リクエスト企画。【ピックアップキャラクター:白鷺織姫編】闇を征く者〜織姫忍法帖〜 前篇

【三人称視点】


 超帝国マハーシュバラ――対ヴァパリア黎明結社を掲げ、不屈の超皇帝シヴァこと大黒壬が建国した新興国家である。

 その領土は飛び地も含めて世界一を誇るが、その全ての地を完全に超帝国マハーシュバラが支配できているとは言い難い。


 そもそも、超帝国マハーシュバラが各国に侵略戦争を仕掛けている理由は、ヴァパリア黎明結社よりも先に超古代文明マルドゥークの秘宝YGGDRASILLを手に入れ、粉々に打ち砕くためであった。

 その所在について全く情報のないYGGDRASILLを見つけるために、超帝国マハーシュバラはインフィニットを頂点とする国防軍を駆使してマルドゥーク文明に関わる遺跡発掘を続けている。


 お上が超帝国マハーシュバラに変わったとしても、そこに住む領民が何らかの不利益を被ることはない。

 どこぞの国が戦時中に植民地とした地でしたような、教育を施して染めようとすることはなく、基本的には旧体制をそのまま引き継ぐ。


 寧ろ、国に支払う税金が大幅に減り、領民の暮らしが良くなったというケースも多い。

 超帝国マハーシュバラには領民から金を搾り取るよりも効率に稼ぐことができる……つまりは、搾り取ることができる対象が存在し、そこから搾り取れば、後は少しの税金だけで十分に国を維持することができるのだ。


 インフィニット自身、前世からの因縁がある男が所有する会社ということで更に搾り取りを強化することも検討したが、その会社には顔を見ただけで舌打ちをしたくなるイケメン野郎以外にも真面目に働いている社員もいるということで、そこまでの暴挙に及ぶことは無かった。


 ……まあ、本人と会議室で会えば即座にインフィニットの方が殺気を撒き散らし、相手の方も楽しそうに応戦し、結果として会議室を破壊してしまうほどの屋内戦争を繰り広げるほどの仲の悪さなので、大黒が止めなければ本気で会社を潰しにかかる可能性は十分にあったのだが……。


 話を戻すとしよう。超帝国マハーシュバラという国はヴァパリア黎明結社に対する最終防衛ラインでありながらも比較的治安が良く、税も安いという希少な国家であった。

 だが、超帝国マハーシュバラの全領土がそのような恵まれた地域であるということはない。

 超帝国マハーシュバラは基本的に地方政治に干渉することがない。それは、不当に税を引き上げないという良面以外にも、困った時には全く力を貸してくれず、領民にも悪徳政治家にもあくまで中立に接するという有事においては毒にも薬にもならないような存在ということを意味するのである。


「失礼します」


 超帝国マハーシュバラの超皇帝宮殿キャッスル・マヘーシュバラの最上階の一つ下の階に位置するインフィニットの執務室に一人の女性が足を踏み入れた。


 日本で作られる大抵のファンタジーでは、魔法の扱いに通じていたり、自然に関わる力を使いこなすのにも長けている、自然を愛し金属器を嫌う、尖った耳を持つ、森の中で小集団で暮らしており、プライドが高く、ある種の選民意識の持ち主で、他の種族との交流はあまり持たない、長命な分、気は長く、頑固で保守的な性格が強いなどのイメージが反映されていることが多いエルフだ。


 異世界カオスのエルフには、エルフの里のエルフのような人間と共存することを受け入れる者達もいるが、あくまでそれは例外中の例外であり、今も深山幽谷にひっそりと暮らすエルフのほとんどは選民意識を宿している。

 稀にリーファやユェンのような特殊なタイプの、ミステリアスな森の隠遁者のイメージとかけ離れた別の意味での異端存在もいるが、それこそエルフ全体から見れば異端中の異端であり、天文学的数字でしか出現しない変わり者である。


