第6話 決意
僕は一体どうしちゃったのだろう?
売り言葉に買い言葉。なんだか、音町さんと決闘するみたいだ。
だけど相手は音町さんだけではない。練習スタジオの部屋に入れば男性が二人。汗の匂いと発散された熱気にうわんとする空気の中、Dead Heatsのメンバーがいる。
ベースの猪原悟志とドラムの海原真。二人は見たことのない部外者の僕を見て、その反応を顔に出す。猪原さんは訝しげに、海原さんは目を見開き、口を半開きにしてポカーンとしている。この人たちも僕のギターを・・・・。自分の中に芽生えていた闘志が揺らぎ、羞恥心や緊張がぶり返してきた僕は、いつもの調子に戻り、今置かれている状況を再認識する。まったく、部屋に入る前の僕はどうかしていた。あんなに血気盛んになって、音町さんに僕の実力を見せてやると息まくなんて。こんなに緊張したことなんてないぞ。自分から飛び込んでおいて、この状況から逃げたくなる。
部屋に足を踏み入れた僕は硬直してしまった。
無理だ。ここは僕の知らない世界だ。容易に立ち入っちゃいけないところなんだ。血の気が引いてお腹に違和感。身体の中は急速に冷えていくのに、それと反比例してふきだす汗。
理由をつけて帰ろう。そう思った。
「おい、何突っ立ってんだよ。遠慮せずに入れ。お前はゲストだ」
後ろにいた音町さんが僕の背中を押す。以外に小さい手は、温かい熱を持っていた。僕の隣に並んだので、ついその横顔を見る。彼女も僕を見る。彼女の強さの象徴ともいえる大きなつり目には、さっきの挑発的な色と・・・期待してわくわくする子供のような色を湛えていた。
僕は今、音町さんの関心を集めている。あの僕の中では絶対的なスターである彼女が僕に興味を持っている。さっき言われた言葉を思い出す。
『おめえは中身までクオリティーの高いオカマなのか?ここで引くようじゃ、そういう判断するぜ?』
こんななりでも僕はれっきとした男だ。みんなは認めない。けれど、音町さんは違うはずだ。彼女は特別だ。彼女に認められたい。他人に、親にも抱いたことがない。こんなに人に自己主張をしたいと思ったのは初めてだ。彼女に伝えるには・・・。音楽しかない。唯一は僕のギター。これはチャンス。彼女と関わっていきたいのなら、こんな恐ろしい場面は、いくらでも僕の前に立ち塞がるだろう。進むしかないのだ。
「そいつ誰だよ?紫弦」
「ああ、こいつは・・・」
猪原さんの質問に僕は答えた。
「僕は鳴瀬巴美(なるせともみ)といいます。こんな服を着ていますが男です。これは趣味なので気にしないでください。ギター、弾きに来ました」
猪原さんは僕の自己紹介に素っ頓狂な声を出して驚く。海原さんは、フリーズしたように微動だにしない。横の音町さんと後ろの店員さん(実はオーナーと判明)は彼らの様子を見て腹を抱えている。
でしゃばりだと思われただろうか?そんなこと気にする必要はないか。ギターを弾けばすべては変わる。変えてみせる。
僕は歩きだすが、不自然な歩行であったことを認める。決意したところで身体の緊張はほぐれない。指さへ動けばいいのだ。それから背負っているギターケースを降ろし、中からギターを取り出す。レスポールギターのサイモンモデル。僕の相棒。ストラップを肩にかけてスピーカーケーブルをジャックに突き刺す。
「海原さん、このアンプ使っていいですか?」
海原さんは未だに狐につままれたような顔をして「別に、かまわないが・・・」と答える。マーシャルアンプにケーブルのもう一方を指す。アンプの電源を入れると、静まり返った室内にジーっと幽かなノイズが走る。ネックを持ち、弦に触れるとキュッと、スピーカー越しに弦の質感が伝わる。ピックを持って軽くストローク。レスポールの重くて太いサウンドが身体を通り抜ける。チューニングがずれているので素早くあわせる。もう一度ストローク。・・・よし、ばっちりだ。いつものギターの音に身体が少し軽くなる。準備は整った。様子を見守っていた音町さんが声をかける。
「サイモンモデルのギター使っているなんて、巴美、良い趣味してるな」
音町さんの後ろ、扉に寄りかかり腕を組んでいる店員さんが言を引き継ぐ。
「あれは俺が売ったんだぜ」
「どおりでな。サイモンモデルのギターなんて、今じゃネットでもないし。巴美はSex Headsが好きなのか?」
きっかけはあなたですよ。熱い思いが溢れてきて、溺れそうになりながら、僕は音町さんをしっかり見据え、答える。
「はい、大好きです」
音町さんは満足げに「そうか」と言い、続ける。
「じゃあさ、あれ弾けるか?セカンドアルバムに入っていたemergencyっていう曲」
「それ、紫弦が弾けない曲じゃん」
猪原さんが仕返しだというように揶揄する。
「うっせーよ!まだ練習中なだけだ!で、どうよ?巴美」
僕は答える替わりにギターを鳴らす。こいつで答えますよ、音町さん。
そして、僕のステージが始まる。
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