外伝:死霊術師と狂人教師❦ヰタ・メリードール❦

【三人称視点】


『【奥義・包丁乱舞 極】なの! 喰らえなの!!』


 メリーさんが放った無数の包丁が、縦横無尽の軌道で魔梨子へと襲い掛かる。


 例え二年以上の時を異世界の中で経ていると言っても、職業が耕作師の女教師がこれほどの攻撃を受ければ反撃一つできずに全身に包丁が突き刺さるという無残な姿で死を遂げることは容易に想像がつくだろう。


「……なかなかやるようだけど、銃弾の雨が降る戦場に比べたら大したことがないな」


 だが、目の前の女教師の姿形をした化け物は例外だ。

 例え、もしこの場に真の神の使徒を名乗る銀翼持つ天使が現れたとしても、〝魅了〟を掛けられる前に回し蹴りか飛び蹴りか、コークスクリュー・ブローか何かを叩き込んでノックアウトさせる姿が目に浮かぶ。


 本気モードで飛ばす銀翼を躱し、銀光を纏う長さ二メートル幅三十センチの大剣による大振りの攻撃を隙が多いと嗤い、魔法で灼熱の炎を生み出してもその中を涼しい顔で歩くような、そんな人間離れした姿も想像がつく。


 為家達には知る由もないが、魔梨子は戦闘サークル《魔皇會》の中でも異端に分類される魔法少女だった。

 常に魔法少女に変身して行動し、いつでもすぐに戦闘に入れるようにするという方針を取る中で、魔梨子は日常どころか戦場の中でもほとんど変身せず、常にギリギリのスリルある戦闘を求めてきた。


 人間相手に魔法少女に変身して戦っていては弱い者いじめになってしまう。それでは真の互角の戦いを繰り広げることはできない。

 敵が魔法少女に変身するのなら、自分も魔法少女に変身して、同じ領域で勝負する。


 長期休業中に旅行と称して紛争地域に赴き、弾丸の雨の中に魔法少女に変身することなく生身で飛び込んでいき、死体を量産した魔梨子は生身の時点で最早人間の領域を大きく逸脱した身体能力を誇っていると言っても過言ではないだろう。


 いくら異世界で経験を積んだと言っても元々の土台が違う上に戦闘狂の魔梨子が何もしなかった訳がない。


 為家達に、そんな魔梨子の地球と異世界での生活を知る由もないのだが、為家達はメリーさんの包丁を回避した体捌きから魔梨子が英里や武とは別格の猛者であることを感じ取っていた。


「まずはそこの包丁使いのお嬢さんから壊すとしよう」


 そう言うや否や、魔梨子は目にも留まらぬ速度にまで加速し、メリーさんに迫る。


『【あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの】!!』


 メリーさんは瞬時に魔梨子の背後に転移――。


『【奥義・包丁乱舞 極】なの!』


 そのまま召喚した無数の包丁を背後から魔梨子に向けて解き放つ。


「それで勝ったと思ったか!!」


 まるで背後に目があるのかというような動きで不規則な軌道で迫る包丁を回避。

 背後に向き直り、メリーさんに迫る魔梨子。


『【あたしメリーさん。今「遅い!!」


 メリーさんは再び転移を発動しようとするが、そうはさせまいと魔梨子は手刀を振り下ろし、メリーさんの右腕を切り落とした。


『――い、今なの!!』


 苦痛に顔を歪めながらもメリーさんは無理矢理笑みを作り、最愛の人の奇襲の成功を願って叫んだ。

 その直後、魔梨子の左腕を貫通するように波動砲が放たれる。


 為家はこの一撃で仕留めるつもりでいたが、既の所で奇襲に気づいた魔梨子が回避行動を取ったことで狙いが外れた。

 だが、初めて狂人教師にダメージを与えたこの一撃には大きな意味がある。


「魔法少女以外で私にダメージを与えられたのは君が初めてだよ、尾藤為家。君のような生徒こそ異世界に行けば弾けると内心期待していたが、錬成師などという非戦闘職だったと発覚した時は本当にがっかりした。だが、君はその錬成師の力をここまでのものに昇華させている。――魔法少女に戦う魔法少女と戦わない魔法少女がいるように、異世界にも戦闘職と非戦闘職がある。だが、非戦闘職や戦わない魔法少女が戦闘職や戦う魔法少女に劣るという訳ではない。耕作師や錬成師だって工夫すれば戦闘特化職に勝利することだって可能だ。私のように、ね。では、初めて生身の人間で私に傷をつけたという快挙を祝して、特別に私の本気を見せてあげよう」


