「真価を示せ」〜偽りの神殺しの光〜

【榊翠雨視点】


 ミンティス歴2030年 9月12日 場所聖都、新神殿宮


【――システム起動。《神代空間魔法・夢世結界》の発動、完了しました。耐性及び無効スキルの無効化、超越者デスペラードの優位性無効化、HPゲージの表示、敗北時のペナルティ設定完了しました。この戦闘で敗北した場合、二十四時間の強制睡眠が適応されます。あらかじめご了承ください】


 ミンティス教国に宣戦布告した超古代文明マルドゥークのAIが表示され、淡々とルールを説明していく。


「……なんでそのAIを草子様が持っているんだ!」


「なんでって、屈服させたから? ……エンリ、禍根を断つために謝っとけ。元々お前が宣戦布告したんだしな」


【……なんで、エンリが原始人なんかに】


「エンリ……消すぞ?」


【…………申し訳ございません。ミンティス教国に敵意を向けてしまい、申し訳ございませんでした】


 草子さんの威圧はAIにも効くからな。ちょっぴりだけど、エンリってAIが可哀想な気がしてきた。


「……ところで、何故二十四時間の強制睡眠のルールがあるのだ?」


「ネメシスさん。もしバトルで負けてもジューリアを一人で行かせる訳にはいかないから追ってくるだろう?」


「……そっ、それは」


「だよな。そして、それは他の全員にも言える。そのための二十四時間の強制睡眠だ。寝てしまえば追って来られないだろう?」


 僕もネメシスさんと同じように負けた場合も草子さんを連れ戻すのを諦めるつもりは無かった。

 草子さんは僕達の行動を先読みして、対策を講じてきたということか。


「翠雨君、勝てばいいんだよ」


「そうだぜ。草子に勝てば向こうも文句は言えない――俺も孝徳も翠雨と旅をしてくれた草子には恩があるんだ。その恩人に刃を向けるってのはおかしいかもしれないけどよ。それでも、恩を返すにはこれしか無いっていうのなら、俺は戦うぜ」


 照次郎、孝徳……そう言えるのは草子さんの実力を知らないからだよ。

 ……かくいう僕も草子さんの底を見たことがない。一番長く一緒にいる聖さんですら、草子さんの全力を見たことがないって言っていた。


「それと、追加ルールだ。俺はある一系統の魔法しか使わない。それと、参加者全員に先制攻撃のチャンスをプレゼントしよう。これくらいハンデなきゃ勝てんだろう?」


 舐められているとは思わない。草子さんはそれほどのハンデがないと戦いが成立しないことを確信しているんだ。


【それでは、バトルを開始します】


「収束して迸れ、魔を滅する聖剣技――《夜明けを切り開く明星ルシフェル》」


「全天で最も輝く星の輝きよ、我が正義の心に宿りて、悪に堕ちたる愚鈍を断罪せよ――《全天焼き焦がす煌明セイリオス》」


 開始早々いきなり照次郎と孝徳が仕掛けた。

 二人の勇者固有技が草子さんに直撃する……これなら。


「……ああ、多少応えた。【自己修復】が無かったら確実に大ダメージを負ってた……えっと、HPの千分の一くらい?」


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HP:99900000/99999999

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 確かに、HPゲージから99,999減っている……確かに数値が大きいように見えるけど、草子さんにとっては一瞬で回復できるレベルのダメージ。


「――出でよ、魔精霊シャドウ・ジェルマン!! ――暴走せよ! 【精潰愚力】」


「――堕天比翼・暗黒士無双」


「〝届け、届け、我が祈りよ! 戦場に立つ我が愛しい人を癒せ〟――〝聖祈之治癒セイクリッド・ヒール〟」


「魔法剣・極寒の刃!」


「〝我が前に現れよ! 百獣の王〟――〝召喚サモン・サンライオン〟 ――獅子の怒りで焼き尽くせ!!」


「【最強之矛ツラヌケヌモノハナシ】。――【生贄ノ突サクリファイス・チャージ】ッ!!」


「収束して迸れ、魔を滅する聖剣技――《夜明けを切り開く明星ルシフェル》」


「全天で最も輝く星の輝きよ、我が正義の心に宿りて、悪に堕ちたる愚鈍を断罪せよ――《全天焼き焦がす煌明セイリオス》」


「嗚呼、神よ! その慈悲を青き光へと変え給え! その御心の光を宿し、遍く邪悪を粉砕せよ。その光で全て暗雲を薙ぎ払い、この世を再び清浄にして聖浄なる地へと戻し給え! その慈悲の一撃を持って遍く罪科と原罪を赦し給え――《神威宿りし熾天の光メタトロン》」


