ROUTE5:美形兄妹との出会いとお菓子勝負。

 (元)我儘令嬢ロゼッタ[十歳] 場所フォートレス伯爵家屋敷


 お茶会当日。メイド達に明らかに私にもロゼッタにも不釣り合いな豪奢で煌びやかなドレスを着せられ、シャートと共にお茶会を主催するフォートレス伯爵家にやってきた。

 馬子にも衣装というべきか、ドレスを着せて化粧をしてもらった後の姿はそれなりの令嬢になっていた。……まあ、意地悪そうな悪役顔なのには変わりないけど。


「ロゼッタ様、シャート様。本日は当家のお茶会にご参加頂き、ありがとうございます」


 そう言って私達を出迎えてたのはフォートレス伯爵家の長女ノエリア=フォートレス、四人目の攻略対象フィード=フォートレスの妹だ。

 肩まで届くゆるくカールのかかったチョコレート色の髪に蜂蜜色の瞳を持つノエリアは私と同じ十歳。まだ社交界にデビューするには早いものの、伯爵家の長女として客人をもてなすことも多いらしい。……同じ十歳でも我儘放題やりたい放題のロゼッタや、破滅ルートの対策よりも執事をボコしている時間と図書館に籠っている時間の方が長い私とは大違いね。見習わないと……と言いたいのだけど、あの執事をどうにかしない限りお淑やかとは無縁な一生を送ることになりそうだわ。


 ところで、妹の方が来客を出迎えているのだけど、兄の方はどうしたのかしら?


「ところで、私の記憶が確かならノエリア様にはお兄様が居た筈なのだけど、お茶会には出席なさらないのかしら?」


「…………申し訳ございません。私の兄はあまりこういった場を好まないので……ですが、どこかで一度くらいは出席すると思います」


 ……多分聞かない方が良かったわね。

 ノエリア様、謝らなくてもいいのよ。ただ、気になっただけだから。


 そこからは私とシャートの二人で他の参加者に挨拶しながら回る。

 挨拶した何人かはロゼッタの変化に驚いていていたけど、それは致し方ないことだと思う。……私も傲慢に振舞っていたお嬢様の中身が知らぬ間に庶民と入れ替わったら、絶対に驚くわ。


 挨拶回りが一通り済んだら、いよいよメインのお茶会がスタートする。

 ちなみに、私は前世から大の甘党だ。夏休みや冬休みといった長期休暇には半日喫茶店の椅子を占拠してアフタヌーンティーを楽しみながらパソコンに向かってひたすら発表原稿を書くこともあった。

 ……うん、分かっているんだけどね。糖質依存症が下手な薬物依存より厄介なことは。……でも食べ出すと止まらないのよね。

 ちなみに、甘いものを食べると塩辛いものが食べたくなるタイプではないわ。


 しかし本当に美味しいわね。どのお菓子も絶品だし、紅茶もお菓子の美味しさを引き立てるものを選んでいる。

 ……別にフューリタン公爵家のお菓子が美味しくないと言っている訳でも、シャートのお菓子が劣っていると言っている訳でもないわ。女子力皆無な私からしたらどれも絶品だもの。


 丁度ノエリア様が近くにやってきたので、お茶とお菓子について聞いてみることにした。


「紅茶もお菓子も絶品でしたわ。お礼を伝えたいのですが、お菓子職人の方をご紹介して下さらないかしら?」


 すると、ノエリア様は顔を少し赤らめた。


「……実は、このお菓子と紅茶を用意したのは私です。といっても全て私が用意したという訳ではなく料理人にも手伝って頂きましたが」


 なんと、このお菓子と紅茶はノエリア様が用意してくれたもののようだ。

 ……なんで、攻略対象やライバルキャラは女子力が高いのに、私は女子力皆無なのだろう? 女子力(物理)すら無いわよ!


「……貴族の令嬢が自ら料理をするなんて、はしたないですよね」


 貴族の世界には自らが家事を行うことを品がないと考える風習がある。

 メイドは下級貴族が花嫁修行のために上級貴族の家でするものであり、上級貴族はメイドとして家事を行うことはない。上級貴族は自分達が家事を行わないことを一種のステータスとしているのだ。……私個人の意見を述べれば、あまりにも馬鹿らしい、薄っぺらいステータスだと思う。


「……私はそんなことは無いと思いますわ。私には美味しい紅茶を淹れることも美味しいお菓子を作ることもできませんもの。ですから、そんなに恥ずかしがることではありませんわ。寧ろ、胸を張るべきだと思いますわよ」


 私は当然のことを言っただけだと思うんだけど……眩しいくらいキラキラとして微笑みを向けられてしまった。

 まあ、喜んでくれて何よりだわ。……本当に当たり前のこと言っただけで、別に喜ばれるようなことは何もしていないと思うけど。


 その時、シャートが私の袖をぐいっと引っ張った。


「……お義姉様。……僕もお菓子作りできる」


 頬を膨らませて抗議するシャート、威力高過ぎるわ。

 お義姉さん、一撃でノックアウトよ。

 ……しかし、義弟よ。別に張り合わなくてもいいのだぞ。どっちも美味しいでいいじゃないか。……やっぱり、ダメ?