 その意味ではインフィニットの部屋を訪れたエルフも異端に分類される。

 森を捨て、鉄筋コンクリートとガラスに彩られた灰色の森で生き、人間に対する差別意識もなく、人間を下等種族と見下すようなこともない。

 寧ろ、彼女は癖の強い者達が犇めく神滅分隊マハカーラの中でも比較的癖が少ない部類に分類される希少な存在であり、大切な者達を失ってから傲慢に振る舞うようになったインフィニット――逢坂詠の変心前には劣るものの、良い風に捉えれば優しさ、悪い風に捉えれば甘さを持っていた。


「……栗花落佳奈か。何かあったか?」


「国内の税の徴収の報告を部下から受け取りました。……そこにいくつかの地方から上がった報告書に妙な点がありまして。まず間違いなく地方の代官が着服していると思われます」


「だろうな。……俺宛に部下経由で賄賂が贈られていた。勿論、すぐに送り返させた。金を積んで出世できると考えている旧体制を引き摺っている連中が一定数いるのは間違いないだろう。だからどうした? 俺達はどちらの味方もしない。地方のことは地方で解決すべきだ。悪代官が金を得て私服を肥やしているとしても黙認はするが、その金で出世させてやる気はない。金を積んで成り上がった奴はヴァパリア黎明結社を相手にまともに太刀打ちできんからな。だが、困窮している者達に手を差し伸べることもない。貧窮するのは努力をしない者達が悪い。こっちは悪代官を殺すなり、何らかの方法で地位を奪うなりして地方政治を変える革命を起こしたとしても、当然見逃すつもりでいる。それをせず、ただ現状を受け入れているような連中に力を貸したいとは思わん。現状で諦めるのなら、一生そのまま虐げられる人生を送るが良い。何かを変えようという意思を持ち、理不尽にすら立ち向かう意思を持たぬ者に俺は価値を見出せない」


 インフィニットは世界を支配するヴァパリア黎明結社という強大な敵に立ち向かう決意をした大黒壬に共感して共に帝国マハーシュバラを築き上げた。

 それは、大黒壬が解放軍で共に戦った仲間だから、解放軍で教官として担当した教え子だからという訳ではない。


 壬の、その強大な存在に立ち向かってでもより良い世界を作るために頑張ろうという意思に共感したからだ。


 だからこそ、インフィニットは現状を変えようとする意志を持つ者を求める。

 インフィニットは他力本願で生きる者達に意味を見出さない。もし、現状を変えようとするのであれば、自ずと結果が出るだろう。インフィニットがすることは、その結果を国として承認することだけだ。


「――私は許せません! 調べれば調べるほど嫌悪感を覚えました!! 女を弄び、民から搾り取った血税で贅沢三昧……同じ女として、平民出の私にとっては許し難い所業です」


「そうだな……だが、直接的・・・な手出しは許さんぞ」


 だが、インフィニットはそれでも助けに入ることを許容しない。

 もし、一つのことに肩入れすれば、同じような状況に陥った時、中央が地方に干渉しなければならなくなる。そうなれば中央も常に地方の動向に注目する必要があり、超帝国マハーシュバラは監視国家になってしまう。

 雁字搦めになった民達の不満の矛先は国家そのものに向くだろう。今のインフィニットであれば容易に制圧することができるだろうが、武力で押さえ込んだところで蟠りを残すだけであり、例え勝ったとしても全く旨味がない。


 しかし、インフィニットは困っている者達を見捨てた訳ではない。

 佳奈はインフィニットの今の言葉で、傲慢に振る舞う男の中には今も変心する前の優しさが残っていることを改めて感じた。


「ありがとうございます。逢坂隊長」


「何のことだ? それよりも、報告が終わったのならとっとと仕事に戻れ。超皇帝陛下が待っているぞ」


 いつもの傲慢でぶっきらぼうな口調で、佳奈を佳奈の最愛の人の元に行かせようとするインフィニットの姿に、佳奈は温もりを感じながらインフィニットの執務室を後にした。



【白鷺織姫視点】


「この私を指名しての依頼ですか?」


 冒険者ギルド本部の最上階――冒険者ギルド総帥ワールドマスターの執務室に呼ばれていた。

 絢爛豪華ではないけど、高級品であることは間違いないアンティークの家具や落ち着いた色の額縁に入れられた絵画……世間で言うところのいい趣味というのはこういうもののことを言うのね。