 勇者固有技でもHPを削れないことが判明した瞬間、僕達は一斉攻撃を仕掛けた。

 示し合わせた訳じゃない。だけど、これ以外に草子さんに勝てる方法を僕達は思いつけなかった。


「……さて、全員の攻撃が終わったようだな。……えっと、HPは9999999削られたか。なかなか痛かったぞ、今のは」


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HP:90000000/99999999

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 まさか、僕達の全力を以ってしても届かないなんて……。


 【自己修復】が発動され、草子さんのHPが全回復する。

 僕らが絶望に打ちひしがれたのは言うまでもない。


「んじゃ、今度はこっちからいくぞ。――万天照らす日輪の大杖アマテラス


 草子さんの手に、覇神皇の棍棒を素材にした最高ランクの杖が現れた。

 七十七の魔法を保存できる最強の杖……まさか、一系統というのはこの杖に入っている魔法ってことなのか?


「そう身構えなくてもいい。この杖に入っている魔法は使わんよ。〝偽りの破滅の光よ〟――〝ディエスイレ・フェイク〟」


 照次郎と孝徳の足元から光が溢れ、瞬く間に光の柱を形成した。

 その光が消えると、照次郎と孝徳が跡形もなく消えていた。


 まさか、草子さんの奥の手――〝DIES IRÆ〟の模倣! いや、模倣なんてものじゃない。模倣でありながら既存の【神聖魔法】を凌駕する威力……模倣だと侮れば瞬殺される!!


「〝破滅の光の奔流よ〟――〝ディエスイレ・ストーム〟」


 ――速い! しかも、この構えは!!

 そうか、ダーク●ターとイ●ルストームの模倣――それが、草子さんの新魔法の正体。


「草子さんの攻撃は光の柱を創り出すものとビームを放つものの二種類……いえ、足元から攻撃する単体攻撃技の三種類です!!」


「レーゲン、気づいたか。だが、遅い」


 〝ディエスイレ・ストーム〟でネメシスさん、ピエールさん、サンライオン、魔精霊シャドウ・ジェルマン、ペトラニーラさん、ユリシーナさん、ゼルガドさんが倒されてしまった。

 草子さんの魔法はどれも一撃必殺――当たった瞬間に敗北する。


「踊れ踊れ黒剣よ! 操剣ノ飛劇ダンシング・ブレイズ!!」


 【創剣】で今できる最大の黒剣を創り出し、【操剣】で草子さんに向かって突撃させる。

 その数、九千九百九十九万九千九百九十九本――今まで作り出したことのないほどの数の黒剣を創り出し、それを操作するという賭け。勝ったのは僕だ!!


「〝破滅の光の奔流よ〟――〝ディエスイレ・ストーム〟」


 まさか、黒剣を全部撃ち落としただと!! ……草子さんの方が一枚上手だったのか。


「――堕天比翼・暗黒士無双」


 ユーゼフ君が背後から草子さんに斬りかかる。


「〝偽りの破滅の光よ〟――〝ディエスイレ・フェイク〟」


 背後にも攻撃できるのか!?

 残るは僕一人……操剣ノ飛劇ダンシング・ブレイズも無効化された。

 僕は、僕は負けるのか……草子さんの気持ちを必ず変えると決意したのに、こんなところで……。


「残るはレーゲン君一人か。分かっただろう? 手加減した俺にすら勝てないお前らが部門長に勝つことは不可能。その上に立つという七賢者には到底及ばん。ただの足手纏いだ」


 分かっている。……僕達が居ない方が草子さんは羽撃けることは。

 でも、草子さんが「地球に帰りたい」という強い気持ちを持っているように、僕にも「草子さんと一緒に旅をしたい」という気持ちがある。


 ――だから、ここで負ける訳にはいかない!!


