第30話 魔剣と聖剣

 元メルヒオールだった魔族は、高さは人間の二倍、肌は黒い爬虫類の鱗、尻からは太い蜥蜴のような尻尾が生え、手足には鋭い鉤爪を持つ。顔は一応人の形をしているが、口は耳元まで裂け、目は赤い玉のように輝いていた。


「アァアァァ、コロス、ミナゴロシィ!」


 魔族は憎らしげにザシャとクリスを睨むと声を上げた。


「魔族と戦うとは、これまた久方ぶりだな」


「ははは! こうやっていろんな奴と戦えるのは嬉しいねぇ! さっさと殺っちまおうぜ!」


 剣であるトゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーはいつも通りだ。魔族と相対しても動じるところがまったくない。


「懐かしいね、魔王と戦ったとき以来だよ。いつも一緒だったよね」


「確かにそうだったが、お前やけに嬉しそうだな」


 見るとクリスは笑顔だ。戦闘狂というような狂気は感じられないが、武者震いともまた違う笑みである。


「ガアァアァ!」


 最初に動いたのは黒い爬虫類型の魔族だ。まったく躊躇いを見せずに踏み込んできたかと思った瞬間、いきなり間合いを詰められて両手を突き出してきた。その指先にある太い鉤爪がザシャとクリスの頭を狙う。


 それを合図に二人は動いた。左右に分かれて飛び退き、ザシャは魔族の左側、クリスは右側から懐に入ろうとする。


「アアア!」


 踏み込まれそうになった魔族は尻尾に全体重を乗せると、全力で体を後退させる。更に、二人の剣撃を両足の鉤爪で防いだ。そのまま尻尾の力を使って体を後方に飛ばし、距離を取った。


「あの尻尾、やっぱり使えるのか」


「太さと長さからして予想はしていたけど、五本目の手足みたいなものだね」


「なら最初に尻尾からスパッと斬っちまうか? あるじ」


「すぐに生えてくるだろうがな。ただ、一時的に体の均衡を崩せるはず」


 オゥタドンナーとトゥーゼンダーヴィントの会話を聞いたザシャとクリスが視線を交わす。そして、ひとつうなずくと、左右に大きく分かれて魔族との距離を詰めた。


 最初に仕掛けたのはクリスだった。切っ先を下げたまま、トゥーゼンダーヴィントの能力で底上げした身体能力で一気に踏み込む。迎え撃たんと振り下ろされた鉤爪をぎりぎり避け、魔族の肘めがけて一気にトゥーゼンダーヴィントを跳ね上げた。


「ギャッ!」


 トゥーゼンダーヴィントの切っ先を避けられなかった魔族の腕は、肘の関節部分をきれいに切り落とされる。その切断面からは黒い血が流れ出た。


 続いて正反対からザシャが踏み込む。狙いは尻尾の付け根だ。魔族の意識がクリスに集中している隙に切り落とすのである。


「おおっ!?」


 魔族は気付いていない、あるいは気付いていても対処できないとの予想は裏切られた。尻尾そのものでザシャを打ち据えようと振るってきたのだ。


 とっさにザシャは自分に振るわれた尻尾に合わせてオゥタドンナーで斬りつける。その剣身は尻尾の半ばを両断して、斬られた尻尾は地面に転がった。


「ガァアァ!」


 さすがに不利を悟ったらしい魔族は、二人から離れるべく移動しようとする。


 もちろん二人は続けて剣を振るって追い詰めようとした。しかし、魔族から何かを吐きつけられたクリスは、それを避けるために魔族との距離を詰めることができなかった。


「うわっ、酸だ」


「飛び道具もあるのか。あ、やっぱり生えてきた」


 焦げる地面から魔族に目を向けたザシャは、切断された右腕と尻尾が再生されていくのを見た。何度も見た光景なので驚きはないものの、厄介な敵であることを再認識する。


「再生できなくなるまで切り刻むか? いや、魔法で再生させていると、無限に生やせる奴もいるんだったか」


「そうなると、核になる部分を潰さないといけないね」


 蜥蜴のように物理的に体を再生させている魔物ならば、何度も手足を切断して再生切れを狙う方法がある。しかし、魔法や特殊能力で再生させている場合は、いくらでも再生することもあった。


「アァ、ハラ、ヘッタ」


 二人を警戒しつつも、魔族は近くにあったオリヴァーの死体を片手で持ち上げると、耳元まで裂けた口を大きく開けて鎧ごと噛みちぎる。後には不快な咀嚼音が続いた。


「あいつ!」


 ザシャが間合いを詰める。手足を狙って剣撃を繰り出すが、魔族は食いさしの死体を盾に防ぐ。


 別の角度からクリスが間合いを詰めようとする。しかし、こちらはザシャを中心に円を描くように動きながら魔族に距離を取られてしまう。


「飯が終わるまで戦う気がねぇってことかよ!」


「ザシャ、一気に詰めるよ!」


 食事によって充分な養分補給を防ぐため、二人は同時に切り込んだ。魔族は左右からの同時攻撃を避けるためにザシャ寄りに後退しようとする。しかし、どちらも逃がす気はない。更に大胆に踏み込む。


