第7話 決意の結果

 emergency。

 Sex Headsの二枚目のアルバムに収録されている。この曲で彼らは、一躍、ロックバンド界を語る上では外せない有名バンドとなった。ヴォーカル、ヴァンのエモーショナルな歌声に、心を突き刺す歌詞、叙情的で圧倒的なサイモンのメタルギターからなるこの曲は、パンクロックの概念を超えて世界中で愛された。

 しかし、この曲はSex Headsにとって、不幸の種となった。

 Sex Headsはアメリカの伝説的パンクバンド。デビューしてから三年間活動し、計五枚のアルバムを出している。ヴォーカルギターのヴァン、ベースのレッチ、ドラムのジャック、リードギターのサイモンで活動していた。二〇年前に二作目のアルバムが大ヒットし、アメリカの音楽シーンを一斉風靡。その存在を世に知らしめた。特に収録曲のemergencyはその当時、アメリカの音楽ヒットチャートの首位を何週間も独占し、有線や音楽番組で一日中流される日もあった。しかし、このことがきっかけとなり、バンド内に不和が生じる。このアルバムによりサイモンは、自分達は認められたと喜んだが、他のメンバー達は違った。こんなにも色々な人に、自分達の音楽が受け入れられたことにショックを受けたのだった。

 サイモン以外の、ヴァン、レッチ、ジャックの三人は元々幼馴染で、昔から、三人とも社会の闇に埋もれ、絶望し、鼻つまみ者として生きてきた。

 三人には主義があった。

 人のニーズを満たすだけに重きをおき、個人の価値や生き方を奪う資本主義社会に縛られず、自分のためだけに生きると。

 それは音楽の追及であり、三人はバンドという手段で自分達の価値を見出そうとした。最初は三人でSex Headsを結成し活動を開始した。その後、表現を広げたいと思い、実験的に、メタルバンドで活躍していたサイモンにSex Headsへの加入を申し込む。サイモンは、彼らにスターへなれる素質を見出していたので、喜んで加入した。

 そうして四人組となったSex Headsの大躍進が始まった。

 サイモンは上昇志向が強い性格であった。勉強も出来ないし、世の中のことも分からない、要領も悪い、けれどギターが彼にはあった。この世でのし上がっていくにはギターしかないという気持ちで、彼は音楽活動をしていた。

 独特なファッションに、ヴァンの誰にも書けないような、斜め上をいく文学的な詞。サイモンが奏でるキャッチ―なメロディー。サイモンが加入してから、すぐに頭角を現したSex Headsはメジャーデビューを果たす。四人はうまくいっていた。ヴァン、レッチ、ジャックの三人もこれが自分達の音楽なのだと疑わなかった。

 しかし、二枚目のアルバムの大ヒットにより三人は気づく。自分達の音楽が世界中で聞かれ消費されていると。大嫌いな凡人共の餌となり、自分達の伝えたいことの百分の一も理解されず、クソとなる。我慢できなかった。そして、彼らの音楽の方向性が歪み始める。サイモンは脱退した。三人の暴走についていけなかった。その後サイモンはソロデューをする。Sex Headsで勝ち得た名声を利用してさらなる社会的な成功を収めていった。

 サイモンが抜けた後のSex Headsは、アルバムを出すごとに、その音楽は過激に暴力性や反社会性を孕んでいった。前衛的ともいわれた。売り上げはみるみる下降したが熱狂的ファンを次々と生んだ。そして、

「もう、自分達の音楽は、これを超えることはないだろう」

と、五枚目のアルバムを発表後、三人は自決。その生き様といい、センセーショナルな事実上の解散を、身を持って表明したことといい、その影響力は、当時のパンクバンド界ですさまじかった。サイモンはこれを受け、

「あいつら三人は、本当にクレイジーだった。俺はあいつらにほれ込んで、必死にしがみついていた。あいつらと一緒にバンドをやっていきたかった。けれど、どこまでいったって俺はあいつらと一つにはなれなかった。Sex Headsにとって俺はいてもいなくてもどっちでもいい存在だったんだ。みろよ、現にああして三人で完璧なパンクをつくりやがった。やっぱり、俺ごときじゃあいつらは超えられないんだ」

と発言し、音楽界から姿を消した。

 いまでもSex Headsの名残は消えることがなく、伝説は受け継がれている。



「すげーな、おい」

 巴美はemergencyを完璧に弾きこなしていた。うまいギタリストでも鬼門とするこの曲のギターソロをミスせず走りきる。

 負けだ。あたしはあれを、テンポを落としたって弾き切れる自信がないのに、奴はあのテンポで弾けている。ギター歴一年であれは反則だろ。自信なくすわ、ちくしょう。

 じっちゃんがあたしの肩に手をおく。

「おい紫弦、見るからに落ち込むんじゃねえよ。おまえだって粗いが立派なギタリストだぜ。これまでの成功がそれを物語っているだろうが。ただあいつが・・・バケモノなだけさ」

