ある少年と共に旅を続けた少女達の想いは……①

 異世界生活百二十八日目 場所聖都、新神殿宮


【朝倉涼音視点】


 草子君と私が関わりを持つようになったのは異世界カオスに来てからだった。

 それまで、私と草子君は同じ教室に居ながら別の世界で生きていた。

 それは、私が草子君の一面だけを見て本当に草子君を理解しようともせず、拒絶し続けたから。


 この世界に来た時、私は華代と胡桃を守りたい一心で恐怖に震えながらも剣を振るっていた。

 でも、地球という平和な世界で暮らしてきた私達に魔獣と戦い続ける力はなく、ゴブリンの群れに襲われた時はもう駄目だと思った。


 あの時、草子君に助けられていなければ、今私達はここに居ない。

 私達の異世界生活はゴブリンに襲われたあの日、終わっていた。


 嫌そうにしながらも草子君は私に戦う力を、華代や胡桃――私を友達だと言ってくれた掛け替えのない親友を守るための力を与えてくれた。


 旅を続ける中で草子君の良いところを沢山知り、気づいた時には「好き」という感情を持つようになった。

 勿論、私如きでは草子君に釣り合わないことは承知している。容姿も良くない、勉学にも秀でていない、これと言った長所もない、ただ華代の取り巻きA――朝倉涼音が、聖さん、リーファさん、ロゼッタさん、華代……私達とは明らかに住む世界が違う人達が火花を散らす戦場に入ったところで勝ち目はないことは目に見えている。


 私は華代が幸せになってくれれば、草子君に恩を返すことができればそれでいい。それだけが、今の私の願いだ。

 だから、こんな形で旅が終わってしまうのを許す訳にはいかない。


 私に戦い方を教えてくれた草子君に剣を向ける――それがどれだけ無謀なことなのかは承知の上だ。

 勝てる勝てないの問題じゃない。この戦い、勝たなければならない。……いや、絶対に勝つ!


【北岡胡桃視点】


 よくよく考えてみると、私は地球に居た頃の草子君がどんな人だったのか、あんまり覚えていないことが分かった。

 確かにこっちの世界に来てから過ごした時間が濃厚だったのも理由だと思う。でも、それ以上に地球に居た頃の私は能因草子という人間を見ようとすらしてなかったのだと思う。


 本を食べるという奇異性にだけを取り出して、私達とは違う人間なんだと決めつけた。

 そして、私も含めてクラス全体が草子君から距離を取った。あの誰に対しても関わろうとする女神のような人だと思っていた白崎さんですら匙を投げたということを今思い返してみると、白崎さんも聖人君子じゃない――私達とほとんど変わらないことに気付かされる。


 ……私って白崎さんの友達を称しておきながら、白崎さんのこともしっかりと見ようとしていなかったのね。


 こっちに来てから、草子君からは沢山のものを貰った。それは、みんなを守れる武器であり、敵という私達に害をなす脅威を倒す戦い方であり、沢山の友人であり、楽しい旅の時間だった。


 いつか終わることは分かっていた。これだけ与えられてなお、草子君に求めるのは間違っているかもしれない。

 でも、ここで旅を終わらせるのだけは絶対に駄目。


 私はあの時にゴブリン達から救ってもらった恩を返せていない。

 私はゴブリン達から大切な親友を守ってくれた恩を返せていない。

 私は白崎さんと朝倉さん――大切な親友を守るための力を与えてくれた恩を返せていない。

 私は草子君がくれた沢山の思い出――あの時間のお礼をすることができていない。


 エルフの里を出た時から草子君から貰ったモノは増えた。……もしかしたら一生かかっても返しきれないほどのモノを既に貰っているのかもしれない。


 そして、いつか全てを返し切れた時に、本当に釣り合いが取れた時に、私は草子君に告白しようと思う。

 ……朝倉さんや柴田さん達も同じ気持ちだと思うんだけど、自分に自信がないからなのか、正妻戦争をしているのが白崎さん達だから怖気づいているのか分からないけど、戦わなければ結果は分からないと思うわ。


