【白崎華代視点】委員長の異世界召喚。……それでも彼女達を見捨てたくない。

 私達はその日、突然出現した魔法陣によって異世界に召喚されたらしい。

 らしいというのは、その状況を私自身よく理解できていないから。


 異世界とか魔法とかそういった方面に知識を有している織田おだ一樹かずき君から大まかな話を聞いて、これが最近ネット小説で沸騰している異世界召喚もの、その中でもクラスを召喚するクラス召喚ものに分類されるような状況であることが分かった。


 と言っても、クラスメイト全員が召喚されている訳ではないようで、その当時クラスにいた他のクラスの生徒達も召喚されていた。反対に廊下や他のクラスにいたクラスメイトは召喚の対象にはならなかった。

 そして、召喚された中に草子君の姿は無かった。


 あの時、誰もが事態に困惑するしか無かった中で、草子君だけはただ一人抗った。抗った末に理不尽を破壊してしまった。

 だけど、その草子君も結局理不尽に掴まれて私達と一緒にこの世界に来た……筈なのに……。


 そこに、草子君の姿はどこにも無かった。


 クラスメイトのみんなは、きっと草子君がいないことをなんとも思っていないだろう。

 彼はあのクラスで不良達からすらも避けられていた。陰口を叩くのも、得体の知れない存在――草子君が恐ろしいから。


 でも、私だって彼らを責めることはできない。私だって人のことをとやかく言うことはできないんだ。私だって、草子君の本に対する並々ならぬ愛情が生み出した変態性を許容できず、結局草子君を一人にしてしまったのだから。


 ……本当は、草子君のこと尊敬していたんだよ。

 貴方ほど何かのために必死に努力できる人を私は知らない。勉強だってそう、結界を破壊したことだってそう。

 私達ではできなかった、いや無理だと諦めていた貴方の全てを受け止める――そんな人達との約束を違えないために、期待を裏切らないために、貴方は誰よりも努力していた。

 学年一位すらも当然だった筈だ。だって、私達とは見ている世界が違ったんだから。

 高嶺の花として見られることに人知れず優越感を感じ、高嶺の花を演じることに酔いしれていた私とは全く違う世界で生きていたんだから。


 草子君が居たら何かを変えられたのかもしれないって今でも思っている。

 確かに織田君達も彼らの情報を惜しまずに開示してくれなかったら私達は右も左も分からないままだっただろうし、彼らの尽力には感謝しても仕切れない……でも、どこかで草子君ならと思っている自分もいる。


 クラスの委員長として私はクラスを仕切らなければならない立場にいた。それは、異世界に召喚された今でもそうだと思っている。

 でも、それは口で言うのは簡単でも実際にやるのは難しいことだった。


 まず、柴田しばた八枝やえさん達のグループが駄々を捏ね始めた。

 「私達はこんなところに来たくなかった」、「私達を早く元の世界に帰せ」、「男のお前らが全てなんとかしろ」、「あーだの! こーだの!」。


 それと同時にクラスの結束を破壊したのは佐伯さえきいわお君達所謂不良グループだった。

 彼らは情報を知っていそうな織田君達を支配して楽に異世界で生活をしようとしていたようで、すぐさま織田君達の捕獲に動いた。


 一方で織田君達も以前から夢だったらしい異世界生活のために動き出したようで、全く無駄のない動きで口下手らしい神様からタブレットを奪い取り、スキルなどを選択。そのまま扉に向かった――だけど。


「オタク共を取り押さえろ! 虎雄とらお白鬼びゃっき大介だいすけたけし!!」


 ここで動いたのが佐伯君率いる不良グループだった。素早くタブレットから必要なスキルを会得すると丑寅うしとら虎雄とらお君、栗栖くるす白鬼びゃっき君、畠山はたけやま大介だいすけ君、赤城あかぎ北斗ほくと君、木村きむらたけし君に織田君達の捕縛を命じた。

 一方でここで捕まれば終わりだと思ったらしい織田君達は、扉へと急いだ。先に出ることで少しでも時間稼ぎをしようと思っての行動だったんだと思う。


 結果、織田君達と一緒に行動していた犬吠埼いぬぼうさきけい君が丑寅君に捕まった。

 織田君達を追いかけた木村きむらたけし君は、楠木くすのき陣内じんない君を捕らえるも最後の足掻きで楠木君諸共扉の中に入った。


「ちっ、一人だけか。まあ良い、俺達も行くぞ!」


 佐伯君は木村君がいないことを気にする素振りすら見せなかった。捕まえた犬吠埼君の首根っこを掴んでそのまま扉の奥に消えていく。

 その間、私には何もできなかった。あまりにも唐突でクラス崩壊の序章をただ見ていることしかできなかった。


「あの、皆さん。ボクもそろそろ行こうと思います。正直、こんな奴らのために・・・・・・・・・何かをしてあげたいとは露ほども思いませんから。志島しまさん達もこんな奴ら放っておいてスキルを選んだ方がいいですよ。早い者勝ちみたいですし」


