第5話 邂逅の行く末

 そいつはものすごい美少女だった。

 身長はあたしと同じくらい。てか、それぐらいしか共通点がない。

 日に焼けたことのない、吹き出物も何もない白磁のような白い肌に、ピンクのバラの蕾を思わせる赤味がさした端正な顔立ち。そんな完璧なキャンバスにちりばめられた顔のパーツの一つ一つが可憐で、少女特有の美しさを持つ。大きな二重の瞳はリスを連想させる。眉毛はきれいな弧を描き、鼻は小ぶりで薄い唇は緊張のためか、かたく閉ざされ表情は引き締まっている。けれど、柔らかな印象は変わらない。髪は肩まであるミディアムで、耳は隠れている。前髪は切りそろえられ、とてもキュートな髪型だ。服装はシンプルな白のブラウスに、紺色のくるぶしの上まである長いチェック柄のスカートである。

 まさに、清楚系ガール。同じ女としてうらやましいところだらけだ。ま、あたしも方向性が違うだけで、負けてはねえけどな。つい対抗意識を燃やしているあたしの前で、そいつは怯えて、はぐれた子猫のようだった。

 おっと、まじまじ見過ぎて、たぶんあたしの目、睨んでいるように見えてんだろうな。ここは別に敵意がないことを示さねえと。

「わりい、わりい、つい見惚れちまった。とって食おうとはしないさ。ただあんたが男性用トイレに行っちまったから心配で声をかけただけだよ」

「・・・・」

 固まってやがる。見た目通りにシャイな奴だな。もうちょっとフォローするか。

「もしかして、さっきあたしらの練習見ていたか?悪いな、突然飛び出してきて。別にあんたをびっくりさせようと思ったんじゃない。あたしもすっげえトイレ行きたくてさ。練習見られてもこっちは全然気にしないよ。でもさ、いくらトイレに行きたかったからって、男性用トイレに入るのはまずいぜ。あんた可愛い女の子なんだからさ。男どももびっくりして、出せるもんを出せなくなるぜ。ハハハ!」

「いえ、僕は・・・」

 そいつは見かけによらず低い声だった。外面と声のギャップに違和感を感じていると、

「お、ちゃんと会えたか坊主。良かったな。・・・紫弦、そいつお前のファンだぜ」

長崎のじっちゃんがまさかの乱入。そうか、あたしのファンなのか。こんなに可愛いなら悪い気はしねえな。いや、それよりも・・・。

「坊主って。じっちゃん、とうとうボけたか?ロック狂いのボけた老人なんて、恰好悪くて笑えねえぞ。こいつはどう見ても譲ちゃんだろが」

 じっちゃんはニヤッと、悪趣味な笑みを浮かべる。自分だけが重大な秘密を知ってるんだぜ、ていう笑みだ。

「紫弦もやっぱり騙されたか。俺も最初は驚いたもんだぜ。六十年生きてきたけどな、現実にこんなふうに騙されたのは初めてだ。信じられなかったよ。お前も持ってるから知ってると思うが、うちの会員カードを作る時、個人情報の紙を書いてもらうだろう?身分証をみて、やっと俺も信じたもんだよ」

「おい、じじい。長々ともったいぶりやがって。何が言いたい?」

 じっちゃんは抱えてた重大な秘密をあたしに漏らす。

「こいつ、男なんだぜ」

「・・・は?」

 想像を裏切るカウンターを食らった時、頭ってやつは一瞬止まるもんだ。それしか考えられなくなり、あたしは無我夢中でそいつを目でなめまわす。おいおい、嘘だろ。どっからどう見ても女じゃねえか。たしかに言われてみれば、胸は全然ないし、同じ身長ぐらいのあたしに比べて、少しがたいが良い気もする。けどなあ・・・。確かめるか。

「おりゃあ!」

「え、うわあああああ!」

 あたしはそいつの股ぐらをつかむ。そして手に力を加えて握ってみると、あたしにないものがあった。しかも・・・。

「悟志のやつよりもでけえ・・」

「ちょ、ちょっと、やめてください!」

 あたしの握ったそれは膨らみ始める。

「てめえ、何大きくしてんだよ。バカヤロウ」

 手を放して頭をはたく。

「す、すいません」

「いや、悪いのはどう考えても紫弦のほうだ。坊主、謝らんでもいい」

 にしても、まだ興奮が収まらねえ。こんなに美少女然としているのに男って・・・。反社会的だなあ・・・。うん?反社会的?

「・・・パンクだ」

「・・・だろ」

 じっちゃんが同意する。

「えっと・・・何が?」

 当の奴は解せぬ顔をしていた。




「それよりさ、あたしがこいつと会ったのは、じっちゃんの差し金って訳?」

「ああ、そうだ。お前達が部屋に上がって行った後、坊主が来たから教えたんだよ。でもよう、あれから時間経ってるのに、まるで今初対面した様子じゃねえか。坊主、お前なにしてたんだよ?」

「えっと、その・・・」

「扉の覗き窓から、あたしらのこと、隠れてずっと見てたんだよ。な?」

「おい、坊主、こそこそ覗いていたのか?」

「うっ・・・はい」

「ったく、女々しい奴だな。やっぱり譲ちゃんなんじゃねえのか?」

「す、すいません」

「あやまんなって、坊主。ただの冗談だ。まあ坊主はシャイだからな、仕方ねえ。紫弦も怒ってやんなよ?」

「怒ってねえよ」

「じゃあ、お楽しみはこれからだ。紫弦、こいつすげえんだぜ」

「何が?」

「ギターだよ。こいつまだギター始めて一年なのによ、すごい弾けるんだ。お前より弾けるぜ」

「おいおい、冗談だろ?」

 あたしは少しムッとなる。あたしは別にうぬぼれているわけではない。十四歳からギターを弾き始め、ギター歴は四年だ。ライブもそこらの同い年よりもこなしている。ギター歴一年のやつより劣るなんてこと、あってたまるか。自信はあるんだ。それに見合う努力もしてきたつもり。

 いつの間にか、また目がつり上がって睨んでいるように見えたのだろう。奴はまた小動物のように震えている。まあ、これはフォローなぞしない。

「ちょうど、うちで鳴らしにきたんだろう、坊主?こいつが練習している部屋でギター弾いてみなよ」

 じっちゃんの言葉に奴はさらに震えあがり首を横に振るう。

「おいおい、こいつに憧れてギター始めたんだろ?目標とする人間の前で演奏出来る機会なんざ、そうそうねえぞ。大丈夫だ。俺はお前の演奏を前聞いた時、感動したんだ。今のお前の実力は誇れるもんなんだぜ。何も気負うんじゃねえ。お前ならいける」

 奴の目に少し自信の火がついたように思えた。しゃあねえ。じっちゃんがこれほど褒めるんだ。こっちも聞きたくなっちまった。発破かけてやるか。

「おい」

 奴は初めてあたしの目を見たような気がした。

「おめえは中身までクオリティーの高いオカマなのか?ここで引くようじゃ、そういう判断するぜ?」

 奴の目に灯った火が、ギラリと燃えさかる。

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