 それに、高嶺の花というのは高嶺にあるが故に簡単に手は届かないものだわ。

 博学才穎、容姿端麗、文武両道――その三つが揃ってしまっているが故に、完璧過ぎて手が届かなくなるというのはよくあること。


 それに、今のところ聖さん、リーファさん、白崎さん、ロゼッタさん――四人とも一切進展を遂げられずにいる。

 みんなスタート地点にいるのだから、誰だって勝利できる可能性があるのにね。

 

【柴田八枝視点】


『さっきから偉そうにしてるけど、アンタ誰よ! 所詮は白崎さん達の取り巻きでしょ』


 草子君と異世界カオスで出会った時、私はこの言葉で白崎さん達と草子君の関係を壊す切っ掛けを作ってしまった。

 あの時は白崎さん達の奮闘で草子君を繋ぎ止めることができたけど、私達と草子君の再会が彼にとって最低なものだったということだけは間違いないと思う。

 草子君にとっては無理矢理着いてきた人達の取り巻き扱いされた訳だからね。……いや、取り巻き扱いされたことには特に文句は無かったかもしれないけど。自らモブキャラを称しているくらいだからね……あれほどの強さを持つ草子君がモブキャラな訳がないんだけど。


 あの時、草子君が怒ったのは折角助言をしようと思ったのに、その好意を踏み躙る言葉を吐いたからだと思う。

 実際、草子君は私達以上に奴隷解放と向き合い、その上で『俺は反対だ。百歩譲って岸……誰だっけ? ビッチDを救うのは良しとしても、奴隷商人とは全面的にことを構えない方がいい』という、美咲さんを助けるだけなら協力すると譲歩してくれていた。

 そのことに気づかず、心無い言葉を吐いてしまったことは今でも後悔している。


 クラスを崩壊させ、草子君のパーティを崩壊させかけた私達に、それでも草子君は手を差し伸べてくれた。

 圧倒的な力で美咲さんを救い出してくれた。

 そして、大切な人達を守るための力を与えてくれた。


 こんな私達に沢山のものをくれた草子君に少しでも恩返しできたらとこれまで草子君に無理を言って同行させてもらっていたけど、未だに何一つ返せていないと思う。

 最近は草子君に頼ってばっかりじゃないけないと私達だけで戦うようにしているけど、草子君にはあまり良いようには思われていないみたいだしね……気持ちってなかなか相手に伝わらないな。


 私達の身の丈以上のことを求めているのかもしれない。

 例えそうだとしても、私は、いえ私達は草子君の力になりたい。――それが、私達の願い。


 だから、この戦いには負けられない。負けてしまったら、もう草子君との関係は切れてしまうから。

 どんなに拒絶されたって諦めない。だって、私達は図々しさにかけてはクラス一なんだから。

 例え草子君が嫌だと思っても、草子君にもらったものを返せるまで絶対に諦めないわ!!


【岸田美咲視点】


 ――草子君が居なければ今の私はいない。


 あの時の柴田さん達では奴隷商人達を倒すことはできなかっただろうし、白崎さん達でも厳しかったと後で聞いたら教えてくれた。


 あの場所から逃げ出すことはできなかった。

 奴隷として生きるしかないのなら、もうその運命を受け入れるしかないと自由に生きる未来を諦めていた。


 私だけじゃない。私ほどではないにしろ、草子君に出会わなければ今、この場に居ない人が何人もいる。

 草子君から戦うための力を与えられなければ、ここまでこの世界で生き残ることはできなかったと思う。


 その恩をまだ私達は返せていない。返せないまま私達の前から草子君は去ろうとしている。


 切っ掛けは一ノ瀬さん達かもしれないけど、だからといって一ノ瀬さん達を責めればそれで済む訳じゃない。

 私達だって結局同じことをした訳だから。例え、あの場に私が居たとしても同じ心無い言葉を草子君にぶつけた可能性があるから。


 あの時は言葉で草子君を繋ぎ止めることができた。

 だけど、それはもうできない。


 言葉で止められる時間はもう終わったんだ。だから、次は草子君からもらった力で止めないといけない。


 私達は強くなったんだって、草子君に戦い方を教えてもらった私達はこの世界でも生きていけるようになったんだって、次は私達が草子君のために戦う番だって――その気持ちを言葉じゃなくて、草子君に勝つという結果で伝えないといけない。


 ――草子君、私達は勝つよ。もう、奴隷商人に捕まっていた頃の私じゃないんだから。

 もう守られてばかりの足手纏いじゃないんだから。


 勝って私達は、草子君に恩返しをするんだ! そして、草子君が私を助けたのは決して無駄じゃなかったって証明してみせる!!


