【木村猛視点】もしオタク三人のパーティに不良が一人取り残されたら。

 俺にとって、いや俺達にとって、オタとは苛めるのに恰好の相手だった。

 あの陰鬱な奴らはちょっと脅かせばすぐに言うことを聞く。まあ、俺も本当のところは佐伯様のお零れに預かっているだけで、俺一人だったらオタ達を扱き使うなんて大それたことはできないと思う。


 まさに、ゴリラの威を狩る狐……じゃなかった虎の威を借る狐だが、それを卑怯だと思ったことは一度たりとも無かった。

 佐伯様は人使いが荒く、取り巻きの俺達もパシらせたりとんでもない要求をすることもある。「俺のものは俺のもの、てめえのものも俺のもの。全て俺様によこせ!」というどこかで聞いたことがあるような、ちょっと改変されているような性質を地でいくような人物だが、それでも苛めの対象にされるよりはずっとマシだ。それに、オタ達を苛めて優越感にも浸れるし、ね。


 さて、その日も俺のやることは変わらなかった。異世界に召喚されたって変わらなかったのだから、ずっと変わらないと思っていた。

 佐伯様の側を離れる時か、或いはそんな機会が来なければ死ぬまでずっと、ずっと変わらないと思っていた。


 でも、違った。クラスの連中にとって、異世界に召喚された瞬間が日常を破壊された瞬間だったのだろうが、俺の場合はそれより少し後……捕らえた楠木に引っ張られて扉に入ってしまった時だった。



 異世界生活一日目 場所???草原


 俺はオタ達に囲まれていた。楠木が俺の腕を噛んで脱出し、勢力的には三対一。

 俺は不良の部類に入るかもしれないが、喧嘩の腕はせいぜい人並みより少し上程度、三人を相手にして全員倒しきるほどの余裕はない。


「お前らのせいだ。お前らさえ犬吠埼君を捕まえなければ、俺達は俺達全員の夢だった異世界生活を満喫できた。……後田君、楠木君、コイツどうする? バラす? バラして投棄すてる?」


「いや、バラすのは流石に……ほら、殺すと自分の手を汚すことになるじゃん。こんな小物を殺して他の同郷の奴らに何か言われても嫌だし、ここは張り付けにしてから死なない程度に串刺しにしていくってのは?」


「いや、それでも衰弱して死んじゃうだろうし、絶対後で後ろ指刺されることになるよ。やっぱり、ここは荷物持ちとかやらせてこき使ってきた不良に日頃の恨みファイアした方が実益があると思う」


「「「わいのわいの」」」


 いや、わいのわいの、じゃないよ! とてもわいわいできる内容じゃないよ!! だって場合によっては人死が出るもん……俺っていう。


「で、こんなエセ不良は一旦放置して」


「いや、放置すると逃げられそうだし……あっ、丁度大量の草があるからこれを編み上げて縄にして縛っておこう」


 はい、縛られました。普段から異世界に召喚されたらどうするかってのを話し合って楽しんでいるらしいオタなのでこういうサバイバル知識も豊富なのだろうか?

 うん、全然解けない。


「とりあえず、ステータスだな」


「異世界ものといえばステータスだけどどうやって見るんだろう。『我が裡に眠る暗黒よ、真理を示せ』……みたいな?」


「厨二病乙。年齢的に高二病は早いし、厨二病拗らせているのか?」


「……いや、普通にステータス出せたけど」


「マジでか、まさかこの異世界は厨二病が最強な異世界なのか? 我が裡に眠る暗黒よ、真理を示せ――おっ、開けた」


「楠木君も織田君も冗談が過ぎるよ……我が裡に眠る暗黒よ、真理を示せ――あれ、本当だ、開けた」


 オタ達はステータスを見て盛り上がっている。オタには聞こえないくらいの小さな声で「我が裡に眠る暗黒よ、真理を示せ」って言ってみた。屈辱だった、恥ずかしかった。くっ殺だった。……女騎士じゃないけど、ただの不良なんだけど。


 とりあえず、ステータスに目を通す。オタ達のステータスが見えないように、オタ達からも俺のステータスを見ることができないようだ。他人のステータスを見るためには何かしらのスキルが必要なのかもしれない。


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NAME:木村猛 AGE:16歳

LEVEL:1 NEXT:10EXP

HP:20/20

MP:10/10

STR:80

DEX:50

INT:10

CON:30

APP:10

POW:30

LUCK:8


JOB:魔剣士ダークナイト


SKILL

【暗黒】LEVEL:1


ITEM

・鉄の剣

・学生服


NOTICE

・通知一件

→未使用のポイントが後100あります。

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 スキル欄がスッカスカだ。佐伯様に急かされて適当に選んだツケが回ってきたのだろう。

 他の不良達はきっちりスキルを選んでいたようだし、あっちは問題無いだろう。……こっちは絶望的です!!


