第2話 ゲリラライブ

 登場から続くオープニングの彼らのセッションは、一定のメロディーとリズムを刻んでいる。

 登場の興奮も冷めやらぬまま、体育館の空気はリズムに支配され、同じリズムが反復される今、硬直している。

 体育館の前、舞台の上におわします三人組は別の世界に生きる人間に見えた。

 その三人組の存在感といったら、テレビの中のスーパースターが突然目の前に現れたかのようで、その感覚を説明しようと試みるならば、ありえない例えになるが、彼らの体臭、吐く息を僕たちは吸って恍惚となってしまい、もう彼らしか目に入れることが出来ない、それほどまでに彼らは僕たちの空間を犯し、入り込んでくる。

 舞台を真正面から臨む僕から見て、舞台上の左手、マイクスタンドを前にギターを持つのは女性である。髪はベリーショートで黒色、身長は女性にしては高く160センチほどであろうか。顔は整っており、髪型により、顔の角度によっては、少年のようにも美女のようにも見える。彼女の顔で、一番見る者を魅了するのは、その目であり、つり目でぱっちりと大きく、爛々と輝いて見える。それはまるで悪巧みをして、皆を驚かせることに成功した、ご満悦で無邪気な子供を思わせた。そんな幼いところが垣間見える反面、制服のスカートから覗く足は肉付きが良く、スポーツでもしていそうなほどしっかりとした身体つきは、無駄な肉がなくてひきしまっており、早熟した色香を出している。

 右手にいるベースを持つ男性は、一言でいえばイケメンである。身長は、180センチ以上はあり、髪はショートで、ダークブラウンの色に染めて、ゆるいパーマをかけている。顔立ちは、整えられた眉毛と切れ長の目、透き通った鼻筋と薄い唇が、収まるべきところにおさまっている感じで、とても爽やかである。

 中央奥のドラムセットを前に、椅子に腰かけスティックを振るう男性は、丸坊主だ。目が糸のように細く、顔の彫が深い。表情には渋みがあり、あらゆる業苦を耐え忍んできた修行僧に見える。

 彼女がギターを弾く手を止める。ドラムとベースは残り、引き続きリズムを刻み続ける。彼女が言う。

「新入生たち、入学おめでとう。ようこそ清風高校へ。あたしらDead Heatsっつうバンドなんだけどさ…って、おいおい、みんなアホ面してるぜ。そんなにびっくりさせちゃったかな。でも、まだ何にも始まっちゃいないんだからな。これから、すげーステージ見せてやんよ。立ちたい奴は立って勝手にノってくれや。じゃあ、いくぜ、青春ダイナマイト!」

 そう言った瞬間、彼女のギターから、心地よく刻まれていたリズムの均衡を破る、特徴的な、耳に残る、身体に刻み込まれるようなリフが飛び出す。そして、登場から続いていたオープニングは終わりをつげ、変容する。

 ドラムとベースが、そのリフを押し上げるようにリズムを変え、曲調を変えた。

 一時的に硬直していた空気はうねりをあげて流動し、一気にヒートアップする。

 もう、この空間は彼らの音に、完全に掌握されていた。

 歌が始まる。歌うのはギターの彼女だ。綺麗な歌声であった。ものすごい肺活量なのか、歌声は力強く、僕達の耳に届いて、歌詞が、聞く者の想像を創り上げる。

 いつまでも聞けそうなメロディーを奏でるコード進行に、曲と僕達を引っ張るベース、正確無比にリズムを刻み、曲の骨格を堅牢にするドラムは、我を忘れて、そのビートに全てを委ねて身体を振り乱したくなるほどに変幻自在である。

周りを見れば、新入生の皆は立ちあがり、彼らの音楽に身を任せていた。腕を振り上げジャンプするもの。大人数で肩を抱き合い身体を横に揺すってはしゃぐもの、見境なく髪を振り乱してヘッドバンキングするものなど様々であった。

 僕も気がつけば立っていた。よかった、座っていると誰かに踏みつけられていただろう。

 僕は放心し、一心にずっと見ていた。

 相好を崩して必死に歌う彼女を。

 前髪を汗で濡らし、上気した顔で難しそうにギターソロを弾く彼女を。

 僕は彼女の虜となる。

 そして、曲は終わりを迎える。

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