【八房花凛視点】


 この異世界に来た時にアタシが選んだ武器はマスケットだった。

 これはきっと面と向かって魔獣と戦うのが怖かった――その気持ちの表れたんだと思う。


 でも、すぐに問題が発生した。比較的耐久力の高く長期間使えるように設計されている他の武器とは違い、マスケットは弾丸を使い切ればすぐに使えなくなるものだった。

 ……まあ、岸田さんの聖剣デュランダルも血糊を洗い流したりする必要があったんだけどね。


 今でこそ最高火力なんて言われているアタシだけど、それは全て草子君が作ってくれた対物アンチマテリアルライフルのおかげだ。

 ……最近、対宇宙船アンチ・スペースシップライフルというよく分からない性能の武器が出てきたけど、それよりも前に草子君は最強の火力を授けてくれた。それが、アタシの誇りだった。


 ヴァパリア黎明結社や超帝国マハーシュバラとの戦いの中で、私の力が通用しないことは理解している。超越者デスペラードとの戦いに常人が入ったところで無駄に命を散らすだけだということは分かる。

 草子君がアタシ達に武器を向けるのは、鋭い双眸で心無い言葉を発するのは、その戦いにアタシ達を巻き込みたくないからというのはアタシ以外にだって分かる筈だ。


 でも、だからといってアタシ達は「はい、そうですか」と引き下がる訳にはいかないんだよ。

 アタシ達は、それくらい沢山のものを草子君から貰ってしまったから。


 過去の昔に会えるのなら、アタシは言ってやりたい。

 「お前がただの白崎さんの取り巻きのモブキャラだって思っていた人は、アタシ達を根本から変えてしまうほど影響力を持った人なんだ」って。


 きっと、あの頃のアタシは鼻で笑うと思うけど。「何を言ってんだ、コイツ。まじウケる」ってアタシのことを笑うと思うけど。


 草子君の力は理解している。何度もその力に助けられてきたから。

 例え手を抜いてくれたからって勝てる訳じゃないんだ。

 でも、勝てるかどうかは関係ない。ただ、勝つんだ! 勝つ以外にアタシ達にできることはないんだから。


【高津寧々視点】


 草子君は口が悪い。


『ギャル風メイクのビッチの次は黒髪の見た目だけは大和撫子なビッチ? うん、絶対にお淑やかじゃないね』


 初めて二人で会話をした時に、開口一番で馬鹿にするようなことを言ってきた。

 その言葉は今でも印象に残っている。


 これでも私は江戸時代から続く茶華道の名家の生まれ、丁寧な所作も子供の頃から教え込まれていることを誇りに思っていた。

 確かに、一緒に行動していたグループのリーダー格の柴田さんは、あの頃少し我儘だったし、私も柴田さんのことを悪く言えないくらい沢山クラスメイトに迷惑をかけていたけど……。


 草子君は偏見が酷い。でも、一度も真っ向から見てくれない訳ではない。

 口は悪いかもしれないけど、真っ向から私という人間を見てくれるし、懇切丁寧に最適解へと導いてくれる。


 ……まさか、ぼっちな草子君に教師の才能があるとは思わなかったな。

 そして、その才能が発揮されて、今ではエリシェラ学園の中でナンバーワンの人気講師になっている。……本当は凄い人だったんだなって改めて思った。


 草子君が私達に偏見を持っていたように、私達も草子君に偏見を持っていたのね……。


 巫女の職業を選んだ私だけど、満足に戦える力は無かった。

 そんな私に草子君は剣の使い方と【回復魔法】の呪文を教え、入っていることに気づかなかったヒントの紙を解読して【障壁魔法】を使えるようにしてくれた。


 私にはこの戦いで草子君と戦う力はない。

 だけど、その代わりに私には草子君が与えてくれたみんなを守る力がある。

 誰かを倒すだけが戦いじゃないんだ。みんなを守り、勝利に導くのが私達回復職の使命。


 ――回復職の戦いを見せてあげるわ! 見ていて、草子師匠!!