「……【終焉之炎】と【擬似限界突破】が統合され、【限界突破 覇極】へと上位互換化したか。後腐れない方がいいだろうから、今の全力を俺にぶつけてみろ。んで、ゲームオーバーにならなかったらカウンター喰らわすんでシクヨロ」


 この一撃で倒さなければ間違いなく敗北する。


「黒き大剣よ。覇を宿して敵を討て! 黒紋飛剣ダークネス・ブレイドブラスト!!」


 渾身全力――【限界突破 覇極】で強化された僕の全力は――。


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HP:9/99999999

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 ……しかし、一歩及ばなかった。

 そして、【自己修復】でHPが回復される。さっきの攻撃が無かったことにされてしまう。


「〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 刹那、僕の足元から〝ディエスイレ・フェイク〟よりも遥かに速い速度で光が溢れ、僕の意識は途切れた。



【白崎華代視点】


 私達は神殿宮のある聖都の中心部に向かって走った。

 戦闘の跡が都と至る所に残り、ここで壮絶な戦いが繰り広げられていたのが分かる。


「神殿宮はこの先にある。……でも、少しというか相当形が変わっているか」


 朝倉さんの【全マップ探査】は聖都を完全にマッピングしていた。

 その神殿宮の構造が変わった……壊れて無くなったとかじゃなくて?


「場所自体は変わっていないから、このまま進めばいいだろう」


 ここでいくら考えても仕方ない。神殿宮に行けば状況が分かる筈だから、このまま進もう。


 神殿宮のあった場所に向かうと見たことのない建物が建っていた。

 ……ここ、本当に神殿宮なの?


「こちら、ミント正教会総本山の新神殿宮です。こちら、現在関係者以外立ち入り禁止となっております」


 声を掛けてきたのは修道女シスター風の女性だった。

 その後ろには何人もの騎士が控えている。


「能因草子君の仲間の白崎華代です」


「……草子様のお仲間ですか? 草子様は現在、謁見の間にいらっしゃいます。戦争の事後説明の為だと仰っていました。……謁見の間までご案内致しましょうか?」


「お願いします」


 まさか、こんな簡単に草子君の行方を知ることができたなんて……案外拍子抜けだったな。

 修道女シスターを先頭に螺旋階段を登る。謁見の間は三階の奥にあるらしい。


「こちらが謁見の間になります」


 荘厳な雰囲気を感じさせる扉だ。……この先に、草子君が。


「それでは、私はこれで失礼致します」


「ありがとうございました」


 修道女シスターにお礼を言ってから私は重い扉を押した。

 その先に広がっていた光景は――。


「……なんだ、来たのか?」


 床に倒れているレーゲン君と、仲間の勇者二人? それから騎士風のお姉さんとおじさんと聖職者風の男女数人。

 そして見たことのない杖を持ち、双眸を鋭く見開いた草子君。


「まさか、草子君がレーゲン君達を?」


「安心しろ、殺しちゃいねえよ。全員眠っているだけだ。そして、これが場合によってはお前ら全員の末路になる。……白崎さん達が来るかもしれないとは思っていたよ。まあ、可能性はかなり低いと思っていたけどな。……一ノ瀬梓、てっきりお前は欲望のまま白崎さん達を【魅了】し、ハーレムパーティを築いていると思ったんだけどな。欲望のままに力を使う男だという偏見を持っていたことについては謝罪するよ」


「……ボクも不本意だけどね。本当は白崎さん達をボクのハーレムに加えたかったけど、彼女達には【魅了】は通じない。もう既に君に心を奪われているからね。……能因草子、君は君の行いが彼女達を悲しませているということに気づいているか?」


「はっ? 何を言っているのかね? 俺如きに白崎さん達が好意を持つとかあり得ないだろう? もし、現状そんなことになっているとしても、吊り橋効果のような状況に流されただけのことだ。異世界という非日常の状況があって初めて成立するような感情に流されて命賭けるとか意味分かんねえよな?」


 私は、いえ、私達はこの感情が、草子君への好意が本物だと思っている。

 地球に居た頃は草子君の一面だけを見て、目を背けていた。でも、異世界に来て、長い間一緒に旅をして草子君の優しさを、私達が見ようとしなかった多くのいいところを知って、好きになった。