 これじゃあ、オタ達に一矢報いることもできない。

 鉄の剣で一体何ができるというのだ! 絶対あっちはチート武器で固めているだろ!!


 オタ達が楽しそうに情報交換をしているのに耳を傾けながら、俺は何度目になるか分からない溜息を吐いた。



 異世界生活二日目 場所???草原


 オタ達は連携を確認するために近くに出現する魔獣を倒しに行くようだ。

 三人で行こうとしていたところ、「俺も連れて行ってくれ」って泣いて懇願したら「どうせ戦えないんだろう? なら荷物持ちしろ」って黒い笑みで返された。

 縄こそ解いてもらったが、完全に俺はオタ達の奴隷だ。苛められていた方が反転して苛めっ子になっただけにしか見えないが、それを指摘すると殺されそうなのでやめた。異世界で最も恐ろしいのは抑圧され続けたオタなのかもしれない。


「イノシシ発見、視認三つ。……魔獣じゃないな」


 この世界には魔獣以外に普通の動物も存在するらしい。魔獣と動物の差は魔力を有しているか、そして食べられるか食べられないか、この二点らしい。……これはあくまでオタ達の推測で実際にはもっと厳格な法則があるのかもしれないが。

 魔獣が食えないライトノベルが意外とあることを知っていたオタクは、倒した魔獣肉を俺の口の中に放り込んで毒味させた。凄い刺激で思わず吐き出した。どうやら、物凄い強力な猛毒が含まれていたらしい。流石に可哀想だと思ったのか、どこから汲んできたのか水をくれた。本当はオタもいい奴なのかもしれない……ただ、相手が不倶戴天の敵だからこういう対応をしているだけで。


 【魔力察知】を取っていたらしい弓使いアーチャー後田うしろだ修治しゅうじによって魔獣と動物を一応見分けられるようになり、魔獣は殺してEXPに、動物は倒して食事にするというパターンができ上がった。

 ちなみに俺の仕事はその動物肉を即席で作った拠点に運ぶことだ。うっ、生臭い。


 なんとか吐き気を堪えながら、拠点に到着。純白の甲冑を着て聖剣を装備した聖騎士パラディンの織田を中心に火起こしを開始する。

 ちなみに、魔法は詠唱を知らないと使えないことが【全属性魔法】を持つ聖騎士パラディンの織田の口から語られた。

 このパーティには魔法使いが織田を除いていない。魔法系に偏った面々は今頃どうなっているのだろうか?


「ほら、木村君。君の分の肉だよ」


 俺は無意識にクラスメイト達に思いを馳せていると、織田が骨つき肉を目の前に出していた。

 まさか、俺の分まで肉を用意してくれるとは思わなかった。あれだけのことをされたのに、何故飯を恵んでくれるのだろう。そのまま放っておけば俺を餓死させることだってできるのに……どうして?


「いや、やっぱり殺すのも餓死させるのも寝覚めが悪いって話になって。お前、いやお前らのことは今でも憎い。だけど、それとこれとは話は別だ。……これは、肉を運んでくれた分のお礼だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから気にせず食え。じゃないと、俺が食うぞ」


「うん……ありがとう」


 織田から貰った肉は美味しかった。地球ではもっと美味しいものが沢山あった筈なのに、この時ほど美味しいと思ったことは無かったかもしれない。

 頑張って肉を運んだからだろうか? 僅かばかり織田達に認めてもらえたからなのか? どっちなのかは最後まで分からなかった。



 異世界生活五日目 場所???の洞窟


 それから、俺は織田達と行動を共にした。勿論、織田達を支配下に置くという当初の野望は今も変わらない。そのために色々と知恵を巡らせているが、なかなか妙案は浮かばない。

