エピローグ

 王宮の謁見の間の大扉が開く。中から出てきたのは二人、クリスとザシャだ。どちらもいつもと違って正装していた。特にクリスは白を基調としたドレスを身にまとった上に化粧も施しているので、普段と様子がまったく違う。


「やっと終わった」


「さすがに疲れたね~」


 表情が抜けたかのように悄然としているザシャに対して、歩きながら背伸びしているクリスに言葉ほどの疲れは窺えない。


「てっきり護衛でついていくだけだと思ってたのに、まさか婚約することになるとは」


「うふふ、やっと想いが叶ったわ!」


 クリスの叫びが廊下に響く。


 二人は先ほどまで、国王ランドルフ以下、有力貴族が参列する中で王太子の任命式に参加していた。これにより王位継承権は確定し、次代の王が決まる。


 そしてなんと、同時にザシャとの婚約をクリスが提案し、国王が認めたのだ。直前まで何も知らされていなかったザシャは、王子の護衛騎士から王女の配偶者へといきなり変化した立場についていけてなかった。


「しかし、よく陛下も認められたな。普通、あんないきなり宣言しただけじゃ反対されるだろ」


「母上が後押ししてくださったのと、私がきっぱり言い切ったのが良かったのよ」


 いきなりの婚約宣言に国王は当初渋っていた。しかし、カロリーネ王妃の説得とクリスの「私は、ザシャ意外とは決して結婚しません!」という決意表明にランドルフが折れたのだ。


「最初、魔王討伐の功績で押し切ろうってしたときは驚いたぞ」


「オゥタを王家の所有物にするためにはこれが一番だっていうのを、父上が理解してくださったのも大きいね」


 かなり性格に難があるオゥタドンナーだが、トゥーゼンダーヴィントと対になる剣である以上、王家としては手元に置いておきたかったのが本音だ。クリスはそこをうまく突いたのである。


「それにしても、参列者の中にメルヒオール殿下寄りの貴族の顔がほとんどなかったな」


「伯爵家以上はちらちらといたけど、子爵家以下はさすがにいなかったね。王宮内の勢力図は完全に変わったよ」


 ダニエラとメルヒオールが失脚したことにより、その傘下に集まっていた貴族達は四五分裂する。ある貴族はクリストフにすり寄って断られ、別の貴族は内紛を起こすなど、総じて暗い道をたどることになった。


「それで、ダニエラ様は王宮から追放か」


「名目上は病気治療のための静養だけどね」


 息子であるメルヒオールが魔族に変化しきる前の叫びは、あの修練場に居合わせた人々全員が聞いていた。メルヒオールはあの指輪のせいで死に、その原因がダニエラにあることは明白だった。


「あの指輪って結局なんだったんだ?」


「激情の指輪っていう身体能力を向上させる魔法の道具だよ。使用者の感情が激しくなるほど効果が強くなるんだ。ただし副作用として、長時間使い続けると精神を病んで、最悪廃人になっちゃうけど」


「なんだってダニエラ殿はそんな物騒な指輪を息子に与えたんだろう」


「取り調べのときに、狂乱して知らなかったって言っていたそうだけど、恐らくそうなんだろうね。あの方は、自分の都合の良いように物事を解釈するから、生半可な知識で与えたんだと思う」


「でも、今聞いた話だと、激情の指輪には魔族化する副作用ってないよな?」


「ないよ。あの黒い暗殺者が最後に何か仕掛けたことを叫んだから、魔族化はダニエラ殿のせいじゃないだろうね」


「自分の息子を魔族にしたいなんて思わないだろうしな」


 ザシャは渋い顔をする。クリスがそんなザシャに言葉を続けた。


「ダニエラ殿の罪はそっちじゃなくて、地下の保管庫にあった指輪を勝手に持ち出したことと、魔王軍関係者を使っていたことだね。実家のバールケ家も罪は重いよ」


「王家の所有物の不正使用と魔王軍への加担かぁ。どっちも重罪だよなぁ」


「あの暗殺者達に利用されていたんだと思うけど、言い訳にはならないでしょうね」


 誰がどこまで関与していたかは徹底的に調べられるが、結末は既に決まっている。


「とうちゃく~!」


 自室に戻ってきたクリスが上機嫌で声を出す。


 仲良く立てかけてあるトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーが、二人に反応した。


「主、戻ったか」


「うん、ただいまー」


「あるじー、なんか斬りにいこうぜー」


「お前は俺を殺人狂にしたいのか」


 これも当たり前になりつつある光景だ。ザシャもあっさりと流せるようになってきた。


「あ、そうだ、キミ達を見て思い出したけど、ザシャってオゥタの力を解放したでしょ? あの代償って結局どのくらい支払ったの?」


「そういや、どのくらいなんだろうな?」


 不安そうな表情を浮かべるクリスに問われたザシャだったが、それについては何も知らない。二人は同時にオゥタドンナーへと目を向けた。


「あるじからは今回何も取っちゃいねぇよ。五人殺したからな」


「五人? そうか、暗殺者三人とオリヴァー、それとメルヒオール殿下か」


 ザシャは思い出す。クリスの部屋で暗殺者に襲われたときに黒装束の男二人と、修練場で戦ったオリヴァーと黒装束の男だ。更に魔族化したメルヒオールである。


「最初に二人を殺してたのがツイてたよな。でなけりゃいきなり自分の命を削ることになってたぜ」


「うっ、知らなかったとは言え、随分と危ない橋を渡ってたんだな」


「それと、あのオリヴァーって奴はなかなか良かったな。ああいうのをもっと殺してぇ」


「相変わらず物騒だね。そうなると、魔族化したメルヒはどうなの?」


「あれはあれでいいぜ。儂、選り好みはあんまりしねぇんだ」


「無節操なだけだろ、それは」


 ザシャの呆れた様子にクリスが微笑む。


「さて、暗いお話はお終い! ザシャ、それじゃいつものやつ、してよ」


 一度手拍子を鳴らしてそれまでの雰囲気を断ち切ったクリスが、急にはにかみだした。同時にザシャの顔が赤くなる。


「なぁ、これ、いつもそんなにしなくても」


「だぁめ! 今からこうやって習慣付けておかないといけないんだから! 朝昼晩、毎日するの!」


「えぇ」


 顔を赤くしたままのザシャが落ち着かなくなる。クリスが口を尖らせて待っていると、やがて諦めたザシャが近寄って抱き寄せた。クリスの顔も赤くなる。


「きゃっ、ザシャったら積極的!」


「自分からさせておいて」


「雰囲気を壊すと、延々と練習するよ?」


「ごめんなさい」


 抱き合ったザシャとクリスが、お互いの鼻がつきそうなくらい顔を近づける。


「あ、愛してる」


「声が小さい。もっと大きく」


「愛してる!」


「うん! 私も愛してる!」


 どちらからともなく口づけをする。最初は浅く、次第に深く。最後は離れずに。


 ようやく顔を離したクリスの表情は満足そうだ。


「ふふふ、絶対に逃がさないよ?」


 クリスの言葉を聞いたザシャは、苦笑しつつもうなずいた。

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女の子になった王子様からは逃げられない! 佐々木尽左 @j_sasaki

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