革(実質的には調教や洗脳に近い)に取り組むことに決めたようだ。佐伯にとっては悪い知らせである。


「それじゃあ、まずは服屋さんに行きましょうか? …………えっと……あれ? へぇ、流石は異世界、ドレスを売っている店もあるのね…………うふふ❤︎」


「やっ、やめろ!! 俺は絶対に行かないぞ!!」


「はいはい、駄々をこねてないでとっとと行くよ〜」


 地球にいた頃は屈強な不良だった佐伯の姿は見る影もない。

 柴田にお姫様抱っこされ、必死に抵抗する佐伯は誰がどう見ても不良では無かった。



「わぁ……こんなに可憐になるんだぁ」


 折角なのでワインレッドのイブニングドレスに着替えた柴田は、かつての佐伯の姿からは想像もつかないドレス姿の佐伯に思わずときめいてしまった。


 ブルーのアフタヌーンドレスで露出の少ないものを纏い、ボサボサの金髪を整えてティアラをつけた姿はまさにお姫様だ。軽く化粧もしてその美しさに磨きがかかっている。

 最後の抵抗というように目つきを悪くしているが、これでは怖さが半減どころの騒ぎではない。ここに王子様がいればお姫様抱っこでひょいって抱え、お持ち帰りしてしまいそうだ。多少お転婆な雰囲気があってプラスポイントに働くのかもしれない。


「なんだか負けた気分だよ」


「岸田さんも負けていないと思うわ。そのマーメイドラインドレス、スタイルのいい岸田さんにピッタリね」


「ありがとう! 八房さんもミニドレス、似合っているよ!」


 お世辞ではない。二人とも互いのドレスが似合っていると本気で思っている。

 ドレスを選んだのは北岡だ。頭の中が色欲で一杯だが、そのセンスはピカイチなのだろう。意外な才能に柴田、岸田、八房の三人は――。


「あっ、凛ちゃんのお着替え終わりました? うわ、これは負けたかな?」


「こういうお姫様いそうよね。最終的になって王子様にデレていい感じになりそうだな」


「お帰りなさい。高津さんも常盤さんも似合っているわ!」


「ありがとう。三人ともとても似合っているよ」


「本当に凄いね、北岡さんって」


 ここに集まった五人全員が北岡のセンスの良さに驚いていた。


「みんな着替え終わったしら?」


「「「「「北岡さん、私達のドレス選んでくれてありがとうござい…………」」」」」


 柴田達は言葉を続けようとして、絶句してしまった。流石に羞恥で顔を覆ってしまうほどではないが……が、耐性の無い者であれば顔を覆ってしまうだろう。欲情に負けて思わず襲いかかってしまう男もいるかも知れない。


「「「「「どこの世界に生まれたままの姿よりもエッチなドレスがあるのよ!!」」」」」


「えっ……ここにあるから着ているんじゃない」


 サキュバスをイメージした扇情的な、最早ドレスと呼んでいいのかすら不明なドレスらしきものを着た北岡……店員は誰も止めなかったのだろうか? そして、なんでそんなものを置いていた。

 本来ならばクラスの規範にならなければならない副委員長だが、このエロに極振りしている北岡は耐性のない青少年の性欲を煽り、酒池肉林を築きそうである……傾国というより、生まれながらの淫魔のような存在というべきか……よく、これまでその性質を隠し通せたな。というか、異世界に来てから発現したのか?


 草子はどうやら近くにとんでもないR18タイプの変態がいるのに気づかなかったようだ。いや、気づいていたが面倒だから放置していたのだろうか?


「お、お客様! 流石にそのドレスで外を出歩かれるのは危険ですので、すぐにお着替えください!」


 どうやら店員にも危険なドレスであるという自覚はあったらしい……なら何故並べた? というか、もしかしてこのドレスの用途は……。


「別に草子君以外を誘惑しても仕方ないし、着替えるわよ? 他のみんなも目立つし凛ちゃん以外は着替えたらどうかしら?」


「そうね……というか、もしかしてそれって草子君に夜這いを掛けるために買ったの! 絶対に通用しないわよ!!」


「やってみなければ分からないじゃない! 副委員長B、北岡胡桃! 淫魔の美貌で草子君を落として見せるわ!!」


 この北岡の姿を本物の淫魔リーリスが見れば確実に指導を入れるだろう。淫魔サキュバス以上に淫魔サキュバスしている北岡であった。


「……なんで俺だけこのままなんだ!!」


 一人放置された佐伯が一人だけドレスのままで百貨店を歩かされるという羞恥プレイに対して抗議の声を上げたが、そもそも誰の耳にも届かなかったことをここに追記しておく。


 ちなみに、百貨店を歩き回った北岡達はその後屋敷に戻り、ロゼッタと共にアイリスの元に向かい、アイリスの【星霜の理】の時間遡行で全員無事にエリシェラ学園に辿り着いたのだが、それはまた別のお話。