 決して、この感情は紛い物じゃない。


「白崎さん達は何の目的でここに来たんだ? 俺は忙しい。これから国家同盟の議長の辞職手続き、エリシェラ学園の客員教授職辞職の手続きとジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国への旅の準備をしないといけないんだ。要件があるならとっとと終わらせてくれ」


 草子君は心底面倒そうにこっちを見た。

 間違いなく私達は草子君にとって招かねざる客なんだと思う。パーティから脱退して縁が切れた筈なのに、未練がましく居場所を突き止めて乗り込んでくるのだから。

 でも、そう思われてもいい。草子君と一緒に居られるのなら面倒な女だって思われるのも致し方ないと思う。


「草子君、戻って来て欲しい。また一緒に旅をしよう」


「その願いは、白崎さんの『クラスをもう一度一つにする』という願いと天秤に掛けてなお重要だと思えるものなのか?」


「……えっ?」


「そのクラスってのに俺は居ねえよ。俺は浅野ゼミの能因草子、あの高校に居場所は無かった」


 確かに、草子君の言う通りだ。私達は草子君を拒絶してクラスの一員として扱っていなかった。

 こっちの世界に来てから関わりを持っただけ。だから、草子君は私達のクラスメイトじゃない……確かにその理屈は通る。言い訳はできない。


「仲良しごっこならお前らだけでやってろ。それなら地球でも異世界カオスでもできるだろう? そもそも、お前らは本当に地球に帰りたいと心から願っているのか? 仮に願っていたとして、そのためなら命を捨てる覚悟があるのか? 俺にはある。だから超越者デスペラードに至れた。それが、俺とレーゲンの差であり、俺とお前らの差だ。……超越者デスペラードでなければ足手纏いにしかならんよ。覚悟が無いのならヴァパリア黎明結社との戦いで意味もなく命を散らすだけだ。――命は大切にしろよ。この世界では地球よりも命は軽いんだからな。という訳でお前らは正義の勇者ごっこや聖女ごっこをやってろ。主人公らしくな」


 これが、草子君の本音。


 草子君は誰よりも人の強さを見抜くことができる。そんな草子君が私の力を見誤る筈がない。

 つまり、草子君が私を勇者だと持ち上げる態度の裏には「白崎さんには勇者程度の力しかない」という本心が隠れていたってことか。


 まあ、薄々そうだとは思っていたんだけどね。草子君は皮肉屋だから。

 でも、その皮肉の裏に草子君の優しさが隠れていることも知っているんだよ。

 草子君は私達を危険に巻き込みたくない。だから、こうして距離を取ろうとしているんだってことも。


「私は――」


「言葉を弄するな。美辞麗句なら誰にでも並べられる。本気でヴァパリア黎明結社と戦うのであれば、俺と共に旅を続けたくば真価を示せ。まあ、要するに舐めプの俺を倒すくらいの力量を見せろってことだ。そんくらいできなきゃこの先の旅では完全に足手纏いだからな。ちなみに、レーゲン達はその戦いに負けた結果、二十四時間眠り続けることになった。――それでも戦うというのなら、全員眠り姫にしてやるよ」


 草子君と戦うことは前にもあった。でも、あの時は【精神魔法】に絞って手加減をしてくれた。

 でも、今回は違う。草子君の本気の一端が私達に向けられることになる。本当に舐めプならレーゲン君達が負けたりしない。


「……覚悟ができた奴は一歩前に出ろ」


 全員が一歩前に出た。――みんな、草子君に戻って来て欲しいという気持ちは一緒だ。


【――システム起動。《神代空間魔法・夢世結界》の発動、完了しました。耐性及び無効スキルの無効化、超越者デスペラードの優位性無効化、HPゲージの表示、敗北時のペナルティ設定完了しました。この戦闘で敗北した場合、二十四時間の強制睡眠が適応されます。あらかじめご了承ください】


「ルールはレーゲン達の時と同じだ。俺はある一系統の魔法しか使わない。それと、参加者全員に攻撃のチャンスをプレゼントしよう。……まあ、その前に聖女ラ・ピュセルとしての実力・・を試させてもらうけどな。それじゃあ、始めようか。レーゲンよりはマシな戦いを期待するぜ、天使サマぁ」


 草子君は杖先を私に向けて、不敵な笑みを浮かべた。

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