 まあ、庶民の私には関係のないこと……間違いなくここにある品に関係して何かをして欲しいという依頼が来ることはないだろうし、風景の一つとして捉えて特に触れない方が良さそうだわ。


「初めまして、白鷺織姫さん。冒険者ギルド総帥ワールドマスタースメラギと申します。広義においては貴方と同郷の出身者……と言えば分かっていただけるでしょうか? まあ、俺自身は元の世界に戻る気など更々ありませんが、もし本気で地球に帰還したいとお思いでしたらご協力できることもあると思いますので、名前くらいは覚えておいてください。……まあ、座標を手に入れるまでしばらくお時間が掛かると思いますが」


 私と同じ地球人で、帰還方法を握っている。でも、それなら地球人だと言えばいい訳だし……謎よね、この歯切れの悪い言い方。


「さて、本日は白鷺さんに指名依頼が届いています。前金で金剛金貨一枚、成功報酬はございません。そして、依頼内容をご確認の上受けるか受けないかを決めて頂きたいというのがクライアントの出した条件になっています。もし、白鷺さんが依頼をお受けしないという場合は報酬のみを支払い、この依頼書はこちらの方で処分するという取り決めになっております。依頼の内容についてお受けしない場合も決して口外しないことをお約束ください」


 怪しげな依頼ね……前金で金剛金貨一枚も支払い、依頼を受けるか受けないかも私の方に選ぶ権利がある。しかも、受けなくても金剛金貨一枚を受け取ることができて、その場合にはこのことを口外しないという条件を吞み込めばいい。

 胡散臭い話ね。何の依頼で私に何をさせようとしているのかは分からないけど、金額からしてまともな依頼ではない。


「その依頼のクライアントって一体何者なのですか?」


「残念ながら極秘事項のため話すことはできません。しかし、さる高貴な身分のお方とでも言っておきましょうか?」


 つまり、その高貴な身分の者が自分では動けないから私を使おうとしているのね。

 まるで掌の上で踊らされているようで、嫌な気分だわ。そういう高貴な身分の人こそその権力を使って悪事を裁けばいいのに……。


「こちらが依頼書になります」


 私は皇さんから依頼書を手渡されて目を通し始めた。

 読み始めて早々に思ったけど、これは依頼書ではないわね。


 ゴブリンを何十匹倒してくれば、報酬にどれくらい支払うとか、そういうことが無味乾燥な文章で書かれている訳ではない。


「……この依頼、お受けします」


 卑怯よ……こんなの。断れる訳がないじゃない。


 手紙には、この手紙を書いた人の大まかな事情と依頼の内容が書かれていた。

 その人はこの国のお偉いさんの一人なのだけど、上司に止められて自らが動くことはできない状況にある。

 でも第三者が介入して事の解決に当たるのなら、それを見逃してくれるという回答を引き出すことができた。


『私では女を弄び、民から搾り取った血税で贅沢三昧を続けている悪代官と呼ぶべき男を裁くことはできません。ですが、第三者の貴女なら悪代官の悪事を暴き、法の下で然るべき罰を与えるきっかけを作ることができるでしょう。どうか、クリュベの街を救ってください』


 手紙の最後はこう締めくくられていた。……このクリュベの街という街以外にも同じようなことは起きている。

 でも、その全てを解決するほどの力は私にはない……だから、まずはクリュベの街の悪を断罪する。そのために、何らかの事件を引き起こせばいいのね。そうなれば、国家が正式に悪代官の屋敷に踏み込み、痛い腹を探ることができる……やってやるわ。


「ありがとうございます。もしかしたら、今案件が片付いても似たような依頼が入るかもしれませんが、その時もまたよろしくお願いします。……って、取らぬ狸の皮算用はやめた方がいいですね。必ずクリュベの街を救ってください」


 ところで……あとで気づいたのだけど冒険者ギルド総帥ワールドマスターも私と同じ部外者に位置する筈よね? 冒険者の頂点に立つこの男が動いた方が良かったのではと思ったけど、依頼を受けた後でそんなことを言っても仕方ない。

 私は今私が為すべきことをすべき。そのために策を巡らせるべきだわ。


 待っていなさい! クリュベの街代官カーン=アークダイン!! 私が必ず貴方達の悪事を暴いてみせるわ!!