【三人称視点】


 異世界生活百六十五日目 場所コンラッセン大平原、能因草子の隠れ家(旧古びた洋館)


「さて、こうして時間もできたことだし、ハーレム野郎に暴露された俺達の関係について改めて見つめ直そうと思うんだが、どうかな?」


 その日、春彦、宍戸、葦屋浦、天宮の四人は能因草子の隠れ家の一室に集まっていた。


「別に草子君はハーレム男ではないと思うが。本人は文学一筋だが、蛍光灯のように次々と女の子達を集めるだけで……女の子とは蛾だったのか?」


「葦屋浦さん、全く関係ない話ですし、それだと全世界の女性から確実にクレームが来そうなのでやめましょう。……特に草子君の周りに集まる女の子達を蛾なんて表現したなんて知られたら……」


『まあ、皆殺しにされちゃうってことは無いと思うけどタダでは済まされないんじゃないかな?』


 鍵の掛かっている筈の部屋で五人目の声が響き、咄嗟に春彦達は武器を持って辺りを見渡した。


『クスクス、驚いている驚いている。やっぱりこうよね、こうでなくっちゃ』


 部屋の明かりが明滅し始め、青白い炎が部屋の中に現れ、怪しげに揺らめく。

 距離感を掴ませない声が部屋に反響し、惑わせる。


「な、何者!? く、くるな!!」


 咄嗟に太刀を抜いて白刃を光らせる雫。


『確かに幽霊に対して太刀……正確に言えばそこから発せられる光というべきかしら? それが効果があるって話を聞いたことがあるわ。……物理攻撃が効かない幽霊になんで刀と思ったけど、確かにそれなら神刀が霊を退散させるというのも納得がいくわ。……あたしには効かないけど。ところで大丈夫? 雫さんが幽霊が苦手だっていうのは分かったけど、そこまで怯えなくてもいいんじゃないかしら? 別に呪い殺したりはしないわよ?』


 青い炎がパッと消え、部屋の明かりが戻った。


 漆黒のラバーセーラー服、黒のニーソックス、ローファーを履いた女子中学生風の半透明な黒髪美少女が、いつの間にか空中に浮遊している。


「な、何者だ! もしや、この屋敷に住み着いた幽霊!?」


『否定し辛いことを言うわね……確かにあたしはこの屋敷に住み着いた幽霊よ。というか、いい加減気づきなさいよ! 高野聖よ!』


「「「「えっ、聖さん!?」」」」


『はあ……確かに久々に幽体離脱したけど……普通気づくよね? 一人称とか話し方とかで』


 溜息を吐きながら聖は浮遊をやめ、椅子に腰掛ける。

 未だに状況が飲み込めていない四人はそんな聖の行動を眺めていることしかできなかった。


『異世界カオスでは草子君と最も付き合いの長いあたしが草子君の恋人の座を狙う会の会長として言わしてもらうけど、あたし達を蛾と同じ扱いにするの、やめてもらえるかしら?』


 絶対零度の視線を向ける聖。雫の苦手な幽霊の姿であることもあり、雫は真っ青になりながら必死で謝罪した。


『仕方ないから許してあげるわ。……さて、春彦さんだっけ? いい加減白崎さんのことは諦めた方がいいわ。正直なことを言えば白崎さんが春彦さんと結ばれてライバルが減るのは嬉しい……リーファさんやロゼッタさん……後アイリスさんも厄介だし、アストリアさんやジューリアさん、ダークホースな北岡さんの他にもリーリスさんや朝倉さんみたいな本気になったら危険な人達もいるし、柴田さん達だっていつライバルになるか分からない。その中で高嶺の花が脱落してくれるのならこれ以上に嬉しいことはないわ。……だけど、白崎さんが草子君以外を選ぶことはあり得ない。もしあり得るとしたら、それは妥協した時しかない……じゃなかったら、あたし達のライバルになり得ないわ。その程度の愛しかないなら草子君に近づくなって話よね』