【常盤愛羅視点】


『で……えっと、常盤愛蘭だっけ? また面倒そうな職業だな、陰陽師って。……銃士マスケティアの元金髪ギャルの八房さんといい、巫女とかいうイメージ湧かない和風職を選んだ高津さんといい、アンタらなんなの! 三人揃って問題児なの!? ……髪色三姉妹?』


 戦い方指導の場で草子君に開口一番で言われたあの言葉は今でも印象に残っている。

 ビッチという不名誉極まりない呼び方の次は、髪色三姉妹という馬鹿にしているような呼び方だったからね。


 でも、一度戦い方講座を始めたら、草子君は私に向き合って何が必要なのかを考えてくれた。

 そして、オトちゃんとアクアちゃんを筆頭に大切な仲間となる、みんなと会わせてくれた。


『そもそも、お前らは本当に地球に帰りたいと心から願っているのか?』


 少し前に草子君が私達に向けた言葉が心の奥に突き刺さっている。


 オトちゃんとアクアちゃん、この世界で出会ったみんなと離れ離れになるのは辛い。

 エリシェラ学園で出会った友達とも二度と会えないのは辛い。


 十二天将や十二月将に無理難題な試練を与えながらも、強くなるために一生懸命頑張って乗り越えた。

 恥ずかしがりながらもみんなでメイド服を着て、先輩メイドさんに叱られた。

 白崎さん達と草子君が講義をしている間に冒険に出かけて、ドラゴンや強力な魔獣の群れと戦ったこともあった。


 最初に来た時はただ恐ろしかったけど、この世界を旅する中で私は沢山の思い出を作ることになった。

 そして、その思い出は今後も増えていくと思う。


 草子君を慕う人はこの世界にも沢山いる。草子君の力を必要としている人も多い。

 草子君は、この世界に未練はないのかな? やっぱり認めてくれた浅野教授のところに帰りたいのかな?


 私達が浅野教授と天秤に掛けられることすらないことは理解している。

 草子君にとって、初めて認めてくれた人というのはそれだけ大きいんだ。


 草子君は「地球に帰りたい」という願いのために戦い続けて超越者デスペラードに至った。

 なら、私達の願いが――「草子君と一緒に居たい」という願いがそれを上回ったっていい筈。


 私達のパーティに、草子君が居ないということはあり得ない。それほど、草子君の存在は私達にとって大きいものになっているんだよ。

 草子君にとって浅野教授とそのゼミ生が掛け替えのない大切な仲間であるように、私達にとっては草子君が掛け替えのない大切な仲間なんだ。


 だから見ていて。貴方のことを心から愛する人達の強さを。

 今から、私達はそれを証明して見せるから。


【志島恵視点】


 正直に言えば、私達には白崎さん達のような草子君に対する特別な想いは無い。


 紅玉の仕込み黒聖杖ルビー・スタッフ思慮深い魔法師の服ウィザーディング・ローブ白金の鎖帷子プラチナ・チェインメイル――草子君に与えられた武器や防具は私達を大幅に強くしたけど、それだけだと言ってしまえばそれでおしまいだ。


 白崎さん達にとっての草子君は私達にとってはミュラさんだった。

 戦い方を教え、この世界での生き方を教え――そう言ったことは全てミュラさんがしてくれた。


 私は草子君と本当の意味で向き合ってからまだそこまで時間が経っていない。

 だけど、一つだけ分かっているのは草子君との旅は波乱万丈で、これまでの冒険者生活よりも遥かに楽しいということだ。


 地球に帰るのか、異世界カオスに留まるか、その答えはいずれ出さないといけないと思う。

 でも、それは今じゃない。ならば、今は今の時間を目一杯楽しめばいいと思う。

 ……そういう刹那的な願いを抱くのは、ダメなことなのかな?