「…………ノエリア様、勝負したい」


「私とですか?」


「うん…………僕だってお菓子作りできる。だけど、このままだと僕が負けたみたいだから」


 ……義弟よ、ノエリア様が困っているではないか。

 というか、シャートが負けず嫌いなの初めて知ったわ。


「すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって。……もしよければですが、今度当家に遊びに来ては下さらないかしら?」


「……私なんかが行ってもよろしいのでしょうか?」


 ノエリア様は伯爵令嬢、私は公爵令嬢――同じ貴族でもその間には隔絶した差がある。

 私の家のお茶会に呼ばれるのは基本的に三つある公爵家と侯爵家……伯爵以下が呼ばれることはほとんどない。

 ……私はこの不文律をアホらしいと思っていた。そもそも貴族爵位が発言権の高さの指標以外に効果を持たなくなり単なる記号に成り下がったのに、矜持プライドの高いというかほとんど矜持プライドでできている貴族はたった一つの記号にしがみつく。見栄を張ろうとする。


「ノエリア様が遠慮する必要はありませんわ。お誘いしたのは私の方ですもの。――シャートが初めて対抗心を燃やしたのですから、折角芽吹いた芽を摘み取りたくありませんし、実は私には友人と言える友人がほとんどいませんから、実は友達になってくれたらなぁって下心もあったりするのですよ」


 私には友人と言える友人がほとんどいない。私の家にやってくる貴族もほとんどは公爵令嬢という肩書きがあるからお付き合いのために渋々やってくるという感じだった。

 この一年で多少は改善しようと努力してきたつもりだけど、あの傲慢姫ロゼッタが残した悪印象はなかなか払拭できない。


「分かりました。では、近日中にお伺いいたしますね」


 ノエリア様はそう言って花の咲いたような微笑みと共に了承してくれた。



 私達がノエリア様とお話ししていると、一人の美少年がお茶会の会場に現れた。


 不思議な色香を漂わせる黒髪黒瞳の美少年。

 彼が微笑むと瞬く間に令嬢達から黄色い声が上がる。


 私は彼に見覚えがあった。けど、それに気づくまでには幾分か時間が掛かったわ。

 彼の纏う雰囲気が私の知るものと全く別物だったから。


「私の兄のフィード=フォートレスです」


 私が少年に視線を向けているとノエリア様が紹介してくれた。

 四人いる攻略対象の一人でノエリアの実兄。……まさか、あの図書館にいた子がフィードだったとは驚きだ。


「はじめまして、ロゼッタ様、シャート様。ノエリアから紹介を受けたとは思いますが改めまして、フィード=フォートレスです」


「はじめまして、ロゼッタ=フューリタンですわ。この度はお招き頂き、ありがとうございます。……ところで、つかぬことをお聞きしますが、歴史がお好きなのですか?」


 私の質問が唐突だったからか、フィード様とノエリア様は唖然とした表情で固まった。


「……どうして、そう思われるのですか?」


「図書館で何度か分厚い歴史書をお読みになっているところを見たことがありますの……あまりにも熱中しておられたのでお声を掛けるタイミングを逃してここまで来てしまいましたわ」


「フィードお兄様は、毎日図書館に通っては勉強をなさっていますわ。まさか、お二人が初対面では無かったとは驚きでした」


 ノエリア様の目にハートが浮かんでいるわ。フィード様のことが好きなのね。

 所謂ブラコンという奴かしら。……もしかしたら、フィードルートでノエリア様が立ちはだかるのは兄が好き過ぎるからなのかもしれないわね。


 結局、フィード様が歴史好きなのかはその口から直接聞くことはできなかったわ。

 その後、一言二言言葉を交わしたらフィード様は他の貴族の挨拶回りのためにノエリア様を伴って行ってしまった。

 まあ、他にも参加者がいるのだし、私が独占するのもおかしな話よね。


 お茶会も終わり屋敷に戻ったら丁度イセルガが〝精神迷宮マインドラビリンス〟から脱出して可愛い女の子探しに出かけようとするところだったから、〝精神振盪マインドビート〟を撃ち込んでおいたわ。……いつになったら学習するのかしら? この変態は。



 フォートレス伯爵家のお茶会から五日後、ノエリア様が屋敷にやってきた。


「お招き頂きありがとうございます」


「そう畏まることは無いわ。……本当はお茶とお菓子でおもてなしすべきところなのだけど、シャートが厨房で待っているから一緒に来て下さらないかしら」


 礼を欠いているのは承知しているのだけど、今日の目的はお菓子勝負だからね。楽しいお茶会は勝負の後ということで。

 ちなみに、ノエリア様は可愛い系令嬢だけど、イセルガに襲われる心配はない筈だわ。事前に〝精神迷宮マインドラビリンス〟と恐怖の体験をループしてみせる〝恐怖幻影テラービジョン〟を掛けておいたから。今頃鉈を持った悪役令嬢に指を一本一本落とされていっていると思うわ。


「……ノエリア様、待ってた」


 厨房に入ると既に万全の体制を整えたシャートが待っていた。

 その腕にはいつも持ち歩いているウサギの人形――ラビラビの姿もある。


「ところで、お題は何にしますか?」


 お菓子勝負をするということが決まっているだけで、まだ具体的に何を作るか決めている訳ではない。


「……前に作った時にお義姉様に褒めてもらったクッキーがいい」


 ……義弟よ、何故背水の陣を敷く?