 忍装束……ではなく、こちらの世界に来てから購入した私服に着替え、私は旅の冒険者を装ってクリュベの街に入った……まあ、旅の冒険者であることには間違いないのだけど。くノ一はあくまで冒険者としての職業だわ。


「随分と寂れているわね……」


 代官というからてっきり時代劇に出てきそうな江戸時代の街を想像していたのだけど、やっぱりここは中世風の異世界……和風の要素がある訳がないわよね。

 雰囲気は開拓時代のアメリカ西部の未開拓地っぽい……でも、代官なのよね? 西部劇なのにガンマンは出てこないのね?? 悪代官と越後屋のセット……は絶対に出てこないわよね?

 そもそも越後屋って時代劇にはあまり登場しないし、江戸の悪徳商人も湊屋とかそういう屋号の方が多い。代官も実際には悪事を行えるほど暇だって訳じゃなかったかみたいだし、あれはやっぱり創作の中の話よね。


 まずは情報収集からね。クリュベの街の宿屋に泊まって拠点を獲得しつつ、街の情報を集める……そうすれば依頼の裏付けも取れるし、現在の状況を知ることもできるわ。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」


 宿の受付から食堂は目と鼻の先で、宿に泊まっていたと思われる人々が食事に舌鼓を打っている。

 ……案外平和な雰囲気ね。もっと尖って戦々恐々といった雰囲気だと思ったのだけど。


「はい、一人です」


「……そうですか。……あまり大きな声では言えませんがこの街は危険なのであまり一人で出歩かない方がいいですよ。まあ、二人以上でも危険なことには変わりありませんが。男連れなら男の方が殺され、女二人でもどちらも手籠めにされてしまう…………旅の冒険者さん。一刻も早くこの街を出ることをオススメします」


 普通に聞けば来たばかりなのに、なんで街から追い出そうとするんだと思ってしまうけど、依頼の手紙と宿屋の看板娘さんの話を照合すれば、この街に巣食う悪というのがどのような存在か手に取るように分かる。看板娘さんの忠告は正しいもの……だけどそれが分かった今、尚更引くことはできない。


「本当に……本当によろしいんですか?」


「ええ、一人部屋で大丈夫よ」


「貴女は、何も分かっていない! この街がどんなに危険か! 私達女性にとってどれほど生き辛い世界か。いえ、女性だけじゃないわ! みんな重税に苦しんでいる! みんなみんなアイツのせい! ノエラちゃんが連れていかれたのも、アイツらの……」


 宿の客達は顔を背けた……本当は分かっていても、自分は関わりたくない。そう思うのは当然よね。

 でも、それじゃあ相手が助長するだけ。誰かが立ち上がらなければ、変えようとしなければ何も変わらない。それなら……。


「おうおう、時化ているな。カーン様の名代のセカーマ=モコーノ様が取り立てに来てやったぞ!!」


 空気を読まない男が部下と共に数人で「邪魔するぜー」と言いそうな勢いで宿に入ってくる。「邪魔するんやったら帰ってー」って言ったら帰ってくれるのかしら?

 しかし、セカーマ=モコーノって……噛ませの小物? 本当に名は体を表すのね。


「よう嬢ちゃん。宿屋の亭主いるだろ?」


「……なんでアンタ達が店に来ているんだ! もう今月分の税は納めた筈だ」


「残念ながら、貰ってないものは貰っていないとしかいいようがねえな。お前らは今月分の税を納めていない。ここの納税名簿に名前がないからな。納税できないってことは体で払ってもらわないといけないよなぁ? お前の奥さんも美人だし、娘も可愛いし、きっと沢山稼げるぜ」