 暫し静寂が訪れた。その静寂を打ち破ったのは柴田さん達の我儘を冷めた目で見ていた一ノ瀬いちのせあずさ君だった。

 クラスでも仲が良かったらしい志島しまめぐみさん達に忠告の言葉を残すと一ノ瀬君はとっとと扉の奥へと消えてしまった。

 そして、これを皮切りに怒涛の勢いでクラスが崩壊していく。


「うん、確かに梓ちゃんという通りね。私も柴田さん達には呆れを通り越して哀れさを感じた。行きましょうか、かおるさん、眞由美まゆみさん」


 それに続いて志島さん、にのまえかおるさん、ひいらぎ眞由美まゆみさんも扉の奥へと消えてしまった。

 それだけではない。他のクラスの生徒達も続々と準備を整えて消えてしまった。残ったのは元の人数の半分以下……私達が何もできないままクラスは崩壊してしまった。


「……ここに残ったみんなだけでも、一緒に協力しないと。だって、どんな場所かも分からないのよ。……なのに、なんでみんな躊躇せずに行っちゃうの!! 一番結束しないといけない時なのに、なんでみんな勝手な行動をするの!!」


「……華代」


 私は自分の言葉が途中から逆ギレになっていることに気づいていた。感情を爆発させても何も現状を変えられないことを知っていたのに……そんな簡単なことを理解していた筈なのに。それでも、私には私を止められなかった。


「委員長、貴女がクラスを纏めようと必死なのは分かっている。でも、肝心なクラスメイトが纏まる気がないのなら、纏まれるものも纏まれない。……すまんな、俺達も行くよ。こんな高慢ちきと一緒にはいられない。そんな生活はごめんだ」


「……進藤しんどう君」


 進藤しんどうのぞむ君達は私達に一礼をした後、スキルを選んで扉の奥へと消えていった。


「僕も行くとするよ」


 相沢あいざわ秀吉しゅうきち君も扉の奥へと消えて、残りは私達と柴田さん達だけになった。


「……もう、無理よ。華代は十分頑張ったわ」


 クラス副委員長の朝倉あさくら涼音すずねさんが優しく声を掛けてくれる……けど、私は何もできなかった。クラスがバラバラになっていくのを止められなかった。


 ……本当は分かっている。柴田さんと一緒に行動するということは、彼女達の我儘に付き合うこと。そして、それは自分達の身を危険に晒すことだと。

 でも……それでも私は彼女達を見捨てたくない。


 私は朝倉さんともう一人の副委員長北岡きたおか胡桃くるみさんと共に神様のタブレットに視線を落とす。

 そして、あるスキルに目が止まった。


 織田君達や一ノ瀬君、志島さん達はその有用性に気づいていたのにも拘らず、そのスキルを残した。それはきっと、ここにはいない彼を思ってのことだろう。

 もう、スキル欄はかなりグレーアウトしている。ここで私達が選べば更に減る。柴田さん達が選び、もっと減る。そんな限られた選択肢の中で彼は自分のスキルを選ばなければならない。


 普段から恐れていても、そんな理不尽な目には合わせたくないと思ったのだろう。それ故に、不良達に気づかれないようにそのスキルを残した。

 なら、私もそれに倣おう。今残っているメンバーでそれに気づいたのは私だけのようだし。


 聖女ラ・ピュセル、アイテム詰め合わせ《聖女ラ・ピュセル》、【完全掌握】、その他色々なものを選んで準備を整えた私達三人は柴田さんの方に行った。


「柴田さん、行きましょう」


「……嫌、私達はここにいる。オタク達も不良達も腐女子達も男子達もみんな私達を置いていった。――なんで、私達だけがこんな目に遭わないといけないのよ!」


 少なくとも柴田さん達は悲劇のヒロインじゃない。誰もが突然日常を奪われた。そんな中でも覚悟を決めてそれぞれの道を歩み始めた。


「いつまでもここに止まっている訳にはいかないわ。私達と一緒に行きましょう」


「嫌よ!」


「……華代、諦めるしかないわ。貴女がいくら手を差し伸べても彼女達はその手を取ろうとしない。……言いたくないけど、貴女の説得は無駄なの」


 私は朝倉さんに促され、手に持っていたタブレットを柴田さんの前に置いた。

 それが、今私にできる最大限のことだった。


 柴田さん達は座り込んだまま。私はそんな彼女達を置いて扉に向かう。

 その途中、私は口下手な神様に話しかけた。


「後一人、ここには居ませんが一緒に来た筈の人がいます」


 ≪! まさか……これで全部では無かったのか。分かった。どこかにはいるだろうから探してくる≫


 神様は慌てた様子で部屋を出ていった。その際、スペアのタブレットを持っていったようだ。ちなみに、見た限り表示されているスキルは一緒だった。


 クラスはバラバラになった。だけど、出ていった扉は一緒だ。つまり、出た時間に誤差があるだけで行き着く先自体は一緒の筈だ。

 最初に織田君達が出てから十五分。確かに時間は経っているが、まだ間に合う。

 今は無理かもしれない。でも、いつかクラスを一つに戻す。……だから、それまでみんな死なないで!


 私達は扉を開けるとその中に入っていく。足を踏み出すごとに意識が遠退いていき――。

 夢現が分からなくなるような曖昧な感覚の中で、私はあの神様の声を聞いた気がした。


 ≪そういえば、その扉によって転送される先はランダムじゃ! ……まあ、なんとかなるじゃろう≫


 私の抱いていた最後の希望は呆気なく打ち砕かれた。

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