 先に剣の間合いに魔族が入ったのはザシャだった。魔族は死体を前に出して盾にする。


「つまんねぇもん斬らせんな!」


 オゥタドンナーの叫びと共にオリヴァーの死体が胸の部分で切断された。腹から下の部分が地面に落ちて内臓をぶちまける。魔族が手にするのは頭部と左腕がない胸部から上の体だ。


 動きの止まった魔族に対し、クリスが踏み込んでトゥーゼンダーヴィントを振るう。


「ガアァアァ!」


 手にしていた死体ごと右腕を切断された魔族は、叫ぶと口から酸を吐き出す。


 二人は同時に後退して難を逃れた。


「あるじ、次はあいつを斬ろうぜ!」


「そりゃわかってんだけど、簡単にはいかねぇんだよ」


「今のザシャって、あいつの攻撃が線画トレーサーで見えるんだよね?」


「見えるけど、酸の攻撃が厄介なんだ。いつ吐くのかわかんねぇから、思い切って踏み込めねぇ」


 二人が話している間に魔族が右腕を再生させる。そして、叫びながら突っ込んできた。


「クリス、後ろへ!」


 ザシャの言葉に視線で応じると、クリスはそのそばを離れる。


 それを見届けることなくザシャは正面に集中し、振り下ろされた魔族の右の鉤爪を受け流した。その直後、魔族に酸を吐きつけられて全力で地面を転がって避ける。


「てめぇ、危ねぇぞ!」


 起き上がった直後に再度踏み込み、ザシャは左脚を斬りつけようとした。しかし、剣先は左の鉤爪で止められる。更に、二度、三度と左脚めがけてオゥタドンナーを繰り出した。


 魔族はそれを防ぐために左の鉤爪で防いでいたが、オゥタドンナーとぶつかる度に罅が入り、徐々に欠け、ついには再生が追いつかずに折れた。


「ガァ!」


 右の鉤爪でザシャを牽制しながら下がろうとする魔族であったが、同じだけ前に進むザシャが今度は右の鉤爪を折るべく剣撃を何度も打ち込む。四度目の剣撃で右の鉤爪を折られてしまった魔族は、再生した左の鉤爪で応戦した。


 ザシャが魔族と真正面から戦っている間に、クリスは魔族の背後へと移る。そして、ザシャが左の鉤爪を再び折ったときに踏み込んだ。同時に黒い尻尾がクリスを打ち付けようと振るわれる。


「甘い!」


 クリスはザシャと同じように、自分へ振るわれた尻尾に合わせてトゥーゼンダーヴィントで斬りつけた。その剣身は尻尾の先端を両断して、斬られた先端は地面に転がる。


「似たような攻撃ばかりするところを見ると、知性は大してなさそうだな、主よ」


 トゥーゼンダーヴィントの言葉を聞きながら、クリスは再生する先端部を無視して、今度は尻尾の根元を切断する。


「体力馬鹿ならやりやすいよ」


 遅れて返事をしたクリスは、魔族が動くよりも速く、背中の左下から右胸へと向かうように剣を突き立て、一気に左へと切り裂いた。


「ギャアアァアァァ!!」


 大きな叫び声と共に魔族が膝を付く。動きが止まった。しかし、傷口の再生が始まる。


「あるじ!」


 魔族が膝を付いたことにより、それまで手を出しにくかった頭部が間合いに入った。ザシャはオゥタドンナーの声に応じて踏み込み、首を切断するべく横に振るう。魔族も右腕で防ごうとするが勢いは止まらず、腕ごと首が飛んだ。


「まだだ! 生きてるぞ、あいつは!」


 オゥタドンナーが叫ぶ。魔族の体を見ると、左胸部の傷口の再生速度は遅くなったが止まっていない。


「こいつ、頭と心臓を潰しても死なないのか!?」


「違うぜ。心臓は潰しても頭は潰してねぇだろ。首を刎ねただけだ」


 ザシャは刎ね飛ばした魔族の首に近づいた。見るとしきりに口と目を動かしている。顔をしかめながらザシャはオゥタドンナーを叩き付け、魔族の頭部を粉砕した。胴体を見ると、クリスが再度心臓近辺を斬っている。


 しばらくすると、再生が止まり、魔族の体が倒れた。

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