半ば強制的に異世界に召喚する時点でその神様は九十九パーセント老害である。異論は認めん。

 目を開けると真っ白な部屋だった。……川端康成の長編小説『雪国』の冒頭のような感想がふと脳裏を過ぎった。


 小説を書こうとは一度も思ったことが無かったが、もしかしたら才能があるかもしれない。

 一度試しに書いてみようか。いや、そもそも出版されるためには出版社に持ち込んで評価を得ないといけないし、自費出版となればお金と労力が必要となる。かといって、この頃話題のネット小説サイトに投稿するという気にもならない。


 俺は電子書籍反対派だ。あの紙の質感が堪らなくいいのに、その長所を電子書籍は全て削ぎ落としている。

 確かに本が重いから電子版にするというのはいい手かもしれないが、紙の質感や捲る感触、あの紙の匂いを感じることも含めて読書という一つの行為が完成するのだ。電子書籍を読むというのは、その読書という行為の楽しさを著しく損ねている。

 昨今では古典籍の電子版化が進んでいるらしい。確かに貴重な古典籍を電子化して保存すれば伝本が焼失しましたとか消失しましたとかいう事態に陥ってもその情報を確認することができるが、書誌学的な研究を行うことが不可能になるし、やはり紙の質感(以下エンドレス)。


 一通り現代の電子書籍に対する反論を並べ、なんとなくスッキリした気分になった俺は周りを見渡した。

 ……うん、誰もいない。異世界から召喚したのなら、その説明をする神様とか枢機卿カーディナルとかが出てくるところだろう?

 なんで誰も説明に来ないの? これって呼ぶ意味無かったんじゃない。

 日常ぶっ壊しておいて説明無しかよ。責任者出てこいよ。別に超美形女神様とか美幼女枢機卿カーディナルとかケモミミ女神様とか本の精霊さんとかでなくてもいいからさ……とにかく説明しろよ。でないと、首根っこ掴んで、「てめえ、何してくれとんじゃわれ! てめえのクソ忌々しい召喚のせいで、今週の土日に控えていた「『源氏物語』〜青表紙本を巡る旅〜」に参加できないじゃねえか! それどころか出席日数足りなくて高校留年するだろッ!! 高卒認定試験を受けねえといけねえじゃねえか。ってか、そもそも二度と日本に帰れねえかもしれねえって、それじゃあ大学に行けねえじゃねえか。責任取れよ!!!」って言えねえじゃねえか≪こっちに非があるのは分かっているのじゃが、首根っこを掴むのはやり過ぎじゃ≫あれ、目の前に杖を持った仙人っぽい老人がいる? あれ、俺の心読んだよね? もしかして他心通たしんつうとか持ってるの? ≪今時の若いもんにしては結構知っておるのう。じゃが、わしは神様じゃ。六神通は仏教の概念……この違いはしっかりと理解してもらわないと困るのう≫。


 どうやらこの老人は神様らしい。見た目は中国の仙人だが、神様だと力説している。

 しかし、今は神様だろうと仏様だろうと枢機卿カーディナルだろうと人外ケモミミ美少女召喚師だろうと関係ない。


 ≪……無言で首根っこ掴むのやめてくれないかの? おぬしの言いたいことはついさっき地の文で聞いたのじゃし。二度やっても読者は喜ばぬぞ≫


「何メタ発言してんだ。『この世界が物語だと知っているのはわしだけ』ってどっかのライトノベルの題名をもじって気取ってんのか!? 老人な神様が主人公って誰得? ってか、てめえは全知視点で世界を見てるって言いてえのか! 言っとくがな、近年の学説では三人称だろうと一人称だろうと、どっちも誰かの視点を借りてる一人称小説だって考えられているんだよ!」


 最早途中から何を言いたいのか分からなくなっているが、そんなことはお構いなしに首根っこを掴んでぶん回す。

 老人に暴力はいけないって? これは見た目は老人でも神様だ。きっと、首根っこを掴んでぶん回したところで死にゃしないだろう。寧ろ、ここでこの神様を殺せばゴッドスレイヤーっていうカッコいい称号が手に入る。……まあ、厨二病じゃないし欲しくないけど。