 一方、織田達も俺に対する扱いを改めることは無かった。ただ、食事は分けて貰えるし、最低限の自由は保証してくれる。


 草原での戦闘にも慣れた五日目、織田達は近くの洞窟に挑戦することにしたようで、俺を伴って洞窟に入った。

 出てくる魔獣は、織田達によればファンタジーでよく出てくるゴブリンらしい。そういえば、昔やっていたRPGでもゴブリンという雑魚敵が居た気がする……随分古い話だからあんまり覚えていないけど。


 つまり、俺は織田達をオタクと言いながらも、同じ文化を人生の一部ではあるものの経験していたということになる。果たして、オタクはキモいという権利が俺にあるのか? ……考えれば考えるほどに苦しくなってくる。自分の自己同一性アイデンティティが保てなくなる。そうなってしまったら、俺はもう終わってしまうだろう。

 改心とは果たして良いことなのか? これまでの人格を喪ってしまうのに、恐ろしさは無いのか? 俺は今までの自分を否定することが怖い。自分の卑怯さを、佐伯様の威を借りて威張っていた俺を否定したら、もう俺という人間が――木村猛という人間が世界から消えてしまいそうで恐ろしい。


 織田達は進んだ。ゴブリンの死体が無造作に積まれていく。

 かなりレベルが上がっているのだろう。俺はまだレベル一だ。真面に戦わせてもらったことはない。ずっと荷物持ちばかりをさせられて戦闘に参加させてもらっていない。

 織田達のレベルはどんどん上がる。その度に差が広がっていく。この世界でレベルとは唯一絶対の指標だ。その筈だ。だから、その差が広がるということは、織田達に逆らえなくなっていくということを意味している。


 織田達は進む。俺も後ろからついて行く。そして、遂に拓けた場所に出た。

 少ない知識を手繰り寄せて出した結論は、ボスの間。織田達は装備を確認し、敵襲を警戒する。


 敵は突如として現れた。誰もが予想しなかった地面の下から。

 洞窟の床を破壊し、その長い胴体を露出させる。

 その姿は蚯蚓ミミズの筈だ……だが、とにかくデカイ。露出している部分だけで五、六メートル程度あるのではないだろうか?


「敵、ワーム系と推定」


 後田によれば、この蚯蚓ミミズ型の魔獣はワームと推定されるようだ。

 織田達の異世界知識がこの世界にどれほど通用するのかは分からないが、仮称でワームと呼ぶことにしよう。


 織田は聖剣を持ち、楠木はアイテム詰め合わせ《武闘家モンク》に入っていたグローブを装備して突撃するが、そこまでダメージを与えられている様子はない。

 後田は遠距離から矢を放って攻撃するが、こちらはそれ以上にダメージを与えられていないようだ。


「ギィィァァァァァア!!!」


 ワームが突如奇声を上げた。その瞬間、大口を開けたワームが楠木へと襲い掛かる。楠木は上手く回避したようだが、その突撃の際に完全に地面から這い出たワームの胴体を鞭のようにくねらせてぶつける攻撃によって後方の壁まで飛ばされる。


「楠木君!」


 織田は楠木が吹き飛ばされたという事実に衝撃を受け、固まった。その一瞬の隙が命取りだった。

 ワームは困惑する織田に狙いを定めて攻撃する。ステータスの高い織田だが、それは能動的に行動した場合であって無防備な状態ならば普通の人間とそう大して変わらない。

 織田はあっさりと吹っ飛ばされた。残るは後田と俺だけ。その後田に決定打はない。


 そして、俺の後ろには通路がある。このまま脱出すればオタ達から解放される。オタ達を支配することはかなわないが、晴れて自由の身になれるのはプラス……の筈だ。


 そう、ここから逃げてしまえばいい。だが、逃げ出せない。逃げ出したくない。


 織田、後田、楠木の顔が走馬灯のように過ぎ去る。

 いつからだろう? 織田達を失いたくないと思ったのは。苛められる側が苛める側に変わっても結局甘さのあった織田達。その甘さに絆されたのか?