 ――瞬間、緑色の閃光が迸った。


 緑色のミニスカートと白のブラウスを合わせ、その上から蔦を絡ませ桜に似た桃色の花を咲かせている。

 緑髪のウェイブのかかった長髪をゆったりと流し、向日葵の花をあしらったカチューシャでアクセントを加えている。

 長くカールした睫毛、碧玉のように美しい見開かれた瞳、小ぶりの鼻、潤いのある薄桜色の唇が完璧に配置されている。

 そのファンシーな少女は現実には存在しない妖精のような摩訶不思議な美しさを宿しているが、浮かべた嗜虐的な表情が少女の持つ美貌をマイナスに転じさせている。


「先にネタバレしておくと私の固有魔法は﴾魔法の植物の身体でどんな環境にも適応するよ﴿というものだ。水を得れば体力を回復することができるし、食事の代わりに光合成でエネルギーを補給できる。ちょっとやそっとのダメージは速攻で回復し、体が欠損しようと時間が経てば修復し、普通なら死んでしまうような状況でも活動可能だ。そして、遺伝子を操作して環境にどこまでも適応して進化していくことができる」


「…………とんでもない固有魔法だな。戦闘能力がないだけまだマシ……なのか?」


「だからこそ、私は格闘術を極めたのだよ。それに、生身の戦闘経験はそのまま魔法少女の戦闘にも活かすことができる。さて、生半可な攻撃では私を殺せないぞ?」


「メリーさん、今できる全力で魔梨子を攻撃してくれ。俺も奥の手を出す」


『分かったの! 全身全霊渾身全力の【奥義・包丁乱舞 極】なの!』


万理を切り裂く絲刃クロートー・ラケシス・アトロポス


 出刃包丁、三徳包丁、柳刃包丁、麺切り包丁、マグロ包丁……ありとあらゆる包丁が無軌道に魔梨子に襲い掛かり、滅多刺しにする。

 それと同時に張り巡らされた糸が襲い掛かり、魔法少女畑山魔梨子の身体を切り刻む……が。


「あまり私の再生能力を軽んじないでくれ」


 切り刻まれた一部分から身体を再生し、五体満足の状態に戻った魔梨子は、人間体の時よりも遥かに速い速度で加速――為家に迫り、手刀を振りかざす。


『させないの! 為家さんはあたしが絶対に守るの!! 【あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの】』


 為家は咄嗟に【神速錬成】・【変質錬成】・【土壌錬成】を発動して防壁を作り出そうとしたが、防壁の展開よりも魔梨子の攻撃の速度の方が優っていた。

 為家と魔法少女となった魔梨子では生物としての強さに大きな隔たりがある。魔梨子の攻撃を避けようとしても必ず追いかけられ、確実に死を与えていただろう。


 だが、絶体絶命の状況で為家は生き残った……大切な、共に旅をしてきた一人の少女と引き換えに。


「――メリーィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」


『あた……し……メリー、さん。良かった、の。大切……な、為家、さん、を守れて……』


 バラバラに砕かれて二度と動けなくなったメリーは、無理矢理笑顔を作って為家に微笑む。


 少しずつ目から光が失われていくのが為家には分かった。魂を持っていた人形からメリーさんという人格が、魂が失われ、ただの人形という物になっていく。


 ――メリーさんはかなりポンコツで、喧嘩っ早くて、沸点が低くて、一言余計で、過激なところもあって、子供っぽくて、笑うと可愛くて、一途で、こんな俺のことを慕ってくれて……。


 記憶が蘇り、自分でも気づかない間に涙が溢れていた。


「…………為家、君」


「絶対に、許さない。……お前だけは、絶対に殺す!!」


「いい顔になったな、為家。だが、怒りに身を任せるだけでは私には勝てんぞ」


「う・る・せ・え」


 心の奥底から響くような悍ましい声が耳朶を打った。一瞬為家には誰の声か分からなかった。


「【影法師】さんが言っていた。この世界にはスキルを超えた奇跡が、魂の形と対応する究極の技があると。この世界において最も凶悪な存在は、人間や魔族ではない。種族を超え、その境地に至った存在を、同じ領域に至った存在を超越者デスペラードと呼ぶと」