「……お父さん」「アナタ……」


 うん、かなりイラっときたわ。なんなのかな、この男は。他人の褌で相撲を取って捏造書類で不当に金を毟り取ろうとする。

 ……やっぱり、あの手紙は事実だった。そして、私が倒さないといけないのはこのセカーマ達の親分……悪代官カーン=アークダイン。


「その書類、捏造ですわよね? より正確には受け取りながら書類に記載しなかった……全く、つまらないことをするわね」


「んだとコラ! このセカーマ様に逆らうっていうのか? いいか、女ってのは男に尽くすのが幸せだ。この宿の奥さんも娘も、そしてお前も、この世に生きる全ての女は男に尽くすべきだ!! 寧ろ幸福だろうよ、カーン様に抱かれるってことはな。ハハン、さてはヤキモチを焼いているんだな? 自分じゃなくて娘と人妻の方がカーン様のものになるってことに」


 ……全くどこまで膿んでいるのかしら? このセカーマという男の頭は。

 行き過ぎだ男尊女卑。女を道具か欲望の捌け口にしか考えていない……こういう古くて歪んだ考え方が罷り通っているからいつまでも女性が社会進出できないのよね。元の世界でも。

 まあ、男尊女卑が女尊男卑になったところで結果は同じ。権利の意味を履き違えて、その力を振り回し始めれば結局二の舞になる。何が正解か……バランスが保たれていることだと私は思うけど、なかなか難しいのよね。


「税金だったかしら? それなら代わりに私が払うわ」


「……嬢ちゃん」


「いい心掛けだな。その金は俺が貰っておいてやるよ。だが、俺様に逆らった罪は消えてねえ! お前の熟れた体、俺が味見してやる……なっ」


「あらごめんなさい。ちょっと手が滑って貴方の首に刃を当ててしまったわ」


 「当ててんのよ」は「当ててんのよ」でも別の意味の「当ててんのよ」よね。……ああ、ここで引き下がっていれば見逃してあげたけど、欲張るようならこっちにだって考えがある。

 あまりを舐めるな、この人間以下の知能しかない性欲の塊の猿がァ!!


「もしかしたらそのまま手が滑って首を刎ねてしまうかもしれないわね。……でも、それだと宿の中を血塗れにしてしまうわ。掃除が大変だし、宿の看板にも傷がついてしまう」


「て、テメエ……クソ女が!」


「あら、うっかり手が滑って刃が首に触れて血が出てしまったわね? さてどうするのかしら?」


「お、覚えてやがれ! 必ずこの店は潰し、人妻と小娘は夫の前で寝取り、二度と逆らえないように、カーン様達に尽くすように教育して犯してやる。店主の絶望の表情を楽しんでやる。お前もだ、小娘! 性奴隷にして俺のペットにしてやる! この傷の落とし前はその時に必ずつけてやる! 覚えていやがれ!!」


 出ていったわね……全く最後の最後まで虎の威を借る狐だったわ。そんなことができるのなら今ここで実行すればいいのにね。

 というか、ちゃっかり投げた巾着袋は持って帰っているし、要領が良いのやら、悪いのやら。


「……大丈夫か、嬢ちゃん。すまないな、関係ない嬢ちゃんがクソ代官の部下に目をつけられるなんて」


「謝る必要なんてないわ。私もあれを野放しにしたくはないし。……それより、一つ聞いても良いかしら? ノエラちゃんの話を」


 それから、私は看板娘ちゃん……ローラ=マリエンティエルからローラさんの親友、ノエラ=シルヴィノさんの話を聞いた。


 クリュベの街随一の鍛冶屋と言われていたけど多額の税金を納めさせた挙句、妻を見初められ、無理矢理側室の一人にしようとしたカーン達に最後まで争い、そして最後は惨めに死んでいったルィートス=シルヴィノと、その娘で大好きなお父さんと引き裂かれたノエラ=シルヴィノさん。


 絶対に許せない。天誅なんていう言葉を使えるような立場ではないけど、このまま連中を絶対に野放しにはしないわ。


「……しかし、これで宿もおしまいか。とっとと夜逃げをした方がいいかもしれないな」


「それには及びません。カーンとやらの政権は今日をもって崩落するのですから」


「……嬢ちゃん、一体何を言っているんだ?」


 正気を疑うような視線を向ける宿屋の者達に、私は心の底から湧き上がる激しい怒りを抑えて微笑を作った。


 笑顔が失われた辺境の街――クリュベの街。

 いつかこの街の人々が心の底から笑えるように……私は危険なミッションを敢行する覚悟を改めて決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る