【一ノ瀬梓視点】腐女子達とも仲が良いコミュ力高めオタク君は異世界で戦乙女となって百合ハーレムを築く夢を見るか。

 その日の昼下がりもボクは志島さん達と仲良く教室で昼食を囲んでいた。

 男子一人に対し、女子三人という他の男子が見れば羨ましがりそうな状況だが、だからといって「お前だけ女子にモテやがって」と殴り込みをかけてくる男子はいない。


「ねえ、梓ちゃんは進藤君と久嶋君だったらどっちが攻めでどっちが受けだと思う?」


 そう、会話の内容がBL……つまりはボーイズラブなのだ。

 この会話についていける男子は恐らくボクを除いていないだろう。


 ちなみに、ボクの場合は志島さん達以上に業が深いことを自覚している。

 百合、BL、NL、異類婚姻譚、どれもアリだ。まあ、「この中でどれが一番」と尋ねられたとすれば、美少女同士の百合を選ぶけど。


 志島さん達はBLとNL以外はあまり好んでいないらしいが、それでも毎回ボクを食事に誘ってくれるのはクラスでBLについて語れる腐女子が彼女達三人以外にいないからだろう。そこで、全方面にそこそこの知識を有するボクに白羽の矢が立ったようだ。

 まあ、ボクは見た目こそ女の子と間違えられるような容姿だけど生物学上は男だから(心がどっちかはあえて言わないけど)、腐女子じゃなくて腐兄だけどね。


「う〜ん、どっちかっていったら進藤君の方が攻めじゃないかな?」


「いや、久嶋君が攻めってのも捨てがたいよ」


「その辺りは意見が分かれるだろうね。どっちが正解という訳じゃないし、個人の主観ってことでいいんじゃないかな? あんまり意見を押しつけすぎると友情破壊に繋がりかねないし」


「まあ、クラスでこういう会話をできるのも志島さんと薫ちゃんと梓ちゃんだけだしね。険悪な感じになったら大変だよ」


 こういうどっちが攻めでどっちが受けかという討論で喧嘩になってそのまま絶交という話もその界隈ではよくあることだ。

 そうなる一歩手前で自制が効くだけこのグループはまだ大丈夫なのだろうが、何かの拍子に友情が破壊される、なんてことがあり得るのかもしれない。


 その後も他のクラスの男子を話題に出しながら昼食を楽しむ。周りの男子達はげんなりしていたようだが、そんなことで止まるほど腐女子や腐兄は臆病ではない。


 いつもと変わらない日常の筈だった。だったのに、その日常は突如として破壊されてしまった。

 なんの脈略も無く教室の床に現れた幾何学模様――当然ながら一度も見たことがないものだったけど、それが何なのかをボク達は理解していた。


「あ〜、異世界召喚だね。創作の世界では溢れかえっている現象だけど、遂に現実にも来たかぁ」


「う〜ん、私あんまりその手の作品は読まないからよく分からないけど、梓ちゃん異世界ものって読んだりするの?」


「まあ、一応オタクを名乗るのに必要な教養だから一通り目は通しているけどね。しかし、結構マンネリ化しているから、そろそろ新風を吹き込んだ方がいいジャンルかもしれないな。……例えば、異世界が転移してくるとか、銀河単位で召喚されるとか」


 銀河単位で異世界に召喚されるなら、異世界で異星人と交流という展開もありそうだ。異世界ものであり異星ものでもある、確かにそれなら面白そうだ。


「しかし、異世界かぁ。王子様とかいるのかなぁ? ワイルド系の異国の王子様とのカップリングってのも見てみたいわね」


「それ良いわね。想像するだけでドキがムネムネするわ」


 志島さん達は意外にもこの異世界召喚に楽しみを見出したようだ。意見こそ出していないものの、柊さんも嬉しそうに刻々と頷いている。


『――絶対に諦めないッ! 俺は、必ず大学に入学し、浅野教授のゼミに入る!! 約束したんだ、そのために頑張ってきたんだ!! その思いを、浅野教授との約束を絶対に諦めてたまるものですかァァァァァァァァァ!!!!!!』


 ボク達は異世界に召喚されることを半ば当然のことのように受け入れていた。

 他のクラスにいた人達もきっとボク達と同じでこの状況を受け入れていたか、或いは状況を把握できずにいたかのどちらかだっただろう。

 だが、たった一人だけこの異世界召喚に抗おうとしていたクラスメイトがいた。


 そのクラスメイトは、変態性が原因でクラスメイト全員から距離を置かれているが、本に対する造詣の深さはクラス随一。

 そのため、織田君達や志島さん達も(勿論ボクも)「彼の紹介に間違いはない!」と幾度となくオススメの本を紹介してもらっている。……その度に能因君は「いつもは変態扱いするのに、こんな時だけ頼りやがって」って気怠げにジト目を向けてきたけど。物凄く目付きが悪いから気怠げな筈なのに背筋が凍るほど怖かったけど。