 どうやら、織田達との生活も案外悪いものじゃなかったらしい。別にMとかじゃないよ。そういうことじゃなくて……よく言い表せないけど。


 鉄の剣を強く握る。握って覚悟を決める。スキル【暗黒】を発動する。急速に体力が削られていくことを実感する。

 死ぬほどに辛い。魂が削られるような感覚。意識が削られるような感覚。その全てを空元気で一蹴し、鉄の剣を思い切り振りかぶって投げる。

 その瞬間【暗黒】を解除。HPは1/20……後一撃受けたら命を失うであろう、ギリギリ。


「織田、後田、楠木!! 今のうちに逃げるぞ!!!」


 吹き飛ばされた織田と楠木も意識だけは吹き飛ばされていなかったようで、なんとか立ち上がる。

 ワームはまだ死んでいない。レベル一の俺では仕留めきれなかった。だが、なけなしのHPを19削った価値はあったのだろう。かなりのダメージを受けている。

 だが、それでも戦闘を続行するのは無謀だろう。少なくとも俺は死ぬ。織田達も無事では済まされない。


 織田達と共に洞窟をひた走る。暫くすると復活したワームが俺達の後を追ってきた。追いつかれたら一巻の終わりだ。全滅だ。眠れる獅子を起こして全滅したオタ三人と不良一人という笑い話の完成だ。そんなのはごめんだ。末代までの笑い話になどしてたまるか! まあ、この場合の末代ってのは子孫いないから俺なんだけど。


 遂に洞窟を脱出。ワームも無事脱出。ワームには目がないけど、目が合った気がした。起こしてすみません!!


 走ったところでいずれは追いつかれる。ならば、ここで戦うか? とりあえず、逃げられるところまで逃げるか?

 ……うん、なら少しでも生存確率を上げよう。誰かを囮にするんだ。


「流石にまずいな。逃げようとしたって逃げられねえ。ここは誰かを囮にして逃げ果せるか? 例えばオタとか」


「――木村君っ!」


「なんて、な。とっとと逃げろよ、オタク共。俺のHPは残り1、少なくともお前達の方が生き残れる確率が高い。莫迦が莫迦なりに計算して、そう判断した。ただそれだけだ。だから、気にすんな。後ろを振り向くな」


 武器はもう無い。素手だ。素手で何ができるだろうか?

 格闘術の経験は無い。喧嘩の経験もほとんどない。完全に素人だ。


 それに、例え喧嘩の天才でもあのワームを倒せるとは思えない。

 聖騎士織田弓使い後田武闘家楠木も敵わなかった。異世界ものを知り尽くした、異世界のプロフェッショナルであるオタク達が敵わなかった。それなのに、俺のどこに勝てる要素があるのだろうか?


 なるほど、自ら捨て石になるか。弱い者を苛めて自分の身を守っていた小心者には最高に相応しい最期だ。死ぬのは怖い、でも俺には相応しい最期ならそれを受け入れるしかない。


 【暗黒】を発動。減り切ったHPはもう一ミリたりとも減らなかった。なるほど、限界までいくと減らなくなるのか。

 ワームが丸い口を大きく開く。俺は拳を固める。


 ワームが突撃してきた。あまりの恐ろしさに目を閉じてしまった。


 ――せめて、一矢報いたかったな。







































「ニム、レョムクホ! オヤオヤモエリギマノジャクメヤ! マエコソヤワヒ!!」


 鞘から抜かれた白刃がワームの身体に斬痕を刻む。

 ワームを刻んだのは、黒髪短髪、片目に傷を負って隻眼になったワイルド系剣士ソードマン


「〝レホヨケセケモニ、ヤユュムエオッウトユイヨワ〟――〝劫火球シァミマボーノ〟」


 そして、追い討ちをかけるように火球が放たれ、ワームを焼き尽くす。魔法を放ったのは、小学生ほどの背丈のローブを纏った少女。


 ワームは倒れた。ワイルド系剣士ソードマンとちみっ子魔法師マジシャン、そしてもう一人、弓使いアーチャーの三人パーティだったようだが、三人目の出番は無かったようだ。


「ダミジョムブヤ? レョムクホンア」


 窮地を救ってくれたワイルド系剣士ソードマンが話し掛けてくる。

 言っているのは状況的に「大丈夫か?」とかだろう。だろうが……。


 すみません、分かりません! 異世界言語分からないのでお礼言えません! こんなことなら学術系のスキル取っておけば良かった。

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