「……ノエリア様、それでよろしいでしょうか?」


「クッキーですわね。分かりました。――勝負です、シャート様」


 あれ? ノエリア様も意外と乗り気だ。


「……ラビラビ、僕に力を貸して」


 シャートがそう呟いた瞬間、ラビラビが巨大化して人間大になる。

 これが、シャートのユニークスキル【カワイイワールド】だ。人形を巨大化させたりもふもふの壁を生み出したりととにかく可愛いことならなんでもできる。


 ラビラビが助手の役割を果たし、形勢は二対一……だけど、人数が多い=勝ちじゃないものね。

 この勝負、どっちが勝つか気になるわ。……まあ、どっちが勝ってもフォローしないといけないのだけど。


「私は審査に参加してくれそうな方を探してきますね」


 ここは、料理長に任せて私は審査に参加してくれそうな方を探してくることにする。

 私一人だと不公平が生じそうだしね。だって、シャート、反則なくらい可愛いのですもの♡


 屋敷を歩いていると、掃除道具を持った二人のメイドが前方からやってきた。


「あれ? ロゼっちじゃないですか? こんなところで一体どうしたんすか? 今日は来客がある日じゃなかったっすか?」


「リノ、お嬢様に失礼。このままだと良くて解雇、最悪の場合は不敬罪で死刑になる」


 テンションの高いメイドはリノ=マエルフィス。リノに注意の言葉をかけるメイドはモニカ=フェドーナ。

 二人ともフューリタン公爵家の信頼も厚い優秀なメイドだ。


「私はそんなことで怒ったりしませんわ。寧ろ、それくらいフレンドリーな方がいいですわよ」


「…………ロゼッタお嬢様、甘やかしてはダメ。リノは脅しておかないとすぐ調子に乗るから」


「モニカっち、聞こえてるっすよ」


「……リノ、そのモニカっちってのやめて。なんか馬鹿にされているみたいで腹がたつ」


 どうやら、腹がたっているのはモニカの方だったようだ。


「そうだ、リノさん、モニカさん。良かったらお菓子の採点してくれませんか? 今、シャートとノエリア様がお菓子作りで勝負しているのだけど、審査員が足りなくて」


「ウチ、お菓子大好きっす! やったー! ただで美味しいお菓子が食べられるっす」


「……リノ、少しは欲望を隠そう。……お嬢様、私達で本当にいいのですか?」


「お二人にご迷惑をお掛けしないのであれば、お二人にお願いしたいですわ」


「ウチらは、とりあえずこれを片付けたらしばらく休憩の予定だったっす。大丈夫っすよ!」


 よし、審査員二人ゲットだ。……やっぱり私が参加すると不公平だし、もう一人くらい欲しいな。そうだ!


「それから、ラナメイド長にも声を掛けて下さらないかしら?」


「えー! ラナっちも参加するの。ロゼっち、呼ばない方がいいっすよ。あの鬼メイド」


「……リノ、後でラナさんにリノがそう言ってたって報告しておく。畏まりました、お嬢様。ラナメイド長に伝えて参ります」


 涙目になったリノを放置してラナメイド長の元に向かうモニカ。

 やっぱり仲良いよね。ベストパートナーだよね!



「お二人とも甲乙つけがたいですね」


 そういったのはラナメイド長だ。カゴに入ったクッキーを食べ比べながら渋い顔をしている。


「確かに……これは単純に好みの話っすね。ウチはシャートっちのクッキーに一票っす。このしっとり感が堪らないっす」


「……リノ、その呼び方シャート様に失礼。私はノエリア様のクッキーの方が好きかな……この香ばしい感じがたまらない」


 迷った末にリノはシャートのを、モニカはノエリア様のクッキーを選んだようだ。


「…………どうやら、今回は引き分けみたい。悔しいけど」


「シャート様、またいつでもお相手致しますわ。私も悔しいですから」


 あら? ノエリア様もシャートに触発されちゃったかな?

 ……元々負けず嫌いだったのかもしれないけど。


 そこからは勝負関係なしで全員でお茶会だ。ラナメイド長とモニカは遠慮したけど(リノは最初から参加するつもりだった)、二人をなんとか説得した。

 その後、ノエリア様も度々屋敷を訪れるようになった。ノエリア様の趣味が読書であることが分かり、ロマンス小説を紹介してもらうことも増えた。

 しかし、この出会いが新たな波乱を引き起こすとはこの時の私には想像もつかなかったわ。

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