 【影法師】は為家達に一つの忠告を与えていた。

 この世界には異世界ライトノベルの世界には存在しない、因果を超越して自らで運命を決定する超越者デスペラードという存在がいると。

 真に恐れるべき存在は人間でも、魔族でも、魔獣でもなく、その超越者デスペラードであると。


「寄越せ、運命を己が手で決定する力を! 大切な仲間を、俺の隣を歩く大切な少女ヒトを取り戻す力を!!」


 鎖の引き千切られる音が響き渡る。研ぎ澄まされた魔梨子の戦闘本能が警鐘を鳴らした。

 風が渦巻く。同じ姿なのに、まるで全く別種の存在に至ったように、その纏う空気も表情も、全く別人だ。


鬼畜人形幼女の時代ヰタ・メリードール――戻ってこい! メリーさん!!」


 刹那、壊れた西洋人形が消え去った。為家が空中に指で綴った文字が黄金の輝きとなり、文字が文字を生み出して広がり、やがてメリーさんの形となって光が弾け飛ぶ。


『あたしメリーさん。ありがとう、あたしを蘇らせてくれて……もう、二度と為家さんと会えないかと思ったわよ』


「ごめん……ありがとう、庇ってくれて。……もう一度、僕と一緒に戦ってくれるかな?」


『勿論よ。あたしメリーさん、為家さんの女。病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓うの』


「……いや、恋愛対象ではないんだけど。……でも、メリーさんの気持ちは嬉しいよ。……さて、あのクソ教師の息の根を止めるぞ」


『あたしメリーさん。あたしの仇を取るの!! 全身全霊渾身全力の【奥義・包丁乱舞 極】なの!』


「芸がないな! さっきと同じ攻撃で私を倒せると思ったか!!」


 無軌道な包丁の嵐をすり抜けるように駆け抜けた魔梨子は、メリーさんに向かって飛び蹴りを放つ……が。


「な、なぜ効かない!?」


『今なの! 恋敵、とっととやるの!!』


「〝爆裂魔法ハイパーエクスプロージョン〟」


 メリーさんをも巻き込む形で白姫の【爆裂魔法】が発動され、猛烈な灼熱と衝撃波が魔梨子に襲い掛かった。

 白姫が旅の途中で訪れた傭兵職業安定所ハローワークに居た厨二病を拗らせた自称魔女のどう見ても日本人な大学生? 高校生? の女に弟子入りアプレンティシップして獲得した奥義であり、頭のおかしい爆裂娘に弟子入りアプレンティシップして手に入れた訳ではない。


 強力な魔法ではあるもの、今の白姫のMPをほとんど消費してしまうため、実質一発しか放てない大技だ。

 だが、強敵相手に出し惜しみしていても仕方ない。避けられる可能性の低い状況で植物の魔法少女に効果抜群な【爆裂魔法】を叩き込む。これが、白姫に取ることができる至上の一手だったと言えるだろう。


