呪詛
伊崎夢玖
第1話
姉は元来執念深い性格をしている。
欲しい物があれば、とことん追いかける。
洋服だったり、バッグだったり、貴金属だったり…。
少し前には好きな人ができたらしく、ストーカー紛いのことをして警察から口頭で厳重注意されていた。
「ちょっと、ゆうちゃん。聞いてちょうだい」
姉は欲しい物ができるとなぜか必ず私に報告する。
両親とは先の警察の件があって以降、まともに話しているところを見かけない。
元々家を姉に継がせる予定で多大な期待を寄せていたが、先の件で姉に対しての期待が一気になくなってしまったようだった。
そうなると、家の中で話を聞いてくれる相手は必然と私一人になってしまう。
「何ですの?お姉様」
「このチラシを見てちょうだい」
姉に手渡されたチラシは古美術品の即売会のものだった。
ざっと目を通しても、書かれている金額は月々貰っているお小遣い何年分になるか分からないくらいの桁。
一目見ただけで諦めさせた方がいいのは目に見えていた。
「お姉様、諦めた方がよろしいかと存じます」
「まだちゃんと見ていないでしょう?ここを見てちょうだい」
姉は必死に私を説得してくる。
私を説得するより父を説得する方が先のように思えるのだが…。
姉の指さす方を見ると、年代物の万華鏡の写真があった。
金額もそこまで高くない。
これがどうしたというのだろう?
「これを見て何も気付かない?」
姉の言っている意味が分からなかった。
ただの年代物の万華鏡。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
「この万華鏡の作者はね、私達のご先祖様なのよ?」
作者の欄には『
ご先祖様と急に言われても、実感が湧かない。
そもそも家系図を見たことないから、この人が本当にご先祖様なのか分からない。
「ゆうちゃん、信じてないわね?」
私の顔を見て、姉は一言呟いた。
そして、私の手を引いて屋敷から離れた蔵に向かった
「ここで待っていて?」
姉はそう言うと、二階に上がり、巻物を一反持って下りてきた。
そして、端を持ったまま床にゴロゴロと転がし、巻物を広げる。
「随分昔に遡るのだけれど…」
姉は文字を追いながらゆっくり歩みを進める。
そんな姉につられて、私も姉と反対側からゆっくり歩く。
「ここよ」
姉の指さす所にある文字は草書体で書かれていて正直読めないが、何となく『竹倉宗太郎左右衛門』と書いてあるように見える。
「ご先祖様とあの万華鏡、何か関係でもあるんですの?」
「これだけ時間を遡らないといけないということは万華鏡を日本で最初に作ったのが、ご先祖様かもしれないということよ。その子孫である私達があの万華鏡を持っていないでどうするの?持っていなくてはいけない物なのよ」
いつにも増して熱弁する姉。
その熱意に気圧されてしまった。
「それで、お姉様はどうしたいんですの?」
「これを買いましょう」
はっきり言い切った。
買う、と。
確かに買えない金額ではない。
二人分の今まで貯めておいた貯金を全額投入すれば、買えなくはない。
だけど、それはいつの日か私達がそれぞれ結婚する時に使うようにと、両親から固く言いつけられていた。
その約束を反故にするということは、両親に怒られるだけではなく、自分の結婚資金もなくなってしまう。
それだけは嫌だった。
「ごめんなさい、お姉様。私は協力できません」
「そう…残念ね…」
姉は一瞬少し落ち込んだようにも見えたが、すぐにいつものような笑顔に戻った。
「無理言ってごめんなさいね。片付けはやっておくから屋敷へ戻りなさい」
姉は広げた巻物を丸め、二階に上がっていった。
それからしばらく平穏な毎日が続いた。
姉は両親に内緒で高利貸しから金を借りて、私を連れ立って例の万華鏡を購入した。
購入した足で馴染みの骨董屋に鑑定してもらうと、万華鏡は姉が言った通り日本で最初に作られた万華鏡の本物であった。
しかし、購入した翌日、姉が殺された。
殺害現場は、とある骨董古美術店。
屋敷から歩いて五分くらいの所に位置している、最近できた店だった。
犯人はその店の主人。
動機は『万華鏡が欲しかった』という、単純な動機だった。
しかし、なぜ主人は姉が万華鏡を持っていることを知っていたのだろう。
購入したことすら両親にも告げていないのに…。
私は胸騒ぎがして、蔵に入り、姉が探していたと思しき場所で万華鏡に関する書物を漁った。
すると、姉が見せてくれた巻物と一緒に一冊の古びた本があった。
中身は巻物と同様に草書体で書かれていて、はっきりとは理解できない。
しかし、ある一部だけは何故かはっきりと読むことができた。
『竹倉宗太郎左右衛門が作った、日本で最初の万華鏡。これは彼が当時の恋人に捧げるために作った物だった。しかし、恋人は宗太郎左右衛門ではない金持ちの男の元へ嫁いだ。それが宗太郎左右衛門は許せず、万華鏡に呪いをかけて、最後の贈り物だから、と言って恋人に渡した。すると、恋人は翌日通り魔に刺され、その日のうちに死んだ。恋人の旦那は気持ち悪いと万華鏡を売った。質屋を転々とし、様々な持ち主の元へ歩き渡った万華鏡。その持ち主たちは皆必ず翌日死んだ』
だから姉は殺された。
納得できた。
こんな気味の悪い、曰く付きの万華鏡はさっさと手放してしまうのが得策と考え、万華鏡の在処を探した。
やっとの思いで姉の部屋の机の鍵付きの引き出しの中から見つけた。
姉は万華鏡を売られないように隠していた。
姉には申し訳ないが、安値でもいいから、さっさと骨董屋に売ってやろうと、万華鏡に触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
『ツギハ オマエ ノ バン ダ』
呪詛 伊崎夢玖 @mkmk_69
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