 とりあえずマシンガントークとぶん回しで神様を二重の意味で打ちのめし、数十分後アドレナリンが切れてそろそろ疲れてきたというところで解放してやった。


「で、なんで俺達は召喚されたんだ? ってか、なんですぐに来なかったんだ? で、他のクラスメイト達は? (名前も顔も覚えてないけど)」


 ≪……おぬし、それはクラスメイト達に対して失礼だろう。えっ、向こうから話しかけてくることは無いし、覚える必要が無かったって……それはご愁傷様じゃ≫


 心を読んで同情する神様の首根っこを掴んでもう一度ぶん回してやった。


 ≪めっ、目が回る……なんてことは無いのじゃが、流石に辛いの。まあ、口は災いのもと。一言多いわしにも責任があるがのう≫


「で、さっきの質問にとっとと答えろよ。まさか、ボケて忘れたとか言わねえよな。……お爺ちゃん、さっき昼ご飯食べたばかりだよ。『わしの朝ご飯はまだかの』って、時間すら間違っているからね」


 ≪人を勝手にボケ老人扱いするな。わかっとるわい。ただおぬしがぶん回したせいで話すタイミングを見失っただけじゃ。……さて、流石の神様といえど一度に多く質問されても同時に答えるのは無理じゃから、一つずつ答えていくぞ。まず、おぬし達を召喚した理由は後に話すとして「なんですぐに来なかったんだ?」って質問に答えるとしよう。――おぬしが呼ばれた部屋じゃなくて、変な位相ところにいるからじゃよ。なんで、こんなところにいるのじゃ? ……はぁぁぁ!? あの召喚の結界を気合と根性でぶっ壊した……じゃと。それでおぬしは外に出た。じゃが、わしの編んだ召喚魔法は特定の波長を持つ者達を一纏めに召喚する魔法じゃ。総量が一致せねば魔法は発動しない。じゃが、この魔法が発動することは既に定められている。例え脱出しようとも電脳世界に逃げ込もうとも別の世界に行こうとも過去に飛ぼうとも夢の世界で怪獣退治の真っ最中だったとしても、あらゆる因果に干渉して立ち所におぬしを拘束し、召喚する。じゃが、通常とは異なった方法で召喚されたことで召喚先の位相がズレてしまったのじゃろう≫


 何、そのクソふざけた仕様。髪の毛大好き魔法少女の上位互換じゃないか。

 しかも髪の毛無しでできるって時点で制限とか無いじゃないか。


 ≪それで、クラスメイト達についてじゃが、既にスキルを持って異世界に行ってしまった。しかも、説明をし終わる前にじゃ。説明をまとめるのに苦心していたら「纏まっていなくてもいいのでとりあえず説明して下さい」と言われたから話したら、「要領つかめねえし、とっととこの……スキルだっけ? を持って異世界に行っちまおうぜ」ってな感じで勝手にスキルを持って行ってしもうたのじゃ≫


 要するに、てめえが要約できなかったせいで召喚した奴らが丸々烏合の衆と成り果てた、と。

 どうせ異世界で魔王軍が勢力を強めているとか、そんな類いの問題があって召喚した奴らに解決させようって呼び出したんだろう。なのに、なんで問題を増やしているんだ? この自称神様(笑)は極度のマゾなのか? ≪わしはマゾじゃない。……だが、おぬしに指摘されるまでとんでもないことをしてしまったことに気づかなかった≫自称神様(笑)はようやく自分の過ちに気づいたようだ。……まさか、素でやっていたとは。


「おい、ジジイ≪……最早、神様扱いすら消えた≫人の話している時に会話を挟み込むなよ。そんな要領の得ない話聞いても無駄だから話すな。その代わり、レジュメかノートに召喚した理由や異世界の情勢を纏めておけ、その間に俺はスキルを選ぶ」≪わし、これでも神様なのに……神様なのに≫


 年甲斐もなく両目に涙を浮かべる老害を捨て置き、俺は老害が持っていたタブレット(みたいなもの)を奪い取った。

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