 そのクラスメイト――能因君が、椅子を持って幾度となく窓を殴った。だが、異世界ものではお馴染みの結界に阻まれる。

 クラス随一のオタクである織田君達をして「あれは別次元だ」と言わしめる能因君ならば、その行為がいかに無駄なのかを理解していただろう。


 だが、能因君は止まらなかった。幾百度、いや幾千度椅子で窓を殴っただろうか? 遂に決して壊れない結界にヒビが入り始める。

 能因君はその結界の綻びに向かって思いっきりタックルを喰らわせた。


「あれ? これって、異世界もののテンプレが破られる歴史的瞬間に立ち会っているんじゃない? クラス召喚されたけど魔法陣に入らずに主人公だけが残ったり、屋根裏の点検用ハッチから脱出したってのはあったけど、幻想をぶち壊さずに気合と根性で異世界魔法を打ち破った奴は初めて見たよ。……まあ、それをしたのが能因君だと『ああアイツならやりかねない』って思っちゃうけどね」


「う〜ん、よく分からないけど、テンプレ展開は変えられないみたいだよ。ほら、魔法陣から光の触手みたいのが現れて窓の外に向かって勢いよく飛び出した」


 能因君を追いかける触手を見て、そんな会話を志島さんと交わしたのを最後に、ボクの視界は真っ白に埋め尽くされた。

 その眩しさに思わず目を閉じてしまう。



 目を開けるとどこまでも真っ白な部屋が広がっていた。

 どうやら教室にいた全員が転移されたようで、その中には他クラスの生徒の顔もある……が、能因君の姿だけは無かった。無事に脱出できたのだろうか?


「ねえ、梓ちゃん。一応異世界もののテンプレについて教えてくれないかしら」


 少し離れたところに転送されたらしい志島さん達がこちらに走ってきた。

 その時の第一声がこれだ。確かに、この状況で一番聞くべきことだよね。

 ボクは掻い摘んで異世界もののテンプレを教えた。勿論、それが全てこれから行く異世界では通用するとは限らないという補足を付け加えて。


「ありがとう、梓ちゃん。やっぱり持つべき者は友だね。ところで梓ちゃんは、どうする? 良かったら私達と一緒にパーティを組まない?」


 志島さんの提案は正直嬉しかった。だけど、ボクにはオタク仲間の織田君達もいるし、折角の異世界なんだからソロプレイをしたいという気持ちもある。


「……う〜ん、まだ決められないな。織田君達とも相談してみたいし、ソロプレイも捨てがたいなって思ったり。もう少し考えてから答えを出してもいいかな?」


 志島さん達は「よく考えてから、決めてくれればいいよ」と言ってくれた。


 一方、ボクが一緒にチームを組む候補として考えていた織田君達はその場にいる全員に異世界ものの基礎情報を話すと、この召喚の元凶らしい仙人みたいな神様からタブレットを強奪してスキルを獲得したようだ。


『オタク共を取り押さえろ! 虎雄、白鬼、大介、猛!!』


 でも、織田君達をこき使って異世界を楽に生きようとする佐伯君達が動き出し、織田君達を追いかけた。


 結果、織田君達と一緒に行動していた犬吠埼君が丑寅君に捕まった。

 織田君達を追いかけた木村君は、楠木君を捕らえるも最後の足掻きで楠木君諸共扉の中に入った。


『ちっ、一人だけか。まあ良い、俺達も行くぞ!』


 佐伯君は木村君がいないことを気にする素振りすら見せなかった。捕まえた犬吠埼君の首根っこを掴んでそのまま扉の奥に消えていく。

 こうして織田君達とパーティを組むという構想は織田君達に相談を持ちかける前に呆気なく崩落した。


 その後の空気は最悪だった。誰も動かないまま時間ばかりが過ぎていく。

 ボクは地面に落ちているタブレットを拾い上げた。誰も動かないなら、先にスキルを得た方がいい。こういうのは早い者勝ちなのだから。


 う〜ん、色々なものがあって迷うな。……あれ、【性転換】がある。なんでこんなのがあるんだろう? ボク以外には誰も得しないスキルだよな。

 ボクは美少女同士の百合が大好きだといったけど、それはただ漫画で見たい、動画で見たいという訳ではない。


 実際にボクも女の子になってそんな風に百合百合しいことをしたいという願望を持っていた。

 まあ、そんな夢は叶わないと思ったけど、目の前にはその叶わないと思っていた夢を完璧な形で変えられるものがある。


 タブレットの中からボクはこの【性転換】スキルとチートスキルの【魅了】、アイテム詰め合わせ《戦乙女ヴァルキューレ》と戦乙女ヴァルキューレの四つを選んだ。

 【魅了】を選んだのは、百合百合しい展開にもっていくのに使えそうだから。


 手元に真っ白な大袋が現れる。……おっ、重い。ボクの細腕には厳しいな。


「あの、皆さん。ボクもそろそろ行こうと思います。正直、こんな奴らのために・・・・・・・・・何かをしてあげたいとは露ほども思いませんから。志島さん達もこんな奴ら放っておいてスキルを選んだ方がいいですよ。早い者勝ちみたいですし」


 一応志島さん達に警告してから扉を潜る。



 異世界生活一日目 場所???大山脈、洞穴


 扉を潜ると、そこは洞穴だった。そこまで広い訳でもなく、温度も湿度も丁度いい。

 他に生物の気配もなく、異世界ものテンプレの一つ――転送先で魔獣に遭遇するという展開だけは避けられたようだ。


 う〜ん、まずはステータスを確認したい。やっぱり異世界と言えばステータスだからね?