「…………なかなかやるではないか。私が炎の魔法少女と戦う中で炎に耐性を持つ植物の身体を手に入れていなかったら、死んでいただろうな」


「……うそ、でしょ」


 だが、白姫の目論見は悉く外れた。爆裂の炎が消えた戦場に、無傷の魔梨子の姿が現れる。


『あたしメリーさん。ここまでやっても死なないなんて、絶対におかしいの』


 超越者デスペラードの超越技によって生み出されたメリーさんは、最早西洋人形の怪異ではなく為家の超越技そのものである。

 超越者デスペラードではない白姫の【爆裂魔法】を受け切れたのは文字通り立っている領域が違うからだ。

 だが、魔梨子は違う。超越者デスペラードになっていない魔梨子の領域は白姫と同じ。つまり、【爆裂魔法】のダメージを受ける筈である。


 しかし、魔梨子はメリーさんと同じく無傷だ。そしてそれは、魔梨子が白姫の【爆裂魔法】を耐えるほどのスペックを持つ魔法少女であることを意味している。

 圧倒的再生能力で消滅攻撃を叩き込めないメリーさんに勝ち目がなくなり、広範囲優位属性攻撃を無効化されたことで白姫にも打つ手が無くなった。


 残るは為家一人。その為家にも魔梨子を討てなければ、もう勝ち目はないということになる。

 そうなれば真剣に撤退を検討しなければならない。だが、相手は戦闘狂教師の魔法少女畑山魔梨子――そう簡単に逃してはくれないだろう。

 戦うことを選択しても逃げることを選択しても、どちらも茨の道になるのは間違いない。


「【神速錬成】・【変質錬成】・【土壌錬成】――《対城兵装・ダークエネルギーオルガノン=波動砲》」


 為家は《対城兵装・ダークエネルギーオルガノン=波動砲》を生成して、ダークエネルギーを圧縮、加速させ、タキオン粒子を生成し、収束させて解き放つ。


 魔梨子は腕を一本消し飛ばされながらも、急所部分への直撃だけは回避し、瞬時に腕を再生。

 そのまま為家に回し蹴りを叩き込む……が。


 電柱に豆腐をぶつけたかのように、魔梨子の足がぐちゃぐちゃの肉塊に変わる。

 魔梨子は手刀で足を切り落とすと同時に再生、そのまま距離をとった。


「さっきの人形娘といい、為家といい、その超越者デスペラードという領域は常人からの干渉を完璧に無効化するというものらしいな。実際に蹴ってみて分かったが、途轍もなく頑丈で壊れないものに蹴りを入れている気分だった。電柱くらいなら蹴り壊せるのだが、こんな感覚は初めてだよ。……実に、実につまらない。私は強者との戦いをスリルある死闘を求めている。決して一方的に蹂躙されたい訳じゃない。……私は強者となった今のお前達と死闘を繰り広げたい。そのためなら私を縛る運命の鎖など、容易く引き千切ってくれる!!」


 瞬間、鎖の引き千切られる音が響き渡った。


「…………そ、そんな。愛梨子先生まで」


 白姫の表情が絶望の色に染まり、メリーと為家の表情が強張った。


「さあ、第二ラウンドだ! 少し私の力を見せてやろう。【天候支配】」


 忽ち空に暗雲が立ち罩め、そこから雨……ではなく無数の尖った氷柱が降り注ぐ。


「……おいおい、ウェザー●ポートかよ!? 先生って耕作師だよな」


「私がただの耕作師のまま進歩しないとでも思ったのか? 豊穣天雨を拡張させて至った【天候支配】はあらゆる異常気象を引き起こす。まあ、私は肉弾戦の方が好きだから、こういうのは使いたくないのだが……」


 降り注ぐ氷柱はそれだけで脅威だ。為家は瞬時に錬成スキルで鋼鉄製の屋根を作り出し、為家、白姫、メリーさんに降り注ぐ氷柱を無力化する。


「まだ終わらんぞ! だが、その前に私が直接叩き潰してやるがな!!」


 【天候支配】が発動され、猛烈な雹ほどの氷の塊を伴った竜巻が次々と現れる。

 竜巻は少しずつ鋼鉄製の屋根に迫り、少しずつ削り始めた。


 だが、為家は四方に現れた竜巻に対応している暇はない。


「《対城兵装・ダークエネルギーオルガノン=波動砲》! 二発同時発射!!」


 新たに波動砲を錬成して至近距離から魔梨子に砲撃を解き放つ……が。


「ふっ、上に飛べば回避できる。流石に二発も貰うほど阿呆ではないのでね」


 魔法少女の驚異的な身体能力で跳躍して波動砲を躱した魔梨子が、その高度を利用して飛び蹴りを放った。

 為家は咄嗟に波動砲を手放して回避行動を取り、飛び蹴りを躱した……しかし。


「ゲホ……ゴホッ」


 着地と同時に放たれた回し蹴りが遂に為家を捉えた。


『――為家さんッ!!』


 いくら超越者デスペラードに至ったとしてもスペックが大きく向上した訳ではない。

 超越者デスペラードの耐性があるからこそ、為家はここまで化け物級の魔梨子相手に戦えていた。だが、その耐性が無くなれば、状況は大きく逆転する。


「――トドメだ。楽しかったぞ、為家」


 肩口から入った魔梨子の踵落としが心臓を周囲の体組織共々潰し、為家は生き絶えた。


『き、消えたくない……あたしは、為家さんの仇……を』


 そして、為家が死亡したことで、為家の超越技であるメリーさんも黄金の輝きとなって四散する。


「…………為家君! しっかりしてよ! 〝癒しを〟――〝治癒ヒール〟! 〝癒しを〟――〝治癒ヒール〟! 〝癒しを〟――〝治癒ヒール〟!!!! な、なんでよ! なんで目を開けてくれないの! 地球に帰るんでしょ! そのために頑張ってきたんでしょ! なのに、こんなところで死んじゃうなんて、絶対にダメだよ!!!! 生きて、生きてよ!! ……私を置いていかないでよ、ようやく一緒に居られるようになったのに、一人にしないでよ……」


「……ああ、そういえばもう一人居たな。超越者デスペラードとやらに至った為家という強者との戦いという美酒の後で、この程度の女を殺すのは興醒めだが、愛する人を奪ってしまった償いくらいは教師・・としてしてやらねばな」


 ――魔梨子の回し蹴りが、宛ら死神の鎌のように白姫の首と体を切り離した。

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