 聖はパーティに加入した頃から白崎のことを知っている。

 最古参メンバーというのは伊達ではないのだ。他のメンバーについても深く理解しているし、それが恋敵になった時にどれほど脅威かも理解している。


 白崎の気持ちが生半可なものでないことは、痛いほど理解している。それが、春彦如きに靡くことはあり得ない。いや、春彦だけではない。今後、白崎が草子以外を選ぶことはできないだろう。

 それほどの影響を与えているのにも拘わらず、「気の迷いじゃない? というかどんだけ拗らせているの? こんなモブキャラを好きになるなんて絶対にあり得ないでしょう?」と一蹴するのだから、能因草子という人間もなかなか酷い男である。


 まあ、草子側には「勝手に好きになった方が悪い。俺には俺の都合があるんだ」という言い分がある。自分で種を蒔いておいてそれはないだろうと思うかもしれないが、そもそもの発端が聖の説得にあり、当初の予定では白崎達を見殺していた訳だから、それで勝手に慕われても困るというものである。

 無碍にはしないが、無条件に受け入れる訳ではない。身軽で居たい自称モブキャラと側にいたい、あわよくば隣を独占したいという少女達の攻防――これが草子達の旅の一側面なのである。


『とにかく、春彦さんは諦めた方がいいわ。なんなら、今から白崎さんを呼んできて告白してみる? 一度玉砕してみれば諦められるんじゃないかしら? それに、春彦さんのことを好いている人もいるみたいだしね』


「いくらなんでも酷いと思います! 聖さんは恋が実らないのがどれほど辛いかを知っていて、そんな酷いことを言うんですか?」


『うん、知っているよ。毎日毎日毎日毎日……ずっとその辛さを味わっている。あたしだけじゃない、パーティの女の子達のほとんどの共通の悩み……。寧ろ、春彦さん。貴方は分かるべき。世の中には気持ちを伝え……それでもダメだった人がいる。何度も告白して、何度も振られて……それでも必死に自分の気持ちを伝え続ける。その覚悟があるのならいつまでも叶わない恋を追いかけ続けるといいわ。もしかしたら白崎さんを落とせるかもしれないわね。……何百回、何千回と振られる覚悟があるのなら、だけど』


「それでも俺は……」


『まあいいわ。……とりあえず、第三者からのアドバイスだけどこの歪な四角関係……最早経路図だけど……これを攻略する術は誰かが諦めることしかない。春彦さんが諦めないのなら、雫さんが春彦さんを諦めるしかない。そして、雫さんは宍戸君の気持ちにどう答えるかを考えないといけない。宍戸君は天宮さんのことを……口では簡単に言えても気持ちを断ち切るってのは想像を絶する辛さがある……でも、いつかは折り合いをつけるしかないわ。願わくば、四人がずっと友達でいられることを。誰もがこれで良かったって思える選択をすることを願っているわ。それじゃあ、あたしはこれで』


 壁をすり抜け、聖は消えていった。


「…………全て聖さんに言われちゃったな。……俺は雫さんへの気持ちを断ち切るべきなのか? 天宮さんの気持ちにどう応えるべきなのか?」


 長い幼馴染の関係が育んだ淡い恋心……宍戸達がそれに向き合う時が来たのだろう。


「……俺は、俺はどうするべきなんだ」


 春彦も、白崎が草子に対してどれほどの気持ちを抱いているのかも理解している。今までは頑なにそれを認めようとしなかったが心の底では分かっていた。

 それでも白崎を追いかけるのか? 好いてくれている雫を選ぶのか? 雫を選ぶのなら、雫に片思いをしている宍戸と雫を賭けて戦うのか?


「やっぱり、聖さんの言う通りこの関係が壊れることだけは絶対に避けないといけない。誰もが納得できる状況……それが無理だと分かっていたから問題を先送りにしていたのに!」




『この程度で空中分解するのならその程度の関係でしょう? 一度互いに事実を認識してから熱き青春? の恋バトルを繰り広げればいいと思うし、本当の友達ならそれでも友達のままで居られると思うよ?』




 草子の無責任な言葉が天宮の脳裏を駆け巡る。

 難しい問題だからこそ先送りにしていたのに、草子はあっさり暴いた上で無責任に気持ちをぶつけ合えと口にした。

 その結果が今の状況だ。いくら春彦が草子と白崎に酷いことをいたとしても、これはあまりにも酷い仕打ちである。


 その後、話し合いは延々と続いたが、夜になっても結論は出なかった。

 各々が淡い想いを抱いたまま、誰もが行動を起こさず状況は停滞し続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る