 皆、真剣な顔で巴美のギターに耳を傾けていた。アホ面していた真も、ドラムを叩くときのマジな顔になっていた。ていうか、さっきの巴美を見る真の顔は傑作だった。あいつのあんな顔は、初めて見た気がする。何にも動じない不能者だと思っていたが、あれは巴美に見惚れていたな。けれど、巴美は男という事実。ハハッ、笑えるぜ。・・・いや、可哀想だな、あいつ。

 どんなに素晴らしい演奏も終わりはやってくる。

 巴美のemergencyが終わる。皆感動していた。あたしもだ。ギターだけでこんなに感動できるなんて、やっぱりサイモンも天才だよな。はあ、あたしもあんだけ弾けたら、Dead Heatsも、もっとすげーバンドになるんだけどな。・・・あ、そうだ!

 演奏を終え、線の上を歩くような緊張から解放されたのか、巴美は思いっきり呼吸をし、満足気な表情を浮かべている。上気して汗で濡れた顔は、男だと忘れそうになるほど色っぽい。

「巴美、あたしらのバンドに入れよ!」

「・・・いいんですか?」

「良いも悪いもねえよ。ぜひ、入ってくれ。なあ、いいいだろ?真、悟志」

「異議はない」

 真はすぐにレスポンス。音楽隊長がいいって言ったんだ。これはもう確定だな。


「ちょっと待てよ」

 

 なんと、悟志が異議を唱える。

「次が俺達の高校最後のライブなんだぞ。しかも、一か月後だ。テスト期間も挟む。時間は滅茶苦茶限られているんだ。新曲もまだものになっていないのに、こいつを入れて間に合うのかよ。新曲だけじゃなし、青春ダイナマイトを含めて全曲やるんだぜ。いくらこいつがギターの腕が立つからって、短い期間で、俺達の曲を全てマスター出来るとは思えねえ。音合わせもしないといけないから、そんな時間もあったもんじゃねえ。安易に加入させたら、バンドが成り立たなくなっちまうだろ?」

 悟志の言い分はもっともだった。いつもおちょくっているが、こいつは結構、頭が良くて切れる。瞬時に物事の先を見通すことが出来る。あたしと真は少し興奮しすぎていたようだ。



「あの・・・。その新曲以外だったら、すぐ弾けますよ」

 巴美は事もなげに言い切った。



「やっぱすげーな、おい」

 巴美は有言実行した。あたしらの曲のギターをAパートもBパートも全て完璧に弾いてみせた。

 ギターはあたし一人だが、作って販売しているCDには、音を厚くするためにツインギターを採用している。ライブでは、あたし一人で適宜、伴奏を弾いたりソロを弾いたりしてバランスをとっているが、CDではサイドギターとリードギターを明確に分けたり、同時に同じフレーズを弾いたりして音圧を出したりしている。

 巴美はあたしの全ての上をいくギタリストであった。

 これには驚嘆以上に、少し薄気味悪いのを感じずにはいられない。あたしらは、この地方都市のバンド界隈で、学生にしちゃあ名が知れてるっつうぐらいだ。自主制作CDを三枚出しているだけで、楽譜の類なんぞ発表していない。なのに、全ての曲を完コピしている。ここまでの熱狂的ファンには会ったことねえぞ。でも、これだったらライブは問題ねえな。確実にDead Heatsのクオリティーが上がるぜ。

「悟志、どうよ?」

「好きにしてくれ。俺は帰る」

 奴はそう言い残し、自分の荷物を片付けて帰りやがった。悟志の態度に巴美が不安げな顔をする。

「僕、やっぱり入らないほうが・・・」

「気にすんなよ、巴美。真も気にしないだろう?」

「歓迎だ、鳴瀬・・・くん。君のようなギターがずっと欲しかったよ」

「おうよ、あたしも気にしない。悟志はな、パリピった外見しているが、陰気で考え過ぎる奴なんだ。けど、というか、だからこそかな、あいつはちゃんと物を考えて発言するんだ。あいつが好きにしろって言ったんだ。巴美に関しちゃ、もうあたし達に委ねられたってことさ。本当に好きにしていいんだよ。あとは巴美次第だが、どうする?」

 巴美は不安の色を消し、オーバーすぎるほど、マジな顔をして言った。



「やります。やらせてください」

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