「STATUS!!」


 なんとなく英語っぽく発音したら半透明のウィンドウみたいなものが表示された。

 よし、確認してみよう。


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NAME:一ノ瀬梓 AGE:16歳

LEVEL:1 NEXT:10EXP

HP:18/18

MP:19/19

STR:60

DEX:30

INT:10

CON:20

APP:100

POW:20

LUCK:5


JOB:戦乙女ヴァルキューレ(性別不一致のため無効)


TITLE:【死出の案内を仕る戦乙女】(性別不一致のため無効)


SKILL

【槍術】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【無拍子】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【無念無想】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【刺突】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【連続突き】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【螺旋槍撃】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【閃光槍撃】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【貫通】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【薙ぎ払い】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【振りかざし】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【聖刃】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【縮地】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【光魔法】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【苦痛耐性】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【打撃耐性】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【恐怖耐性】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【騎乗】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【乗馬】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【自己治癒】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【魔力治癒】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【魔力操作】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【魔力付与】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【魔力制御】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【気配察知】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【魔力察知】LEVEL:1(性別不一致のため無効)

【性転換】LEVEL:1

【魅了】LEVEL:1


ITEM

・アイテム詰め合わせ《戦乙女ヴァルキューレ

・学生服


NOTICE

・通知一件

→未使用のポイントが後100あります。

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 なるほど、やっぱり性別不一致だと無効化されるのか。

 だけど、ボクには【性転換】がある。よし、早速使用しよう。


 【性転換】を発動するとボクの身体に変化が現れた。真っ平らだった胸が双丘を築き、股間にあったものが消失する。胸はFカップくらいかな? どうやら頭でイメージしたような姿になっているようだ。

 少し長めだった髪は腰ほどの長さにまで伸び、髪質が柔らかくなる。

 ……うん、服がキツキツだよ。胸とお尻のところがかなり、というかはち切れそうなくらい苦しい。男子生徒のブレザーを女子の身体で着るのには無理があるな。


 流石に人がいないところでも生まれたままの姿になるのは恥ずかしいので、着替え用に用意したアイテム詰め合わせ《戦乙女ヴァルキューレ》を開封する。

 中には精緻な百合の彫刻が施された槍と、マーメイドラインのスリットの入った純白のドレス、胸当、兜、籠手、盾、上下下着、ハイヒールが入っていた。


 着ていたキツキツの服を脱ぎ、ブラを付けとショーツを履く。……おっ、フィットする。どうやら着る人の体格に合わせて補正する効果があったようだ。

 次にマーメイドラインのドレスを着る。……艶めかしい肢体の線が出るなかなか煽情的な感じになっているのではないかな? 見下ろすだけでも、特に胸がヤバイ。スマホの鏡アプリを使って確認したら、相当エロかった。


 胸当てをつけ、兜を被り、籠手を装備し、靴をハイヒールに履き替える……動き辛い。槍と盾は後回しにして、とりあえずステータスを確認。


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NAME:一ノ瀬梓 AGE:16歳

LEVEL:1 NEXT:10EXP

HP:18/18

MP:19/19

STR:60

DEX:30

INT:10

CON:20

APP:100

POW:20

LUCK:5


JOB:戦乙女ヴァルキューレ


TITLE:【死出の案内を仕る戦乙女】


SKILL

【槍術】LEVEL:1

【無拍子】LEVEL:1

【無念無想】LEVEL:1

【刺突】LEVEL:1

【連続突き】LEVEL:1

【螺旋槍撃】LEVEL:1

【閃光槍撃】LEVEL:1

【貫通】LEVEL:1

【薙ぎ払い】LEVEL:1

【振りかざし】LEVEL:1

【聖刃】LEVEL:1

【縮地】LEVEL:1

【光魔法】LEVEL:1

【苦痛耐性】LEVEL:1

【打撃耐性】LEVEL:1

【恐怖耐性】LEVEL:1

【騎乗】LEVEL:1

【乗馬】LEVEL:1

【自己治癒】LEVEL:1

【魔力治癒】LEVEL:1

【魔力操作】LEVEL:1

【魔力付与】LEVEL:1

【魔力制御】LEVEL:1

【気配察知】LEVEL:1

【魔力察知】LEVEL:1

【性転換】LEVEL:1

【魅了】LEVEL:1


ITEM

・聖槍ロンゴミアント

・星辰のマーメイドライン

・ヴァルキューレの胸当

・ヴァルキューレの兜

・ヴァルキューレの籠手

・ヴァルキューレの盾

・ヴァルキューレの靴

・補正|(する)下着

・学生服


NOTICE

・通知一件

→未使用のポイントが後100あります。

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 よし、性別が女になったことでスキルが全て解放された。これで【性転換】と【魅了】以外も使える筈だ。

 さて、次は実戦か。……だけど、その前にハイヒールに慣れないとね。

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