【一薫視点】


 私がBLではなく、NLを応援したいと思うようになるとは思わなかった。


 中心にいるのは能因草子。彼の周りには沢山の女の子がいて、程度はどうであれ草子君に好意を持っている。

 でも、その恋はなかなか進まない。他の男が嫉妬するような美少女に囲まれながらも、草子君はまるで気にした風もなく我が道を進んでいく。


 本にだけ向けられた愛が草子君を心から愛する人達に向けられる日が、いつか来て欲しいと思う……私の心は既に腐りきっていると思っていたんだけど、こんな純粋なところが残っていたなんて驚きだわ。


 まあ、私がBL好きなのは変わらないけどね。

 異世界カオスでは新しいBL好きの友人を見つけることができた。応援するならやっぱり同志のリーファさんかな?


 そのためにも、まずはこの戦いを乗り切らないとね。


【柊眞由美視点】


 私、柊眞由美はこれまで自分で何かを決断することよりも、周りの空気に流されることが多い人生を送ってきた。


 小学生の頃、友達になった子からアニメを勧められてから、二次元の世界に飛び込み、アニメヲタクになった。

 その友達から漫画やライトノベルを教えられ、お勧めされた本を読むようになった。

 高校生になった頃、友人になった志島さんに勧められてBLを読むようになった。


 どれも自分の趣味であるといえるけど、自発的に何かを決めたことはない。多分、私は周囲に染まりやすいんだと思う。


 唯一、誰からも影響を受けていない私は着慣れたジャージを着て家で何もせずゴロゴロして過ごしたい――そんな人間だ。

 志島さんと一さんにはバレて失望されないように頑張って隠しているけど……そういえば、異世界カオスに来てからボロが出かけたことがあったっけ。


 異世界カオスに来てからも根本的には変わらない。主体性を持たないまま志島さんと一さんと一緒にいるのが安心できるからという理由で行動し、草子君のパーティに誘われてからはその一員となった。


 そんな私は草子君にとっては最も嫌いなタイプの人間なんだと思う。

 しっかりとした自分を持って地球に帰りたいと願う草子君を、ただ流されるままに生きてきたダメ人間の私に止める権利はない――きっと、私という人間の本質を知れば、草子君はきっとそう言うと思うな。


 私はこの場に流されるままに立っているのか? ここに立っているのは私自身の意思なのか、それとも誰かに影響されたからなのか、本当は区別がつかない。

 ……でも、私はどちらも私なんだと思う。


 何色にも染まれるということは、何者にもなれるということだ。だから、私はこの何者にもなれる自分を好きでいようと思う。


 私が今抱いている「白崎さん達が幸せになれるように、草子君をもう一度パーティに引き戻す」という願いだけは例え私のものでも、私のものじゃなくても、本物であることに違いはないと思うから。


【ミュラ視点】


 世界が広い――それを教えてくれたのは、能因草子という男だった。


 この男について、私は深く知らない。

 知っているのは風の噂として聞こえてくる脚色された情報だけ……そして、それは当然嘘や強調が含まれている。


 私にはベテラン冒険者としての矜持があった。何もかもを知っているのではないにしろ、この世界について沢山のことを知っていると思い込んでいた。


 だが、彼が導いた世界は私が知るものとは全くの別物だった。

 未だ見ぬ強者。人を超えた戦い。存在するかどうかすら定かでは無かったこの世界を牛耳る組織の一角との死闘。


 彼が最終的にどこに行き着くのか、次第に私はそれを見たいと思うようになった。


 今、この場に私は他のみんなとは違う思いを抱いて立っている。

 彼に恋をするほどの時間を私は過ごしていないのだから、彼女達と同じような気持ちを抱くのは無理だ。


 興味本位でこの場に立つ私に、多分志島さん達は嫌悪感を抱くだろう。

 だが、この場に立つ者の数だけ、その目的が、思いがあってもいい筈だ。


 杖を構え、戦いをシミュレーションする。これだけの人数がいながらまるで勝てるビジョンが浮かばないが、それでも一度戦うと決めた以上、そこで引き下がる訳にはいかない。


 それに、先輩冒険者として後輩が頑張ろうとしているのに何もしない訳にはいかないからな。

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